閑話 愛香は知らなかった
シュウとコッペリア、そしてドラコが帰った後、クラスメイト達は先ほど体育の時間に見た戦闘について意見を募っていた。
その理由は転生者達をまとめる組織にドラコの現状を伝えるため。
ドラコの戦闘能力を把握し、報告する事でいつかあのアンノウンを倒す事が出来るかもしれないのでその情報を集め、対策するのが目的だ。
だが……今回見た遊びに対して非常に沈黙が重たい。
ため息をついた担任は空気を少しでも和ませようと言う。
「はいはい。いつまで絶望してたって意味ないでしょ。確かにあの遊びは色んな意味で規格外だったが、まぁ戦闘データも欲しかったところだしちょうどいいと受け止めよう」
「先生。受け止めてもデータ多くってもあの戦闘能力の差は埋めようがないんですが」
担任に男子生徒が言う。
それでも担任は頭を掻きながら言う。
「まぁ元々の姿があれなんだ、強いのは分かってただろ」
「でもあそこまで戦力差があると本当に神様や精霊の類をどうにか呼び出さないと勝てる気がしませんよ」
「ならコッペリアに頼るしかないだろ。現状あの動きについて行けるのは彼女だけなんだから」
「でもコッペリアさんってあのドラコって子と知り合いみたいな雰囲気があったけど……」
「あったあった。シュウの前世の友達同士っぽいから関係は確実にあるぞ」
「え、でもそうなると寮母さんも何かドラコと関係があるんじゃ……」
「全くないって事はないだろうな。どうしてもドラコと一緒にいれないときは寮母さんに預けてるところ見た」
「似たような光景なら俺も見た。ドラコがおままごとしたいって言ってた時に寮母さんにお母さん役頼みに行ったの見た。そして柊の奴寮母さんに膝枕されて寝てた」
「羨ましい」
「ズルくね?」
「ギルティ」
「あ、私まえにドラコちゃんにおやつあげようとしたんだけど、威嚇されて驚いたら柊君に謝られた。あの時の柊君本当にお兄さんかお父さんみたいな感じだったよ。それに私のお菓子も柊君の手からだとちゃんと食べてくれたし、私の事すぐに威嚇したりはしなくなった」
「あの子基本的に柊君が言うように子供だよね。でも警戒心は動物並みに高いと思う」
少し話がずれたりしているがやはりドラコは何故柊にだけ素直に言う事を聞いているのかが分からない。
前世からの関係と聞けばそうかと納得できなくもないが、それでも柊にだけ懐いているのも少し疑問だ。
ドラゴンと言う種族は基本的に強さだけが求められる。
雄雌関係なく強い事が重要であり、弱い存在は見向きもされない。
だが柊は明らかに強い気配は一切ない。
あの遊びの中でも動きは一切見えていなかったようだし、そこに嘘もない。
「おい姫野。お前が一番柊の近くにいただろ。嘘とかついてなかったか。お前には嘘を看破する能力があったはずだ」
その言葉に愛香は少し迷う。
あの遊びをしている最中の言葉、本当に人間ですかっという問いに対して柊は嘘をついた。
つまり柊にとって隠している部分が、コッペリアとドラコの種族。
最低でも人間ではない事は確かである。
「……柊君はあまり嘘をつきません」
「あまり。つまり嘘はついてたわけだ。何について嘘ついてた」
「それは……その……」
「はっきり言っておくぞ姫野愛香。今回の事に対しては柊の事を擁護するのは無しだ。あのドラコと言うアンノウンは明らかに危険な存在だ。この国だけじゃなく、世界を本当に滅ぼす存在だ。アンノウンと言う存在全てがそれに該当するわけだが、今までのアンノウンとは確実に何か違う。ヨーロッパであいつと戦った事がある転生者の話によれば、そいつが生きている間にドラコを殺せてないらしい。言い方を変えれば、英雄がかなわなかったアンノウンだ。本当に世界を滅ぼしたアンノウンだ。全ての情報を開示しろ。これは学校側からの命令じゃない。世界からの命令だ」
そう強く言われた愛香は小さな声で言った。
「コッペリアさんとドラコさんが人間かっという質問に対して、嘘をつきました」
「それじゃコッペリアもアンノウンである疑惑をかけるぞ」
「先生!それはいくらなんでも!!」
「残念だが今回は全て世界ぐるみのクソなやり方だぞ。お前らも経験あるよな?世界を救うために個人を見捨てたことくらいよ」
担任は非常に冷徹な声で言った。
確かに世界を救う、その結果を出すために敵を殺した者の方が圧倒的に多いだろう。
救うために殺す。
そんな元子もないものが、ありとあらゆる世界の真実だ。
「姫野愛香。お前にこれを渡す」
「えっと、これは?」
「盗聴器だ。これを使ってシュウからドラコや例の友達について情報を1つでも多く聞き出してこい。ちなみに盗聴しているのは既にドラコを殺す事を前提に動いている連中が聞いてる。分かるな」
