第76-2話
今回挿絵(とはいえない挿絵)を入れたので、ちゃんと表示されてるか心配。
たとえばの話だが、もし貴方がスポーツ特待生で高校に入ったとしよう。
野球、サッカー、バスケットボール――イメージする分野は何でもいい。
ともあれ周囲からは多大な期待を寄せられ、貴方も貴方で「自分を取って損はさせない」と豪語していた。
しかしながら初の試合では大コケ、それ以来、なんだかクラスの皆もよそよそしい。
そんな中、大人びた雰囲気の女性が気さくに話しかけてきたらどうなるだろう。
さほど人生経験のない男子なら3秒でフォーリンラブ (死語) だろうし、013はまさにそのような状態だった。
他方でフィリスイリスといえば、弟子のヘルベルトからの求愛を断るどころか精神的にぶちのめした恐怖の女傑である。
結果はどうなったかと言えば――
「貴方、年はいくつ?」
「えっと、肉体的には18歳、です」
「なら20は違うわね」
18+20=38。
なかなか歳の差はあるようだが、だからといって簡単に萎れるような恋心ではない。
「フィリスさん、全然そんな風には見えませんよ。まだ20歳くらい、いえ、10代の後半くらいかな、って」
「ありがとう。でもごめんなさい、言葉が足りなかったわね」
黄金色の髪をかきあげるフィリス。
「20年じゃないわ、20世紀よ」
「……はい?」
「歳はもう数えてないけど、小さい頃、ナザレ育ちのおじさんにパンを分けてもらったことがあるの。その人、最期はゴルゴタで磔になってたわ。有名だから知ってるでしょう?」
「それ、もしかしてイで始まってトで終わる人じゃ……」
「正解。ま、女にはいろいろあるの。私のことは忘れてちょうだい。貴方が不幸になるだけよ」
「でも――」
「それにね、私は一年前からずっと伊城木芳人って子に夢中なの。だから、ほら、年相応のマトモな相手を探しなさいな。もしイギリス人でもいいなら、私の元弟子のひ孫を紹介してあげるけれど。たぶん今年で12歳だったかしら。貴方と大して変わらないでしょう?」
「いえ……、けっこうです…………、けっこうです………………、こけこっこー……………………」
まるで怨霊のようなひどい表情のまま、フラフラと立ち上がる013。
ドアに正面衝突したかと思うと、そのまま部屋を出て行ってしまう。
「…………フィリスさん、ずいぶんと優しくなりましたね」
しばしの沈黙を挟み、吉良沢未亜はそう呟いた。
「てっきりヘルベルトの時みたいな対応をすると思ってました。『この忙しい時に恋愛沙汰を持ち込まないで。空気読みなさいよゾウリムシ』とか『距離を読まずに甘えられても困るわ、私は貴方のお母さんじゃないよこのマザコン』みたいな」
「ミア、貴女ってずいぶんとはっきりものを言うようになったわね。というか、私ってそんなイメージなの……?」
これも身から出た錆かしら……、と肩を落とすフィリス。
「でも昔よりマシってことよね。だったらいいわ」
「ええ。前よりはマシです。ただ、もう少しマイルドな断り文句もあったんじゃないかな、と」
「ダメよ、変に期待を持たせたらこじれるだけだもの。第二、第三のヘルベルトなんて御免だわ」
この言葉には未亜としても、そうですね、と頷く他ない。
「だいいち、彼、ヨシトのクローンでしょう? 夢の中でアルカパから聞いたけど、本当によくできてるわね。魔道の素養も高そうだし、変な方向に暴発したら大惨事になるわ」
「フィリスさんにこっぴどく振られたせいで敵に回る可能性もあると思います」
「あー、それは、まあ、その」
「……まあ、彼のフォローはこちらでやっておきます。兄さんにあたしの危機を教えてくれた恩もありますし」
それに、ここまでずっと013を放ったらかしだった件についても謝罪せねばならない――と未亜は考えていた。
現状、鴉城家は当主の朝輝のもとで対黒獣のために動いている。
しかしながらつい先日まで派閥抗争がぐだぐだと長引いていたことから分かるように、残念ながら彼の組織運営能力は決して高いものではない。優秀な補佐でもいれば話は別だが、その手の人間は1年半前の飛行機事故でことごとく命を落としている。
結果として013のみならず、全国から集まってくれた退魔師に対しても「待機および自主鍛錬」を命じるだけという状況が続いていた。
