慰められた
「柊ちゃん。放課後でいいから後で私の部屋に来てくれるかしら」
朝、奥さんにそんな事を言われた。
断る理由もないし、人間の体になっていっている事で何か不便が出ているのかもしれない。
そう思って俺は放課後に奥さんと会う約束をした。
その後は少し奇妙な日常だった。
いつも通り教室に行って、授業を受けているだけなのに周囲から視線を感じる。
変な行動をしている訳でなければ、授業中にスマホをいじっている訳でもない。
そしてみんな少し離れた位置からこそこそと話しているのが見えた。
しかも朝から担任に、「お前体調大丈夫か?」っと聞かれるほどだ。
俺は自分の顔を触ってから特に問題はないと言うと担任は「お前がそう言うなら」っと言ってすぐに下がったが俺の事を気にしている様子だった。
その日俺は他の先生やクラスメイト達に何度も体調は大丈夫かと聞かれる。
だが本当に体調は特別良い訳でも悪い訳でもない。普通だ。
なのに周りから何度も心配する発言を聞けば本当に俺の今の表情は酷い物なんだと分かる。
でも鏡を見て自分の顔を見ても、そんなにひどい顔をしているのかよく分からない。
そして放課後に奥さんの部屋に向かうときに愛香さんとコッペリアが付いてきた。
「本当に体調は大丈夫なんだけど……」
「そんな酷い顔をして1人にしておけませんよ」
「本当に酷い顔。人間の体は精神が弱ると病気にもなりやすくなるんでしょ。なら貴方の体もかなりのダメージを受けていると考えるのが自然じゃない」
「そう言われると……そうかもしれないけどさ」
確かに精神的に弱っていると病気になりやすい、くらいの話は聞いた事がある。
でもそれって精神の病気みたいに重たいもの限定じゃないの?
正直詳しく知らないのでただのようだが、そんな病気になりそうなくらい酷い表情をしているのだろうか?
何度鏡を見てもよく分からない。
「いらっしゃい柊ちゃん。愛香ちゃんとコッペリアちゃんも来たのね。一緒にお茶しましょ」
奥さんはそう言って部屋に招き入れた。
俺達は奥さんが淹れてくれたお茶、ハーブティーみたいなものを飲んでいると奥さんは心配しながら俺に言う。
「鏡映しって言うのかしらね。柊ちゃん昔の私みたいな顔になってる」
「昔の奥さん。ですか?」
「ええ。子供たちがみんな大人になって独り立ちして、家からみんないなくなっちゃった後の私によく似てる」
確かに状況としてはよく似ているのかもしれない。
3人でいた部屋から、急に2人が人間として生きていくために出て行った。
きっとこれは自立とかそう言う感じで本来喜ぶべきものだと思うし、尊重するべきものなのも頭の中では分かっている。
でもやっぱり、寂しい。
「寂しいんでしょ。私も同じだった。それに私の場合は母神と言う本能のせいで私はあの時無理矢理引き留めてしまった。だからあの子達は余計に離れて行ってしまったし、最終的に……二度と会えない状況にまでなっちゃった」
そう言って寂しそうに言う奥さんの目の奥には、本当に深い闇のような物が見えて気がする。
奥さんの子供達からいい加減にしろ、放っておいてくれと突き放されてからいつの間にシンに殺されてしまっていた可能性が非常に高い。
何せあの世界には真の仲間になった神様か、仲間にならずに倒された神様しかいない。
ベルの世界で今もシンの仲間の神様が閉じ込められていると聞いているが、その中に奥さんの子供がいるとは思えない。
何より俺は神様になる時に、言われた。
『母さんの事、お願いします』って。
「でも柊ちゃんは寂しいと思っていても、引き留めはしなかった。自立を認めた。それは凄い事よ。私には……できなかったから」
「でも奥さん。お子さん達は感謝していたと思いますよ。奥さんがお子さん達に愛情を注いでいたことは確かなんですから」
「……そう、だと嬉しいのだけど……」
「保証します。感謝していました」
