奈落の深さは何尋か
一部と二部の間、師弟の旅路での夏の出来事。
じわじわと汗が肌を湿らせ、服の内に熱気がこもって茹だる。エリアスは手の甲で額を拭って苛立たしげに息を吐いた。夏とはいえ普段はさほど湿度も上がらず、日陰に入ればひんやりするものだが、この数日はやけに蒸し暑い。
(風がないからだ)
喉の奥で唸り、頭上に差しかけられた木々の枝を恨めしげに仰ぐ。陽射しが遮られて涼しいはずなのに、今は閉塞感を増すばかり。上り下り曲がりくねって斜面を這う山道は、そうでなくとも風通しが悪くて空気が澱んでいるというのに。
前を行くグラジェフもさすがに閉口しているようだ。旅慣れているとは言っても、暑いものは暑い。お互い不機嫌の兆候を感じているため、師弟はずっと無言だった。
やがて唐突に木立が切れ、道端に腰高の石垣が出現した。村に着いたのだ。
狭い土地に小さな家が寄り集まった集落はごちゃごちゃしているが、それでも森の中よりは開けて明るい。
エリアスは何がなし安堵し、肩の力を抜いた。グラジェフが気恥ずかしそうな苦笑をこぼして言う。
「助かったな。暑さのあまり叫びながら斜面を転げ落ちる前に、村に着いた。このうえは冷たい水の一杯にもありつけたなら、主への感謝もいやますというものだが。さあ、教会はこっちだ」
手振りで促し、細い道を右に折れて集落の中心へ向かう。エリアスも急ぎ足で続いた。
ずんぐりした民家の屋根越しに、十字円環を掲げた建物が見える。あそこか、とエリアスは確認したのち、ふと妙な気分がして周囲を見回した。
「……グラジェフ様。何かざわついた気配がしませんか」
「うむ。いささか不穏だな」
グラジェフも小声で肯定し、厳しい面持ちになった。
あからさまな騒ぎが起きているわけではない。だが危険と隣り合わせの旅を続けてきた二人には、声ならぬ警告のささやきが聞こえていた。何か尋常でない、血と敵意の気配。
案の定、すぐに事態があらわになった。
行く手の教会から激しい物音が響き、男の叫びが上がったのだ。
師弟は同時に走り出した。石垣を跳び越えて庭を突っ切り、一直線に教会を目指す。礼拝堂の扉が開け放たれており、奥で二人の男が揉み合っているのが見えた。
「嘘つきの偽善者め! 死ね、死ねぇっ!」
激昂した男が中年司祭を祭壇に突き倒し、ナイフを振り上げる。その手首をグラジェフが掴んで捻った。同時に足をかけて体勢を崩させ、そのままぐるりと回転させて床に叩きつける。ほんの一呼吸の間だった。
会衆席を回り込んだエリアスが司祭を助け起こし、背後に庇う。司祭は既に腕や手にいくつもの切り傷を負っていた。
事情を問うだけの余裕はなかった。組み伏せられた男は驚くべき力で暴れ抵抗し、一瞬でも気を抜けばグラジェフをはねのけて突撃しそうだ。熟れすぎた野苺のような顔を真っ赤に染めて、罵詈を喚き散らしている。
「くそがっ、死ね、死にくされ! あの婆ァが地獄で焼かれるのだけが、唯一の、救いだったのに! 赦されるだと!? 嘘つきめ、地獄へ行け!」
どうやら住民同士の諍いを仲裁しそこねたらしい。エリアスの背後から司祭が困惑と失望のあいまった声をかけた。
「ミハイ、そんなふうに人を呪うものじゃない。主は慈悲深くあられるんだよ。《聖き道》に立ち返った者にまで門を閉ざしは」
「うるせえ! あの糞婆ァが楽園に入れるってんじゃ、俺が救われねえだろ! 不公平だろうが、畜生……っ」
怒声がすすり泣きに変わり、暴れる勢いが衰える。グラジェフは慎重に力を緩め、様子を窺った。司祭がなんとか慰め説得しようと口を開く。
