ついて行けない遊び
ドラコが来てから俺の授業時間が少しだけ変わった。
いや、授業内容とかは今までとそこまで変わっていないのだが、ドラコが来たことで体育の授業がドラコとの遊びの時間のようになっている。
と言うより俺が運動しているのを見て遊びの時間だと思うようになった。の方が正しいのかもしれない。
なので体力作りをした後はドラコを相手に遊ぶのがいつの間にか当たり前になっていた。
遊びの内容は普通の鬼ごっこだったり、キャッチボールが多い。
でも飽きたのか今日は少し違った。
「コッペリア!ドラコと遊ぼ!!」
今日は俺ではなくコッペリアをご指名してきた。
コッペリアはいつも通りクラスメイトで遊んでいる状態から面倒くさそうにしながら言う。
「嫌よ。あなた力加減が分からないじゃない」
「え~。でもシューとばっかり遊ぶの飽きた。他のみんなとも遊びたい」
「ならせめてマザーと遊びなさいよ」
「ヤダ!マザーだとおままごととかいろんな服のお着換えとか、面白くない!!体動かしたい!!」
「えー……仕方ないわね。少しだけよ」
「やったー!!」
ドラコはそう言うとぬいぐるみ状態からギリ人間っぽい姿に変身してコッペリアに殴りかかった。
ドラコの拳とコッペリアの蹴りがぶつかり合いとんでもない衝撃波が俺達を襲った。
それに一番違和感を感じたのはその音。金属と金属がぶつかり合ったかのような低くて鈍い音が俺の耳に残る。
しかも俺の目には見えない速度で何度も何度も金属ぶつかり合う音だけが鳴り続けるのだから恐ろしくてたまらない。
俺と遊んでいる時は本当に全然体を動かしていなかったことがはっきりと分かる。
「いや~……マジか」
あまりにも音がうるさいので耳をふさいでいるのにまだ音が聞こえる。
衝撃で吹き飛ばされないように壁に背を付けているがもの凄い振動が絶え間なく俺の体全体を刺激していく。
例えるなら……あれだ。ヘビメタとかデスメタルなどを超高性能スピーカーでボリュームを最大にすると音が衝撃として体に響いていく感じ。
まさかこれが戦闘音だなんて誰も信じてはくれないだろう。
たまにキンっと高い音が鳴るのは爪で攻撃でもしたんだろうか?
どこでどんな攻撃をしているのか全く見えていないので実況のしようがないのだが。
そう思っていると急に目の前に愛香さんが俺の前に立った。
いつものジャージ姿とは違い、ゲームで見る女性用の騎士の鎧のような物を着た愛香さんが何かを叫ぶと周りの音が小さくなった。
しかも薄い金色の膜のような物が俺と愛香さんを包んだおかげだろう。
音が小さくなったことで耳をふさいでいなくても大丈夫になったが、まだ少し耳が痛い気がする。
すると愛香さんが心配したように俺に聞く。
「柊君大丈夫ですか!?」
「う、うん。ありがとう。でもこの膜と愛香さんの姿は……」
「私の姿は簡単に言うと前世の頃に使っていた鎧です。そしてこの膜は簡易的な物ですが結界です。この鎧についているこの盾のおかげです。衝撃で耳とか体が痛くなってはいませんか?」
「あ~、まだ少し耳が痛いくらいかな。それよりドラコとコッペリアはどうなってるんだ?動きが早過ぎて全く見えないんだが……」
「……お2人とも遊んでいますよ。遊びとは思えないほどのレベルで」
「一応聞いておきたいんだが、こんな超高速のバトルってそっちでは結構普通な感じ?漫画とかだと多い表現だけどさ、俺みたいな一般人から見ると何も見えない超高速バトルって言うのは」
「まさか。私達英雄だって元々はただの人間ですよ。あのレベルの戦いになると人間を辞めた転生者じゃないと無理です。人間から精霊、もしくは神に近付いた存在でないとあんな目に見えないほどの速度を出しての戦いなんて体が持ちません。ドラコさんはともかくコッペリアさんは本当に人間ですか」
ここで馬鹿正直に人間ではありませんと言うほど俺は素直じゃない。
と言うか色々俺は見て見ぬふりをしている。
初めてベルが俺の元にやってきたときから違和感はあった。
それは俺を含む転生者全員の共通点、死んだという事実がないからだ。
死んで別の世界で生を受ける。それが唯一無二と言えるこの世界への行き方。
