女の子の保護完了
「はぐ……あ~ん」
「おうしっかり食え。お茶いるか?」
「欲しい」
「ほい。落ち着いて飲めよ」
俺は悪魔と契約した少女、加奈ちゃんにご飯を食べさせる。
クロウの能力で出した温かいコンビニ飯だが、加奈ちゃんはモリモリ食べる。
クロウは溜め息を出しながら言う。
「全く。お腹がすくくらいなら契約した悪魔にご飯でも持ってくるよう命令すればいいのに……」
「ごくん。ご、ごめんなさい。でもこの子あまり頭がいいわけじゃないから……」
そう言う加奈ちゃんの肩には小さな悪魔がソーセージをつまみ食いしている。
この小さな悪魔が加奈ちゃんと契約したアンノウンと思われる小悪魔。
姿は二頭身くらいで加奈ちゃんの肩に乗れるくらい小さい。真っ黒なシルエットのような姿であり、影のように形が定まっていない。
小さな角や爪はどこかおぼろげで、揺れているように見える。そして目と口と思われるところはライトが光ってくれているかのように丸い。
「それにしてもこの悪魔、雑魚の中の雑魚だよ。動物程度の知能しかないし、契約もかなり大雑把。本当にいじめっ子をいじめ返すだけでも上等な部類だよ」
クロウは加奈ちゃんと小悪魔との間にできた契約を確認しながら言う。
クロウが言うには本当に単純な契約しかできないくらい若い?悪魔らしく複雑な契約を組む事も出来ない。何なら人間の感情を理解できているかどうかも怪しいくらいだそうだ。
そしていじめっ子は現在どうなっているかと言うと……
「ねぇ!そのご飯私達にもちょうだいよ!!」
「私達は関係ないはずだ!!解放してくれ!!」
体育館の中央で加奈ちゃんと契約した小悪魔と似た悪魔達に群がれている。
そして実際にいじめていた女の子だけではなくその両親、見て向ぬふりをした先生達の姿もあった。
悪魔達は初めて見る人間に強い好奇心を持った動物のように掴んでみたり、舐めたり、噛んでみたりを繰り返している。
ぶっちゃけいじめ返しているようには見えない。
「クロウ。契約内容を確認したいが、本当に単純な契約内容なんだよね?」
「そうだね。簡単に言うと内容は2つ。1つは当然いじめっ子への仕返し、2つ目はその邪魔をさせない事。この2つだけだね。ある意味この加奈ちゃんにはちょうどいいかも。僕みたいな悪魔だったら確実に魂取られてたね」
「それじゃこの小悪魔への報酬はどうなってる?」
「人間への知識ってところかな?人間はどんな生物なのか、どんな風にするとどんな感情を持つのか、その実験みたいな感じだね。だから加奈ちゃんへの被害はないし、どちらかと言うとあのいじめっ子達を生贄にしたって感じの内容だね」
「なら加奈ちゃんが満足するまで、もしくはこの悪魔達が満足するまで放っておいてもよくね?流石に加奈ちゃんにはこうしてご飯持ってきたりする必要あるけど」
「まぁ他の人間達が気にしなければそれでもいいかもね。でも町の住人達も加奈ちゃん同様に体力を消費したりしていると考えると……そろそろ契約を満了させないと危険かもね……」
「だよな~。加奈ちゃんはまだ仕返ししたりないか?」
「えっと……多分満足してると思うんだけど……」
「悪魔達が帰らない、か。と言うかあの量の悪魔どうやって召喚したんだ?雑魚悪魔とか言ってもあの量はかなりすごいだろ」
「そうだね。まるで虫に群がれる生贄だ。若い悪魔達は群れたがるから人が人を呼んだとでもいうべきかな?まぁあいつら程度だと人間を見る機会もないだろうから」
「ならあの人達悪魔にあげればいいんじゃね?そうすりゃ地獄でも何でも持ち帰って満足するんじゃねぇの?」
「流石にそれはダメですよ。あの人達も含めて救出作戦なんですから」
俺達の話に愛香さんも混ざった。
愛香さんは囚われている加害者達の健康状態を調べてもらっていた。
「で、あいつらどうだった?」
「健康状態はあまりいいとは思えません。どうやら寝ずにずっと責められていたようなので体力の消費が激しいです。それにその、加奈ちゃんにいじめていたことろ全く同じ個所に傷がみえました。当然治療されていないので化膿してきています。放っておいたらその、加奈ちゃんには見せられない光景になるかもしれません」
「なるほどね~。あの小悪魔集団のおかげで傷は見えていなかっただけか。まぁ実際傷口えぐられてるような悲鳴出してるもんな」
時々聞こえる悲鳴は悪魔達の好奇心か、もしくは加奈ちゃんの怒りが収まらない証拠か、今も加害者達はいじめられている。
だが加奈ちゃんの表情はもうすでに落ち着いており、加害者達の事をすでにいない者として扱っているようにも感じた。
まぁ確かに虐められていた時の怒りはいつかは鎮まる物だと思うし、きっともう落ち着いている。
もしくは……今現在進行形でいじめられているのを見ているからだろうか?
