母神として
少し緊張しながら無理に寝たせいで昨日のつかれば微妙に取れてない朝。
寝ぼけながら飯を食っていると奥さんが朝飯に手を付けず、じっとテレビを見ているのに気が付いた。
今テレビで放送されているのは太平洋に現れたと言うアンノウンの事が放送されている。
『現在太平洋に現れたプレシオサウルス型アンノウンはマリアナ海溝付近に潜伏している可能性があり、周辺国は今も警戒しており、早期発見が求められます。続いてのニュースです。今日未明――』
「奥さんこのニュース気になるのか?」
「ええ。少しね」
ニュースから目を離さずに奥さんは真剣に言った。
アンノウンを発見して少し時間が経つと捜索が困難な事になる事がある。
前の夢の中を移動する淫魔もそうだったが、今回はもっと分かりやすい。
アンノウン用探査機はかなりの精度で出現場所を特定する事が出来るようになったが、その場所が標高の高い山だったり、だだっ広い砂漠や海だと出現までに間に合わず逃げられたりしてしまう。
その後もアンノウンから電波のような物だったり、オーラと呼ばれる物が放出されているので後を追うことは出来るが、今回のように海の底に逃げられると追いかけられない。
これはただ単なる人間の技術的な意味で不可能であり、アンノウンが浮上してくるまで待ち続けるしかない。
海中でも攻撃できる転生者はいると思うが、それほど数は多くないだろう。
海や水に関係するアンノウンを倒した英雄達でも、ほとんどは罠を用意して地上に引きずり出して倒した英雄の方が圧倒的に多い。
だから手を出したくても手を出せないのだろう。
コッペリアも今のニュースを見て意外そうに奥さんに言う。
「駆けつけないんだ。意外ね」
駆けつけない?
どう言う意味だと視線でコッペリアに聞くとなんて事のないように言う。
「あのアンノウンまだ子供ね」
「え、子供?子供なのにアンノウンになったりするのか?」
「大方、前世の世界で厄介者扱いされていた動物が英雄に倒された事で逆説的に悪役のレッテルを張られたのでしょうね。お互いに面倒な事になっているわ」
「だから意外、か」
確かに奥さんならこういう時真っ先に子供に駆け付けるようなイメージがある。
迷子の子供とか絶対に放っておく事が出来ないタイプだ。
でも相手はアンノウンであり、どうなるかは今後の展開次第としか言いようがないだろう。
奥さんは朝食に手を付けず、ずっと手元を見て考え込んでいる。
葛藤しているようにも見えるので、おそらくあのアンノウンを助けたい、けど本当にそうしていいのかどうか迷っているという感じか。
「行って来れば?」
俺は何の責任も義務もない、適当な事を言った。
奥さんは俺の声が聞こえて顔を上げたが、すぐにうつむきながら言う。
「でも……他の先生達に迷惑をかける訳にもいかないし、どうする事も……」
「らしくないな。奥さんはそんな周りの事を考えるような人じゃないはずだけど?」
「それはいくらなんでもひどすぎじゃないかしら~?みんなの事を考えたり、他の先生達の事も考えながら動いているのだけど~」
「でも人の視線を気にして目の前の迷子の子供を放っておくような人でもないはずだが?どうしても気になるなら行けばいいじゃん。適当な出まかせなら俺の方で適当にやっておくよ」
「柊ちゃん……でもその間に柊ちゃんに何かあったら……」
「今はコッペリアもいるし、寝てるけどベルもいる。愛香さんとか寮母先輩もいるし、何より学校が守ってくれるでしょ。俺はなぜか英雄達の中にいる村人Aだから」
冗談交じりにそんな事を言ってみると、奥さんはコッペリアの事を真剣な表情で言う。
「柊ちゃんの事お願いするわね」
「お願いされなくても勝手にするわよ」
コッペリアはそっけない言い方をする。
でもきっとそれはお互いに信用し合っているからこそできるのだろう。
奥さんは朝食を残して立ち上がった。
「それじゃお昼までには戻ってくるわね」
「行ってらっしゃ~い」
意外と早く帰ってくるなと感じながらも奥さんを見送った。
朝食を持ってきた愛香さんと寮母先輩とすれ違っていたので2人は俺に聞いてくる。
「どうかしましたか?寮母さん初めて見る表情をしていましたけど」
「迷子の子供を放っておけないから行ってくるって」
「迷子ですか?食堂の中で?」
「いや、海の方で」
愛香さんと寮母先輩の言葉に適当に返事をし、勿体ないから奥さんの分の朝食も食べるちゃっかりした俺である。
――
マリアナ海溝付近でプレシオサウルス型のアンノウンを捜索していた。
常に船の上で交代しながら捜索しているものの、かなり深い所にいるのかなかなか見つからない。
主な探索方法は船に取り付けられている魚群探知機から魔術を使ったソナーのようなものまで、様々な捜索装置を使いながらアンノウンを探していた。
相手は50メートルほどの巨体なので簡単に見つかると思っていたが、なかなか見つからない。
広範囲を捜索しているがそれらしい影は見えない。
もっと深い所を調べられるようにするべきだと声が出るが、突如警報が鳴り響いた。
それはアンノウンの発見による警報であり、転生者たちはすぐに武器を構えたが捜索していたサポート系の人は不思議に思う。
アンノウンの反応は捜索していた外側から反応したからだ。
何故と考えている間にさらに異常な事実に気が付いた。
捜索しているアンノウンと比べて大きすぎる。
探査機に反応が正常であれば、頭と思われる形状部分だけで捜索しているアンノウンと同じ大きさ。
そしてその全長は……1つの探査機では全体を捉える事すらできない。
その謎のアンノウンと言っていいのかどうかも分からないほどの巨大な存在が、彼らの前に現れた。
見上げるだけでも首がいたくなるほど頭は上にあり、海水が上からぼたぼたと落ちてくる。
転生者達も追いかけてきたアンノウンとは全く違う貫禄。
巨大な顔から見下ろされる眼はアンノウンだというのに母親のような優しげな瞳は武器を振り上げる気すらしない。
攻撃しない事を確認した超巨大アンノウンは船を揺らさないよう静かに海の底に向かった。
転生者達はしばらく放心していたが、すぐにサポートする者達は超巨大アンノウンの後を探査機で追う。
一体あのアンノウンが何を目的としてここに現れたのか、どうしてこのタイミングだったのか、調べるためだ。
あの巨体が動くだけでも海底に何かしらの影響を与えるかもしれない。
そう思い探査機を動かして後を追うと、本来探していた方のアンノウンの反応があった。
形状は似ていたが、同じ世界のアンノウンがやってくる事はない。
だからあのアンノウンは違う世界の存在のはずだ。
これからアンノウン同士の戦いとなったらこの海域がどうなってしまうのか分からない。
何時でも動けるように待ち構えていると、想像以上の事が起きた。
突如として2体のアンノウンは姿を消したのだ。
様々な探査機、探知機を利用しても反応はな完全に消失。
あの超巨大型アンノウンが殺したような形跡もなく、本当に消えてしまった。
この結果に転生者達は戸惑いながらも警戒し、もう1週間ほど探し続けたが結局見つからず、小規模に長期的な探索に作戦が変更されるまで続いた。




