【絶対正義】
絶対正義の神。
聞いてるだけで嫌な予感しかしないのですが?
「えっとコンさん?絶対正義の神とはなんぞや?」
「絶対正義の神。私を創り出した神です。元々人間の持つ正義感、正義という概念を元に誕生した神であり、もちろん司っているのも正義です。あれにとってあれが悪と決めたものは全て排除すべきものであり、正義だけの世界を創り出すのがあれの目的です」
「正義だけの世界って……悪役居なきゃヒーローなんて生まれないだろ?どうすんのそこらへん」
「さぁ?それに関してはあれしか分かりませんが……正義の信仰を強めるために悪役を用意するとも思えませんから、おそらく徹底した人類の管理をするつもりでしょう」
「それこそ悪役側の考えじゃない?人類の管理って世界征服とか言い出すタイプの悪役のセリフじゃない?」
色々矛盾を抱え込んでいる感じのする神様だが、非常にまずい存在である事だけは俺にも分かった。
そして彼女が神様になりそうなとき、ベルが飛び出した。
その姿はいつものぬいぐるみの姿でも、夢の中で見た女の子姿でもない。
悪魔と言う表現が正しいとしか思えない超巨大な角が生えた熊がモチーフになっている事がギリギリ分かる超巨大な悪魔が拳を思いっきり彼女に向かって繰り出された。
「死ね」
体の大きさに対して素早すぎる腕の動きに、漫画で見た音よりも早い拳と言う物を初めて見た。
しかし拳の動きは俺の目には映ることなく、ただ後から俺達を襲ってきたは何かが弾けるような大きな音と衝撃波で状況が分かっただけだ。
そしてコンが作り出してくれた結界のおかげで俺の耳も体も無事だったが、もし結界がなかったら衝撃波で全身ズタズタで、鼓膜も破れていたかもしれない。
瞬間火力最強と言われるベルの攻撃はどうだと思っていると、ベルは俺よりも遅い走りで慌てた様子で帰ってきた。
その時はもうすでにベルは夢の中で見た女の子の姿に戻っている。
「ダメだったぁ」
「お疲れ様ですベル。やはりダメですか……」
殴られたはずの彼女はなんて事のないようにこちらを眺めていた。
彼女だったはずのあれは何だ?
正義の神に憑りつかれた彼女の肌はあり得ないほど青白くなっており、目には生気が感じられない。
髪も白くなっており、白いペンキで髪を塗ったかのように異様な白さ。
ただこちらに向かって嫌悪感を向けてきている事だけは分かる。
あまりにも奇妙な光景に本当にヤバいと感じていると、愛香さんが頭を押さえながらうずくまった。
「愛香さん大丈夫か?」
「な、なんですかこれ……頭が……痛い!」
「正義の神の精神干渉です。愛香さんはこの結界から出てはいけません。出た瞬間洗脳されてしまうでしょうから」
「せ、洗脳って。それ完全に悪役サイドの攻撃じゃん!あれ本当に正義!?」
「あれにとっては正義なんですよ。おそらくもうすでに世界中に洗脳するための術式を放っていると見ていいでしょうね。世界中の人間達を正義感と言う感情で暴走させ、ありとあらゆる悪を撲滅する。それがあの神の正義です」
「あらゆる悪ってどんな?」
「非常にしょうもない、小さなことも含まれます。例えば約束を破った。人に嘘をついた。落ちているものを勝手に自分の物にした。こんなしょうもない事すらあれにとって撲滅すべき悪なのです」
「…………は?」
そのあまりにも広すぎる悪の定義に俺は呆れていた。
正直誰だってやった事がある事だ。
勝手な理由で約束を破った、しょうもない理由で嘘をついた、落ちているものを拾って自分の物にした。
そのくらい誰でも経験あると思う。
確かに悪い行いである事は分かる。
だが撲滅すべきほどの悪だろうか?