「私が、ですか?」
「当然だろ。この学園で、いやこの世界で最も柊に近付けると確信を持って言えるのがお前だ。だからお前なら簡単に情報を引き出せるはずだ」
「………………分かり、ました」
愛香は仕方なく承諾した。
――
次の日の昼。
私、愛香は盗聴器を隠して身に付けながら柊君に声をかける。
「柊君。お昼一緒にどうですか?」
「ん?ああ~、コッペリアとドラコも一緒でいいか?」
「えっと、出来れば2人っきりでお願いしたいのですが……」
ドラコさんとコッペリアさんの話を聞こうとしているのに、2人の前で話をするのは危険だ。
できるだけ私自身の感情を殺し、前世の頃のように世界を救うためだけを考える。
「う~ん、そうか。コッペリア。悪いがドラコの事預かっててもらっていいか?」
「え~、世話の面倒を押し付けるならマザーにしなさいよ」
「あっちはあっちで寮母として働いてるんだからそう簡単に任せられないって。他に頼める奴いないんだよ」
「仕方ないわね……ほらドラコ。こっちに来なさい」
「うー。シューどこにも行かない?」
「ちょっと友達と飯食ってくるだけだ。いい子で待ってなよ」
そう柊君はドラコさんの事を愛おしそうに撫でる。
何で柊君はそんな風にアンノウンの事をやさしくなでる事が出来るのだろう?
やはり前世の頃から友達だったから?
もしかして前世の頃はアンノウンのような世界の敵ではなかったのだろうか?
そう思いながら人払いを済ませている屋上のベンチでご飯を食べ始める。
それにしても……何と話し出せばいいのだろうか。
前世の頃は世界を守るためだったら本当に何でもやってきた。
怪しい人物を調査したり、悪党を利用したり、裏切った仲間を殺すことだってあった……
それなのに何で柊君の事はこんなにも罪悪感が襲ってくるの?
何か関係があるのは間違いないが、それでも私達が想像しているような最悪の事態であるという事はまだ確証していない。
最悪の事態。
それは柊君自身がドラコさんを召喚したという可能性。
でも前世の頃に友達だったからと言うだけでそう簡単に召喚できるだろうか?
何より柊君自身の手で召喚するとしたら大きな矛盾が発生する。
それは柊君自身には何の力もない事。
力とは私達が知っているオーラや世界の魔力を利用した魔力などを操作する方法も、何の技術も持っていないからだ。
誰かに協力してもらったとしても、あれほど強力なアンノウンを召喚するには大規模な魔法を使う必要がある。
それほどまで強力な魔法使いがいるだろうか?
「で、コッペリアとドラコについて何が聞きたいんだ」
お弁当を食べながら柊君が私に聞いてきた。
「え、何で……」
「まぁいくつか理由はあるけど、ほとんど経験則だな」
「経験則?」
「俺はバカだが、まぁ周囲の空気が変わったことくらい分かる。大方昨日の体育の時にドラコたちの事がマジでヤバいって思ったからドラコたちについて聞きたい事がある。そんなところだろ」
「えっと、そうです……」
「それから周囲の目が今の俺の状況を教えてくれたよ」
「え?」
周囲の目?
私達はいったいどんな目をしていたのだろうか。
「前にも似たような事は経験してんだよ。と言っても前世の頃だけどな。あいつらと知り合ってしばらくたった後、みんなとつるんでるんじゃないかと疑われてな。俺は適当な嘘言って、そんなヤバい連中と一緒に居たらとっくに死んでるって言ってやった。それにみんなが本当に当時の先生達みたいな絶対に殺さないといけない存在ってのがよく分からなくてな、先生達が教えてくれた存在と俺から見たあいつらが合致しなかったってのもある」
柊君は淡々と思い出しながら言う。
本当に思い出しながら言っているだけでそこには何の感情もない。
「でもまぁ俺も少し不安になってみんなに聞いたんだよ。本当にお前達がこの世界を終わらせちまう存在なのか~ってな。そしたらびっくりしたよ。あっさり認めた」
「…………え」
「マジでびっくりしたよ。あっさり全員認めたもんだからさ。でもそれ以上にみんなが全員世界を終わらせる存在ってところに驚いた。だって普通に話したり飯食ったりしてるとき全然そんな感じしなかったんだぞ。まぁ普通の存在じゃないって言うのも実は最初からなんとなく分かってたけどさ、でもまさか世界を終わらせる連中だなんて普通思わないだろ」
「それは……そうですよね」
「だから俺は先生達の言葉を、みんなの言葉を勝手に嘘だと思い込んだ。それにみんなが世界を滅ぼした~なんて普通に言うが、俺その現場全く見てないし」
「見てない?」
「だってみんなが世界を滅ぼした理由、俺が死んだことだもん」
………………え?
