帝都一年目の秋 : 東の遺跡 第二○層攻略 五日前
「また今日もボロボロですねぇ……」
東門の周りにある商店を冷やかしていたサーシャは、騎士団の遺跡攻略班がボロボロになって帰還するのを遠目に見ていた。
またしてもボロボロになっているのは鎧や風貌のみで、大きな怪我をした様子はなかった。
怪我をしたから引き返す、特定の時間になったから引き返す、といった感じではなかった。なんらかの事情が有るのだろう、サーシャはその事情が少し気になった。
「お兄様!クラウディアさん!」
手を振って先頭を歩く二人に追いつく、彼等は落としていた顔を上げてサーシャを確認した。
「ん?妹かい」
「ああ、お嬢さんじゃないか。ダーシャに用かな?」
「まぁ、そうでもあるんですが、それだけでもなくてですね」
サーシャは直接聞くのも失礼に当たるのではと思い言い淀んだが、面倒臭かったのでそのまま聞いた。
「遺跡で何があったんです? 最近見かける時は大抵がボロボロですけど」
歯に衣着せぬ発言に、騎士団員達の顔が曇る。しかし、騎士団長たるクラウディアは笑って答えた。
「はっはっは!いやぁ、敵が多くてなぁ。どうしても対処出来ないのだよ」
クラウディアが言うにはこういうことだった。
一九階層までは段々と魔物が強くなってきていたと、だがニ○階層は魔物の強さはそこまでではないが、広大な…… まるで地上のように土や太陽が見える土地に五○○ではきかない量の魔物がいるという。
「一人に対して一○○匹受けもてば良いかと思ったんだけどな!流石にそうはいかないようでな。 何時間かすれば復活するようだし。根性で何とかならん相手は面倒だ!」
「騎士団長はそれでいいでしょうが…… 僕や先輩方はそれじゃ持ちませんよ……」
彼らの言葉を耳にしつつ、サーシャは腕を組んで少し考えて、ある提案をした。
「相手が多いのなら、こちらも数を揃えれば良いのではないでしょうか?」
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サーシャは騎士団の詰所にある、大テーブルの上座に座らさせていた。
「それで、お嬢さん。我々は何をすればいいんだ?」
「えっ、さっきも言いましたけど。本気で私に指揮を任せるつもりですか?」
先程、サーシャの提案を受けたクラウディアは、自身に大人数の指揮経験がないことを理由に、話を聞く限りその知識があるサーシャに指揮を任せようとしていた。
「ああ、私は一○人以上の団体戦はした事ないからな、突っ込んで切るのなら得意なのだが」
それを聞きながら、サーシャは帝国の歴史書などを読んだのを思い出す。この国は、この国の周辺国は、少なくとも交流がある国は、戦争という戦争の経験がない。
多人数の軍隊も保有したことが無いようで、二百人の騎士団を抱えるこの帝国はかなりの人数を軍にしているといった印象だ。
「素人の聞きかじり程度になりますよ?私だって軍を率いた事なんてないんですから」
「それならここにいる誰よりも上等だ!我々は聞きかじった事もないのだからな!」
「妹よ、こうなったら騎士団長は話を聞いてくれないよ。サーシャを危険な目には合わせない様にするから力を貸してくれないか?」
サーシャは考える、危険が無く知識を貸すぐらいなら問題はないだろう。それに、人同士の戦争というわけではないのだ。
「わかりました、わかりましたよ。知識を貸しましょう、知恵を貸しましょう。その代わり、ある程度は私に従ってくださいよ?」
クラウディアは笑いながら、ダーシャや騎士団の面々は真面目な顔で頷いた。
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「騎士団の構成表をください。兵種は必須、練度はわかる範囲でいいですから付け加えて」
サーシャは丸テーブルで考えながら指示を出す。
「何ですか?…… ん、わかりました、双眼鏡を持たせた方は偵察に出ましたか。地図はどうです?…… ええ、ある程度でいいです、地上と同じ様となれば地形も様々でしょう? わかる範囲でいいですよ。偵察結果と合わせます」
