大晦日
大晦日。
あのクリスマスパーティーの飲酒事件ではみんな酒の怖さを知った。
無茶な飲み方をしたわけではないので急性アルコール中毒とかにはならなかったようだが、それでも危険なので未成年の飲酒は本当にやめよう。
ちなみにダメージが大した事なかったのは俺と奥さんだけ。
他のみんなは程度は違えど二日酔いに苦しんでいた。
そして大晦日はみんなで笑ってはいけないシリーズを見ながら過ごす予定だ。
「いや~、それにしてもこんな豪邸でこたつってなんか不釣り合いだよな」
「そんなの事を言うならシュウがジュース持ってきなさいよ」
「いや単なる見た目の問題でしかないから。日本人のこたつ好きを舐めるなよ」
「エアコンもそこまで強くする必要ないから電気代節約できてよかったよ……」
大晦日の前、俺がボソッと「やっぱこたつ欲しいな~」っと言う言葉で急遽電気屋で買ったこたつ3つ。
人数が人数なので3つも一気に買ったクロウの財力には本当に驚かされた。
そして一昨日から使っているのだが、全員こたつのとりことなっている。
特にベルはこたつの中からずっと出てこない。
完全にこたつむりになってしまった。
「ベル。こたつが温かくて気持ちいいのは同意するが、さすがに水分は取れ。ほれミカン」
「柊がぁ~むいてぇ~」
「仕方ねぇな……ほれ口開けろ」
「んあ~」
だらけモード100%を超えてしまっている気がするな。
これ寮に戻ったらこたつが欲しいって言い出すんじゃないか?
一応クロウのアルバイト代はもらって溜めてるからいいんだけど。
そしてクロウは昨日今日コミケで買ってきた戦利品を読んでいる。
コッペリアも企業ブースで買ったと言う物を寮にしまってからすぐ戻ってきたし、年末ぐらいやっぱりゆっくりしないとね~
「あ、ベルズルい。シュウ、私もミカンを食べさせなさい」
「お前ら全員ひな鳥か。ぴよちゃんに名前変えたろか?」
「このくらい何も言わずに優しくしなさいよ」
「なんだかんだで色々甘やかしてるとは思うんだが?」
「いいからしなさいよ」
そう言って口を開けるコッペリア。
仕方ないなと思いつつ向いたミカンを口に入れる。
それだけでコッペリアは満足なのか目元を緩ませながらみかんを食べる。
全員こたつの魔力に負けっぱなしだ。
「それにしてもコミケに初参加したが、思っていた以上にキツい。俺もうバイト以外で参加しなくていいわ」
「何で?お兄さんだって楽しんでたじゃん」
「楽しめたがあの人混みがな。それにお前らと行くとナンパ迎撃の方が忙しくて……」
結局全員参加した冬のコミケ。
コスプレするのが正装と勘違いしていた勢はコスプレをして参加。
で、全員の完成度が高いと言うか、美人がコスプレしたという状況を落ち着かせたりナンパしてくる不届き者を迎撃したりと忙しかった。
だから1日目はゆっくりした気がしないし、2日目は好きなサークルのところに行って争奪戦を勝つための迅速な行動で疲れた。
おかげで初めて同人誌を扱っている店じゃなくて、直接サークルから買わせてもらったけど。
あとは笑ってはいけないを見ながら笑うとしよう。
「柊ちゃん。ところでお参りはどうするの?」
