正義の味方がやって来た
終業式が終わってほとんどの生徒が実家に帰省する中、俺達はクロウの家に泊まりに来ていた。
「全く。僕の家広いからいいけど、その代わり色々手伝ってよね。お金は出すから」
「それ手伝いじゃなくて仕事になってるから」
こんな感じで俺達はクロウから客室を借りてそれぞれ好きに過ごしながらパーティーの準備をしたり、冬のコミケに向けて準備を進めていく。
意外だったのはコッペリア達だろうか。
「ねぇそのコミケって言う所に私も行きたいんだけど」
「コッペリアが?なんかあったっけ」
「私が好きなアニメの企業ブースがあるの。そこで買い物したいからついて行くわ」
「ならドラコも行きたい!!お留守番ヤダ!!」
「どうするよクロウ?」
「まぁ買い物だけならいいんじゃない?僕だって30日はコスプレが目的だし、その間好きに見てていんじゃないかな」
「それじゃ私も行こうかしら~。コスプレしないといけないのかしら~?」
「寮母さん。コミケはコスプレだけの会場じゃないのでそんなルールありませんよ」
「コスプレ……柊様が好きなキャラクターのコスプレをすればもしかしたら!」
「ないから。普通にそんなコスプレくらいで興奮するほど俺の意思は弱くないからな」
バカな話をしながら俺達はいつも通り過ごす。
いつも通り過ぎて忘れてしまいそうになっていたが、戦争を仕掛ける連中はもうすぐそこまで来ている。
非常に残念で、楽しいイベントが盛りだくさんの冬に仕掛けてる前世の世界の連中が意味分からない。
楽しい事をして過ごせばいいのに、なんでそうしないんだろう。
そう思いながら12月23日。連中が攻撃してくる日がやって来た。
ここまで詳しく判明した理由はコンとコッペリア、クロウの三段構えによる情報戦の勝利だ。
コンの完璧な現場調査、そしてコッペリアとクロウのハッキングによる電子上のやり取りを盗み見る事でいつ突撃してくるのか判明した。
それがクリスマスイブの前日であり、はた迷惑な日を選んでいたわけだ。
なので俺達はその日に学校に向かい、奥さんの力を借りて学校の体育館で連中を待つ。
「柊様。危険ですのでクロウの家でお待ちいただけませんか」
「俺もお前らの友達。それに俺をぶっ殺した連中のお仲間がどんな奴なのか一回ぐらい拝んでおきたいからな」
という理由で俺はこの場にいる。
「来ました」
コンがそう言うのでどれだけの軍勢がいるのかと警戒したが、俺達の前に姿を現したのはたったの7人。
全員騎士の姿であり、真ん中が女性であるという事しか分からない。
女性以外は鎧の上からフード付きの外套を羽織っているので顔が全く見えない。
女性は俺の姿を見つけるとなぜか嬉しそうな表情をした。
「ああ。こんな所に居たのですね、ゲン」
俺の事を見ながらそう言ったが一体何の事だか分からない。
「ゲンって?」
「柊様の前世の名前です」
俺の前世の名前を知っている?
よく分からないが目の前の女性は俺の前世の事も知っているらしい。
女性は分かりやすいほどに日本人という感じで長い黒髪を背中にまで伸ばし、濁った瞳で俺の事を見続ける。
みんなの事を殺しに来たはずなのに俺しか見えていないような感じがしてかなり違和感を覚える。
「で、君は誰」
「何言っているのゲン。私よ、ヒロ。まさか覚えてないの?」
「悪いな」
俺がそう謝るとすぐに怒りをあらわにしてみんなの事を強く睨み付ける。
その表情は親の敵とでも言うべきか、どんくさい俺にも絶対に殺すと言う殺意だけは確かに伝わってきた。
「あなた達のせいね。彼が私の事を忘れてしまったのは!!」
綺麗な顔が台無しになるくらいの鬼の形相。それとも般若とでも言うべきか。
なんだか自分にとって都合のいい解釈しかしなさそうな雰囲気がして少し怖い。
そして多分俺の言葉しか届きそうにない。
「違うぞ。それは俺が転生する前に前世で俺の魂がかなり傷付いていたからだそうだ。だから悪いのは俺を拷問してた連中だ」
「おかしい。それなら前世の事は全部分からないはず。何でそいつらの事は覚えているの」
「俺も知らん。ただ友達の事を覚えていただけだ」
俺がそう言うと彼女は顔を真っ青にして口を押える。
そしてすぐにその場に跪いて思いっきり腹の中の物を吐き出した。
あまりにも突然な反応。強い拒絶に俺は驚いてしまった。
「お、おい。大丈夫かよ」
「はぁ……はぁ……やっぱり、ゲンは優しいね。全部そいつらに洗脳されている訳じゃないみたい……それなら帰ってきて。そっちは化物達の住処、人間であるゲンはこっち側に居ないと危険なの。だから早くこっちに来て」
「断る。記憶もないのにそっちの方が安全である保証はどこにある?それなら確実に安全だと言えるここに居る」
俺がそう言うとまた彼女は顔を真っ青にした。
まるで否定される事を想定していなかったように。
それにしても彼女のこの反応は何だ?
