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悪と呼ばれる存在を友達と呼んではダメですか?  作者: 七篠
【傲慢】な人間
79/80

見守る天使と神

 私、コンは柊様の日々を眺めていた。

 私の余計な一言のせいで色々迷われていたが、今はまた新たな目標を見つけたのか依然と変わらない動きをしている。

 今のように一歩引いたところから人間を観察するのは主、シン様が設定した私の情報とは違う個性のような物になってしまったのだろう。

 今日も柊様とその周りを見守りながら楽しみ、記録していく。


「おい天使。そこで何をしている」


 まだ寒い屋上で柊様とその周囲を見守っているとシン様が現れた。

 しかしその服装は……


「シン様。そのようなお召し物で大丈夫ですか?まだ寒い時期ですが」

「ふん。人間の感じる寒さなど私にとって……へっくしゅ」

「こう言っては失礼でしょうが、シン様は柊様により人間と変わらない状態になっているのです。もう少しお気を付けください」


 そう言いながら私はシン様に上着を着させた。

 シン様は気に入らなそうにしながらも私のされるがままに上着を着る。

 そっぽを向いたままシン様は私に問いを投げかけてきた。


「貴様は相変わらず人間観察をしているのだな」

「はい。これが最も初めにシン様よりいただいた命令であり、私が人間について興味を持ったきっかけの仕事ですから」


 私がシン様に作られたばかりの頃、今思えばコッペリアよりも感情がなく、まさに神の手によって創られた人形という表現が正しい。

 主の命令に従い、自身の意思を持たずにただ言われた命令を実行するだけ。

 もちろん創られた天使は私1体だけではなく、数多くの天使が主の命令に従い実行していく。


 そんな中私を含めた7体の天使は人間の監視を命じられた。

 人間が主の命令に反した行動をしていないかどうか、それを確認し、違反していた場合はその罪の大きさによって罰を与える権利も持っている。

 小さな積み荷は小さな罰を、大きな罪には大きな罰を。

 絶対正義の名の下に私達は様々な人間を罰して行った。


 そんな中1体の天使の表情がおかしかった。

 その天使はつい先ほど小さな罪を犯した者に小さな罰を与えたばかりだった。

 その天使こそが私にとって最初の友人と呼ぶべきものだったのだろう。

 彼はこう言った。


『彼女を罰したのは本当に正しかったのだろうか?』


 その疑問に私を含む6体の天使は当然だと言いながら頷いた。

 彼女は食料を売っている店に入り、食品を盗んだ。

 当然彼もすぐに彼女の元に向かい小さな罪にあった小さな罰を与えたのだからそれでいいだろうと私達は言う。

 だが彼が気にしたのはそのあとだ。


『彼女は小さな赤ん坊を育てるために赤ん坊用の食い物を盗んでいた。成熟した人間が食してもほとんど意味のない物だ。それなのに自身の食糧よりも赤ん坊の食事を盗んだ彼女は本当に悪だったのだろうか』


 今思えば私達は本当に愚かだった。

 私達は口をそろえて、それは主の教えに反する。それは教典でも罪とされる行為だ。同等の罰を与えたのなら後は関係ないと私達は言う。

 本当に何も考えていない愚かな行為だ。

 自分で考える事もなく、ただ主の意思に反しているというだけで罪なのは当然だと言ったのだ。

 彼は少し悲しそうに表情をゆがませた後、『そうだよな』と小さく言った後また仕事に戻る。


 しばらくして彼は今までにないくらい表情を暗くしていた。

 私は何があったと聞くと、以前小さな罪を犯した例の赤ん坊を連れた人間の女が死んだらしい。

 死因は餓死。

 しかも赤ん坊の死体を大切に抱きしめた状態で死んだそうだ。


 その時初めて天使が涙を流すという異常事態が起こる。

 天使はあくまでも主のための手足であり目であり耳である。

 人間で例えるのであれば自分の体の一部が自分の意思を無視して勝手に動くような物だ。

 私達も彼が異常エラーを起こしたと主に連絡し、彼は正常に戻らなかったため廃棄される。


 多分私に自我が芽生えたのはこの時が切っ掛けだろう。

 なぜ彼の目から涙が流れたのか、なぜ彼の異常は修復する事が出来なかったのか、その疑問を解決したくなり、私は主に懇願こんがんした。


『どうか私に人間の欲をお教えください』


 そう主に頼むと主は私に新たな役割を与えた。

 それは人間に試練を与える事である。

 わざと人間に欲を刺激する行為をし、その人間が欲に負けて罪を犯すのか、欲に負けずに行動するのか、その信仰心を確かめるための役割を得た。


 欲を刺激する方法は様々。

 美しい異性を用意して欲を刺激する、金をばらまき欲を刺激する、食べ物をちらつかせて欲を刺激する。

 様々な方法で欲を刺激しながら私は人間の欲望について学んで行った。

 そして私は人間の欲望は非常に醜い物だと学習した。

 確かにこれは主が禁じるのも仕方がないと思う。


 だがある日、彼が体験したことに非常に似た経験をした。

 ある日食べ物が欲しいかと食事の必要性がない人間達にパンを見せていると、食が必要な人間の女と腹を空かせて泣く赤ん坊と出会う。

 その時私は何故か、試練とは一切関係なく女性と赤ん坊を教会に連れて行っていた。

 私は教会に2人を保護するよう命じる。


 なぜこんな行動をしてしまったのか分からない。

 生きるために必死になっていたから?

