メイドと豹と少女
食事を終えた一行は店から出ると、今後の予定を話し合っていた。
「宿はまぁここでもいいんだが、金はあるしもうちょっと良い所にしようか」
ヴァーニャはそう言って、食事をした建物を見入る。二階が宿となっているが、狭そうだ。
「そうだ、私は鍛冶屋に行って用事を済ませてきたいのですが」
「ああ、ダリオさんから頼まれてた件だね」
「そうね、サーシャ、通信の魔石を貸してくれる?それで連絡を取りましょう」
「では、私は別行動ということで。宿が決まったら連絡をください」
サーシャは通信の魔石をナディアに渡すと家族と別れ、歩き出した。
少し歩いた所でサーシャは鍛冶屋の場所を知らないことに気付いた。
石畳が敷き詰められた道には多数の人々が歩いていた。屋台などもあり、盛況なようだ。
人以外の種族、亜人もちらほら見える、彼らの外見は獣に近い者や人間に限りなく近い者など様々だ。
(鳥っぽい人もいるなぁ……羽生えてる、飛べるのかな)
数としては人間が多く見えるが、亜人だからといって差別されているようには見えない。
彼ら亜人は人間と同じ立場として行動しているように見える、亜人は当然居るものとして扱われているようだ。
ガヤガヤとはしているが、時たま笑い声も聞こえる平和そうな光景だった。
「平和そうですねぇ…… 取り敢えず息してるだけでケチ付けられそうな所じゃなくて良かった」
先ほどキールに聞いた限りは食料事情も問題無さそうだ、食事を提供する場があるということは食事を楽しむ余裕もあるのだろう。
サーシャはこの国が生きにくい国では無いことに安心した。
そんな事を考えながら歩いていると、道が分かれていた、城を囲むように回る道と直線の道だ。
困ったサーシャは人に聞こうと探すが、声をかけても大丈夫そうな人は見当たらない。
キョロキョロとしていると、後ろから声をかけられた。
「お嬢さんどうしたんだい? なにか困ったことでも?」
サーシャが振り返ると、背の高い栗毛の女性が立っていた。
長身も目に付くが、それより特徴的なのが服だ、彼女は裾の長いエプロンドレスを着ていた。
サーシャにとってはその格好はメイドという職業の物だ、前世で部下が熱く語っていたのを聞いたことがある。
「その格好、夏は暑くないですか?」
まじまじと女性の格好を見たサーシャは率直な疑問をぶつけてみた。
今は春だが、分厚そうな地味な生地のロングドレスは夏なら暑そうに見えた。
「ふふっ、夏はもうちょっと涼しい格好をするさ、ここは帝国でも北部だから多少はマシだけどね。
それで、貴女は何をしているのかな、そんなにキョロキョロしていると危ないよ?」
妙に男前な言葉遣いの女性にサーシャは答える。
「そうですか?この都市はとても平和そうに見えます、人々のモラルも高そうですし。
衛兵が睨みを効かせているわけでも無いのに、ここまで平和なのは余裕があるからでしょう」
「へぇ……」
女性からの視線が舐め回す様な物に変わり、サーシャは少し背筋が寒くなった。
「そうだとしても気をつけて損はないよ、貴女は可愛いしね」
なんだか女性から可愛いと言われることが多い気がして、サーシャはおかしくなって微笑んだ。
(中身は男なんだけどね)
「そこまで言われては気をつけないわけにはいきませんね、ところで……」
「ん?なんだい?」
すこし可愛らしく小首を傾げる彼女にサーシャは尋ねた。
「鍛冶屋はどちらの方向でしょうか?」
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栗毛の女性が言うには鍛冶屋は何件もあるようだったが、武器や防具なら多分ここだろうと紹介された。
その他の鍛冶屋は上下水道に繋ぐパイプを作っていたり、農具専門だったりと様々らしい。
彼女の言葉を聞いた時、サーシャは唖然とした。鉄製パイプによる上下水道がフォークもないのにあるというのだ。
話から予測するに、ダムや下水処理施設のような物もあると思われる。さすがに前世で見たような高度な物ではないだろうが。
衛生面で気を使っているなら、手づかみで物を食べるのはおかしい。どこかちぐはぐしていた。
(上下水道やらダムは古代からあった、とは言え鉄製パイプとかなぁ?うーん…… 取り敢えずはいいや。考えてもキリがない)
サーシャはダリオから頼まれた用事を果たすため、想像より大きい鍛冶屋のドアを開いた。
「おやおや、小さなお嬢ちゃんのお客さんかい?」
カウンターに居る猫のような店員がこちらを見ていた。
黒い斑点があり、猫にしては顔つきが鋭い、豹だろうか。
声色からどうやら女性だということがわかる。
「はじめまして、こちらにダリオ・ロッソさんの姪のリタさんはいらっしゃいますか?