「誰の言葉も信じないままみんなと過ごしていつも通り登校するときに俺はよく分かんない連中に連れ去れた。刑務所ってこんな感じなのかな~ってところに突然ぶち込まれてさ、檻越しに言われたんだよ。あいつらと付き合いがあるのか~って。まぁそんときもみんなの事だって言うのは何となく察してたんだが、信じたくなかったし、信じられないから何のことだって言った。そうしたらみんなの居場所を教えて裏切れ、そうすれば世界は救われるってよく分かんない事言うんだよ。だから理解できなくて俺は知らないって言い続けた。ま、そのあとは死ぬまで拷問されたんだけどね」
「…………………………え?」
「いわゆるそいつら世界を救うために動いてる、この世界で言うならちょうど愛香さん達みたいな連中だったんだと思う。みんなを、友達を殺す事で世界を救う連中が俺とみんなの間を裂こうとしたんだよ。何で俺がみんなの事を裏切るように言わせようとしていたのかは最後まで分かんなかったけど、あいつらにとっては大切な事だったんだろうな~。だから俺はみんなの戦闘に関しての情報はろくに持ってない。ごめんな」
最後に軽くごめんなっと言ったが、拷問?
しかも死ぬまで?
柊君の前世では、そんな死に方をした??
「え、えっと。えっと……」
「あ、あ~ごめん。やっぱ拷問とかそう言う話はしない方が良かったよな。でもごめん。あいつらがどうして世界の敵になったのかを説明するにはさ、どうしても俺が死んだって事は言わないとダメなんだよ。こっちの世界に来てから聞いたが、それが切っ掛けだったらしいから」
「柊君の死が、柊君の前世の終わりの理由……」
「そ。だから俺はみんなの戦闘能力がどれくらいの物なのか、どれだけヤバいのか全く分からん。あとから聞いて知っているのは俺を殺した世界の事を本当に憎んでいたことくらい。そして俺を守る事が出来なかった後悔だけだ。そして俺は今もみんなの事が好きだから裏切るつもりもありません。ま、見た目通りと言うかなんというか、知りたかったら直接聞いた方がいいぞ。素直に教えてくれるかどうかは分かんないけど」
私の手は、震えていた。
箸を持っていた手が震えて、箸が落ちる。
落ちた箸の事なんて全く頭になく、ただ、私達のような世界を救おうとした存在に、柊君が殺されていたことにショックだった。
いや、もしかしたら私はずっと目を背けてきただけかもしれない。
世界を救うと言う凄い事をしたのだから、みんな褒めてくれ、それまでの過程で起きた後ろ暗い事を消してくれと、ずっと思っていたのかもしれない。
「おいおい大丈夫かよ。はい箸」
柊君が私の箸を拾ってくれたが、受け取る事が出来ない。
それよりも聞きたい事がある。
「ねぇ、柊君は私達の事が怖くないの?」
「何でだよ?別に怖い事なんてないじゃん」
「だって、柊君の事を殺した人達と同じことをしているんだよ。怖いでしょ」
「いや全然。だって愛香さん達は俺を殺した連中と全く同じって訳じゃないじゃん。それに俺、あんまり覚えてないんだよ」
「覚えて、無い?」
「うん。みんなは前世の事全部知ってるらしいけど、俺の場合はなぜかみんなと一緒にいた頃の記憶ばっかりで他の事は全然覚えてねぇんだよ。前世の両親の顔も覚えてないし、友達だってみんなの事しか覚えてない。先生って言ったけど顔も名前も、性別だって覚えてない。ただぼんやりとそんな事を言われて嫌な事があった、くらいの事にしか覚えてないんだよ。まぁベルが言うのは俺の精神だか魂だかが損傷してるからそのせいだって言われたけど」
「ベルってもしかしてあのぬいぐるみの事?」
「そうだよ。あいつも俺の友達。コッペリアやドラコと同じ存在だ。でも基本的に寝てばかりだから無理に起こそうとしなければ大人しいもんだぞ」
「そ、それよりも魂に傷って!そっちの方が大変だよ!!ちゃんと治さないと!!」
「それ、やめておいた方がいいわよ」
「え?」
意外なところから声が聞こえた。
私と柊君が話が出来るようにこの屋上は封鎖されているのに。
でも落下防止用の柵の上にコッペリアさんはドラコさんを抱いた状態で立っていた。
