友達が転校してきた
夢魔がどうこう言ってた5月の終わりから、すっかり落ち着いて6月の半ばになった。
俺自身かなり体力が付いたのと、贅肉がかなり削ぎおちたと実感している時に担任から連絡が入った。
「え~今日から転入生が来るぞ。喜べ男子共、美少女様だ」
ノリの良い担任の一言により男子生徒達が湧き立つ。
俺?俺は今特に恋愛とか興味ないからそこまで盛り上がっていない。普通にどんな子が来るのかな~ぐらいの感想だ。
それに美少女様が俺の様な普通の人間に興味を持つとは思えない。普通の人間は普通の人間らしく空気になるのさ。
「あれ?柊君あまり興味ない?」
「ま~美少女って言ったって恋人関係になりたいと思うかどうかは別だし、精々目の保養ぐらいかな」
「落ち着いてるね~。周りの男子ってみんな肉食系ばっかりだから新鮮」
「英雄色を好むって言うぐらいだしな。肉食系の方が多いか。普通に考えると珍しい類になったと思うけど」
それに恋人うんぬんになるとデートとか色々金使わないといけないんだろ?俺はまだ自分のために金使ってたいな~。
それにいまだに補習は今月の6月までだからバイトする余裕ないし、とりあえず補習が終わってバイトできるようになってから考えよ。
「それじゃ君、入って」
「失礼するわ」
どんな子だろうな~っと思いながらボケ~っと見ていると、驚いた。マジで驚いた。
「初めまして。私はコッペリア・エクス。あなた達凡夫達に興味はないわ、消えなさい」
見た目に関しては本当に女の子らしい華奢な娘で、正直戦いとは縁遠い様に見える。髪は綺麗な銀色だがどこか暗い感じがする、髪の長さは何と彼女の膝裏にまで届きそうだ。
骨格は日本人の様ではあるが肌はかなり白い。流石に陶磁器のように白い訳ではないが、人間の限界まで肌が白い様に感じる。
特に目立つのは瞳が赤い事。血のように赤い瞳は自身が人間ではないと言っている様にも感じる。
まぁそんな事普通あり得ないのだけど。
それよりも好奇心を持っていた男子も女子も彼女の冷たい対応に少し動揺した。
男子の中にはなんだこいつと敵意に近い視線を向けている生徒もいる。
しかしその彼女の視線が俺を捕らえたかと思うと、捕食者の様に舌なめずりをし、ろくに挨拶もせずに俺の前に顔を思いっ切り近付けてきた。
「久しぶりね。あなたは元気そうね」
「え~っと、確認してもいいか?」
「あら、やっぱり私が知っている中で1番凡夫なあなたは自信がないのね。1つだけなら許してあげる。でも気に入らない質問だったら――どうなるか分かってるわよね?」
そういう彼女に俺はため息をつきながらこの会話だけで確信した。
もう確認する必要はないがとりあえず言っておくか。
「質問とは違うが、それじゃ一言。久しぶり、コッペリア」
俺のその一言にさっきまでの冷徹な表情から一変し、花のように表情が変わった。
先ほどの冷たい表情とは全く違う。心の底から嬉しそうな表情であり、目元が少しトロンとして落ち着いたような表情になる
朗らかに笑いながら俺の頬に手を添えた。
「確かに質問とは違うわね。でもそうね、久しぶり。今のあなたの事は何て呼べばいいかしら?」
「柊でいいよ。今の俺の名前は柊だ」
「シュウ?いい名前ね、あなたにピッタリ」
そう言いながらコッペリアの顔はどんどん俺の唇に近付いてきて――
「ちょっと待った!!」
どんどん近付いて来るコッペリアを俺から引き剥がしたのは愛香さんだ。
愛香さんは俺とコッペリアの間に入って両腕を広げて引き離す。
コッペリアはあからさまに不機嫌な表情をして愛香さんを睨みながら強く言う。
「何をするの?シュウと私は知り合いなのだからこのぐらい構わないでしょ」
「構います!!今何しようとしていたんですか!!」
「キスよ。親愛の証としてキスをするぐらいいいじゃない」
コッペリアは当然のようにそういった。
その一言に騒然となる教室。ちなみに止めるべき教師は面白い物を見付けたと言わんばかりに注意する事も止める気もなさそうだ。
俺は……どうするのが正解なのか分からないのでされるがままになっている。嵐を前に無力な人間はただ過ぎ去るのを待つしかない。
「だ、ダメに決まってるでしょ!それとも柊君とその、お付き合いでもしてるの!?」
「してはいないけど、前世の頃からバラバラになってしまったのだから再会を喜んでもいいでしょ。シュウは昔から鈍感だからこうして分かりやすくアプローチをかけないといけないの。その邪魔をしないで頂戴」
見方によっては美少女2人が俺を取り合っている様に見えるが、それを周囲に見られて堂々としていられるほど俺の心は強くない。
他の男子から殺気がこもった視線と、女子からの俺とコッペリアとの関係を期待している女子からの視線が腹に来る。
マジで腹痛い。
「とりあえず2人とも、一旦解散してくれ。あとコッペリアは後でゆっくり話をしたいから昼休みまで待ってくれないか?」
「どうして私があなたの指示に――」
「“人間”ならそうするんだよ。普通は」
俺が人間という部分を強調すると、コッペリアはピタリと止まった。
「……そう。そういう物なの?」
「そういう物って事にしておいてくれ。別に普通の休み時間に話しかけてきてもいいからさ、とりあえずゆっくり話せるまでは大人しくしていてくれ」
