会食
「エルバ島に危険な魔物はもう出ないと思うが、まだ遺跡あるかもしれんし、調査班は出した方がいいぞ」
「遺跡内の魔物を定期的に掃除するパーティも置いておかないといけないか。人手足りないんだけどなー」
「町に居る連中じゃ駄目か?」
「ミスリルハンドとか出るんでしょ?武器が通用しないんだって言うじゃないか。
フリーの魔法使いなんてそうそう居ないよ」
ヴァーニャとレムスはエルバ島の今後について話し合いながら食事をしている。
鋼鉄製の武器や魔法が通じない熊や、ドラゴンについての顛末はもう話し終えた。
遺跡の魔物は最深部の魔石を破壊しても、一定時間で復活すると言われているため、定期的に退治する必要がある。
そうしないと魔物は遺跡から地上に出てきてしまうのだ。
「エルバ島の資源は必要だから、勅命を出してでも用意しないとね」
「なんか緊迫した理由でもあんのか? 財政がヤバいとか」
「や、そういうわけじゃないけどね。エルバ島や南東を近代化させるんなら、資源はいくらあっても足りない」
遺跡探索と資源発掘、農業や酪農で貿易材料を確保し、
貿易で財や特殊な資源を確保する。
現在の帝国は単純に言うとその方法で回っている。
今後の発展のためにはエルバ島や南東の発展もさせて、
食料や資源をどんどん回していかなければいけない。
「人手がとにかく欲しい所だね、力仕事やら槍働きは諸外国から来た人達でも良いんだけどね。
この所、文官が後継者も育ててないのに引退したり、病没したりが多くてね……
その分カティが全部やってくれてるから良いんだけどさ」
そのカティはサーシャと何やら話し込んでいた、時折バンバンとテーブルを叩く音が聞こえる。
ちらっと見るとカティが自分を睨んでいるような気がした。レムスは怖いので意識をそちらから逸らす。
「あ、ああ、そう言えばこれ便利だね。フィンガーボールとかリネンとか面倒だったんだけど、
エルバ島から流れてきたって聞いたよ」
レムスはこれ、と言って手に持ったディナーフォークを指した。
骨付き仔牛肉のカツレツをナイフとフォークで器用に切る。
これのおかげでいちいちフィンガーボールで指を洗い、リネンのタオルで手を拭かなくても済むようになった。
レムスはそれらを面倒だと思っていたので渡りに船だったのだ。
フィンガーボールは食事中に指先を洗うための道具だ、手づかみで食べる際にマナーとして使われる。
「ああ、これな。手づかみも悪くないがこっちの方が手が汚れずに済むしな。
ちなみにサーシャが作った。他にもなんか色々作ってたぞ、うちの食事風景はサーシャが全部変えていったよ」
ヴァーニャは牛のすね肉の煮込みを食べつつ答える。
「確かにヴァーニャが持ってるのは俺の持ってるのより洗練されてるなぁ……ってあの娘が作った?今何歳?」
「十歳だ。これ作って持って帰ってきたのは五歳だか六歳ぐらいの時だったけどな。
ミスリル製の武器作ったのもサーシャだよ、なんかさっき同年代の娘に加工法を教えたっつってたな」
ヴァーニャの信じられない発言にレムスは肩を潜めた。
「はぁ……天才って奴なのかねぇ、凡才の身としては羨ましい限りだよ。
ふむ……ミスリルの加工が可能になったんだから、材料になる魔物は買い取る様にしないとな。
そしたら鉄を武器防具から上下水道とかの施設に回せる」
情報を聞いて、すぐに帝国の運営に考えを回すレムスを見て、ヴァーニャは心配そうに見る。
「皇帝陛下様は大変だな……」
「全くだよ、ヴァーニャ達とそこら辺冒険してた時に戻りたいね」
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サーシャは対面にいるカティに帝国について色々聞いていた。
この世界の技術体系について、少しでも考える材料が欲しかった。
「馬車で南の農場を見ましたが、酪農と農業は順調に見えました。病気とかはどうしているんですか?」
米入り野菜スープを飲みながら、サーシャは切り出した。
