帝都一年目の夏 : 騎士団の見学
サーシャは何となく、東門の付近を歩いていた。
イレーネとの訓練でも、サーシャの体力不足、力不足は解消されていなかった。
全力で打ち合うと、10分持たないということがわかったぐらいである。
ならばせめて、歩いて体力を鍛えなさい…… というのがイレーネから言われた事だった。
「走ろうとすると転ぶのだけは、直したいところなんですが……」
サーシャが独り言を呟いていると、東門の向こうから鎧姿の騎士達が数人歩いてきた。鎧は傷にまみれている、どうやら苦戦してきたようだ。
「ん、妹じゃないか」
「どうも、お兄様」
そのうちの一人はダーシャだった…… ということはこの騎士達は、東の遺跡攻略班だったということだろう。
「苦戦していらっしゃるようですね…… ミスリルで切れない魔物が出たとかじゃ無いですよね?」
サーシャは目の前の兄がボロボロになっているのを見て言う。とはいえ、怪我をしているようではなかった。
サーシャの質問に、ダーシャは少し疲れたように首を振りつつ答えようとした。
「ああ、これはだね……」
「なんだ貴様、そういう趣味だったのか?」
猫のような…… 猫にしては獰猛そうな顔の亜人がダーシャに声をかけてきた。
ニヤニヤした表情を見る限りは冗談を言っているようだ、だがダーシャは背筋を伸ばし、敬礼して答えた。
「いいえ、騎士団長殿。これは妹であります。私の趣味ではありません」
「趣味じゃないっていうのも失礼な話ですね、どうでもいいですけど」
それを聞いて騎士団長はケラケラと笑う。
「それはそうだ、女性にそういうことは言うものじゃないな?」
声の響きを聞く限り、騎士団長は女性の様だった。亜人は性別が見た目で判断が付きづらい、彼女は豹では無いように見える、ライオンだろうか。サーシャは聞いて見ることにした。
「貴女は…… 獅子なのでしょうか?」
「おお、その通りだお嬢さん。私は獅子のクラウディアだ。お嬢さんのお名前は?」
「アレクサンドラです…… サーシャとお呼びください」
芝居がかった動作でうなづくクラウディア。彼女は大仰な動作が多い、そういう性格なのだろう。
「ところでサーシャは何をしているんだい?東門に何か用でも?」
「体力不足の解消に歩いていました」
サーシャの説明にもダーシャは納得した、彼がサーシャを背負って開拓村まで行ったのを思い出しているようだった。
「体力不足? ははっ、うら若きお嬢さんなら絵にもなるだろう。別に構わないのではないか? それとも騎士団の訓練に参加でもするか?」
それを聞いてダーシャは考え込む。
「それもいいかもしれない。妹よ、どうする?」
「騎士団に興味もありますし…… クラウディアさん、参加してみてもいいですか?」
クラウディアは笑いながらうなづき、サーシャを騎士団の詰め所まで案内するのだった。
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サーシャは、訓練の初歩の初歩であるランニングで転び、思い切り笑われたので、訓練用にある広場を見学していた。
「鳥人の方ってやっぱり飛べるんですね……」
サーシャが眺めている先には、鳥人同士が模擬戦をしていた。空を飛びながら、時たま滑空するように剣を持って突撃している。
「どれぐらい飛べるんでしょうかね……」
「100メートルは軽いそうだぞ。そこまで飛んでいるところを見たことはないがね」
いつの間にか、サーシャの隣にクラウディアが居た。鎧を外し、体のラインが出る服を着ていたので、やはり彼女は女性だったのだと確信する。
「亜人の方が多いですね?」
「自慢するわけではないが、亜人の方が動きが良い場合が多くてな」
獣としての感覚や反応速度は残したまま、ということなのだろうか、とサーシャは推測した。
隣に騎士団長がいるのは幸いとばかりにサーシャは質問を重ねた。
「騎士団は何人ほどいるんですか?」
「各地に護衛として散らばっているのも含めたら200ほどだな。帝都には100ぐらいだ」
サーシャは少ないな、と思ったが、彼等は軍ではなく自警団の様な位置なのだろうと考え直す。
魔物との戦いは少人数で行っているようだし、大軍は必要無いのだろう。
「それにしても、女性で騎士団長とは…… 優秀なんですね、クラウディアさんは」
それを聞いて、クラウディアは首を振る。
「なんて事はない、所詮は世襲のようなものだ、親父殿が強すぎただけの事で私は騎士団長になれたのさ…… ん、騎馬隊の動きが揃ってないな……」
騎馬隊の演習を眺めつつ、サーシャは転んだことを思い出して言う。
「やっぱり体を動かすのは苦手です。そういうのはお兄様達にお任せしましょう」
「ハッハッハ!人間、得手不得手というものがあろう。お嬢さんは別の方向性を目指すのが良いだろうな。槍働きは我々に任せておいてくれ」
笑うクラウディアの横で、思い通りにならない体を思い、ため息をつくサーシャだった。
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騎士団の詰め所から去る時、サーシャはダーシャと話をしていた。
「お父様とお母様はゴールから旅立つそうですよ」
「そうか…… また西に?」
「ええ、古文書が西から伝わった、と聞いたそうで」
この星が…… この世界がどうなのかはわからないが。地球は丸かったので、西にずっと向かっていれば東の果てまでたどり着くだろうとサーシャは考える。
「西か…… 西の果てにはポルタスという国があると聞いたな。そこまで行ったらどうするんだろうね」
「さぁ…… それよりアンジェさんとはどうなんです?」
実の所、気になっているのはアンジェの年齢なのだが、サーシャは探りを入れてみた。
「驚くがいい、妹よ。食事の約束を取り付けた!」
しかし、帰ってきたのは予想外の答えだった、どうやら順調らしい。
「そうですか…… まぁ、黙っていた方が面白い方向に進みそうですし……」
後半部分はダーシャに聞こえないようにサーシャはつぶやく。
「騎士団長には必勝の攻略法を教えていただいた。がんばってみるよ」
「そうですね。頑張ってください」
どっちに転んでも面白いに違いない、とサーシャはニコリと笑って兄を応援した。




