閑話 世界は頭を抱える
「……………………」
「……………………」
「………………あのレベルのアンノウンが6体、ですか」
愛香が身に付けている盗聴器から情報を聞いていた者達は絶望に沈んでいた。
ドラコと似た戦闘能力を持った存在が6体この世界にいると考えればそれは仕方がない事ではあるが、だからと言って素直に降伏するわけにもいかない状況に各国の上層部は頭を抱えている。
もちろん彼ら自身転生者であり、戦争及びアンノウン退治で戦略を練ってきた者達。
現段階ですでにほとんどの転生者達は動きについて行く事すらできない可能性の方が高いのに、それが6体となれば話は大きく変わる。
どのようになのかは分からないが、柊と名乗る青年の世界からやってきたアンノウンはその世界を滅ぼしたと明言しているのだ。
今までやってきたアンノウン達は全て一度は倒された存在。だからこそある程度の対策を取る事が出来ていたし、また倒す事が出来ると言う希望もあった。
しかし彼の前に現れた5体のアンノウンはその世界の英雄達に倒されることなく生き残った。
そして柊と言う青年に会うためだけにこの世界に自らの意思でやって来た。
「これは前代未聞だぞ。もし彼らのように世界を崩壊させたアンノウン達がこの世界に現れるようになれば本当にこの世界は終わりを迎える。現在はこのアンノウン達に世界を崩壊させる意思がない事。だが気まぐれに、もしくは何者かが彼らを、もしくは彼を殺そうとして失敗し、怒りを買ってこの世界を崩壊させるような事になれば我々の手だけではどうする事も出来ない!!」
「それだけは絶対に回避する必要がある。だからこそこの場で話し合い、彼らに対して傍観するのかどうかを決めようとしているのではないか」
「だとしてもただ傍観するつもりはないのでしょ?実際愛香さんに盗聴器を身に付けさせたまま監視を続行しているようですし、彼女も柊と言う青年も容認している。そしてそれはアンノウン達も認めているのですから、もう少し落ち着いて話し合いましょう」
「しかしあのドラコと言うアンノウンに関しては精神的に幼い。癇癪を起して国が滅んだとなったら目も当てられない」
「それに関してはあの青年が制御してくれるでしょう。ただ金銭的な面で苦労している印象を受けますが」
「金銭的な面での補助ならまだマシだ。金で解決できる部分は解決した方が良い。それに現状菓子類とゲームと言った娯楽品ばかりであり、高級品に着手するしている様子もないしな」
「学園都市のコンボにやスーパーの監視カメラから得た情報ですが、購入しているのはスナック菓子や駄菓子ばかり。量も特別多いと言うほどではありませんが、平均的な小学生くらいの量だと推測されます」
アンノウン1体を子供だましのお菓子やゲームでおとなしく出来るのであれば安い物だ。
問題はその後の躾と言う部分だが、それに関しても柊青年がたしなめている姿が見える。
例えばスーパーの駄菓子コーナーで必要以上の菓子を買わないようにしている。単なる節約かもしれないが子供扱いをしているのであればこのくらいでいいのかもしれない。
あとはどのように支援するかだが、それはこちらの方でいくらでも調整できる。
「他のアンノウンに関してはどうだ」
「まずはマザーと呼ばれている学園で寮母をしているアンノウンから説明します。彼女は学園の寮母としての仕事をしながら他の生徒達との関係も良好、ただ幼い小学生などに関しては非常にあまいらしくお菓子やジュースを上げている姿などが目撃されています。そして時々ですが迷子になった子供を親元に帰すなど、敵対的な行動はありません」
「では目立った問題はないと?」
「はい。ただ彼女の事をアンノウンだと知らない男子生徒がナンパをしたりしているのが問題と言えば問題かと」
「……関係性が良好ならアンノウンである事は伏せ、そのまま良好な関係を維持してもらいたいところですが……それが原因でアンノウンとしての面が現れないとよいのですが」
「それがその、すでに一部問題が出ているようで……」
「まさか生徒に何らかの影響が出ているのでは!?」
「その、影響は確かに出ているのですが……その……何と言いますか……」
「まさか口に出すのもはばかれるような事をされたのですか!?」
「その、生徒達の尊厳が破壊されていると言いますか何というか……」
「やはりアンノウンとして恐ろしい事をしているのですね」
「…………子供扱いされていました」
「……………………はい?」
「ナンパした生徒達全員子供扱いをされ、一時的に幼児退行していたようです」
「………………詳しい説明をお願いします」
「ナンパした男子生徒達は寮母室に通された後、そういった行為をすることもなく、子供扱いをして幼児化させてそのまま世話をするという行為をしていました」
「…………なんだそれ。内容はしょうもないが、それは精神汚染の類ではないのか?」
「おそらくその類かと。しかしそのあと柊青年が寮母室に入ってマザーを叩き、幼児退行した男子生徒達の事も叩いて正気に戻した後自室に戻らせました。その後マザーは柊青年に説教を受けていました」