「あんたが怒るのもわかる。テレザも今後は態度を改めるはずだ。あんたを救うのは憎しみと復讐じゃない、赦しだよ」
ミハイは聞き入れず、ただむせび泣くばかり。グラジェフがそっとナイフを取り上げようとしたその時、外から甲高い叫びが届いた。
「大変だ、大変だぁ! 司祭様、えらいこった!」
皆がそちらに気を取られた隙に、ミハイがグラジェフをはねのけて立ち上がった。堂内の剣呑さに気付かず、村人が叫びながら駆け込んでくる。
「テレザ婆が血まみれで……、ひっ!?」
急報を運んできた村人は、そこでやっと殺人者の存在に気付き、立ち竦んだ。ナイフを構えたままのミハイに視線が集まる。司祭が声を震わせた。
「まさか、あんたが」
「おうとも」ミハイは泣き笑いに顔を歪めた。「あの婆ァを楽園に行かせてたまるもんかよ! あの汚い、罪深い、魔女の小屋で! 独りでくたばるのが報いってもんだ!」
言うなり彼は、手にしたナイフを自らの腹に突き刺した。とっさにグラジェフが駆け寄ったが、ミハイはそれを振り払い、よろめき後ずさって膝を突く。痛みと恐怖をしのぐ凶悪な笑いが、その顔を炎のように彩った。
「へ、へへっ……自殺すりゃ、外道に堕ちるってな……いいさ、呪ってやる。おまえら皆、呪ってやる! 楽園なんざ糞食らえだ、俺は地獄に行く。外道になって、悪魔になって、おまえら皆、殺してやる!!」
額に脂汗をにじませ、全身を震わせて怨嗟の咆吼を上げた男に、司祭がおののく。だがそれを庇って立つエリアスは冷ややかな目をし、一方グラジェフは沈痛な面持ちで瀕死の男に歩み寄った。
「それほどの恨みを抱くに至った境遇には同情する。そのうえさらに、そなたの運のなさを告げるのは誠に気の毒だが」
静かに語りかけながら、グラジェフはつと手を伸ばして男の額に触れた。
「我々は浄化特使だ。そなたの魂を外道に堕としはせぬ」
「――!」
「楽園には入れずとも、安らかに眠るがいい。《主はあらゆる苦痛を取り除きたもう》」
何種類かある臨終の祈りから、楽園に至る願いを除いた聖句を選んで唱える。霊力の銀光が指先に集まり、青ざめた男の顔を薄く包んで流れ去ってゆく。愕然と見開かれたミハイの目が、絶望と悲痛に揺れた。
「い、嫌だ、嫌だ……っ、そんな」
血の気が引いた唇がわななく。いまさら遅いのに、我が身に突き立てたナイフの柄を両手で掴んだ。なかったことにしようというのか、あるいは秘術が魂を清める前に死んでしまおうとしてか、一息に引き抜く。熱い血がどっと噴き出した。
「ちく、しょ……、神よ、報いを……」
かすれ声でなおも恨みをつぶやいて、ミハイは倒れ伏す。激しい喘ぎが弱まり、やがて静かになった。
二人の死者は、せわしなく、かつ念入りに丁寧に葬られた。恨みと無念に満ちた死は速やかに清めなければならず、一方で生者に害なさぬよう間違いなく弔わねばならない。
当然、浄化特使の師弟も手伝った。村人からすれば二人は土地付き司祭と違ってよく知らない存在であり、それがこの急な事態に偶然居合わせてくれたとあらば、神の使いかのような錯覚もしようものだ。当人たちにはいささか居心地が悪いものの、おかげでミハイの遺した影響はずいぶん薄められた。
葬儀の後、墓地から教会に戻った浄化特使の師弟は、司祭部屋でやっと一息つくことができた。二人に葡萄酒をふるまった司祭は、自分もぐいと杯を呷ってから沈痛に語りだした。
「テレザは産婆だったんですが、それよりも魔女と言うほうがふさわしい性質でしてね……いえ、わたしが彼女を指弾したというのでなく。彼女みずから魔女だとうそぶいて憚らず、まじないを使うこともためらわず、何より……誰に対しても大変辛辣でしたから。村の皆が彼女を恐れ嫌って、魔女呼ばわりしていたんです。毎日、出会う者ことごとく大声で欠点をあげつらうのではね」