「ほらほら!子供を見捨てたダメな大人は人間じゃないのよ!!」
「あ、あ!!ごめんな――」
「あんたなんてもうとっくに人間じゃないのよこの豚!!ブヒブヒ言ってなさいこの豚!!」
「ブヒィ!ブヒィ!!」
……コッペリアが学年主任の太ったおっさんを豚扱いしています……
おっさんの尻をヒールで踏んでぐりぐりしてます。
「コッペリア~、小さい子供が見てるからあまり過激なことするなよ~。R―18禁指定になりそうなことは子供の前では止めときなさい」
「でもその加奈ちゃん?はまだこいつらに対して怒りがあるから契約満了とはならないんでしょ?だったら満足するまでやらせてあげましょうよ」
「まぁそれも手段の1つだけど……とりあえず今は良いんじゃないか?こんな小さな子にSM教えるとか将来変な方向に行きそうで怖い」
「もう悪魔と契約している時点で将来変な方向に行きそうだけど。加奈ちゃん教えて欲しい?」
「おいおい。本当に教えるつもりか?こんなん見ても――」
「教えて欲しいです」
「教えて欲しいの!?」
「いじめるのマンネリしてたから……いい刺激になるかもと思って」
「……コッペリア。お前とんでもない事しちまったかもしれないぞ」
「元々そう言う素質があったって事でしょ。なら今度色々SMプレイ用の道具でも持ってきてあげようかしら」
「小学校の体育館で本当に何教えるつもりだよ。とにかくそっちの方向性に進めるのだけは止めてあげような。な」
「仕方ないわね……それじゃこっそり教える事にするわよ」
「俺の前でこっそりとか言うなよ……」
もうこの友達完全にSMプレイに目覚めてるじゃない。
どうしたもんかと立ち上がると、加奈ちゃんが俺の服を掴んだ。
「どうした?」
「一緒に居て」
「え……う~ん。でもこっちは一回作戦本部に帰らないとダメだからな……」
「一緒ダメ、ですか?」
「それじゃ……一緒に来るか?」
「行く!!」
そう言うと加奈ちゃんは俺に抱き着いた。
これは……保護完了と言うべきなのか?
俺は愛香さんに視線を向けると、少し考えながら言う。
「悪い事ではありませんが……まだ加奈ちゃんは悪魔と契約した状態にあります。作戦本部に連れて帰るのは少し時間がかかるかと」
「でもさ、やっぱり子供だから1人でいるのが寂しかったんじゃないのか?それに腹も空かせてたし、子供を1人でまた体育館に置いていくって言うのも正直な……」
個人的には悪魔と契約しているから云々ではなく、子供がこんな人気のない体育館に置いていく事に対して不安が大きい。
それに加奈ちゃん自身はもう虐めていた者、そしてそれを見て見ぬふりをしていた大人に対してもう興味がなくなっている。
何故これで契約が完了していないのか不思議なくらいで、もうこの子の中で怒りが鎮火しているような気がする。
「待って相棒。それでも問題が1つある」
「なんだよ問題って」
「加奈ちゃんと悪魔はまだ契約した状態にある。これはつまり悪魔も本部に連れていなきゃならないって事だ。この悪魔が作戦本部で好き勝手するようなら本部も黙っていないと思う」
「だからって子供を置いていくのもダメだろ。俺はこの子を置いて行く事に反対だ」
「だから僕は僕で加奈ちゃんと契約しようと思う。大丈夫、対価は相棒からもらうし、1人と1体から承認を得たらそうする。承認できないなら置いていくから」
「……契約の内容は」
「簡単な内容だよ。この町の外にいる間、その小悪魔は鳥籠の中に入れて好きに動けないようにする。それだけの契約さ。期間はこの事件が終わるまでの間まで。どうかな加奈ちゃん。この契約……約束が出来るなら君達をこの町の外に出してあげる」
クロウがそう加奈ちゃんと目線を合わせながら言うと、加奈ちゃんは悪魔と目を合わせてから頷いた。
「この子の事、痛い事しない?」
「痛い事はしないよ。ただちょっと自由に動けなくなるけど」
「ずっと閉じ込めたりしない?」
「この事件が終わるまでの間だけさ」
「……パパとママに会える?」
「それは……この事件が終わった後になるけどいいかな?」
クロウは正直に答えながら契約内容を更新してく。
こうして細かな部分も受け入れる。
「……分かった。一緒に行く」
「契約成立だ。それじゃ君はこの鳥籠の中に入ってもらおうか」
小悪魔は素直に鳥籠の中に入り、おとなしくする。
その鳥籠を加奈ちゃんに渡し、クロウは息を吐いた。
「これで一応大丈夫なはずだ。でもこれはあくまでも相手を無理矢理認めさせうるための一時しのぎだ。早くこの事件を終わらせよう」
「そうだな。それじゃ今日は加奈ちゃんを連れて戻ろう。他の連中は……作戦が本決まりしたらだな」
「ちょっと!!私達の事も助けなさいよ!!これ以上虐められるなんて私は――」
生意気な事を言う女の子に対して俺は、磔になっている鉄製の十字架の下の部分を思いっきり蹴って黙らせた。
磔になっている女の子は音で一瞬目を閉じたが、すぐに俺を睨んできたが、すぐに怯えながら黙る。
「お前、調子乗ってんじゃねぇぞ」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
「お前が何を持って加奈ちゃんの事をいじめていたのかは知らないし興味もない。だがな、これは自業自得なんだよ。お前が虐めなければお前もこんな目に遭わなかった。俺はお前に決して手を伸ばさない。いじめるためにも、助けるためにも決して手を出さない。本当にお前の事なんざ、どうでもいいんだよ」
まるで自分の口を誰かが勝手に動かしているかのように俺は放しながら冷静に思った。
これはきっと俺の記憶にはない、俺を拷問していた連中への感情が混ざったものだ。
つまり一言で言うなら八つ当たり。
俺を拷問していた連中と、加奈ちゃんを虐めていた連中が重なって見えてしまっていたのだろう。
ほんの少し小便臭い臭いを感じながら、俺達は加奈ちゃんを連れて作戦本部へ戻るのだった。
1つのミスに気付く事なく。




