魔力測定
サーシャが生まれて五年ほどの歳月が経った。
今日のサーシャは皮と布で出来たワンピースを着ていた。女の子の格好をするのはもう慣れてしまった。
(今の僕は女扱いなのだから仕方が無い……仕方が無いんだ……)
ジェンダー的な事は考えないようにして。板に敷いた砂で文字の練習をしながら、サーシャは考えを巡らせていた。
(セバストスの冒険にはクロスボウは出ていたが、銃のようなものは出ていないな。 その分、魔法や剣が強力に書かれているけど。魔法ってそんなに強いんだろうか。 クロスボウの挿絵にはクレインクインが書いてあったなぁ、百年も経ったのなら順当に進化してるだろう。 火薬さえあればグレネードランチャーもどきが作れるな、火薬を包んだ矢を撃たせるような)
自室で考えていたサーシャにヴァーニャが声をかけた。
「サーシャ、ちょっといいか?」
「はい、お父様。なんでしょうか?」
(どうも口調がカタコトというか丁寧になってしまうなぁ、女の子なんだしこんなものでいいのかな)
「ああ、魔力の儀式についてなんだがな。帝都に行けば導師様が見てくれるんだが。 陛下から遺跡探索を引き受けた時に、今度帝都に来る時には、遺跡を制覇した時だ!って言っちゃっててな。 時間もかかるし面倒だからあんまり帝都行きたくないんだよ」
「そうですか……では、遺跡の探索が終わってからになるんですか?」
「いや、単に魔力が使えるかどうかのチェックだ。魔石に魔力を通せればいいんだよ。 魔石は一旦魔力を通すと、他の人間の魔力が通りにくくなるから新しい魔石を使うんだ。 この間潜った時に魔石がくっついた変な弓を拾ってな、こいつの魔石に通してみればわかると思うぞ」
ウチには弓使う人間が居ないしな、とヴァーニャは呟いた。駄目になっても痛くないということだろう。
疑問が浮かんだサーシャはヴァーニャに質問した。
「一度使った魔石は他の人には使えないのですか?」
「そうじゃないが、使い難くなるんだ。普段以上に魔力を注ぎ込まないと使えない。 しばらく使わないとその現象は無くなるんだが、拾った弓についてる奴しか使ってない魔石は無いんだ。 遺跡で拾ったのは小さくて売り払っちまった。それに測定用のはある程度でかい方がいい、魔力の許容量が違うからな」
「わかりましたお父様。いつやるんですか?」
「うん?今から」
「えっ、今からですか?なんの準備もしてません……
「大丈夫だ、我が娘よ。一週間前に一二階層の魔石をぶっ壊して、地上に出てた魔物は見なくなったらしいからな。 初めて外に出るんだしピクニック気分で行こう。外で食う飯は美味いぞ?」
私も行くから大丈夫よ、とナディアが顔を出した。
「よーし、じゃあいくぞー」
ヴァーニャは基本的に楽天家だった、自分もついていくのだしナディアもいる。どうにでもなるだろうという考えだ。
「うえぇ。本当に大丈夫でしょうか……」
とはいえ生まれて始めて外に出るのである、サーシャは少し高揚していた。
「せーの、えいっ」
扉を開けてジャンプして外へ出る。目に映るのは一面の草原、花も所々咲いていて綺麗な光景だった。
「綺麗ですね、草の匂いがします」
風を受け銀髪とワンピースがなびく。髪をかき上げる動作に興奮したナディアがサーシャを抱き上げた。
そんなナディアを無視してヴァーニャが東の方向を指さした。
「あっちに開拓村がある、魔法が扱えるようになったらお使いに行ってもらうかもしれないな。 それはさておき、どこでやるかな、あそこの岩場でいいか」
西に三十分進んだところにある岩場をヴァーニャは指し示した。
親子三人は移動を開始した、サーシャはナディアに抱き上げられたままだが。
降りるのを諦め、サーシャはヴァーニャに質問をした。
「そういえばお父様。遺跡についてなんですが。お父様は遺跡が広いと言ってらっしゃいました。 けれど、お父様達は毎日規則正しく戻っていますよね。どうやっているのですか?」
「ああ、それはだな。あの遺跡は『転移の遺跡』と言ってな。ワープが出来る魔法陣があるんだよ。 入り口の魔法陣は特定の文字に反応して、脱出したい時に壁に文字書いて魔力を通せば入り口に帰してくれるんだ。 次潜る時はその魔法陣に乗って、前書いた文字を書けば。あっという間に前回の場所に戻してくれるのさ」
「そんな便利なものがあるのですね」
「便利すぎてちょっと危機感に欠けるんだよなぁ。だだっ広いしここまで長丁場になるとは思っても見なかったよ」
そんな会話をしているうちに岩場についた。
「お母様、そろそろ下ろして下さい……」
「サーシャは私のサーシャを取るの?私のサーシャよ?」
「落ち着いて下さいお母様!」
じたばたしてどうにか下ろしてもらったサーシャは佇まいを正して備えた。
「サーシャ、この弓だ。よくわからん弓だが爆発とかはしないと思う。 しないんじゃないかな、まぁちょっとだけ覚悟はしておけ」
「えっ、爆発するんですか。死んじゃいますよ!?」
そしてヴァーニャが差し出した弓を見て、サーシャは息を呑んだ。
滑車が付いた複雑な構造の五〇センチほどの小型の弓だ。