どうしようもなかった、と言うように首を振る。その意味を察して、グラジェフも眉を曇らせた。
「なるほど。あの男は格好の餌食だったのですな」
「彼だけが標的にされていたわけではないんですがね。それにテレザ以外の者も悪気なく『あばたのミハイ』とあだ名を呼んでもいましたし。何しろミハイはありふれた名前で、何人もいますから」
二人の会話にエリアスは加わらず、視線を窓外へ向けた。ここから墓地は見えないが、怨念を吐き散らして自ら命を絶った男の顔がまざまざと思い出された。薄暗い堂内で激高して暴れている状況ではじっくり見る余裕もなかったが、ひどく荒れた頬は印象に残っている。疱瘡の痕だろう。
「まぁずいぶんな言いようでしたよ。こんな醜い顔を晒すはめになるなんて気の毒なことだ、いっそ生まれて来なければ良かったのに、だとかまで。それに対してミハイが、おまえこそ地獄落ちだ、この魔女め、と罵り返すのが日常でした。ただ、そんな魔女……テレザも、飼い猫にだけは優しかったんです」
猫、の一語に反応してエリアスが振り向く。司祭は気付かず話を続けた。
「長生きの猫でしてね。わたしが村に来た時にはもうすっかり名物猫でした。二十年近く生きたんじゃないでしょうか……とうとう、半月ばかり前に死にました。さすがにテレザも堪えたようで、葬式を出してくれと頼まれましたよ。いえ、もちろん獣には清め弔うべき魂などありませんから、形だけ簡単にしてやったのですが。ともかく、それがきっかけで彼女も自分の死後についてあれこれと考えたらしく、これまでまったく寄りつかなかった教会に足を運ぶようになったんです」
「それがミハイには我慢ならなかった、というわけですな」
「ええ……しかし、よもや殺めるほどとは。テレザにばかり心を砕いていたわたしが迂闊だった、と言えばそれまでですが」
はあ、と司祭は深いため息をつき、うなだれたきり沈黙した。
聖御子像に向かって祈る司祭を残し、師弟は明るい外へ出た。照りつける陽射しが今日も痛いほどだが、風はからりと心地良い。村に淀んでいた憤怒が死によって除かれたのに伴い、空気までが入れ替わったかのようだ。
グラジェフが天を仰ぎ、小さく祈りをつぶやいてから、つくづくと言った。
「土地付き司祭の難しいところだな。閉じた村の中では人と人の関係も固定されてしまい、たやすくは変えられぬ。あちらを赦すと言えばこちらが怒り、そちらを宥めればあちらが恨む。迂闊に地獄を持ち出すこともできんとは」
特使であれば何らかの“裁き”を求められた場合でも、ある意味、後腐れはない。あちらが悪い、こちらが正しい、以上終わり、で去ってしまえばそれまでだ。しかし共に同じ土地で暮らし続けるなら、そう簡単に割り切れない。
だからこそ、往々にして土地付き司祭は日和見で機嫌取りに腐心したり、あるいは圧倒的な権威を保つため過度に支配的になったり、なにかと問題も生じやすいのだが……
エリアスは世知辛い困難については肩を竦めるにとどめ、学究的な感想を述べた。
「地獄に堕ちるぞ、と脅しても、上等だ地獄から呪ってやる、などと開き直られてしまうのでは、説教の効果がありませんね。あの男は外道や悪魔の恐ろしさを経験していなかったのでしょうか」
「この村が襲われたという記録は見た覚えがないな。この近くでも外道を退治したことはあるが、村の外であったから、村人の多くは直接に知っておらんのだろう」
グラジェフは端的に答えてから、ふと思いついたように話の焦点をずらした。