何と言うか子供が親に裏切られたような反応と言うか、絶対に裏切るとは思えない相手に裏切られたと言うか、そんな様子に見える。
彼女は再び腹の中の物を吐き出し、顔を汚していく。
ある程度落ち着いたかと思うと近くにいた騎士が水の玉を作り出しながら言う。
「聖女様。こちらで口をゆすいでください。そして顔も洗った方がよろしいかと」
「ええ。ありがとう」
「そして実に残念ですが、彼はこちらの言葉に耳を傾けてはくれませんでした。となれば仕方ないかと」
「……もう少しだけ時間をちょうだい。その間に始めていて結構です」
「承知しました」
そう言うと後ろに待っていた6人の騎士が何か透明なキューブを取り出した。
枠しかないように見えるそのキューブが光り、つい俺は手で目を覆った。
光が収まったかと思うと、彼女の後ろにいる6人の騎士がどこかに消えている。
そしてみんなも消えていた。
「みんなをどこにやった」
「とある封印を施した。その空間内で私の仲間があの化物達を殺すべく戦いを始めている」
「あいつらに本当に勝てると思っているのか」
「思ってる。よく言うでしょ、正義は勝つって。そして次はゲンの番。あなたを取り戻して洗脳を解除してあげるからこっちに来て」
そう言うと彼女が俺に手を伸ばしながら近づいてきたところを、愛香さんがやって来た。
「愛香さん!?」
「コンさんに頼まれて潜伏していました。おそらく自分達は結界の中に閉じ込められるだろうから、その間柊君の事を頼むと」
「あいつ。いやあいつらか、こうなる事分かってたな」
そうなるとわざと封印?とにかく結界の中に入ったと想定する方が正しい。
剣を抜き、彼女に剣先を向ける愛香さんは言う。
「正直コンさんの言葉を聞いても疑っていましたが、本当に学園に不法侵入し、しかも生徒として登録されている方々を攻撃する事は転生者協会の手で禁止されています。それ以前に転生者が我欲のために剣を振り上げてはいけないはずです。そのことを承知でなぜ剣を振り上げるのですか」
「何故?私達の世界を終わらせた悪を倒す事に何故ためらうのです。今まで倒してきたアンノウンと同じです。彼らは討伐されるべき存在なのです」
「確かに彼らの力は強大ですが、言葉が通じない相手でもありません。むしろこれで決定的な決別となり、世界が滅ぶような事になった場合あなたは責任を取る事が出来るのですか」
「責任は彼らの討伐と言う形で果たそうと思います」
「それならなぜ柊君まで連れて行こうとするのですか。彼は確かにコッペリアさん達と友人ですが、それ以外は力のない一般人と変わらない。そんな彼を連れ去られるわけにはいきません」
「彼はあの化物達に洗脳されています。その洗脳を解除するだけです」
「彼は何度もメディカルチェックを受けています。しかし魔法的、科学的、暴力的な洗脳は一切受けていません。こちらがそういった事を一切確認していないとでも?」
「ならそのメディカルチェックが間違っていたのでは?悪と言われる存在を野放しにしているこの国は平和ボケしすぎです。現実はあの化物共を火急的速やかに排除するべきです」
「コッペリアさん達を本当に倒すだけの力があると思いますか?今までのアンノウン達とは全く違うんです。今までのアンノウン達は前世で倒す事が出来たからこそ、その弱点や攻略法が判明していた。しかし彼らにはそれがないんです。今まで当然としていた前提がないのです。それなら慎重に動くべきでしょう。そして彼らはこの世界を侵略しようとする意志は非常に低い。それなら今の状況を維持する方がよほど現実的だと私は思います」
「それじゃ遅すぎる!!あの化物達の恐ろしさを知らないからそんな事が言えるのです!!あの化物達は、あの化物達は!!」
感情が高ぶり過ぎている彼女は怒りに身を任せながら愛香さんに襲い掛かった。
「あの化物達のせいでゲンを失ったんだ!!」




