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第78話 スーパーファミコンのゲームすらレトロ扱いされる時代

「それで、伊城木月ってのは何者なんですか?」


 こちらの問いに対して、未来の俺は、


「ぶっちゃけた話、オジサンもよく分かんないんだよね」


 おいコラちょっと表に出ろ。

 ここまで引っ張っておいて正体不明とか、ガッカリどころのレベルじゃないぞコンチクショウ。


「いやー、表に出るのはオススメしないなぁ。さっきも言ったけど、少年わりとピンチだからね? オジサンの正気じゃない部分――見た目的に“黒獣”って呼ぶけど、そいつにほとんど存在を乗っ取られてかかってるから。外とかマジで危険だよ?」


 俺たちがいるのは生家のアパート……を模した精神世界だ。

 ここは一種のシェルターで、現状、黒獣の侵蝕を防いでくれている。

 ただ、絶対に安全というわけではないらしく、


 ――ォォォォォォォォォォォ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………………!


 獣の雄叫びとともに、部屋がグラグラと激しく揺れる。

 壁掛け時計が床へと落ち、そのまま溶けるように消滅した。


「マズいねえ。居場所がバレてる上に、攻撃まで仕掛けてきてる。アルカパちゃんが救出の手筈を整えてくれてるはずだけど、コレ、ちょっと間に合わないかな……?」

「その時は、どうなるんですか?」

「そりゃもちろん、少年VS黒獣で《精神干渉》対決だよ。オジサンもサポートするけど、1日持てば御の字ってトコ。――ま、ジタバタしたってどうにもならないし、もしもに備えてテンションをアゲといてちょーだい。人間、ノリと勢いがあれば大抵のことはどうにかなるし。あ、これオジサンの経験則ね。神様にだってなれちゃう」


 いやそれはアンタの場合だけだろう、と思ったが、よく考えたらお互いと俺は同一人物だった。

 そうか。

 俺、客観的に見るとやっぱり頭おかしいんだな。

 鬱だ……。

 

「少年、強く生きろよ。まあ長生きしすぎも寂しいけどな、ははっ」


 痛い。

 自虐が痛いですよ56億年後の俺。


「話を戻すと、神様なオジサンでもイマイチ把握しきれないのが伊城木月なんだよね。いちおう眷属神の一柱だったんだけど、気付いたら勝手に過去に戻ってて、しかもこの時間軸の月と融合してるの。ホント何がしたいんだか」

「アルカパの妨害とか……?」

「そのへんが微妙なんだよね。本当ならアルカパちゃんもガッツリ現世に介入できるはずだったんだけど、そのへん、ぜーんぶ伊城木月にインターセプトしてたわけ。そのくせ伊城木直樹の研究を加速させたり、ヘルベルトの事件を前倒しで起こしたり……オジサンの目的もキッチリ達成してくれちゃってるの」

「そっちの時間軸だとオヤジの研究は進みが悪くて、綾乃の誘拐が起こるのもずっと後だった……ってことですか?」

「うん、大当たり。少年の身体――“YST―ω101”が完成するのはまだ先のことだし、ヘルベルトのヤツはね、よりによって《泡》が襲来する直前にやらかしてくれたんだよ。しかもそのせいで真月綾乃が邪神の力に呑まれて、いやー、あれはヤバかった。地図から中国が消えちゃったし。でも、この時間軸じゃそうならなかったでしょ? だからどーにも伊城木月を敵と言い切れないんだよね」


 なるほど……と、俺が頷いたタイミングでのことだった。

 ひときわ強い地震が起こり、()()()()()()()

 

「うわっ…オジサンの実力、低すぎ…?」

 

 両手を手に当てて驚くヨッさん。


「もうチビっとだけ時間を稼げると思ってた……つーかヤバいヤバい、オジサン消えちゃう。これ少年を手伝うとか言ってる場合じゃねーわ、さっきも言ったけど、ノリと勢いな、ノリと勢い。気合気合加速熱血必中シャインスパーク8000、オーケー?」

「それSFC(スーパーファミコン)版のスパ〇ボEXと思いますけど、システム上は1回あたりの最大ダメージが9999になってるんで熱血はムダですよ」

「マジかよ少年。すっかり忘れてたわ」


 これが俺とヨッさんの交わした最後の会話だった。

 アパートの風景が黒く塗りつぶされ、何も見えず聞こえず、どこまでも落ちていく。

 

 それにしても。

 もうちょっとマシな別れの言葉はなかったのだろうか。

 気合気合加速熱血必中シャインスパーク8000。

 どないせえっちゅうねん。




 


 * *




 

 

「――(まず)いことになった、かな」


 伊城木月について話し終えた後、アルカパは唐突にそう呟いた。

 

