帝都一年目の冬 : ミスリル加工法
帝都の探索者によるミスリルの認識は以下の様だ。
決して折れる事も曲がる事も無く、軽くて切れ味鋭い手入れの必要が無く、見た目が綺麗な新素材。
認識が広まった結果、需要は高まっていった。
そして、そこそこ安く見た目が綺麗な美術品であったミスリルハンドの死骸は高級品となり、美術品としてでは無く、インゴットとして溶かされていった。
その上、供給はそこまで無いから価値は高まる一方だった。
ミスリルハンドを狩るために遺跡では狩り場が混み合っていて……
そんな話を鍛冶屋の丸テーブルに座る、リタに聞いていたサーシャは非常に疲れた顔をしていた。
「割と大事というか、面倒臭いことになってますね…… そんなに欲しがる人が多いとは」
ぐたっとテーブルに顔をつけて、ため息を付く。
サーシャにとってはミスリルは、ちょっと特異な新素材なだけで、そこまでお金をかける物でも無いと思っているのだが。
装備に命を預ける探索者にとっては重要なことなのだろう。
丸テーブルに頬をくっつけてだるそうにするサーシャに、リタは話を続けた。
「だから…… 忙しいの…… サーシャが来てくれて…… 助かるな……」
先日、東の遺跡 二〇階層でミスリルゴーレムが倒された、その事でリタの元にはミスリルの加工依頼が山ほど来ていた。
サーシャがミスリルの加工を手伝ってくれる事を確信したようなリタの言葉に、サーシャは顔を挙げずに手を振って否定した。
「手伝いに来たというか、手伝いになるかもしれない事をしにきたというか。 取り敢えず試してみたいことがあるので、それ次第ではリタの負担は減りますよ」
そう言ってサーシャはだるそうに起き上がり、出されたハーブティーを飲んでからリタと共にふらふらと作業場へと向かった。
ミスリルの加工法をこの鍛冶屋に伝授した、あのサーシャが何やら行うと見て、周りに鍛冶師達が集まってきた。
その中心でサーシャはミスリルのインゴットを前に話を始めた。
「『電』の魔法をね、試してみたんですよ」
昨日、サーシャが試しに『電』の魔法を撃ち込んだところ、ミスリルの杖はぐにゃりと曲がった。
そこで杖を打ち直そうとして、魔力の放出を止めた所、曲がったまま固定されてしまった。
「そうするとミスリルは柔らかくなりました。けれど、化学反応が起きてミスリルに何かしらの元素がくっついたわけではなさそうなんですよね、少なくとも酸化したとかではなさそうでした。 私の『能力』で見た結果ですけどね。 ミスリルっていう元素の結合が弱まったんでは無いかと思っていますが」
リタや鍛冶師達はサーシャの言っている事の大半をわかっていなかったが、首を傾げながらも大人しく聞いていた。
「魔法を撃ち込んだ時…… 柔らかくなったのはその時だけでした。 つまり……」
サーシャは曲がっていないミスリルの杖を手にして、目の前に置かれたミスリルのインゴットに軽く『火』を『射』ち込んだ。
するとインゴットは、溶けて液体のように広がった。
鍛冶師たちが驚きの声をあげる。
「ミスリルハンドが魔法で倒せるっていうのはそういう事なんでしょう。 ミスリルは魔力の導体で、魔力を強めに流すと柔らかくなると。 この杖はそうやって直しました…… 魔石に対して魔力を通そうとするのではなく、ミスリルに通すと柔らかくなるって感じでしょうか」
少量の魔力ではなんとも無いようだが、火球を発射するぐらいの魔力をミスリルに直接注ぎ込むと柔らかくなるようだ。
「つまり、魔法を撃ち込むぐらいの魔力を注げば、柔らかくなって加工出来るって訳です。 どうです!これなら誰でも出来るでしょう!」
どうだと言わんばかりに胸を張るサーシャだが、リタは少し困ったような瞳で意見を述べる。
「えっとねサーシャ…… そんなに魔力がある人は…… あんまり居ないと思うんだけど……」
その言葉を聞いたサーシャは胸を張ったまま止まってしまう。
「えっ、そうなんですか?」
「う、うん……」
『火』の魔石で小さな火を灯したり、暖炉に火を付けるぐらいは誰でも出来る。
しかし火球を発射するとなると、魔石があってもそうは上手くいかない、生まれ持った魔力が足りないのだ。
サーシャは身の回りでポンポン魔法を使う人が多かったため、そういう発想に至らなかった。
「えっと、この場にいる方で火球を発射するぐらいの魔力を持った方は……」
手を上げたのは、リタただ一人だった。
呆然とするサーシャに、リタは慰めの言葉をかける。
「けど…… これでわたしたち以外の人が……加工出来ないって事は無くなるよ……」
それもそうかと、サーシャは思い直す。 この場ではほとんど居なかっただけで、国中探せば居るだろう。魔力が多い人を募集でもして捕まえてくればいいのだ。
「なら、なんとかなりますね。 良かったですねリタ。 多少暇になりますよ」
「うん…… ありがとうサーシャ……」
リタは微笑んでサーシャの手を掴んだ。 近くで見ていた鍛治師達は、その光景に微笑ましさを感じていた。
その後、帝国中の魔力が多い人間がミスリル加工のために駆り出され。 あまりの忙しさに悲鳴を上げた。