「ん~?普通に朝でいいでしょ。コミケで疲れたし、この辺に神社も寺もないから行くとしたら電車乗る事になりますよ」
「分かったわ。それじゃのんびりしましょうか~」
奥さんの質問に俺は答えた。
今日の晩飯はすき焼きである。
年末だし簡単な物でいいんじゃない?っと俺が言ったらそれじゃ鍋にしよう、でも年末だから豪勢にしたい、それじゃすき焼きでっという感じで決まった。
ちなみに今回のすき焼き、ちょっとしたサプライズである。
ヒロとシンへの。
念のため言っておくが生卵を食べる習慣があるのは日本だけだ。
外国では卵の殻に付着している菌で腹を下す可能性が高いとかなんとか、そんな理由で生卵は普通食べない。
だから外国人から見て生卵を食べる日本人はゲテモノ好き、もしくは食中毒を恐れない野蛮人扱いだったりする。
当然ヨーロッパで生きてきたヒロは生卵を食べる習慣がない。
しかしこれを無理矢理食べさせることでクリスマス前の戦争を吹っ掛けてきたことをチャラにしてやろうと、コッペリアが威圧しながら言ったらしい。
「食いもんは美味しく食べるもんなんだから、無理矢理食わせようとするなよ」
「あら、むしろこれくらいで許してあげると言っているのだけど。わざと食中毒を起こす卵を食べさせるわけじゃないし、ただの未知の食べ物を食べさせるだけよ」
「ちなみに私も柊様へプレゼントがあります」
「プレゼントって、絶対癖のある物持って来ただろ」
「はい。これもヒロに食べさせるつもりです」
ヒロに食べさせると言っている時点で絶対外国人から見たらゲテモノ扱いされる奴確定。
一体何持ってきたんだかっと思いながらもすき焼きが始まった。
テレビを見ながらそれぞれ鍋奉行がいる訳だが、俺の席は奥さん、ヒロ、シンの安全卓。
他の連中はどうなるか知らん。
そしてヒロとシンは当然器の中の卵をガン見し、脂汗を浮かべていた。
「ゲン……これ、本当に食べられるの?」
「日本のは食える。食に関して結構こだわりがある日本産の普通の卵だ。スーパーで買ってきた奴だし」
「ヒロちゃん。本当に無理する事はないのよ。すき焼きのたれで食べればいいんだから」
「……本当に日本人は生で卵を食べるのね……」
「まぁ食習慣だからな。というか先進国でここまで生食に拘ってる国もかなり珍しいんじゃないか?他の国の生食文化は知らん。あとユッケってどれくらい前に禁止されたっけ?」
生食で思い出したけどユッケってどれくらい前だったけかな……禁止されたの。
なんて思いながら奥さんが焼いてくれた肉を俺の器に入れてくれた。
「柊ちゃんどうぞ」
「ありがと奥さん」
そう言って生卵を溶いた器の中に入った肉を普通に食べる。
うん。クロウが買ってきたお高いお肉はやっぱり美味い。
そう思いながら普通に食っているが、その様子をヒロとシンは恐ろしい物を見るような表情を作る。
外国人からすると本当に恐ろしいんだな。
そう思いながら煮えてきたネギや白菜を取る。
「ヒロちゃんは……本当に大丈夫?無理しなくていいのよ?」
「…………いただきます!!」
どっからどう見ても戦場に出向く事を決めた戦士みたいな顔をしているのだが?