 彼の行動を知りたかったから?

 何故私は主の命と関係なしに動いた?


 自身の行動に疑問を持ちながら私は試練を与え続け、そのたびに脳内の異常バグは増えていく。

 主命にだけ従っていればいいのになぜ私は勝手に行動してしまっているのかが分からない。

 試練を与えるたびに人間の欲という汚さに触れているのになぜ人間を助けようとしてしまうのか、自問自答をしている間に私は壊れていった。


 その後主によって再調整され異常バグは取り除かれたはずだったのに、なぜか以前よりも酷くなっている。

 そうしている間に答えを見つけ、主の元を離れた。


 その答えこそが【完璧】な世界。

 この世界は主が管理していると言いながら貧困に苦しむ者、病に苦しむ者、理不尽な暴力に苦しむ者が多すぎる。

 ならば私が新たな神となり、完璧な世界を生み出す。

 これが私の結論だった。


 幸いな事に私は主によって創り出された事により、小規模でありながらも世界を創造するだけの力はあった。

 主に貧困に苦しむ者達を私の作った世界に招き、私の管理下の元幸せに暮らす。

 移住してきた者達はみな幸せを感じ、不幸とは縁のない生活を得る。

 そうして人を招き入れている間に主から敵と見られた。

 しかし私は元同僚たちを軽くあしらい、不幸な人たちを私の世界に招待し続けた。


 そうしている間に出会ったのが前世の柊様だ。

 その時の柊様は主が作ったこの世界に違和感を覚えている希少な青年であり、是非私の世界に招待したかったが何故か断られた。


「俺はいいや。興味ない」

「興味ないって。私の世界に来れば永遠を楽しむ事が出来るのですよ?死の恐怖に怯えることがなくなるのです。私の世界ではその人物にとって最高の状態で永遠に健康的に生き続ける事が出来るのです。この世界ではあなたは理不尽な目に遭い続ける可能性すらあるのですよ?」

「でも永遠って言われてもピンと来ねぇよ。それにその世界ゲームとかマンガとかあんの?」

「当然用意されています。古今東西、どれだけ昔の物だろうとも最新の物であろうとも与える事が出来ます」

「う~ん。やっぱりいいや。お前の世界にはいかない」

「何故です?何故そんな簡単に言えるのですか?何の苦労もなく永遠を過ごせるというのに」


 私の言葉が届かなかったのはこれが初めてでした。

 どの人達も私の提案に喜んでいただけましたし、すぐにでもという人の方が圧倒的に多かった。

 しかし彼はゲームをしながらあっさりとこう言うのです。


「だってつまんないじゃん。永遠なんて」

「……それはあなたがまだ経験していないからでしょう?経験すればきっと素晴らしいと感じていただけると確信を持って言えます」

「そうかもね。生きるだけならそれでいいかもしれないけど、単純にその考え方嫌いなんだよね~」

「は?」

「だってお前本当に人間の事人間として見てる?それって人間をペット化、家畜化したいって話にしか俺には聞こえねぇんだよ。主が飼い主で人間がペット?は、クソ食らえってんだ」

「私は主とは違います!!主と違って私はあなた達人間に理不尽な苦労や苦悩を取り除きたいと思っているのです!!それは本当にそう考えているのです!!」

「それはお前の言動から分かるんだけどさ、でもやっぱり人間にはストレスも必要なんだと思うんだよ。まぁこれは本当に俺の考えなんだけど」

「あなたの、考え?」

「そうそう。多分お前のとこにいる人達ってきっと地獄みたいな環境にいたから今の環境がいいって言うんだと思うんだけど、俺はそんな生きている間に地獄みたいな経験した事ないんだよ。でもその次の世代とかはどうなるんだ?最初から不自由しない暮らし、金を稼ぐ必要もなく何でも与えられる。しかも病気やケガもしない完璧な体?彼らの中でそれが普通になったらあとは永遠に餌を待ち続ける家畜になる未来しか見えないんだけど」

