はじめてのまもの
「こうやって覗くと遠くまで見えるんですよ」
店から出て、サーシャは双眼鏡の使い方をレクチャーしていた。
レンズに蓋がついていたのでそれを取り、ある程度掃除した。
双眼鏡をダーシャに持たせ、覗かせる。
「本当だ、遠くの船まで近くで見たように見える。これはすごいな」
今度はアマンダが受け取り、双眼鏡を覗く。
「へぇ、便利なもんだ。帝都に望遠鏡ってのがあるらしいけど、それの親戚かね」
はい、とアマンダはサーシャに双眼鏡を返した。
「帝都には望遠鏡があるんですか……」
随分前に聞いた話だったため、思い出そうとして頭をコツコツとつつきながらアマンダ
は話す。
「どっかの遺跡で発見したのを持ってきた、とかだったような」
遺跡、と聞いてサーシャは背中の弓を意識した。この時代錯誤な弓も遺跡で発見
されたものだ。
(異世界だから、というのもあるんだろうが。
遺跡で見つかっているものは時代錯誤な物が多いな)
遺跡に潜ればなにか発見があるかもしれない。
入る方法を考えなければいけない、とサーシャは腕を組みながら考えた。
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アマンダと別れたサーシャ達は、家に戻る前に村にある酒場で昼食を取ることにした。
窓際の席に座り、ダーシャは店内にある黒板に書かれたメニューを見ている。
「僕はトマトソースのスパゲッティにするけどサーシャはどうする?」
「スパゲッティ……」
サーシャはカウンターに座る男をじっと見ながら呟いた。
スパゲッティを手づかみで持ち上げて頭上に持って行き大口を開けて食べている。
「お兄様、ここにスパゲッティを食べる用の食器があるのですが……」
サーシャはバッグから4本歯のフォークを取り出した。
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集まってきたギャラリーにサーシャは実演して説明していた。
「こうやって食べるんですよ」
サーシャは皿の端でスパゲッティを巻いて口に運ぶ。
「手づかみじゃ駄目なのか?」
「その食器は何なの?」
「それどこで売ってるんだ?」
四方から質問が飛ぶ。
「これは4本歯のフォークです。手づかみが駄目とは言いませんけど、手が汚れるの
嫌ですし。
鍛冶屋のダリオさんに言えば作ってくれますよ。木で作っても良いと思います」
話をしつつ、トマトソースのスパゲッティを食べる。
トマトソースにチーズがたっぷりと入っている、
スパゲッティも程よい硬さで美味しかった。
「他にも色々使えますよ。突き刺したり柔らかい物を切ったり」
始めて使ったとは思えないほど器用にフォークを使いながらダーシャが口を開いた。
「ダリオさんのところで買ってきたのかい?」
「いえ、ダリオさんのところで私がさっき作りました」
「サーシャが作ったのか、えらいえらい。手が汚れないのはいいことだね」
ダーシャはそう言いながらサーシャの頭を撫でた。
「「「いや、その子が作ったっていうのはおかしいだろ!」」」
その会話を聞いてギャラリー全員が我慢できずに突っ込んだ。
「そうですかねお兄様」
「僕はそこまで不思議には思わないね、妹よ」
兄妹の食事は和やかに進んでいった。
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村の入口でサーシャは頭を抱えていた。
「大変ですお兄様!正直帰るの面倒です!」
「安心しなさい妹よ。馬車で食料を運んでもらうから、ついでに乗せてもらう事になって
いるんだ」
後ろを指さすと鎧を着た衛兵が馬車を引いてきた。
「衛兵さんが御者をするんですか?」
サーシャの質問にダーシャは頷く。
「まだ村の外は危険だからね、戦えない人が一人で出ることはないんだよ」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
サーシャがお辞儀をすると、衛兵は手を上げて返した。
馬車はサーシャ達の家へ向けて疾走する。
荷台に乗ったサーシャは双眼鏡で景色を眺めながら、始めての馬車を楽しんでいた。
「お兄様、右の方にウサギが居ますよ!なんか妙にでっかくて牙がすごい尖ってます!
あっ、こっちに走ってきてますね、可愛いです!」
「そうか妹よ、それは首狩りウサギという魔物だよ。追いつかれるかもな……衛兵さん、馬車を止めて下さい。迎撃します」
急停車した馬車からダーシャが剣を抜きながら飛び降りた。
かなりの速度で視界に入ってきた魔物から馬車を守るように構える。
遅れて降りてきた衛兵も慌てて槍を構えている。
決して魔物から目を離さないようにしつつダーシャは叫んだ。
「サーシャは隠れているんだ!ってあれ?」
魔物の頭に白い矢が突き刺さっていた。
後ろを振り向くと、馬車の縁に片足を乗せて弓を構えたサーシャの姿があった。
ちょっとだけドヤ顔だった。
(練習の成果はあったな)
「パンツが見えているよ。妹よ」
真顔で足を下ろすサーシャを横目に見ながら、ピクリとも動かない魔物の
息が止まっているかどうかを念のために確認する。
首狩りウサギは正面から戦うと大したことが無いが、体が大きい割には動きが速く、
接近に気付かないと後ろから首を狙ってくる恐ろしい魔物だ。
開拓民も襲撃され、何人か殺されている。
頭の骨が硬い事も特徴で、首か胴体を狙うのが上策とされていた。
「首狩りウサギの頭を射抜くのか、すごいものだね」
ダーシャはウサギの血抜きをして馬車に乗せた、戦うと凶悪だが
肉は柔らかく臭みがない。
その姿を見ながらサーシャは顔を強ばらせている。
「もしかしてたまにお父様が持ってくるウサギって……」
「ああ、こいつだよ。美味しいよね」
「うえぇ……魔物だったんですか」
「美味しいから良いじゃないか。衛兵さん、行きましょう」
槍を構えたままで止まっていた衛兵に声をかけるとダーシャは馬車に乗った。
その後は魔物に遭遇すること無く家に帰り着いた。