「ええ、順調ね。病気や栽培法は古文書を解読した結果なのよ」
「古文書ですか…… もしかして服や上下水道も?」
サーシャの着眼点にカティがサーシャを見る目が少し変わった。
「ん。そうよ、共通語で書かれた物しか解読出来ていないのだけどね」
サーシャは腕を組んで考えこむ、思わず独り言が漏れた。
「ふむ……技術のちぐはぐさはそこから? だとしたらそれの出処は一体……」
「貴女にはちぐはぐに見えるのね?」
「ええ…… なんていうか、科学的には大して発展してないのにそれらの分野の技術は高度です。
理屈はわかってないけど使ってる、作ってるっていう風にみえますね、その割には的確な使い方です……
その古文書を一度読んでみたいですね」
それを聞いたカティは細目でサーシャを見る。
「科学? うーん、城の書籍庫に写しが置いてあるわ、わたしが許可を出すけど、読む?」
「良いんですか!?」
サーシャは喜色満面で対面のカティに迫る。
少し気圧されながら、カティは答えた。
「え、ええ…… 価値がわかる人になら良いでしょう。それでね!」
今度はカティがサーシャに迫ってきた。
「我が国は人材を求めているのよ、特に文官がぜんっぜん!足りないの。どう?ならない?」
十歳の幼女に文官になれと迫る、宰相の姿がそこにあった。
「文字の読み書きは出来るのよね、古文書読みたいって言うぐらいだもの、そうよね?
ポストはどこでも空いてるのだけど、どれがいい?貴女ならどこでもいけるわよ!?」
「嫌です」
サーシャは即座に断った、前世で散々懲りているので公務員や国の元では働きたくなかった。
「えっ?駄目なの?」
カティはちょっと泣きそうな目をして指を加えている、どことなく可愛らしい。
サーシャはカティを諭すように言った。
「カティさん、私は十歳ですよ?十歳なんかより役に立つ人たちは居るでしょう?」
(こういう言い方は卑怯臭いけど、まぁいいだろう。どうせ前世が云々言ったって信じてもらえない)
「それがね!聞いてよ!最近年を取ったからって引退するだの、田舎に引っ込むだの言い出す爺が多いのよ!そのポストの後継者も居ないくせに!」
カティはテーブルをバンバン叩いて力説した。
「皇帝陛下も強くは止めないし!わたしが頼んでも「君がいるから大丈夫」ですって!大丈夫じゃないわよ!」
カティは相当鬱憤が溜まっていたようだ、確かに次の人材が決まっても居ないのに辞められては残る人間が非常に困る。
強く止めなかったという皇帝の方向を睨みながら言っている。
「ほ、他の文官の方を昇進させるのは?」
サーシャは知的な印象だったカティの豹変に驚きながら代案を出した。
「それやったのよ……そしたらね……」
ちょっと落ち着いたカティがテーブルに伏せるように小声で言う。
「作業量が多すぎたのか重要案件が多すぎたのか潰れちゃって……」
「はぁ……大変ですね……」
(作業を残したまま引退したのか?前の文官たちは。結構重要な立場に居たんだろうに)
「一人が潰れてからは懲りたわ、取り敢えずその人は元の位置に戻してわたしが代行してるの」
「取り敢えず文官の数を揃えてはどうでしょうか。町民で文字の読み書きが出来る人を雇うんです、
少なくとも書記官をカティさんがやるような状況にはならないと思いますが」
(取り敢えず代案を出しておかないと、強制的にこの国を政治に関わらなきゃならなくなりそうだ)
サーシャの提案にカティは考えこむ。
「そうね……仕事を引退気味の文字が読み書き出来る人材を揃えて……当座はそれで凌ぐとして……」
「この国には学院があると聞きました、そこからも引っ張ってくれば若い人を連れてこれるのでは?」
「マドンニーナ魔法学院か……あそこなら文字の読み書きも教えこむし、家柄がある娘が大体……」
カティはサーシャの言葉を吟味する、頭の中では今後の策が練られていることだろう。
「いけそうな気がしてきたわ、ありがとうサーシャちゃん。ところで宰相の後継者として帝国で働かない?」
「嫌です」