「そうならないように調整はしています。だからこそ彼らにも絵や彫刻などと言った芸術などから小説なども経験させ、決してそのような――」

「いや無理だね。人間の欲はお前が思っている以上に汚いぞ。何もせずに生きていられると分ったら、本当に何もしなくなるぞ」


 柊様の確信を持った言葉に私は驚きました。

 確かにそうなる未来もありますが、そうならない未来も予測済み。

 決してそんな未来にはしないと宣言します。


 そんな事を言っていたので当時の柊様とは楽しく話をしたというよりは、それぞれの幸せな生活という物について話し合ったという方が正しいでしょう。

 そしてよく柊様が言っていたのは適度なストレス。

 不幸を知っているから幸福が分かる。そんなわずかな物でもいいからストレスを与えるのは必要だ、全肯定されるだけでは何もならないとよく言い合いました。


 そして柊様が死んだその後も私は私の世界を完璧に管理していますが、柊様の言うようにほどほどのストレスを感じるような環境に結局なってしまいました。

 簡単に言うと作った作品を素晴らしいと感じるかどうかですね。

 どんな作品にも素晴らしいと感じる個性はどうしても出てきてしまいます。

 それが私の世界のストレスとなり、それならこうしたらどうか、ああしたらどうかという言い合いになります。

 喧嘩にはなりませんが、それが唯一のストレスと言えるでしょう。

 喧嘩にならない理由はお互いに怪我もしないからというのが理由ですが。


 結局私の世界も柊様の予想通りの世界になりかけてはいます。

 今では趣味と言って様々な作品を作る人は52%であり、残りの48%はただ生きているだけです。

 そんな彼らが幸福な世界だと、完璧な世界だと感じるように毎日更新していますがやっぱり人間にはある程度のストレスが必要だと認めざる負えないかもしれません。


 そんな私の世界の改善、そして前世で地獄を味わったであろう柊様が今度こそ幸せに過ごせるよう見守っていたいのです。


「ところでシン様は人間になって不便だと感じる事はありますか?」

「当然ある。食事と睡眠、そして運動とやる事が多い。健康を維持するためだけでも最低この3つを行わないといけないとはなんと不便な体だ」

「それでは私の世界に来ますか?私の力で不便な体からはおさらばできますよ」

「貴様の下につくのだけはごめんだ。それに、意外と悪くないと感じる事も出来てきた」

「それはまた意外なお言葉で。何故そのように思われるので?」

「……私にもよく分からん。おそらく奴の言う普通の人間という概念が働いているのだろう。今まで以上に人間と距離が近い事が好ましく感じてきた。ヒロは何かと私の事を気遣ってくれるしな」

「他の方々とはうまくいっているのですか?」

「当然だ。神としての力はなくなっても経験はある。私にできない事などない」

「洗脳と言う楽な方法ばかり選んでいたシン様が何を言っているのやら」

「それは兵士にするためと私への信仰心が途絶えないようにするためだ!!それに後半は洗脳せずとも信仰心が芽生えるよう陽動してきた!!」

「だから私達は負けたのですよ。人間の欲に」


 私はそう自嘲じちょうしながら言うとシン様は舌打ちをした。


「だから私はそう言ったのだ。なのに貴様は人間の欲に染まりおって。何が人間の欲は美しい物もあるだ、おかげでただの人間にまで堕とされてしまったではないか」

「ですが真に人間を支配できるのはやはり人間なのではないでしょうか。どれだけ知ったつもりになっても結局は別の種族、きっとそれが私達の限界だったのでしょう」

「知らぬ。だが私はこの呪縛を受け入れたつもりはない。ならば改めて人間から神になればいいだけだ」

「どのように?」

「布教活動だ。私を神として崇め、再び神に返り咲く!!」

「……その野心はご立派ですが、この国、日本以外ではかなり厳しいかと」

「な、なんだと?ヨーロッパにいた頃はみな私を信仰していたぞ」

「その話は本当ですか?日本以上に宗教の自由を認めている国はなさそうですが……」

「だがみな教本を持ち、形無き神を信仰していたのだ。これはつまり私の事だろ?」

「あ~、キリスト教やそれに類する宗教ですね。あれは別の神です。むしろ人間の体をしっかりと持っているシン様が今そのように言いますと、精神障害を抱えているか、そう言った妄想癖がある方と思われる可能性が非常に高いです」

「な、なんだと……あの者達は私を信仰していたわけではないのか……?」


 そう言うとシン様は崩れ落ちてしまいました。

 私が天使として主に仕えていた時の事を考えると、ありえない光景です。

 この光景はまさしく人間らしいと言えるでしょう。

 なので私はシン様の肩を優しく叩き、こう言う他ありません。


「さっさと諦めて人間になっちゃいましょう」

「絶対に嫌だ!!」


 感情丸出しで言うシン様はもう誰が見ても立派な人間です。

 諦めた方が楽しいですよ。

 似たような事をしていた私が言うのです。

 保証しますよ。

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