(これはコンパウンドボウ!?出来たのは二十世紀の頃のはず…… 火縄銃もないような時代にあるわけが…… それに小さすぎる、五〇センチぐらいか?特別小さい弓でこんなサイズのを見たことがあるけど。まともに使えるんだろうか)
「変な弓だよな。まぁ測定用だし、ぶっ壊すつもりで使ってくれ。」
弓を受け取ったサーシャは能力を使いながら観察を始めた。
(弓本体の素材はアルミニウムの様に見える、少なくとも見た目は……ダメだ、わからない。 弦は……ポリエチレン!?しかも超高分子量ポリエチレンだな……おかしい、こんな高度なものがあるわけがない。 本来サイトがある部分に一体化したのは魔石か?ちょっと大きいな……)
「お父様、この様な弓は他にもあるんですか?」
「いや、見たこと無いな。コンポジットボウってのは見たことあるが、これとはまた違うよな」
弓談義に花を咲かせていると、ナディアは口を挟んできた。
「はいはい、弓のことより魔力測定を始めましょ? サーシャ、魔石に触れると体の中から力が溢れてくるような感触があると思うの。 それを魔石に流しこむのよ、流し込みすぎると力尽きちゃうから気をつけてね」
その言葉を受けて、サーシャはこの不思議な弓のことを考えるのをやめた。
魔力を通すべく、弓を持ち魔石に触れる。
「んうっ!んっ……あっ……」
体の芯から熱いものが溢れてくる、暴れまわる力を送り込むイメージで魔石を強く掴んだ。
途端、文字のような文様が見え、魔力を通すたびにその文様が光り出した。
サーシャは気合を入れて魔力を送り込んだ。
「んんぅ…えいっ!」
魔石から数十本の白い矢が生成され、弦に吸い付かれるように近寄ってきて一本の太い矢になった。
サーシャが力を込めていないのに弦が引かれ発射体制が整っていく。
「こ、これどうすれば……」
「サーシャ!とりあえずあの岩場にぶち込め!」
「は、はい!」
サーシャは軽く狙いを付け、弦を離した。
途端に爆発的な音と衝撃波を発して矢は岩場へ向かって飛んでいった。
撃った反動でサーシャは後方へ一メートルほど吹き飛ばされた。
(痛っ……すごい反動だな)
痛みに耐えて起き上がり両親を見ると、岩場の方向を見て驚愕した顔を浮かべていた。
サーシャも振り返り岩場を見てみた、すると。
一〇メートルはあった岩場は消し飛んでいた。
なんとか混乱から回復したヴァーニャが口を開いた。
「こりゃあすごいな……」
「ナディア、これは魔石がすごいのか?それともサーシャか?」
「調べてみないとわからないけれど、両方ね。魔石の理屈は魔法の矢を生成して発射するっていう
私の火球の杖と同じような仕組み、と思うけれど……」
ナディアは顔を伏せ、少し戸惑うような顔をしてから続ける。
「サーシャの魔力量がかなり多かったんでしょうね、魔石が許容できる量ギリギリだったんじゃないかしら。 それであの威力になったんだと思うわ。私の火球だったらちょっと穴ぼこを開けるだけだったでしょうね」
ナディアの解説を聞きながら、サーシャは座り込んで息を整えていた。
「ふぅ……ふぅ……はぁ……」
「大丈夫か、サーシャ。スカートがめくれてるぞ」
「だ、大丈夫ですお父様。少し疲れただけです……」
サーシャはちょっと慌ててスカートを直しながら答えた。
「スカートを直す娘、可愛い!」
(スカートを履いて、乱れたスカートを直す羽目になるとは……)
彼は少し落ち込んだ。
親バカ父を放置して、ナディアは言葉を続けた。
「始めてだから仕方はないけれど、注ぎ込む魔力量の制御が出来ていないのね。 けどこれは強力な武器ね、変な形の弓としか思ってなかったけれど……」
座り込んだサーシャに目線を合わせてナディアは問いかけた。
「どうするサーシャ、別の魔石で練習する?」
「いえ、この魔石に魔力を注ぎ込んだ時に何か文字のようなものが見えたんです。 調べれば魔石のことがもっと分かるかもしれません。調べてみたいと思うのですが、駄目でしょうか?」
(文字についてはナディアは説明しなかった、原理がわかってないとも言ってたし、知らないんだろう。 もしかしたら何か重要な情報かもしれない。身を守る術には詳しい方がいいだろう)
サーシャは無意識に上目遣いで頼み込んだ。
「私が私の超可愛いサーシャのお願いを聞かないと思ってるの?
なんでも聞くわよ!抱きしめて欲しいのねサーシャ!わかったわ!」
ナディアはサーシャを抱きしめて回りだした。
「ちなうんですお母様はなしてください」
蚊帳の外のヴァーニャが腕を組んで口を開いた。
「その弓はサーシャにあげるよ、魔力の調整に関してはリーザも詳しい。練習をする時は私達かリーザに頼むんだよ。 一人でやるにはまだここらへんは危ない」
「お母様はなしてください!お父様助けてください!」
ヴァーニャは無視して考え事をしていた。
(遺跡内でぶっ放させたら……崩落するかぁ。崩落しないなら全部ぶっ飛ばして進むのは楽そうなんだけどな。 ちょっと長丁場になりすぎてるからなぁ、サーシャが安全に村に出向けるようにまでにはしないとな)
ヴァーニャが仕事への意識を引き締めている横で。ナディアは頭上でサーシャをぐるぐると回していた。




