負け
無事に帰ってきますように。
そんな祈りはきっと誰だってした事がある。
でも俺はここまで本気で祈った事は初めてだろう。
みんなの命が無事で、次ぎ会うときは普段と何も変わらない感じでまた日常が帰ってくる。
それをきっとみんな望んでいる。
でもそれだけでうまくいくのはそれこそ神様に愛された人の奇跡、という物だろう。
今俺の目の前にはみんなが倒れている。
コッペリアの手足が壊れ、中の配線が飛び出したり見えてしまっている。
奥さんは全身ボロボロで体中から血が流れてしまっている。
ドラコは奥さんよりもひどく、自慢の角は折られ、翼は穴だらけであり、ピクリとも動けないまま自分の血でできた血だまりの中でぐったりとしている。
クロウは作り出した武器の上で片腕を失っていた。
最後にコンは全ての翼が折られ、苦しそうに呼吸を整えながらもまだ立ち向かっていた。
魔法を使って神に攻撃してくるが神は全くその攻撃に意を介さず、涼しい顔をしてコンに近付いた。
コンはどれだけ自分との距離が近くなっても攻撃を止めない。
自分が放った魔法で自分まで被弾しているのになぜか攻撃を止めない。
そして最後は神が虫でも払うような攻撃でコンは吹き飛んだ。
地面に何度もバウンドしながら、何度も地面と擦れながら飛ばされる。
全員負けた。
世界を終わらせた存在達がたった1体の神に敗北した。
その事実がどうしても受け入れられない。
そしていつの間に現れたのか、体育館の観客席にいつの間にか様々な武器を持った人達が並んでいる。
寮に残っていた生徒、学校に残っていた先生、町に住んでいる人達。
みんな規律の整った様子で静かに、そして一切の反応をせずただ冷ややかに俺達の事を見下ろしていた。
この視線。どこかで覚えがある。
おそらく記憶のない前世の記憶だ。
きっと当時もみんなと一緒に居る事を勘づかれ始めた時にこんな視線を受けていたのだろう。
でも今回は違う。
俺は拷問されてただ待つだけの存在じゃない。
「ベル。愛香さんとみんなの事を連れて逃げることできるか」
「柊。一緒に逃げるよ。みんな一緒に」
「でもそれって何の時間稼ぎも無しにできる事なのか?」
「……」
「なら俺が時間稼ぐ。そのぐらいはさせろ」
「柊。それだけはダメ。そんな事をしたら君は――」
「愛香さんの事も頼む」
俺はそう言って神の前で両手を広げた。
恐れながら、怖がりながら、それでもみんなをこれ以上傷付けさせたくなくて、ただ進路を妨害している。
そして神は俺に深々と剣を突き刺した。
初めて感じる体内から感じる鉄の冷たさ。
心臓を貫けれているのになぜかまだ動いている気がする。
肉と骨を通り抜けてあっさりと背中を抜けた。
皮膚から感じる体内の冷たさと反比例した血の熱さ。
神は剣を引き抜き、俺の腹と背中から血が大量に噴き出た。
でもなぜか立つ事が出来てる。
足は震え、地面を踏みしめている感覚が徐々に消えて言っているのに、視線を少し落とせばまだ俺は立っている。
これなら時間稼ぎできるかな?っと考えると笑みが浮かぶ。
「……何故、邪魔をするのですか」
てっきりしゃべらないと思っていた神が口を開いた。
声が出るかどうか分からないが、俺は神に文句を言う。
「ダチを逃がすためだ。邪魔するのは当然だ」
「悪を擁護する言動。それもまた悪。断罪の対象です」
「うるせぇ。ダチを傷付けるお前の方が悪だ」
「しかし私は【絶対正義】。私と対峙する存在は全て悪だと決まっています」
「誰がそんなこと決めた」
「あなた達人類が。私は人類から絶対正義の理を願って生まれた神。よって私の行動すべてが正義なのです」
「無理だよ。所詮人間が想像した正義なんて穴だらけの矛盾だらけだ。都合が悪くなったらお前のことだって捨てるぞ」
「それはありません。人間は誰もが自身が正義だと信じています。ですから私への信仰心が消える事はなく、私が肯定する事でさらに正義は執行されます」
ああ、そうか。
これが神か。
奥さんとは違う神。
ただ自分の役目を全うする事し考えていないし、その方法も選ばない。
自分が正義として生まれたから他は全て悪か。
「下らねぇ」
俺の言葉に神は初めて表情を変えた。
不思議そうに俺を見る顔は、初めて見た生物を注意深く観察しているような視線だった。
「正義って言うのはさ、やっぱり自分で考えて行動に移すから正義なんだよ。俺にとって俺の正義はダチや家族、仲間を守る事だけだ。それ以上手の届かない事はしない」
「小さい。あまりにも小さすぎる正義ですね。人間として身の程をわきまえているとも言えますが、あまりにも小さすぎる」
「仕方ないだろ。俺には本当に小さな物しかないんだから」
「何よりあなたは最初から破綻した事を言っています。何故悪だと分かっているものを友人と呼ぶのですか?友人が悪なのならその道を正し、正義に変える事が友人の役目でしょう」
「あ~確かによく聞くなそれ。でも本当にそれだけか?」
「それだけ?」
「確かに友達が本当に道を踏み外しそうになったら正してやるのが友達かもしれねぇよ。でもさ、本当に道を踏み外している訳じゃないなら一緒になって手伝ってやるのも悪い事ではないんじゃないか?一緒にバカやって、一緒に怒られて、そんな関係がどこが悪いんだ?他人に迷惑をかけない程度に一緒に悪い事をして何が悪い」
「悪い事とは基本的に他者に迷惑をかける事です。その発言は矛盾しています」
「そうかね?俺はそう思わない。まず俺があいつらに会った時だってもうすでに世界から否定されて、行き場なんてどこにもなかった。偶然見つけた廃ビルの一室で、6人で小さくなってた。それを見て悪人だったとしても、手を貸してあげちゃダメだって言うのか?」
「救済は正義です。ですがあなたは手を掴んだだけで救済はしなかった。それがあなたの最大の悪です」
「当たり前だろうが。お前みたいに自分の考える正義を押し付けるほど意思は強くねぇ。ただあいつらには共感してくれる誰かが必要だと思ってから話聞いてただけだ。悪を改心させて正義にしようなんて考えた事は一度もない」
「何故正義にしないのです。正義になればこのような事にはなりませんでした」
「正義になれば?は、お前は人間から生まれた正義のくせに分かんねぇんだな。正義の形は色々あって、全く同じ形の物なんてないから今もこうしてぶつかってるって言うのによ」
ああ、そろそろダメだ。
頭に血が巡らなくなってきた。
俺はふらついて踏ん張る事も出来ずに地面に倒れる。
もう痛みも感じないほどに衰弱している。
みんな大丈夫かな……ベルが上手く逃げれてると良いんだけど。
「もう限界のようですね。何か言い残す事はありますか」
「くたばれクソ神」
俺はそう言った後に意識が保てなくなった。




