閑話 正義の集団
「本当に向かうのですか、あの化物しかいないあの国に」
「もちろんです。あの私達の世界を終わらせたあの化物共は何としても殺しておかなければなりません。そのためにはどれだけの犠牲を払ってでも行うべき絶対事項です」
「しかしお言葉ですが、もうここはあの世界ではありません。別の世界なのです。それでも犠牲を払ってまで行う必要が――」
彼女に向かって話す1人の転生者が他の転生者によって首に剣を当てられる。
意見を言っていた転生者は強制的に黙らせられ、発言できないようにされた。
そして彼女は言う。
「あなたをここで殺さないのはあれらに立ち向かうだけの戦力を減らさないためでしかありません。あなたの言動は我々の正義に反するものです。それともあなたはこう言うつもりですか?『所詮過去は過去、前世の事を忘れて今を生きよう』と。私は非常に恥ずかしい。我々正義の名の下にいる者がそのような考え方をしていると。あなたはこれから戦うためだけの兵器になってもらいます。連れて行きなさい」
「そ、それだけはご勘弁を!!どうかご勘弁を!!」
そう叫ぶ転生者は他の転生者によって引きずられながら扉の向こうに消えた。
シュウの前世の世界ではこのくらい日常茶飯事だった。
神や仏といった存在が非常に近くあったため、人間達は神々に対してとにかく潔白であろうとし続けた。
そのため神の意志にそぐわない者への制裁は非常に厳しい物である。
と言ってもこの世界に来たからと言って他の世界の者達や元々この世界の人間だった者達にはやっていない。
あくまでも柊や彼女達、同じ世界からの転生者だけの話である。
「全く。ようやくあの世界を終わらせた存在達へのリベンジが行えると言う時にあのような事を言うだなんて、神々が聞いていたらもっと酷い目に遭っていたでしょうね」
「同感です。しかしあの程度の制裁でよろしいのですか?」
「言ったでしょ。今は戦力を減らしたくないの。だからあの程度にしておくの」
「は!申し訳ありません。聖女様」
聖女と呼ばれた彼女は資料を見ながら作戦を考える。
前世の世界を終わらせた化物達に対して、前世の世界のようにすべてを使って攻撃するという事は出来ない。
例えばあの化物達に対して普通に使っていた核ミサイルをこの世界で使う訳にはいかない。
しかも日本という人口が密集している小さな国で使えばその被害は非常に大きなものになるし、他国からの非難は非常に大きいだろう。
そうなれば自然と選択肢は狭くなっていき、重火器や聖剣といった古今東西様々な武器で立ち向かうしかない。
出来れば強力な兵器を使いたいところだが、こればかりは状況がそれを許さない。
「それにしても人海戦術というのも非現実的ね。数をそろえばどうにかなるような相手なら苦労しなかったし、何より私達の世界は終わったりしなかった」
「それに人海戦術と申しましても、あの時と比べて人員は最大時期のおよそ2割と言ったところ、数千人規模であの悪の象徴達を倒すのは至難の業でしょう」
「ええ。これは単なる神の遺志を継ぐだけではなく、単純な復讐。私達の世界を滅ぼした悪の象徴に対しての反撃。協力者達は何か言ってるかしら」
「はい。人員の増加は望めませんが、その代わり対アンノウン用兵器の試作品などを現場にて実戦し、データをもらいたいとの話は出てきています」
「それ本当に実戦で使える物なの?」
「はい。国名は伏せさせていただきますが、戦略級ではなく戦術級核兵器の使用、聖剣や魔剣のサンプル、他転生者達の使う伝説の防具を再現した物なども流してもらえます」
「出来れば人も欲しい所だけど、それは望み過ぎかしら。相手は今までのアンノウンとは違う。実際に世界を終わらせたアンノウンであることを各国は理解してもらえているのかしら?」
「それに関してはその、化物達は日本でおとなしくしているらしく、あまりこちらの訴えに耳を貸していただいていません」
「本当に意外ね。あの化物共が大人しくしているだなんて」
「何でもある転生者の青年に懐いているらしく、彼らの事を友と呼んでいるか」
悪の象徴を友と呼ぶ青年。
その言葉に聖女は反応した。
「あの悪の象徴を友と呼ぶ者が居ると」
「はい。資料によりますと転生者でありながら戦う力はほとんどなく、一般人と変わらないそうです。ですが悪の象徴と行動を共にすることで中国で他のアンノウンを撃退、悪魔の大量発生などにも姿を現したそうです」
「その者の写真はある?」
「こちらに。その青年の情報もご一緒にご覧ください」
聖女は資料を受け取り、青年を見て驚いた。
「青年の名前は柊。出身、育ち共に日本。中学生までは一般人同様の暮らしをしていましたが、高校から輪廻学園に入学。その後体力作りと体作りを中心に訓練を繰り返していますが、現在も転生者特有の能力に目覚める気配はなし。偶然一般人が転生者としてこの世界に来たと見解が強いと言えます。ただし悪の象徴達を友と呼ぶ事、そして自動人形に対して最初から同じ世界の友人と発言している事から自動人形の信者などではないかと予想しております」
報告している転生者の言葉は聖女の耳に入らないほど大きな衝撃を受けていた。
何せその青年はあの前世の世界で聖女と親しかった青年だった。
心地よく、誰よりも優しかった彼。
聖女が聖女と周囲から言われる前、言われた後からもずっと変わらず彼女自身を見てくれた唯一の親友。
その親友が殺されたと聞いた時は発狂した。
発狂して親友が死ぬきっかけとなった奴らを殺す事しか考えられなかった。
いくつもの敗戦。いくつもの絶望。
それにより心がどれだけ摩耗しても彼の事だけはずっと覚えていた。
彼を奪われた怒りが彼女を聖女にし続けた。
この世界なら彼を救い出せる?
今なら彼をあの悪から遠ざける事が出来る?
ようやく、あの温かい所に帰る事が出来る?
ああ、早く会の胸の中に飛び込みたい。
飛び込んだ後きっと彼は少し困った顔をしながら、気恥ずかしさと仕方がないと言う表情をしながら抱きしめてくれる。
きっと彼は「お帰り、久しぶり」とあの心地よい声で迎えてくれ、彼の体温が私を包み込む。
きっと彼の心臓の音は私を眠りにいざなう。
日の光よりも暖かな体温が安心させてくれる。
「少し作戦を変えます」
「どのように?」
「例の青年を奪います。あの化物にとっても重要な人物なのでしょう。そうすればよほど殺しやすい」
「なるほど。つまり人質にすると」
「だから最初の目標は彼を奪う事に集中してください。そして例の実験中の結界、あれも使いましょう」
「よろしいので?あれはまだ実験中であり、本当にあのような効果が永遠に続くとは思いませんが」
「それでも問題ありません今あるのは2つでしたね。1つは私が、もう1つは作戦通りに使用して下さい」
「は!!」
ああ、彼もこの世界に来ているのは想定外だったが、これでようやく一緒に居られる。
また一緒に居られる。
今度こそ、居られる。
永遠に……一緒に居たいよ……
――
助けて。