「ベルとマザーが言うには魂の損傷は柊の防衛本能らしいし、無理に直したら当時の拷問もフラッシュバックして本当の廃人になっちゃうかもしれないからやめておいた方がいいらしいわ。私はそう言う魂の概念に関しては管轄外だから詳しくは分からないけど」
「コッペリアさん。それは本当ですか」
「本当よ。ほらドラコ、柊は無事だからいい加減泣き止みなさい」
「う~。シュー」
「うお!?どして泣いてるんだよドラコ!?夢見でも悪かったか?」
人型で泣いているドラコさんに柊君は慌てて駆け寄り、抱きしめてあやす。
ドラコさんは柊君に抱きしめられるとようやく泣くのを止め、柊君にしがみつく。
「シュー一緒に居ないとダメ!また死んじゃう……」
「そう簡単に死ぬかよ。前と違って逃げる体力くらいは作ってるんだぞ」
「でも心配……また、一緒に居ないときに殺されちゃう……」
「そんな事にならないように頑張ってるから。ほらよしよし、俺はちゃ~んとここに居るぞ~」
柊君はそう言いながらドラコさんをあやし続ける。
その姿は本当に、ただ幼い子供を心配させないようにしている、ただの人間の姿だった。
そう思っている私にコッペリアさんが言う。
「あなた達が私達の事に気が付き、対策したいと言うのは弱い生物として当然の事ね。だから私達は貴方たち人類に狙われる覚悟も出来てる。でもね、彼に手を出す事だけは許さないわ。その時は全力であなたたち人類を絶滅させる。それはもちろん私だけの話ではないわよ。私達全員があなたたち人類を抹殺する。1人たりとも逃さないように。確実にシュウ以外の人類が絶滅するまで私達は止まらない。別にあなた達がいなくとも、私達はシュウにごはんを与えることは出来るし、何不自由なく暮らす事が出来る。だから、シュウを殺す気なら覚悟しておきなさい。あなた達がシュウに手をかけると決めた瞬間。この世界を終わらせる」
もしかしてコッペリアさんは分かっているのだろうか。
この話は私だけが聞いているわけではない事に。
でも、私は――
「私は柊君の事を決して殺したいとは思っていません」
そうはっきりとコッペリアさんとドラコさん、そして柊君の前で言う。
「それは何故?私達を殺すための時間稼ぎのつもり?」
殺意のこもった視線を私に向けるコッペリアさん。
泣いた後だから目が少し腫れているが、柊君の事を守るために私を睨むドラコさん。
そして柊君が私の事を心配そうにして見る。
私は少し息を吸った後はっきりと言う。
「私は柊君の事を守るべき存在だと思っています。だから決して殺させたりはしません」
「その証拠は」
「それは私の行動をこれからも見て判断してくださいとしか言いようがありません。でもどんな事があろうとも、柊君の事を守り切ります。どんな事をしてでも」
「お、おい。どんな事をしてでもって、そこまで言わなくてもいいんじゃ――」
「柊君。これは私なりのけじめなの。柊君の事を守るって言っておきながら世界のためにっていう口実を見つけて揺らいでた。でもやっぱり私は柊君を殺すような事を言われても絶対に賛同できない。私は……世界じゃなくて柊君を選ぶよ」
そう言い切った私に柊君は驚いていた。
私自身も驚きだよ。
学園よりも偉い人達にも聞かれているのに。
「その言葉が嘘じゃない事を願うわ」
コッペリアさんはそういって今度は扉から出て行った。
柊君はドラコさんを抱きしめながら心配そうに私に聞く。
「おい。本当に大丈夫なのか?コッペリアが言ってたぞ。愛香さんに盗聴器が仕掛けられてるって」
「やっぱりバレてたんだ。でも大丈夫。これわざと付けろって命令されてたから」
「え?そればらして大丈夫なのか?愛香さんだって立場とか色々あるんじゃねぇの?」
「まぁあるけどそれでもやっぱり世界より柊君の方が大事だから」
「それってどういう……」
「……教えてあーげない」
多分柊君は気が付いてる。
でも私もはっきりと言っていないからまだこれでいいんだと思う。
それによく考えてみると私の前世は聖女として生きてきたから恋愛と言う物をしていないし、好きな人と結ばれる事もなく死んだ。
だったら今は、好きだって思える人がすぐそばにいるのだから、今回は好きな人のために生きてみるのも悪くないのかもしれない。
私はそう思うと少しだけ気が楽になった。