それを見たシンは慌てて止める。
「危険だヒロ!!それを食べて中毒を起こしたらどうする!!我は神だが、ヒロは人間だぞ!!」
「大丈夫です、シン様。私も英雄、聖女と言われた身。他国の食文化くらい食べて見せましょう!」
覚悟を決めたヒロは意を決して生卵のついた肉を食べた。
その様子だけは全員見届ける。
ヒロは何度か咀嚼して飲み込むとけろっとした非常で言った。
「意外とおいしいです」
その様子にコッペリア達はため息をついた。
案外あっさり食べれてしまった事につまらないのだろう。
素直に食べれてよかったっと思っているのは俺と愛香さん、奥さんだけだ。
ただ……コンの奴が容赦ない意地の悪い笑みを浮かべている事だけが非常に不安だ。
一体何を用意したと言うのか。
「それでは私も少し用意しましょう」
そう言って立ち上がったコンは、冷蔵庫から何かを持ってきた。
持ってきた物は木箱に入った高そうなもの。
でも初めて見る物である程度は予想できるが正体までは分からない。
「コンさん。これは何ですか?魚卵ですか??」
「その通りです愛香様。これは柊様が以前から食べてみたいとおっしゃっていた物を取り寄せたのです。どうぞ柊様、お召し上がりください」
「お、おう」
言われるがままに受け取るがみんなもこの食材に関して興味津々らしく、俺の動きと魚卵を見る。
魚卵の見た目は茶色いたらこ。
それ以外は特に特徴はなく、本当にただの焼きたらこ?みたいな感じだ。
だが蓋を開けてみると感じたのは漬物のような独特の匂い。
たらこではない事は判明したが、もしかしてと思って俺はコンに聞いてみた。
「コン。お前俺が食べたい物を取り寄せたって言ったよな」
「はい。その言葉に嘘偽りは一切ありません」
「そしてだ。ヒロとシンが食べたがらない物、つまり外国で食べ慣れない物なのは確定。まぁたらこも外国にあるか怪しいし、十分最初の一口が進みにくいだろうが……これ、もしかしてフグの肝か?」
「その通りです!!こちらは石川県から取り寄せました、ふぐの子糠漬けです!!」
ふぐの子糠漬け。
俺が前に料理番組を見て初めて知った食材だ。
ふぐと聞けば思い浮かぶのは高級食材と、毒だろう。
日本では昔から高級食材と知られ、食えるなら食ってみたいな~っと思う人はいるだろう。
で、その番組では度胸試しとして芸人たちがこの糠漬けを食べるという企画が出てきたのだ。
何でもフグの精巣を一定時間糠漬けにすることで毒が抜けるらしい。
ただ科学的に証明されている訳ではなく、ただ経験上糠漬けにすると食べれるようになるっという事だけが判明しているまさに度胸試しの食べ物と言っていいだろう。
まぁ販売しているんだから安全は確保されてるだろうけど。
だがそれを外国人が聞いたらどんな反応をするのか、それは2人の顔を見れよく分かる。
おそらく外国では毒魚というイメージしかないのだろう。
2人は俺を見て本当に食うのかと視線を送ってくる。
「で、これどんな風に食べるの?普通に食っていいのか?」
「説明書によると糠漬けで塩分が高いのでご飯と一緒に食べたり、酢や大根おろしと一緒に食べるのが良いと書かれています」
商品説明が書かれていると思われる紙を見ながらコンは言った。
「へ~。それじゃ普通に食ってみるか」
そう言って一切れ取ってご飯に乗せ、普通に食べた。
「ゲン!!すぐに吐き出して!!」
「貴様死ぬ気か!!」
なんてヒロとシンが言うが、確かにこれ漬物だ。
魚卵特有のプチプチとした食感と漬物特有の塩っぽさが美味い。
「これ美味いな。でも単体で食ったらやっぱりしょっぱいかな?ご飯が欲しくなるしょっぱさだ。でもさすがに肉とは相性悪いかな」
卵がたっぷりついたすき焼きの肉とは流石に合わない。
明日改めてみんなで食べる事にしよう。
「申し訳ありません。今はすき焼きの時間でした。ですが一切れだけいただいてもよろしいですか?」
「良いよ。お前が買ってきてくれたんだし、お前にだって食う権利はある」
「いえ、私ではなく――シン様に食べていただこうかと」
そうコンが言うとシンは顔を真っ青にした。
慌てて逃げようとするがその前にコッペリアとドラコによって押さえつけられた。
しかもちゃんと口は上を向いている。
「何故お逃げになるのですかシン様?これはちゃんと食べる事が出来るように調理された物です。美味しくいただきましょう」
「待て!!元々は毒魚だぞ!!本当に食べて大丈夫なのか!?」
「大丈夫だから販売されているのです。さぁ、口を開けましょう」
「や、やめろ。やめてくれーー!!」
そんな悲鳴が上がったが、シンは気絶してしまっていた。
その光景をヒロは本当に恐ろしい物を見たと、震えていたのである。




