閑話 向かう者
「これで全員そろったね」
アメリカでタブレットを使いながら足をテーブルに上げる子供の姿があった。
その周りには壮年の大人が子供の姿を苛立ちながら見ていたが、何も言えない。
「CEO、今はその、株主総会の真っ最中なのですが……」
「別に問題ないでしょ。僕のおかげでこの小さな会社はそれなりに大きくなったんだから。まぁまだまだ大きくしないと僕は満足しないけど」
その言葉に他の株主や社員たちは黙るしかなかった。
元々この会社は赤字まみれの弱小企業だったのに対し、たった5年で世界のトップ争いをできるほどにまで成長したのだからこの子供のおかげであることは否定できない。
子供は大人たちの視線に全く気にかけた様子はなく、タブレットを見て、ニヤニヤと笑う。
それは子供が本当に喜んでいる時の表情であり、そろそろいいかと思う。
「さてと。それじゃ早速言わせてもらうけど、僕しばらくの間CEO辞めるから」
「…………は!?」
社員たちはそれを聞いて驚いた。
そんな事一切言ってなかったし、相談された記憶もない。
まるで子供が突然約束を破るような、そんな軽さで衝撃的な事を言い放った。
株主達はそれを聞いて内心ほくそ笑んでいる。
小さな子供が自分達大人よりも偉い立場にいると言うちっぽけなプライドのせいだ。
「あ、あの!しばらくと言うのは具体的にどれくらいなのですか!?」
「具体的に言うと3年くらいかな?その間はみんなに任せるよ」
「いや、3年もですか!?いったいどこで何をするのです!!」
「ジャパン。いや~君達も知ってるでしょ?アンノウンを従える転生者がいるって。もうどこもそのニュースで盛り上がってるじゃん。だから彼らとちょっと交渉しようと思って」
確かにそれは世界各地でニュースとなっている。
つい先日、中国に現れたアンノウンをドラゴン型のアンノウンが宇宙に投げ飛ばした後に倒したという様々な意味で衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。
楽観視している者はこのままアンノウンの手でアンノウンを倒してもらえるのではないかと考え、またある者は転生者の存在意義が危ぶまれるのではないかと考えている。
だが経済的な意味ではあまりいい印象を持たれていない。
何せ超危険な異世界からの侵略者がとどまっていたら世界の流通が滞ってしまうのではないかと考える者が多いからだ。
アンノウンが常にいる事で医療器具を作っている企業や薬品会社の株価は高騰。今では個人用シェルターの販売も随分上がっている。
「しかし、その、あんな危険な物に我々一般人が手を出すべきではないのではないでしょうか?」
「あ~大丈夫大丈夫。僕が狙っているのは周りにいるアンノウンじゃなくて、彼らの主である人間の方だから。あっちなら話は通じると思うよ」
「確かにそちらなら多少は安全でしょうが、それでもあの世界を滅ぼす事が出来るアンノウンが守っているのですから、せめて部下に任せるとか方法はいくらでも……」
ただCEOとして辞めるのではなく、その後の事業につなげるために他の仕事をキャンセルすると言うのであれば、ギリギリ認めなくもない。
それでもCEOでないとできない仕事はあるのでそちらもやってほしい所だが。
だがそんな部下の心情を無視して子供は言う。
「こればっかりは僕自身が出ないとダメな案件だと思ってるよ。それこそ君の言う通り、人間何て虫を潰す感覚で殺せる相手だ。そんな相手を部下に任せられないし、交渉決裂となったら僕のビジョンは消えてしまう。だから3年間は僕の代わりに仕事してね。CEOとしての仕事も君達に任せるから」
「ええ!!」
「それに僕色んな企業の株も買ってるし、ぶっちゃけCEOとして働く必要はもうないんだよね~。株だけで一生楽して暮らせるし、あとは株で金を増やして、価値ある物に囲まれて生きていきたいんだよね~。だから実質会社の運営は君達に任せようと思ってる。あ、株は今まで通り5割は僕が持ってるから。もしこの会社を傾けるような事をしたらすぐに売るからね」
会社に対して脅しながら子供は言う。
こうして株主総会は波乱を起こしながらも終了し、残された社員達は慌てているが、子供はなんてことないように株の値動きを見てタブレットを操作する。
そしてジャパンに向かう準備をするために家に向かう。
それは子供が住むには不釣り合いとしか言いようがない一等地にある一軒家であり、家政婦も雇っているので常に清潔を保たれた家だが、どこか生活感がない。
ソファーやテーブル、調度品は全て最高級の物を使っているが掃除以外触れられた形跡があまりないからだ。
まるでモデルハウスのようなただ家具を置いてあるだけのような印象も受ける。
実際子供はこの家をただの企業で成功したちょっとした自分へのプレゼント感覚で購入しただけであり、子供が自身が住んでいるのは家か少し離れたガレージの中だ。
ガレージを改造して作った秘密基地のような物であり、そこにある調度品は全て家に置いてあるものとは雲泥の差がある。
使い古されたボロボロのソファー、床にマットはなくむき出しのコンクリート、部屋の隅にはゴミ袋の山がありその中にはジャンクフードの袋がぎっしりと入っている。
彼は帰宅途中で買ってきたハンバーガーを唯一まともな道具、パソコン一式を置いてある机の横に置いた。
そしてまたタブレットを開き、巨大なドラゴン型アンノウンの陰に入っている小さな人間の姿をアップする。
その人間の表情は困ったような表情をしており、写真を撮られていたことにすら気が付いていなさそうな油断しきった顔。
そんな人間の顔を見て子供は微笑んだ。
「元気そうでよかったよ。相棒」
そう言ってうっとりとした表情で彼とまた会う事を楽しみにしていると、子供のスマホに着信が鳴った。
「やあ。こっちはもうジャパンに向かう予定だよ。たった今株主総会が終わったからようやく行ける。そっちはどうなんだい?……はは。それは君が始めた事なんだからすぐに行けなくて嘆くのは君の自業自得だろ。僕?もちろん例の学園都市に住むさ。コッペリアみたいに生徒として参加するつもりはないから、別な方法で彼と接触するつもりだよ。まぁ彼と僕たちの関係性なら向こうから気が付いてくれると思うけどね。今からどんな関係になるか楽しみだ。
ん?そりゃそうだろ。彼と友人であることは変わりない。でもコッペリアは同級生、マザーは寮母、ベルはぬいぐるみ、ドラコは……子供ってところかな?そんな風に友人でも色々な立場になっているんだから僕だって友人以外の関係性を持ってもいいかなって思う。そうだな~。僕はやっぱり素直じゃないから、雇い主。が一番しっくりくるかな?どうも彼、お金がなくて困ってるらしい。しかもドラコの面倒も見ないといけないからアルバイトをする事も出来ないみたいなんだ。
…………あ~それは止めておいた方が良いと思うよ。突然金がどこからか送られてくるのは怖いだろうし、彼、僕達にそう言う借りを作るのは嫌そうだから。うん。やめておいた方が良いね。とにかく僕はもうすぐ飛行機に乗ってジャパンに行くつもり。あとは飛行機のチケットしだいだけど、ジャパンも事態もかなり興味があるだHENTAI文化、だっけ?ジャパンには色んな文化が混在しているようで楽しみだよ。いろんなお宝もあるみたいだからね。
はは、手伝う気はないよ。確かにあいつらの事が邪魔だとは僕も思うけど、敵の排除より僕は僕の力を増す方を選んだから。家も購入済みだし、早く新しい我が家に会ってみたい。
それじゃ、僕はもう行くよ。次ぎはジャパンで会おう」