「ま、まぁ柊青年がきちんとアンノウンを制御している、と言える物でもあるのだし、被害は大きくないのだよな?大きくないと言ってほしい」
「………………一部男子生徒がはまっています!」
本当に何と言えばいいのか分からない空気が漂っていた。
いっそのことアンノウンと言う立場を知らなくても、一線を越えていたという報告の方が健全だったのではないかと思えるくらいの内容だった。
いや、精神汚染をしているという可能性を考えればただ眺めている訳にはいかないのだが、内容があまりにもひどすぎてそちらに頭が回らない。
だが正気に戻ったと聞けばマシと思えるし、最低でも柊青年はそういった状況を望んでいない事は分かっただけ良いのかもしれない。
「ではコッペリアと言う少女型のアンノウンはどうだ」
「コッペリアと言うアンノウンに関しても表向きはアンノウンであると口外していませんが、個体名ドラコと遊びと言う名の戦闘をしたことでアンノウンである事は判明していますが、現在も各園の女子学生と関係は良好。主に恋愛話に花を咲かせているようです」
「ふむ。そこだけ見れば他の女子生徒と変わらない感じだな」
「好物は甘い物全般。特に菓子パンを好んで食べているそうです。授業の合間に菓子を食べる事もあるようで、アルバイト先でも関係は良好のようです」
「アルバイト?いったいどんなアルバイトをしている?」
「フィギュアやプラモデルの販売員です」
「女子生徒が選ぶアルバイトらしくもないような……」
「最近はオタク女子も少なくないのでその類である可能性があります。実際アルバイト先で会社員割引きでフィギュアを購入している事も確認済みです」
「……柊青年は彼女の事も制御できているのかね」
「いえ、彼女は意外と常識的であり、目立った問題は起こしていません。ただナンパして来た男子生徒をコテンパンにしたとか、しつこい男子生徒を無視しているくらいです」
「……確かにその報告だけを聞けば一般的な女子生徒とあまり変わらないように感じる」
「本当にそのコッペリアと言うアンノウンは裏で何か問題行動を行っていないのですね?」
「流石に裏と言われると現在も調査中としか言えませんが、1つだけ気になる事が」
「なんだね。その気になる事とは」
「先ほどから話に出てくる柊青年に関する事ですが、コッペリアと言うアンノウンは柊青年の事を恋愛的な意味で好きであると公言しているようです」
「ほう」
「そのため柊青年に興味のない女子生徒とは親しくしているようですが、逆に興味がある女子生徒には何度か牽制しているようです。しかし物理的な攻撃ではなく、そういう発言を言われただけらしく、おとなしく引いた場合それ以上何か言ってくる事もないそうです」
「これは、可愛い行動の類でいいのだろうか?」
「恋愛と言う点では可愛いと言えなくもありませんが、他者が関わりやすい内容であることも間違いありません。しかし柊青年に関してはあまり問題がないと思われます」
「と言うと?」
「すでに柊青年に直接好意を向ける女子生徒が愛香さんしかいないからです。他の女子生徒達は既に引いているようです。なので現在の女子生徒の話題は柊青年をどちらが先に落とすか、と言う話題が同学年では有名なようです」
「ふむ。それなら問題ない、か?」
「こればかりは何とも。実際第三勢力を名乗る女子生徒がいるとか、本当か嘘かも分からないただの話題を大きくするためだけの言動も混じっておりますので確証を持って言える内容ではありません」
「そうか。だがこれも柊青年の意思次第と言うところか」
コッペリアに関しても確認をしたが、人間社会に順応して大人しくしているのであれば問題ない。
いや、裏で何かしていない確認を取る必要があるのでまだまだ油断することは出来ないが。
「それでは最後に、ベルと呼ばれるアンノウンに関して報告を頼む」
「はい。しかしこのベルと言われるアンノウンに関しては情報がほとんどありません」
「何?1番早く柊青年の元に来たのだろ?それなのにほとんど情報がないという事はないのではないのかね」
「それがその、資料通りベルと呼ばれるアンノウンは普段はぬいぐるみの形状をしており、一日中柊青年のベッドの上で寝ているだけなのです。属性は夢魔なので寝ているのが当然と言えば当然ですが、現実世界での活動は全くしておらず、本当に寝ているだけなのです」
「では夢の中で何か活動をしている形跡はないのか?確か夢の中で行動できる生徒がいただろう」
「その生徒にも協力を要請しましたが、結果は見つからなかった。です」
「見つからないとは?」
「夢魔の特性として彼らは必ず自分達の縄張りとなる結界に似た空間を夢の中で形成するそうなのです。しかしその結界を発見する事が出来なかったそうです」
「発見すらできなかったのか」
「はい。そのため現状ただ寝ているだけとしか報告できず……何と申し上げればよいか」
「なるほど。状況は分かった」
寝ているだけで一切現実世界で行動していないアンノウン。