でもそれはアンノウンも同じように転生する前の彼らによって倒された、つまり死んでからこの世界に来ているはずなのに、ベル達は死なずに世界を滅ぼしたと言っていた。
つまりベル達だけは転生ではなく転移、何らかの方法でこちらに移動してきたという事だ。
本当に、一体どうやって来たんだか。
「俺は人間だと思ってたから詳しい事は聞いてない。と言うかあれ見えんの?」
「……見えています。と言ってもいろんな魔法やスキルを利用してようやくかすかに見える程度です。もしこれ以上加速するのであれば……見えない方が圧倒的に多いかと」
「マジか……あいつらそんなに強かったのかよ」
「ちなみに聞きますが柊君の目にはどんな風に映っていますか?」
「どんなって聞かれても正直困る。音でぶつかり合ってるのは分かるが、どんな行動をしているのかは全く分からないマジで音と衝撃が止まらない事しか分かんねぇよ」
「やっぱりですか。目で追う事すらしていなかったのでやっぱり見えてませんでしたか」
「むしろあれが見えるって言う方がおかしいって。多分漫画で見る銃弾と銃弾がぶつかってあっちこっちに反射してる感じかな~くらいのイメージしかないぞ」
目を凝らしてみるが……やっぱり見えない。
もし見えたとしても多分舞っている埃だろう。
そんな感想に愛香さんは微笑みながら言う。
「普通はそんな感じですよ。それに、ほとんどの英雄も追うことは出来たとしても、体が付いて行けません。追えても意味がありません」
「意味ないって……」
「実際不意打ちを防ぐくらいにしか使えません。さっきも言ったように人間を辞める必要があります。それは肉体の強度だけではなく、物理現象に囚われないようにする必要もあるからです。人間である限り、生物である限りどうしてもたどり着けない領域があるんです。そのたどり着けない領域にあの2人は至っています」
人間には至れない領域か。
こりゃコッペリアも人間じゃない判定を確実に受けたな。
だからと言って他のみんながどう反応するかはまだ分からないが。
なんて思っていると衝撃波やら何やらが急に収まった。
まだ埃やら土煙ではっきりと見えないが、嬉しそうなドラコの声が聞こえた。
「やっぱり楽しー!!ねね、たまには遊ぼうよコッペリア!!」
「嫌よ。こんな埃まみれの汗まみれになるのは嫌なの。貴方も女の子なら汗とかその匂いとか気にしなさい」
「何で?遊んだら汗が出るのはフツーでしょ?」
「そのままじゃ汚いって言ってるのよ」
「ドラコ、コッペリア!!」
俺は愛香さんが結界を解除してすぐに跳び出す。
2人に怪我などがないか入念にチェックする。
「2人とも怪我無いか?打撲とか切り傷とか、ひねったり擦り傷とかないか?」
「ある訳ないでしょ。私達にとってあれは本当に遊びよ」
「久々に思いっきり遊んで楽しかったー!!」
2人とも目立った傷はないし、コッペリアに関してはジャージすら壊れてない。
流石に砂や埃で汚れてはいるが、それだけだ。
本当に怪我などが無い様でとりあえずホッとした。
そしてちょうどチャイムが鳴ったので今日の体育はこれで終わりだ。
とりあえず俺は2人に言っておく。
「お前ら今度遊ぶときはもっと手加減してくれ。遊びの余波で吹き飛ばされるところだった」
「情けないわね~。まぁ私はその方がいいけど」
「え~。たまには思いっきり遊びた~い」
「遊ぶのは良いが場所とタイミングは選べ。一応授業中なんだからな」
ドラコが文句垂れながら俺の背中をよじ登るのでおんぶしてやる。
ドラコは……たぶん子供と変わらない体重だと思う。
幼い兄弟とかはいないが、多分見た目通りの体重なんだろうな~っとは思う。
ドラコの人間もどき状態はどれだけ頑張っても小学校中学年くらいだし、幼く見れば小学校低学年に見える。
でも全身を包む赤い鱗は硬いし、翼も尻尾もある。頭には角だってある。
普通だったら他のみんなのように化物として扱うのが当然なんだろう。
でも……やっぱりそれだけは出来ない。
何故と聞かれると自分でもうまく説明できないが、見た目の違いだけで化物扱いしたくない。
それに経緯はどうであれ俺に会いに来てくれたのだ。
そんなみんなを俺が否定したくない。
たとえどれだけ、異端者として見られても。