これはダリオさんから預かった手紙です、多分あなたに渡すように言われています」
ダリオは豹の姿をした女性に渡してくれと言っていた、多分彼女のことだろう。
手紙を豹の姿をした店員に渡す。
「ありがとうよ、お嬢ちゃん。ふむ、ダリオの坊やは元気にしとるようだね……
ほう!雷帝のね……なんと、ミスリルの加工をお嬢ちゃんがやったと言うのかい!」
ダリオからの手紙の内容に店員は驚き、目を丸くする。
ミスリルはミスリルハンドやミスリルゴーレムの死骸から採れるが、加工が出来ずそのまま飾ったりするしかなかった。
加工が出来るようになれば、軽くて硬く、銀のように見栄えがいいミスリルは良い素材になるだろう。
「ダリオには加工は無理だったのかい、リタなら出来るかもとな。ふむ、面白い。
お嬢ちゃん、ちょっと待っといてくれ。今、呼んでくるからね」
店の奥へ消えていく店員を見送り、サーシャは店内を見渡してみた。
武器防具屋も兼ねているのだろう、剣に槍、鎧などが置かれている。
「鋼鉄製ばかりですね……何か見たこと無い金属があったりしないものでしょうかねぇ」
前世で見たことがない金属、鉱物は今のところ、ミスリルと魔石ぐらいだ。
「お嬢ちゃん待たせたね、この子がリタだよ」
考え事をしていたら、店員が小さな女の子を連れてきた……とは言ってもサーシャと同い年ぐらいだろう。
長い黒髪に料理人が付けるような帽子、和帽子に近い物を被り、所々が汚れたエプロンをつけている。
顔の印象ははかなげというかうつ向きがちで、目もどこか遠くを見ているようだった。
「リタ……です……」
「アレクサンドラ・イヴァーノヴナ・ドラゴミーロフです、サーシャとお呼びください」
サーシャはリタと名前を知らない店員に向かって言う。
「また丁寧な名乗りだね、おばちゃんはアガサだよ。よろしくねサーシャちゃん」
うつむいて言ったリタと違って、アガサはニコニコしながら名乗った。
サーシャはリタに説明するように話しかけた。
「ここに来た用件なのですが、ミスリルの譲渡と加工技術を教えるためです。
ダリオさんにも教えたのですが、どうやら分かりづらかったようでダリオさんはミスリルを加工できませんでした。
リタさんが良ければ、今直ぐにでもお教えしますが、いかがですか?」
「うん……自信はないけど、やってみたい……」
ハキハキと喋るサーシャとゆっくり喋るリタは正反対のようだった。
「アガサさん、ここの施設を使わせていただきたいのですが、どなたに許可を取ればいいでしょうか?」
「ここはおばちゃんの店だよ、好きにお使い」
どうやらアガサは店員では無く、店主だったようだ。
そしてサーシャはアガサとリタに連れられ、工房までやってきた。
「これは広いですねぇ……」
炉も複数あり、作業している鍛冶師もかなりの人数だ。
「城の兵士やらの装備も作っているしねぇ、このぐらい広くないと捌けないんだよ」
アガサは自慢気にアゴを撫でながら作業場を見入る。
誰も作業しておらず、空いている炉があるのでそこを借りることにした。
近寄って見てみると、魔石で火を付けるタイプの炉だった。
「魔力が無い人は鍛冶師になれないんでしょうか?」
ふと、疑問に思ったサーシャが口から漏らす。
「そういう人は……火だけ他の人に付けてもらって……作業するの」
リタがぽつりぽつりと説明してくれる。
誰か魔力がある人が居るはずだからその人に付けてもらえということか。
サーシャは道具を適当に見繕う。ダリオの店で一通りの道具は自作のミスリル製を作ったのだが、
重いからと言って置いてきたのだ、鉄製の物よりかなり軽いはずだったが、サーシャにとっては重いのだから仕方がない。
(ハンマーだけでもダリオさんの所から持ってくればよかったか?まぁダリオさんはあれ気に入ってたみたいだし良いか)
「じゃあ、私がとりあえずハンマー作ってみます、見てて下さい」
ミスリルのインゴットを『軽量化』のショルダーバッグをひっくり返すように取り出す、一個一個出すのが面倒だったのである。
炉の魔石に触れ、火力の調整をする、ミスリルのインゴットを放り込み、感覚で加工できそうになったら取り出して金床に置いた。