ある意味この中で最も何をしているの変わらないという恐ろしさがあるが、言い方を変えれば現実世界では何もしていないと言える。
そして最後だが……
「そしてまだ柊青年と接触していない堕天使型アンノウンは、現在もヨーロッパを中心に転生者達に攻撃を加えていると」
「はい。今回の情報で判明しましたコンは現在もヨーロッパを中心に転生者達に攻撃を繰り返していますが、相変わらず人的被害は軽微。ほとんどの者が気絶させられるか、軽傷で動けなくなったらそれ以上攻撃してくる事はありません。攻撃方法は基本的に魔法を中心とし、肉弾戦も出来るようですがあまり行動には移しません。それに魔法も基本的に拘束系、電気系の魔法も使用していますが使用目的は転生者達を麻痺させて動けなくするためだと思われます。その麻痺も時間が経てば自然と回復するものであり、つまり完全になめられていますし、遊ばれているのが現状です」
「説明ありがとう。しかし意外なところから奴の情報が出てきたな」
「ですが戦闘に関する情報はまだ出ていません。今回の柊青年の発言から弱点が判明すればいいのですが……」
「完全、完璧と言っていたな。その神話体系の神がそのように創ったとか」
「神が生み出した完全な存在に勝利するとはいったいどのようにすればいいのでしょうか」
「そればかりは調べてみる他ない。神が生み出した存在であろうとそうでなかろうとも、我々が生き残るためには戦うしかない」
「それからコンに対して新たな情報ですが、コンが誘拐をしている可能性が非常に高いと考えられます」
「アンノウンによる誘拐事件だと!?大事件ではないか!!あいつが現れたのは20年ほど前、なぜ今になって誘拐事件が浮上した!!」
「その、非常に情けない話なのですが、奴が誘拐していたのは貧民層の家族や孤児を狙ったものであり、判明するのに時間がかかったからです。そして今回判明したのは初めて富裕層からの一家行方不明事件からコンをよく知る転生者の言葉があってからです」
「……そう言えば奴が目の敵にしている転生者がいたな。彼女も奴の事を憎み戦っているというのは聞いていたが、一体どのような情報だ」
「実は奴には固有の結界を生み出す力があるらしく、連れ去られた家族たちなどはみなその世界でコンの信者として生活している可能性が高いそうです。彼女の前世でも同じ事をしていたようで、救出するのは不可能とのことです」
「それはコンの結界内に侵入することが不可能という事か」
「いえ、そうではなく信者となった者達は二度と元の世界に帰りたがらないからだそうです」
「それはどういうことだ?普通は帰りたいと思うものだろ」
「しかしコン。いえ柊青年の関係者であるアンノウン達は全て固有の結界を所有しているそうです。その中に連れてきた信者を管理、育成する事で信者達からエネルギーを得ているそうです。そしてコンの支配する結界内の世界の事を皮肉を込めて、楽園と呼んでいるそうです」
「ユートピア、か」
「はい。何でも前世の頃にその世界に入り調べている者が居たそうですが、そのものの言葉通りなのなら人間も完全な存在として生き続ける事が出来るそうです」
「完全な存在とは具体的にどのような存在なんだ」
「不老不死になれるそうです」
「な!?」
「その世界の中限定なのか、それとも一度信者として迎え入れられたらなのかは不明ですが、コンは自身の信者となった者に不老不死にし、そして数百年、数千年生きても精神的苦痛を受けない、病気になる事も認知症になる事もない。怪我一つしない完全な存在になるそうです。文字通り、全ての欲を満たされ、死の恐怖からも逃げきる事が出来る完全完璧な世界。そんな世界に奴は貧困に苦しんでいる者達を中心に招き入れ、信者としているそうです」
「それでは、なぜ今回発覚した富裕層の家族をその完全な世界に招き入れた?」
「調べてみた結果ですが、その富裕層の家族は最近息子を難病で亡くしてしまったそうです。コンの世界では死者も蘇るそうです」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「なので彼女の話を信じるのであれば、その富裕層の家族は失った息子さんと共に生きるためにコンの信者になったっというのが我々の調査による予想です。死者蘇生など本来であれば夢物語ですが、あのアンノウンであればもしかしたら、もしかするのかもしれません」
「…………そんな情報が出たら世界がどうなるのか分からないよってその情報は絶対に漏らすな」
最後の最後に非常に面倒な情報が発見されてしまった。
不老不死になれるかもしれない情報なんて世界に公開したらどうなるのか分からない。
とりあえず大混乱になる事だけは間違いないだろう。
あまりにも話が大きすぎて嘘だと思ってくれればいいが、もし仮に真実だったとすれば誰もがこぞってコンの信者になるかもしれない。
それだけは何としても避けなければならない。
今日も頭が痛くなるような事が起きてばかりだ。




