夏合宿は孤島で
奥さんが新しい寮母になった話は光よりも早くスケベ男子によって伝えられた。
その男子生徒は寮母先輩と奥さんが、外で一緒に買い物をしながら寮母の仕事について質問していたから気が付いたらしい。
そしてその話は同じスケベ男子の間で光速で伝えられたそうな。
噂の内容はほぼ真実で、めっちゃ背の高い爆乳の女の人が寮母になった、だそうだ。
そのあと普通に寮母先輩が新しい寮母さんになる人をサポートしているっという話も出たし、最終的には朝礼で奥さんの事を学校側から正式に採用したという話が出たので、これで奥さんは正式にこの学校の正式な寮母として採用されたわけである。
そして夏休みに入り、俺達は夏合宿に向かう事になった。
両親には既に夏合宿で帰省するのは少し遅れると伝えてある。学校行事だから~っと伝えたら渋々納得してもらえた。
その代わりきちんと規制して両親を安心させるのが条件となったので1週間くらいは実家に帰ろうと思っている。
そして夏合宿は夏休み初日から1週間の間に行われる。
具体的な内容は基礎体力の向上、さらなる戦闘能力の向上、夏休みの課題の消化の3つ。
俺の場合は基礎体力の向上と夏休みの宿題をこなすだけなので他のみんなに比べると楽な方だ。
と言ってもほとんどこれらは建前で、学校の授業のように明確にスケジュールを組まれている訳ではないので、ほとんど生徒達の自主練習のために広い海を使うっという感じ。
広い海に向かって必殺技をぶっ放しても問題がないよう輪廻学園の私有地で行われる。
いや~……学校で私有地って普通学校の敷地だけでしょ。
それなのに転生者たちの必殺技を遠慮なくぶっ放せるように島とその周囲一帯を私有地として管理するってどんだけの規模よ。
普通の学校じゃ絶対にありえないわ。
「柊君。もうすぐ着きそうだよ」
学校が借りているフェリーの甲板で潮風に当たっていると愛香さんが呼びに来てくれた。
「ありがと。それにしても島を丸っと私有地にしてるってどんな学校だよ」
「まぁそれくらい転生者達の事を特別視してくれてるって事だし、アンノウンも昔に比べるとかなり大規模になってきたみたいだからその投資?みたいな感じじゃないかな?」
「……確かに。補習で知ったが、昔は転生者1人でどうにかなるレベルだったのが、いつの間にか転生者1人じゃ手に負えないくらいになってるもんな」
一般的な学校では習わないアンノウンとの戦いの歴史。
最初の頃は転生者1人で勝てるような規模。それでも複数の町を恐怖のどん底に叩き落したり、何十人と言う規模の被害者を出したが、それでも転生者数人でどうにかなる事件の方が圧倒的に多かった。
しかし転生者の数と比例するかのように大規模なアンノウンが出現するようになったり、淫魔の時みたいにかなり特殊なアンノウンが出現するようになった。
どうしてそうなっているのかは不明だが、常にアンノウンの脅威は増している。
だからこそこうして自主練習のための夏合宿にほとんどの生徒が参加しているのだろう。
「そんな転生者の中で何で俺だけ全く力がないんだ?アンノウンが強くなっていくのと同時に転生者の力も大規模な物になっていってるのに。そんな中で前世の記憶だけ持ってるだけの一般学生って本当にこの地球上に俺1人なんじゃねぇの?」
「流石にそこまで大規模だと分からないけど、多分そうなんじゃないかな……」
「やっぱりな~。本当に何でこのタイミングで俺が出てきたんだかな~」
この世界に神様と言う存在が本当にいるのかは分からないが、もし神様がいるのであれば世界がヤバい時に俺と言う無能を世界に呼ぶ?
それこそ運命とかではなく事故とでもいうべきなんじゃないだろうか。
それだけ今のアンノウンによって世界は脅威にさらされている。
自信なくそんな事をつぶやくと愛香さんは何故か俺の頭を撫で始めた。
「どうかした?」
「自信無くしちゃってるみたいだから、頭を撫でてあげれば少しは気分が良くなるかな~っと思って」
「無くす自信なんて最初からないよ。最初っから俺は戦った事なんて一度もないし。あるとすれば……子供の頃兄と喧嘩した時くらいかな」
「普通はそんな感じだと思うよ。私達の方が普通じゃないってのは分かってるつもりだから」
「え、いや、その。そんなつもりで言ったんじゃ……」
「分かってるよ。柊君って優しいもん。転生者の事を理解しようとしてくれてるし、怖がらないでくれる。意外と多いんだよ、転生者の事を怖がる人達」
それはネット記事などでもよく取り上げられる話だった。
生まれた時から成人しているのと変わらないだけの知性、そして生前使っていた武器をいつでも取り出す事が出来る事からもっと厳重な管理方法をすべきだと考える人達もいる。
何せ何もない空間から突然剣や槍、銃などが取り出せるのだからボディーチェックをしても意味がないし、その身体能力だけでも十分に人を殺せるだけの力がある。
そんな力を怖がらない方がおかしいという人までいる。
でも俺としてはそこまで怖がる必要はないと思う。
何せ相手は同じ人間なのだから言葉も意思も通じる。
確かに突然武器を出されたら怖いが、それは普通の人間同士でもいきなり手をあげられて怖いと感じるのと変わらない。
だから俺は愛香さん達の事を怖いと思った事がない。
「例えそうでも俺は怖くねぇよ。せっかくこの世界助けてくれてるみんなの事を怖がってたら、それこそ失礼だろ」
「別に失礼なんて言わなくても――」
「俺がそう思うんだからそれでいいんだよ。俺は何もできない一般人で、愛香さん達に守ってもらう事しか出来ない。特に働いてるわけじゃないから社会的に何か手をしてるわけでもないしな。俺はいい友達だと思ってる」
「……柊君。うん。ありがとう。ちょっと落ち込んでたみたい」
「そんな気分になる事もあるさ。それじゃ島に降りる準備しないとな」
「そうだね。そのために呼びに来たんだもん」
俺達は自分の席に戻りながら荷物をいつでも持って行けるように準備する。
そしてもちろん愛香さんと話していたことで男子達から厳しい視線を向けられる俺。これだけはちょっと怖いかな……