「それ、本当に撲滅すべきほどの悪か?」
「あれにとってはそうです。簡単に言えば銀行強盗をして金を盗む行為も、落ちている1円玉を拾って自分の物にするのもあれにとって同じ罪であり、悪行なのです」
「それ極論過ぎるだろ!!それじゃあれか!人を殴る行為と人を殺す行為は同じだからって理由でどっちも死刑にするとでも言うのか!?」
「言うでしょうね。あの神は」
「柊ちゃん。こればかりはあの神の本能なの。言ったでしょ、神は司っているものに対して本能的に活動してしまうと。あの神は元の世界でもかなり赤ちゃんなの。生まれて100年も経っていないような幼い神。そのせいで本能、正義を執行するっていう本能でしか動いていないのよ。だから、そんな極論で動く事が出来るの」
「いや、神様だからってそれが許されるわけないだろ?」
「そうね。それも柊ちゃんの言う通りよ。でもあの時代、あの世界の人間達はあの正義の神の在り方が正しいと肯定してしまったの。それからは病気が伝染するように洗脳された人間がさらに洗脳を繰り返して、世界一の宗教となった。それが柊ちゃんが生きていた時代。極端な正義が認められた、悪を認めない世界だったんですよ」
「……マジかよ」
だから俺は、悪と言われていた友達と仲良くしていただけで拷問されていたのか。
ようやく何故が分かった。
あいつが俺を殺したんだ。
「柊様。柊様はここでベルと愛香さんと一緒に居てください。あとは我々がどうにかします」
「どうにかってどうやって勝つつもりだよ」
「本当であればもうすでに勝っていたはずなんですが、こちらの不始末ですので我々にお任せください」
「おい!それってどういう意味だよ!おい!!」
だが俺の言葉に答えてくれることなくコン達はあの絶対正義の神に向かって戦いを始めた。
すぐにドラコが本来のドラゴンの姿に戻って上空に放り投げた後、ブレスを上空の神に向かって連射しながら空に飛んで行った。
他のみんなもそれに続き、残ったのは本当に俺とベル、そして今も頭を痛そうにしている愛香さんだけが残った。
「本当はね、あの神の事を殺したつもりだったんだよ。コンが計算を失敗するなんて珍しいよね」
俺の疑問に答えてくれたのはまだ女の子状態のベルだった。
「殺したって、ベルの攻撃を耐えたあの神を?どうやって殺したんだよ」
「柊にも分かりやすく言うと、結果的に殺した事にするって感じかな。結果的にだから本当に殺したわけじゃないけど」
「どういうことだ??」
ベルが言いたい事が全く分からず、俺はベルに聞き直す。
ベルは悩みながら、言葉を選びながらという様子で話し始めた。
「えっとね。神様を殺す方法は実は3つあるんだよ。1つは物理的に殺す方法、つまり今僕達が頑張ってあの絶対正義の神を殺そうとしている方法。2つ目は人間に忘れ去れる方法。人間がその神様を完全に忘れる事で存在を維持できなくなる、つまり結果的に死んだことになるの。3つ目は2つ目と似てるけど、信者が居なくなる方法。これは単に信仰と言う名のエネルギーを失う事でできる殺し方、神様でも人間から信仰と言う名のエネルギーを得ないと空腹で死んじゃうような感じだから。僕達はこの3つの殺し方で2つ目と3つ目を同時に進行していたんだ。人間から忘れ去られて死ぬ方法と、飢え死に作戦をね」
「まぁベルの攻撃を耐えるような奴、正面から戦うよりは楽かもな」
「それに殺したと勘違いしていた理由だけど、あの神の存在は前に居た世界から完全に気配がなくなっていたから死んだと僕達も勘違いしていたんだよ。でも本当は聖女の魂に寄生して一緒にこの世界に来ていた。そして同じことをするためにずっと潜んでたんだと思う」
「ところで他の神様はどうした?奥さんみたいに他の神様は戦わなかったのか?」
何度も言っていた奥さんの言葉、別の神話体系と言う言葉が出ていたのだからその正義の神だけではないはずだ。
だがベルは複雑そうな表情をしながら奥さんを見る。
奥さんは巨大な海に住む恐竜のような姿で戦っていた。
腹やひれの部分に水があってその上をすべるように移動しながら魔法と口から水を出して攻撃している。
その攻撃が上空でどうなっているのかは、遠すぎて分からない。
「多分負けたんだろうね。レディの子供達も」
「え?」
「絶対正義の神が最初にしたことは他の神話体系を破壊だったんだよ。自分に従わない神もすべて悪として滅ぼしていった。僕がいた神話体系も、きっとあれに滅ぼされたんだろうね……」
ベルは少し寂しそうに言った。
「なんだそれ」
俺の声は零れ落ちていた。
当然の疑問と、あまりにも理不尽する絶対正義の神に対して怒りが湧いてくる。
「自分に従わない相手は全員殺すって、あいつの方が悪だろ!!そんなののどこが正義なんだよ!!」
「それはあれが絶対正義の神だからさ、どんな行動をしようとも人間から見れば正しい行いに見える。それがあの神の一番厄介なところなんだよね。それに神話体系が1つに統一される事で確かにあの世界は人間にとって都合のいい物になっていたよ。自然現象の猛威がなくなっていき、穏やか過ぎる世界が作り出されていった。だから人間達はさらにその神を信仰するようになって、世界は僕達が現れるよりも前に終わりそうになっていたんだよ。僕達が動かなくても、世界は終わってた」
もう俺の前世の世界は致命的なミスをしていたのかもしれない。
絶対正義と言う強すぎる光に目を潰されて、他の物が見えていなかったのかもしれない。
正義なんてあやふやで確かな形がないものに何で捕らわれ過ぎていたのか。
その理由を知る方法は俺の中にはない。
ただ言える事は、本当にコン達が負けてしまった時、この世界は俺の前世の世界と同様に滅んでしまうという事だけは分かった。
だから俺は必死に祈る。
どうか、みんなが勝ちますようにっと。