「黒獣の“眼”が内側に向いたみたい。このままだと芳人くんの意識が消えちゃう。すぐにでも動かないと」

「けれどまだ準備が整ってないのでしょう?」


 フィリスは平坦な声で指摘する。

 その表情は堅く、己の感情を抑えているかのようだった。


「焦る気持ちは分かるけれど、失敗したら元も子もないわ」

「…………アルカパさん、手を貸してください」


 口を開いたのは未亜である。

 険しく細められた瞼の下、槍の如く鋭利な眼光が閃く。


「ここまで朝輝さんに舵取りを任せていましたけど、これじゃ間に合いません。あたしが引き継ぎます」

 


 未亜の行動は早かった。

 表向きの指揮官こそ鴉城朝輝のままだが、彼を説き伏せてその実権を譲り受けたのだ。


 本来ならありえない判断だろう。

 なにせ吉良沢未亜はまだ五歳児なのだから。

 

 これが成立したのは、ひとえにアルカパの口添えあってのことかもしれない。

 後に朝輝はこう語っている。


「転生、異世界、終神、黒獣、《泡》――恥ずかしい話だが、当時の俺はただ事態に翻弄されるばかりだった。状況を把握するのが精一杯で、せっかく集まってくれた退魔師諸君に役割を振ることすら覚束(おぼつか)なかった。正直、吉良沢未亜の提案は渡りに船だったよ。子供に重責を押し付けるのは心苦しかったが、前世の実績を考えれば適任と言える。……それに、アルカパの頼みは、どうにも断りにくくてな」


 ちなみに朝輝の弟、白夜も似たような言葉を残している。


「アルカパって、なんかこう、ダメな感じのオーラが出てるというか、本人なりに考えてるんだろうけど空回ってるというか…………オレも兄貴も、そういう子に頭下げられると弱いんだよ。深夜ねえとダブっちまう」






 これと時を同じくして、京都駅。

 芳人と深い関りを持つ女性――その最後のひとりが、ようやく姿を現した。


「……できれば観光旅行で来たかったものですが」


 銀フレームの眼鏡に、理知的な印象の目元。

 タイトスカートのスーツ姿は、いかにもやり手のキャリアウーマンといった雰囲気を漂わせている。

 水華。

 伊城木芳人にとっては育ての親とも言える存在である。


「お待ちしてました。えっと、水華さん……ですよね?」


 彼女が改札を出たところで、ひとりの少女が声をかけてきた。

 黒い、軍服めいたロングコートを纏っている。

 

 それを目にした瞬間、水華は脳天を突き抜けるような衝撃を受けた。


(格好いい……!)


 一体何のマンガのコスプレだろうか。それとも自作?

 いずれにせよ水華の好みにドンピシャだった。

 ちなみに彼女がふだんスーツ姿なのは、ただ単なる趣味である。


「あの、もしかして人違いでしたか……?」


 おずおずと尋ねてくる少女。


「大丈夫です、あっていますよ。貴女は?」

「相鳥静玖です。アルカパ様に言われてお迎えに上がりました」

「ありがとうございます、静玖さん。……ふむ」


 静玖の顔をしげしげと眺める水華。


「あの……もしかしてわたし、顔に何かついてますか?」

「いいえ。ただ、メイド服が似合いそうなオーラが出ているな、と」

「…………はい?」


 静玖は小さく首を傾げる。


「気にしないでください。ところでそのコート、なかなかに素敵ですね。もしや自分で作られたのですか?」

「ええ、まあ、趣味で……」

「素晴らしい」


 水華は、ガッ、と食らいつくように静玖の手を取っていた。


「ここで同好の士に会えるとは……! 里から私の作品も持ってくるべきでした…………」

「は、はぁ……」


 やや戸惑いつつ、静玖はゆっくり歩きだす。


「ところで水華さんって、赤ちゃんのころの芳人様をご存知なんですよね」

「ええ、一応、育ての親のようなものです」

「つまりお義母(かあ)さん、と」

「お義母(かあ)さん……!」


 その言葉は、水華にとって心の琴線に触れるものだった。

 芳人と離れ離れになって五年、猫の里ではひたすらマンガばかり読んでいたせいか妄想力は十二分である。


「つまり静玖さんは私の娘みたいなものですね」

「えっ?」

「今度一緒にメイド服を着ましょうか。親子丼は男のロマンと言いますし、きっと芳人さまも喜ぶはずです」

「その、ええっと……はい。芳人様が喜ぶのでしたら、ぜひ…………」


 こうして――

 事態が急変を告げる中、それはそれとして謎の類友が密かに誕生を遂げた。

 深刻なツッコミ不足である。


水華さんも静玖も奉仕属性だからね、仕方ないね。

(でも方向性はちょっとずつ違う)

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