「地獄といえば、そなたは奈落の深さを知っているかね」
「それは……確か、七六一年の公会議で地獄の測量は無意味だと決着したのでは?」
眉を寄せ、エリアスは久しぶりに受験勉強の記憶を引っ張り出した。
地獄や楽園については大昔から延々議論されてきたが、今から振り返ると馬鹿馬鹿しい命題も多い。地上の物差しで楽園や地獄の広さを測ろうという前提が無謀だというのに、大真面目に楽園の門の大きさだの地獄の奈落の深さだのを論じていたのだ。
「そもそも、本当に向こうに行って帰ってきた人間がいないのに、無意味な議論に歳月を浪費したものですね」
よほど暇だったのか、とつい余計な皮肉を言い添えたエリアスに、グラジェフはにやりとした。
「期待を外さぬ回答をありがとう。おかげで予定通りの説教ができる」
「……?」
「確かに無駄で無意味だった、そうとも、事実の探究という目的においてはな。私も初めて知った時には呆れ返ったものだ。しかしな、エリアス。地獄の正確な全容を知ることなど現実的に不可能であっても、否、不可能だからこそ、議論するのだよ。瑣末で無意味な命題だろうと、仮定と論証、反論を重ねることによってのみ、そもそも我々は何についてどう考えるべきかを探ってゆくことができる。行って実地で測量すれば済む話であるなら、はなから議論の必要などあるまい?」
「それは……そうですが、そんなことにかまけていられるのは、安全で清潔な聖都の奥にこもっていられる一部の聖職者だけでしょう。一般人にしてみれば、奈落が何尋だろうとどうでもいいことです。関心があるのは現実に報いがあるのかどうかだけ。そしてそういう人々が悪魔に唆されぬよう防ぐのが土地付き司祭で、我々はそれが失敗した場合の後始末をするのが役目では?」
「素朴な信徒に対して地獄や楽園を説く時、充分に議論を尽くしていなければ我々司祭の言葉に力は宿らんのだよ。そなたは礼拝の司宰や説教をおこなう資格を持たぬが、さりとて無関係ではない」
グラジェフはちらりと皮肉めかした笑みを閃かせる。内心を見透かされたエリアスは目をそらしてわずかに首を竦めた。
「出会う人々はそなたの事情など与り知らぬ。地元の司祭には尋ねづらいことや、より踏み込んだ答えを求めて、そなたに問いを投げかけてくるだろう。適当なその場しのぎしか返せなければ教会への信頼を損ない、引いては悪魔を利することになるぞ」
「……努力します」
憎い仇を喜ばせたくはないだろう、と揶揄されては言い返せない。エリアスは気が進まないのを隠しもせず、しかし一応は師の忠告を受け入れた。
その時、通りの向こうから何やら言い争う声が聞こえてきた。村人が二人、唾を飛ばして口論しながら歩いてくる。殺人があった直後だというのに、とエリアスは呆れてそれを見やった。
佇む師弟に気付いた村人はぴたりと口を閉ざし、ふんと互いに顔を背けて別れる。やれやれ、とエリアスはため息をついた。
「人間は顔を合わせればいがみ合う。悪魔が出るまでもありませんね」
かつてのベドナーシュ家の人々が脳裏をよぎる。最上級の家柄ではなく、高潔な人々でもなかったが、それでも温かい家族のつながりがあったはずなのに、もう思い出せない。棘々しく冷ややかに嫌味を応酬し、牽制し合い、最後の頃は怒声が飛び交っていた。悪魔の仕業であったことは間違いないが、煽られれば簡単に燃える火種があったこともまた事実だろう。
互いに疑い、妬み憎むそのさまは、いっそ悪魔を口実に醜い本性をぶつけ合っただけではないのかとさえ思われる。
「すべての悪魔を殺せば……」