俺が断言すると奥さんは不思議そうにする。
愛香さんもコッペリアも何故そこまで断言できるのか不思議がっている。
なので俺はあの日の事を少しだけ話す。
「シンの奴に殺されそうになった時、俺が神様になる時に白いシルエットみたいな大勢現れたんです。何で俺が神様になる前にその人達が現れたのかは分かりませんが、なんとなく神様だって言うのだけは分かったんです。と言っても感覚的な物で、何の証拠もないんですけど」
「そう。その人達が柊ちゃんが神様になるのを手伝ってくれたのね」
「信じてくれるんですか?」
「もちろん信じるわ。だってシンちゃんも言ってたけど、本来神様になるとしても信仰のエネルギーが必要不可欠。そのエネルギーをどこから供給されたのか分からなかったけど、シンちゃんに負けちゃった神様達が手を貸してくれたのね」
「はい。その中に奥さんの子供もいたと俺は思っています。そしてその人に言われました。『母さんの事、お願いします』って」
俺がそう言うと奥さんは本当に驚いた表情を作っていた。
でもこれだけは伝えておかないといけないと思っていたので俺は話した。
「お伝えするのが遅れてしまい申し訳ありません。でもそう言った人が本当に奥さんの子供なのかどうか分からなくって、確信が持てないまま伝えるのも失礼だと思って言い出せずにいました。改めて申し訳ありません」
そう言って頭を下げると、少しして水が落ちる音が聞こえた。
顔を上げると奥さんは泣いており、涙がカップの中に入って音が鳴っていたことに気が付いた。
「そう……あの子が。あの子が最後にそう言っていたのね」
「はい。でも本当に白いシルエットだったので性別も何も分からなかったですが……」
「それは良いのよ。でも、本当にあの子からそう言われたのなら……本当に良かった。私は、全部間違えていたわけじゃなかった……」
泣きながら、それでも喜びからか奥さんの表情はすっきりしたものに感じた。
やっぱり伝えておいてよかったと思いながら俺はほっとする。
そう思っていると奥さんは言う。
「だからね柊ちゃん。話を戻すけど柊ちゃんは私よりも多分育児が上手になりそうだから、ベルちゃんもドラコちゃんもちゃんと戻ってくる。今は独立するために色々試しているだけで、案外あっさり帰ってくるかもしれないわよ。ベルちゃんは隙あらば寝ようとするし、ドラコちゃんは飽きっぽいから。仕事と言う意味でゲームとかをし続けるのは大変でしょうしね」
「まぁそれは俺も危惧してましたけど……クロウがいるならなんだかんだでうまくいってるかも?」
「そんな訳ないでしょ。あの気まぐれなドラコと怠け者のベルよ。そう簡単にうまくいくわけないじゃない」
「まぁ言いたい事は分かるが……」
俺もクロウの所にいるとはいえ、ちゃんと仕事できているか気になる。
なんて思っているとクロウから電話が来た。
「はいもしもし?」
『柊お兄さん助けて!!ドラコとベルのコントロールが全然できない!!』
……クロウが泣きついてきた。
「何があった」
『一緒に投稿用動画の撮影してたんだけど、全然言う事聞いてくれない。ベルはすぐ眠いって言って寝ようとするし、ドラコはすぐに興味なくして好き勝手しようとするし、僕にはコントロールできないよ~。柊お兄さん助けて~』
コッペリアの予感が当たった。
ため息をつきながらもまだ俺の出番が残っていたことにホッとした。
「分かった。今からそっち行くからちょっと待ってろ。それから2人に伝言頼む」
『伝言?』
「迷惑かけるんなら一緒に帰るぞって伝えておいてくれ」
『むしろ連れて帰って。僕の家壊れる』
「了解。すぐ行くから待ってろ」
俺の話を聞いていた奥さんは立ち上がり、壁にかけていた鍵を取って言う。
「車乗せてあげる。その代わり買い物手伝ってもらってもいいかしら」
「荷物持ちでよければぜひ」
こうして俺と奥さん、コッペリアと愛香さんで迎えに行くのだった。