久しぶりに持つ鉄製のハンマーは重かった、ミスリル製のハンマーは軽く頑丈だったのだが。
「よいしょっと」
相も変わらず適当な振り方でハンマーを振る、インゴットはみるみるうちに変形し、ハンマーの形になった。
さっと水で冷やして固める、そして柄に差し込んで完成させた。
「リタさん、どうですか?わかりました?」
振り向くとリタは真剣な眼差しでそれを見ていた、小さな動きで頷いている所を見ると、なにかわかったようだ。
一方アガサは口を開けて唖然としていた、かつてのダリオと同じ様な驚き方だった。
「サーシャ……さん、やってみるから……わからないところはおしえて……」
サーシャは頷いて、リタの作業を注意深く観察する。
(教えるのは苦手だけど、この娘にはわかってもらえそうな気がするな…… よし、頑張るか)
「なんというか、かんかんかーんって感じです、こうなんというか角度的なですね」
そして、感覚と身振り手振りだけですべてを説明しようとする者の指導が始まった。
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リタは熱せられたミスリルに向かってハンマーを振るっていた、ミスリルはまだ曲がらず、形を変えない。
「うーん、そうでは無くてグイッときてカカッと叩くんです、タイミングとしてはこうガッと」
サーシャの言葉にリタは頷いて再度ハンマーを振るう。
アガサはサーシャの説明が全く理解出来なかったので、椅子を持ってきて座っている。
(こりゃ、ダリオの坊やには理解出来ないだろうねぇ。あの子は真面目だったから……)
アガサはサーシャの指導に目を丸くしていただろう、ダリオの顔を思い浮かべて微笑む。
そう言えばリタの両親が死んで、自分の元へ来た時はダリオが修行に来た時と同じ様な年齢だった。
4、5歳の子供達は素直で可愛かったものだ。
「カカッとするというのは……この角度で打ち込んで……」
「そうですね……」
何やら訳の分からない擬音で分かり合う娘たち、
そういえばリタが物を覚える時は体で覚えるというか、感覚で済まそうとしている節があった。
「ガッ……とすれば……なるほど……」
再度ミスリルを熱してリタがハンマー振るう、するとミスリルの形が少し変わった。
「良いですね、そこをガツンとやってください」
「ガツン……」
アガサが良くわからない理屈に従って振るわれるハンマーはミスリルを支配し、その形を自在に変えようとしていた。
ミスリルはハンマーとタガネでナイフの形へ変えられた、リタは冷やしながらヤスリをかけて刃を調整する。
リタは柄の部分に穴を開け、木材で作られた柄に固定する。
「出来ました……」
「うん、出来ましたね。その感覚でやれば大丈夫だと思いますよ」
サーシャは嬉しそうにリタを見て飛び上がるぐらいにはしゃぐ。
「私の説明がわかりにくかったと思いますが、リタさんがわかってくれて良かったです。」
「そんなこと……ないです……わかりやすかったですよ」
どうやら他の鍛冶師に教えてもらうのは諦めたほうが良さそうだ。
アガサは聞いていて目眩がしたが、リタにとってはわかりやすかったのだろう。
リタの今後の教育方針を少し考えないといけないなとアガサは頭を抱えた。
サーシャ達は店のカウンターのところまで戻ってきた。
「ああ、そうだこれもあったんでした。ドラゴンの鱗です、ミスリルで出来た剣も魔法も弾くので、防具か何かに使えると思いますよ。あとは爪と牙ですね」
サーシャはドラゴンの黒い鱗と爪、牙を無造作にカウンターに置いた。
「ド、ドラゴンかい?」
「ええ、遺跡の最深部に居ました」
「そ、そうかい……まぁありがたくもらっておくよ、何に使えばいいか検討も付かないけどねぇ」
「はい、それでは失礼しますね。アガサさん、リタさん、また会いましょう」
「サーシャさん……わたしの事は……リタと呼び捨てで呼んで下さい」
「そうですか?では、私の事もサーシャと」
にこやかな光景が広がっていたが、この娘達は国の鍛冶師が総出でかかっても、加工が出来なかったミスリルを加工した凄腕の鍛冶師なのだ。
アガサは複雑な心境でそれを眺めていた。




