帝都一年目の冬 : 年越しの夜
日光というものは偉大である。 かの光は何者をも明るく照らし、我々は遠くまで視認できるようになる。 かの光は何者をも暖かく包み、我々は凍えることなく生活出来る。
何者へも平等に日光の恵みが無い時がある、それは闇夜である。
先程日が落ちた窓の外は真っ暗で、今日が新月であるということがわかる。 空を見れば星があり、ある程度は明るいのだろうが、やはり月の明るさには敵わない。
サーシャは台所から外を見ていた。 見回すと、たまに家庭の灯りが見えるぐらいである、『火』の魔石による物だろう。 この国には公共の灯りというものがない、夜間に外に出ることはそう無いからだ。
ましてや、今日は年越しだ。 皆、家族や友人、そして恋人と夜を過ごす。
恋人のこの字もない人間しか居ないヴィスコンティ家では、年越しの準備にサーシャとクレリアが料理をしている。
アレシアは年末の大掃除が終わったので、料理の手伝いに来たのだが追い出された。 アレシアの料理の腕前はそれほどまでに絶望的なレベルなのだ。
「十二時にレンティッケを食べる…… 年越し蕎麦みたいなものなんでしょうか」
そう言いながら、サーシャは一晩水で寝かせたコテキーノという腸詰めとレンズ豆の様子を見る。
「夕食の準備と、おせちの準備…… 自分から言い出した事ですが、忙しくなりそうですね」
「サーシャ、おせちっていうのは何処の習慣なの? あたし聞いたことないなー」
サーシャはどうしようかと一瞬迷う。
「ほ、本で読みました、東の国の習慣ですよ。 年始に何もしなくてもいいようにっていう配慮なんです」
実際の所、おせちには様々な意味合いがあるのだが、サーシャにとってはその程度のものだった。
それにしても、この国の人間は古文書で読んだ、とか本で読んだと言うと大抵信じてくれる。 本による知識は尊い物なのだろう、サーシャは言い訳に良く使用していた。
「ふーん、そうなんだ! あれ?そうなるとあたし年始はやる事無い!?」
クレリア、アレシアはとても良く働いている。 たまには休みを…… と雇い主であるフィオレンツァは言うのだが、彼女達は拒否するのだ。
「困ったなー 食事作る以外の過ごし方がわからないや」
こんな調子だから、休むことを拒否するのだろう。 小さい時から屋敷で働いてきて、感覚が鈍ってきているのかもしれない。
「服を買うとか、遊んで回るとか色々ありますよ…… お給金、使ってないから溜まってるんじゃないですか?」
「ん? 使ってるよ、見たことのないハーブとかスパイス買ったりー」
「ああ…… そういうのに使っちゃってるんですか…… クレリアさんは活発そうな格好とか似合いそうですね。 今度イレーネさんに見立ててもらいましょうよ」
そういえばサーシャ以外の使用人三人組は、エプロンドレス以外の姿を見たことがない。 夏場は袖や丈が短いエプロンドレスだった。 後は風呂場での裸ぐらいか。
(それはいいんだ、いらないから思い出すな僕)
思い出しそうになった光景を手で振り払いながら、サーシャはクレリアを見やる。
「まぁ、屋敷でゆっくりするだけでも十分休みになりますしね。 他の方とも相談して休みにする事を決めたらいかがでしょうか」
「そだねー 今はとにかく料理しよう!」
クレリアは腕まくりして、夕食とおせちの調理へ、取り掛かった。
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「はいっ、どーぞ!召し上がれ!」
今宵の夕食は豪華だった…… とはいえ食べるのは少女達であり、量自体は大した量では無かったが。
伝統的に年越しの食事は年越しを迎えた、午前○時に取るという。 赤い物を身につけると幸福になるとの事で、赤い物を誰しもが身につけていた。
寒い冬の日も、室内ならば暖炉があるため暖かい。 暖炉の前のテーブルには色彩豊かな料理が並んでいた。
メニューはサーモンなど魚介類のマリネ、ステーキが添えられたスパゲティ、オッソブーソ、レンティッケ、サラダにパネットーネが出された。
「年越しだしな、たまには豪勢にやろうじゃないか」
その言葉を合図に、全員テーブルナイフとフォークを手に取った。
サーシャは食後のコーヒーを楽しむ…… そう、コーヒーだ。 サーシャはコーヒーの飲み方を広めた。
簡易的なミルを作らせ、煮出しコーヒーではなく、ドリップしたコーヒーを再現したのだ。 流石に紙を使うわけにはいかないので、適当な布でのネルドリップだが、味はそこそこ良かった。
フィオレンツァにも試飲してもらっているが、お気に召したようだった。
彼女は空になったコーヒーカップを置いて、話し始めた。
「サーシャ、私はメディチ家のパーティに呼ばれている。 少し先だがな、暦の上では春になるかな…… 無論、君も来ることになる…… わかってるよな?」
言われたサーシャは、ワナワナと震え、怯えたような、驚いたような表情をしていた。
「…… わかって無かったようだな。 なんのためにドレスを作らせたと思っているんだ」
「えっと…… 嫌がらせか何かかと……」
「イレーネじゃないんだ、そんな意味の無い事はしない」
それを聞いて、紅茶を飲んでいたイレーネが口を挟む。
「わたしは嫌がらせなどしないさ。 サーシャのちょっと困った様な顔が見たいだけで」
「そですか……」
突っ込むのも面倒になったサーシャは適当にイレーネをあしらった。
「覚悟しておけよサーシャ。 パーティは貴族たちの社交場だ。 精々恥をかかないようにイレーネに訓練してもらえ。 まあ、君なら大丈夫だと思うが……」
フィオレンツァはサーシャを信頼しているのか、安心しているようだが、パーティなど参加したことがないサーシャは大いに不安だった。
不安そうなサーシャを見て、イレーネが肩に手を置いてきた。
「安心しなさいサーシャ。 わたしが調教…… いや、教育してあげよう」
「聞き流すには不安な言葉が出ましたけど…… 私は大丈夫なんでしょうか……」
他の三人に助けを求めるように視線を送るサーシャだったが、アレシア以外からは目を逸らされた。
「頑張ってね、サーシャ」
「ええ…… よくわかりませんけど、頑張ります……」
アレシアの言葉は暖かかったが、サーシャの不安は拭えなかった。