「分かったわ」
そういうとコッペリアは大人しく担任に言われた席に着く。
とりあえずクラスのみんなや愛香さんへの説明はまた改めてしないといけないが、先延ばしにする事は出来たのだから上出来な方だろう。
そう思いながら昼休みになるまで待った。
――
昼。
購買で2人分の昼飯を買った後に屋上に行く。この学校の屋上はちょっとした庭園のようになっており、生徒達に解放されていた。
と言ってもほとんど使っているのはカップルばかり。非リア充である俺とは縁のない物だったのだが、クラスメイトに邪魔されずゆっくりとコッペリアと話すのには都合が良かったのでここを選んだ。
「ほいこれ、お前の分」
「お前何て呼び方は止めてちょうだい。ちゃんと名前で呼びなさい」
いくつか設置されているベンチの1つに座って待っていたのがコッペリア。
そんなコッペリアにビニール袋を渡した。
中に入っているのはコッペリアの分の昼飯。コッペリアの分は甘い菓子パンの詰め合わせ。メロンパン、生クリームコロネ、ジャムパン、あんパン。コッペリアは甘い物が好物である。
「ヘイヘイ。分かったよコッペリア」
「全く。あなたが私達の名付け親なんだから名前で呼びなさいよ」
そういいながらコッペリアは恐る恐る菓子パンに口を付けた。
大丈夫かと思いながら様子をうかがっていると、全て一口ずつ食べた後に頷きながら最初に食べたメロンパンを食べ始める。
ホッとしてから俺は俺で買ってきたハンバーグ弁当を食べ始める。
「食えるようで何より」
「人間だからものは食べれるわ」
「でも好みはあれだろ、糖尿まっしぐらの甘党主義め」
「それでも好物を食べてしまう。それも人間の側面でしょ」
「否定しきれねぇ」
ハンバーグを食べながらコッペリアと話す。
その間には親しい仲として映ったとしても、恋人同士とは見えないだろう。お互い顔を合わせることなく飯を食っているのだから。
お互い飯を食べ終えてから俺は聞く。
「ところで今のお前は……人間なのか?」
「そんな訳ないじゃない。私達はあの世界からずっと生き残ってる。ベルフェゴールに聞いてないの?」
「詳しくは聞いてない。ただあの世界はお前達が勝って生き残ったって事を察する事が出来るくらいだな」
「全く……本当に【怠惰】なんだから。ベルフェゴールは話さない事を選んだのなら私も話さないわ」
「それにしても……死んでないって事はその身体、前に言ってた調整って奴なんだろ?よく出来てるな~」
「当然。私が求める人間の美と言う物を追求した身体よ。肌の質感から体温の調整まで完璧に仕上げてきたんだから」
そう自慢げに言うコッペリアは本当に今の身体を誇っているようだ。
でもどこかで見覚えがある感じなのは、きっとあの時の身体の名残のような物を残してくれているからだろう。
「で、今の身体はちゃんと馴染んでるか」
「当たり前でしょ。私達はあの世界を終わらせ、頂点に立っているのだからここまで調整できたのよ」
「それで、お前の欲は満たされたか?」
「満たされている訳でもないわ。でもこれが人間なのでしょ?」
「ああそうだ。個性って言うのは見た目だけじゃなくて味覚や触覚、視覚、嗅覚、聴覚すべてがバラバラなんだよ。だからあまり気にし過ぎるな」
科学的に解明できれば全人類の平均が分かるのかも知れないが、だからと言ってそれだけで人間であるとは限らない。
結局人間はどれだけ努力しようと、どれだけ進化しても完璧にはなれない。
完璧って言葉はきっとあいつの事を指すんだろう。
「それで他の部分に関しては大丈夫か?また変にいじってわけ分かんない事になってねぇよな?」
「そのつもりだけど、それもまた個性なんでしょ。気にしないようにしてるわ」
「それでも確認は必要だろ。前みたいに手出せ。動作確認手伝うから」
「……ええお願い」
コッペリアから許可をもらったので俺はコッペリアの右の掌を触りながらコッペリアに聞く。
「痛かったり逆に感触がないって事はないか?」
「感触はあるわ。痛くもない」
「それじゃ俺の体温は感じるか?」
「……ええ。感じる」
「今言い淀まなかったか?触角は大丈夫だけど温度を感じないとかじゃ――」
「そういうのではないわよ。ただくすぐったかっただけ。それから……」
「それから?」
「……何でもないわ。それにしてもこうして触れて確認するというのであれば、裸にでもなった方がいいかしら?」
「からかうな。お前は女の子で淑女だって言うんなら冗談半分でもそういう事は言わない方がいい。自分で自分の価値を落とす様な真似だけはするな、お前は綺麗なんだからさ」
「……ほんと、そういう所よね」
なんだか最後言いたげな雰囲気を感じたので顔を上げてみたが、いつもの加虐的な笑みを浮かべているだけだった。
コッペリアは急に俺の手を払いのけると、優雅に扉に向かう。
「それなら淑女として簡単に異性に触れられるような真似は避けようかしら。高嶺の花ならそう簡単に触れられる訳にはいかないもの」
「なんだ。それじゃ俺がお前を触れられるのはこれっきりか?友達として悲しいね~」
「当然でしょ。簡単に触れられると思われたら私の価値が下がっちゃうじゃない」
からかうように、そして楽しそうに笑うコッペリアはやっぱり綺麗だと思う俺だった。