つぶやきかけて唇を閉ざす。そうすれば、己の仇を討つだけでなく、師の志を継ぎその苦しみを減じることになる――そう信じたいが、しかし。
失望に翳った弟子の横顔をグラジェフはつくづくと眺め、ふと笑みをこぼした。予想外の反応にエリアスが眉を上げると、師はこほんと咳払いして穏やかに言った。
「いや、すまん。悪魔を殺すことにばかり熱心で、そもそもの人間については関心が薄いように見えたそなたが、そうして人の本質について思索するというのが嬉しくてな」
そこまで言い、笑みを消して沈痛な声音になる。
「残念ながら、人間は神の慈愛を備えてはおらん。『たまたま自分がそうではない』ことに対しては、呆れるほど無頓着かつ冷淡になるものだ。……たまたまミハイほどのあばた面にならずに済んだ者は、あるいは無頓着に、あるいは悪意をもって、その醜さをあげつらった。人には他人の痛みを思いやる想像力があるが、それが及ぶのは実際のところわずかな範囲だ。自分が当たり前におこなっていることが出来ないなら、無能か怠惰。自分には耐えられることで簡単に音を上げる者は軟弱。そなたも身に覚えがあるのではないかね? 私も学院時代には同室とよく揉めたものだが」
グラジェフは言葉尻でおどけた。エリアスは灰色の目をしばたたき、返答に窮して視線をさまよわせる。
学院では他人と極力かかわらないように過ごしてきたから、表立って揉めることはほとんどなかったが、確かに言われる通り、内心で他人を見下すことは多かった。己はこの学院にいるほかの誰とも違うのだ、という、事実ではあるが強烈な自意識のゆえに。
世話焼きの先輩を鬱陶しく感じて邪険にし、先日久々に再会した折も随分と大人気ない対応をしてしまった。
今さらながら、エリアスは赤面してうつむいた。羞恥のうちにひとしきり自省し、訥々と言葉を紡ぐ。
「……そうした他人への冷淡さや無頓着さもまた、悪魔が付け入る隙だということですね。弱い心だけが標的にされるのではなく……弱さ、あるいはささやかな瑕疵を、責め苛む者がいるからこそ」
「その通り。《聖き道》が隣人愛や謙虚さを促し傲慢を戒めるのは、そのためでもあるのだよ。この地上から悪魔を滅ぼすという使命を果たすためにも、我々自身が悪魔を招くはめに陥ってはならん。直接には秘術と武力をもって悪魔を退治する一方、人間に対しては寛容と忍耐と温情を心がけることで間接的に悪魔の力を封じるというわけだ」
グラジェフは監督官らしく戒めてから、自嘲まじりに「それが難しいのだがな」と付け足して苦笑した。エリアスは真面目にうなずく。
「はい。暑さに苛立って、口を開けば剣呑になりそうなところを堪えるぐらいなら出来ましたが、それも相手があなただから。イスクリのジアラス司祭のような人間に、忍耐を発揮するのは困難です」
淡々とした口調で無自覚に師を立てる。当人が面映ゆさで複雑な顔をしたのには構わず、彼は肩を竦めて空を仰いだ。
「とりあえずは、悪魔と外道を片っ端から倒していくのが先です。忍耐と寛容は後回しにしましょう。そうですね、もし、世界を捜しまわって一匹も見付からないぐらいに悪魔が減って、私が暇になったら……その時には、人間を相手にするまともな司祭になるために、今のお言葉を実践しますよ」
そんな日が来るとは毛ほども信じていない口ぶりに、グラジェフはふきだしてしまう。こみ上げる笑いを押し殺しながら、彼は弟子の未来を思い描いて、暖かなまなざしを注いだ。
「うむ。そなたはきっと良い司祭になるとも」
皮肉か、と問うように眉を寄せてエリアスが振り向く。グラジェフは微笑んだだけで、それ以上は語らなかった。
(終)