サーシャは羊皮紙にメモを書く。そして湧いた疑問を氷解させ、答えを書いて、大まかな作戦の構図を描く。
「ここから二○階層までは…… 二時間で行けるのですか? それなら兵站の事は考えなくても良いですね。ほう、そこまで直通の階段があるんですが…… うえぇ、二○階層分の階段…… お兄様に頼りましょうか」
そうして指示を出している間に時間が経ち、一日目は過ぎて行った。
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「偵察に行ったのは貴方ですか、報告書はこれですね…… はい、ではもう一回行ってきてくださいね。もう少し細かくお願いします。構成表はこれですか…… 弓兵二○、騎兵一五、槍兵三○、歩兵四○…… 歩兵の方は剣を扱うのですか…… 長槍兵として使いたいところですね……」
東の遺跡攻略は帝国として、国として行っている。先日のうちにカティこと宰相閣下に話は通し、必要な物資があれば調達してもらうという約束を取り付けた。
「魔法を使う方は居ないのですね……」
フィオレンツァの魔法を思い出したサーシャは、組み込めば楽になるだろうな、と考える。とは言え、使った後に動けなくなっていた彼女を思い、やめておこうと思った。
「鍛冶屋の方には話は通してあるのですよね? ええ、長槍……三メートルは無いとダメです。遺跡に入りますか? …… ふむ、それぐらいなら入るんですね。なら二○○本ぐらい発注で、簡単なものでいいと伝えてください」
「サーシャ、どんな調子だい?忙しそうではあるけど、僕等は何をすればいいかな?」
少し暇を持て余したダーシャがサーシャに意見を聞きに来る。バタバタと忙しそうにしている同僚達を見て、何か思うところがあったのだろう。
「作戦上、隊列を組む必要がありますから…… その練習をしてもらえますか?」
偵察兵からの報告によると、ある距離まで近付かないと魔物は寄ってこないそうだ、その代わりその階層にいる全ての魔物が寄ってくるとも。サーシャは接敵する距離よりも手前で陣を組ませるつもりだった。
「わかった、どういった隊列だい?…… なるほど。暇している連中に声をかけてくるよ」
装備が揃ったら、全兵種合同で訓練を行った方がいいだろうと、サーシャは考えた。
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三日目も忙しく過ぎ、四日目を迎えた。
「調子はどうですか?」
サーシャはやっと丸テーブルから開放されたので、訓練をしている騎士団の広場へと来ていた。監督をしているのか、幅広の剣を杖代わりにして見学しているクラウディアに話しかける。
「おお、お嬢さんか。見ての通り、訓練は順調のようだぞ。私は槍が合わないから見学中だ!」
続々と届く長槍などの装備は、騎士団員の手に渡り訓練を開始していた。
「ふむ……試してみましょうか」
カツカツと靴を鳴らし、騎士団の前に出るサーシャ。小さな指揮官を前にして、騎士団は槍を持って整列した。
「槍隊!構え!」
ザッ、という靴の音と共に騎士団は穂先を前に構え、石突きを地面に刺す。穂先が横に揃うかのように並び、槍衾を形成していた。
「上出来です。本番でもその調子でお願いします」
手を挙げて兵を労うサーシャに、クラウディアは提案する。
「それでな、お嬢さん…… 私は剣を持って突撃したいのだが、ダメか?」
槍による壁を作りたいサーシャは、ダメだと答えたかったが、遊撃兵として使う手もあると考え直して答える。
「最初は少しばかり耐えてもらう必要があると思いますが。私が指示を出したら、という形なら良いですよ」
「ほほう!ならば、遺跡攻略班をまるまる突撃隊にさせてもらおうか! 後は全てお嬢さんに任せる!」
無責任な騎士団長の発言を受けて、本来部外者のサーシャはため息をついた。