(いっそ、あたしが指揮をとったほうが)
と、未亜は考えずにいられない。
なにせ彼女は異世界において、数百万の軍を率いる将だったのだから。
退魔師の業界については知らないことも多いから……と口出しは遠慮していたものの、さすがに限界を迎えつつあった。
「アルカパ、遅いわね」
フィリスの呟きが、未亜を現実へと引き戻す。
「このままノンビリ喋っててもいいけど、ひとつめの用件だけでも手を付けておきましょうか。ちょうどミアもいることだし」
「あたしに関係あることなんですか?」
「どうかしら。ただ、もし何か知っていたら教えてくれると嬉しいわ。ヨシトの前世――八矢房芳人だったかしら。アルカパから話を聞いて調査してみたのだけど、いろいろと面白いことが分かったのよ」
そう言ってフィリスは鞄から紙束を取り出した。
「ミアは、前世のヨシトの両親について知ってる?」
「いえ……兄さんからは何も」
「もしかすると本人も知らないのかもしれないわね。母親はともかく、父方は予想外、けれど順当といえば順当、というところかしら。
――ヨシトの得意な魔法、パッと思いつく限りでいいから3つくらい挙げてくれる?」
「兄さんの魔法……まず《時間術式》ですよね。それから《火炎術式》。あとは…………《精神干渉》、でしょうか」
「そうね。そして人間の精神に関わる術って、すごく扱いが難しいの。私ですら【魅了の魔眼】を制御するのに50年くらいかかったわ。ただ、特別な血筋に生まれれば話は別で――日本だと『石蕗』『八角』『山菊』の三家になるわ。このうち『石蕗』だけは20年くらい前に断絶した……と言われているのだけれど」
フィリスが資料をめくる。
そこには家系図が記されていた。
「石蕗月――伊城木月は、ヨシトからすると従妹にあたるわ。しかも彼女、前世のヨシトを熱烈に追いかけてたみたい。いわゆるストーカーね」
「兄さん、昔から変な人にばっかり好かれて……。マトモなのはあたしくらいじゃない」
「ノーコメントでいいかしら」
ともかく、と続けるフィリス。
「今後、伊城木月の動きには注意すべきよ。クローンにミアとアヤノを襲わせたり、かと思えばそのことを芳人に知らせて助けに向かわせたり。どうにも考えが読めないの。アルカパが何か知っていればいいのだけど……」
「――呼んだかな?」
それは突然の登場であった。
天井の木板をすり抜け、銀髪の少女が姿を表した。
芳人と未亜をこちらの世界に転生させた張本人、アルカパである。
「2人とも、たぶん、色々とわたしに訊きたいことがあるんだよね。いいよ。こっちの仕事もひと段落したし、全部答えるから。……何から話せばいいかな」
* *
一方そのころ。
「ふらーふらー、ふられたー。おれはふられたー。ふられけんしゅたいんー」
虚ろな目のまま013は山道を彷徨っていた。
「そういやフランケンシュタインって、元は死体だったよな……。あはは、おれにぴったりだぜー」
乾いた笑い。
足元もロクに見ないままに歩き続け、
「うわぁっ!?」
見事に足を滑らせた。
しかもその背後には、折れて鋭く尖った細木が屹立していた。
あわや大怪我を追うところであったが、
「おいボウズ、大丈夫か?」
ギリギリのところで、身体を掴まれた。
無精ひげの多い、着流し姿の男である。
名は鳩羽兵衛。
フリーランスの退魔師の一人で、かつて伊城木芳人に命を救われている。
今回はその恩を返すため、対黒獣の戦線に参加していた。
……ただ、朝輝をはじめとした首脳陣がキャパオーバーを来しているせいか、この数日は待機ばかりを命じられてすっかり退屈していた。
暇つぶしに趣味のキノコ探しをしていた矢先に013を見かけ、心配になってついてきたのである。
「ったく、ひでえ顔してんのな。どうした、女にフラれたのか?」
「…………はい」
「マジかよ、そいつは災難だったな。ま、立ち話もなんだ。鴉城の屋敷に戻るか?」
「それは、ちょっと」
「オーケー。だったら街に出るか。他の連中にも声かけるから待ってろ。失恋はな、パーッと騒いで忘れちまうのが一番なんだよ」
次回、いったん芳人視点に戻すかどうか迷い中。
主人公の存在感を出さないとまずいかなあ、と。
ちなみに「精神操作に関する家」は51話でちょっと触れてます。
あと、月さんも54話で《精神干渉》もとい記憶操作を使ってたり。




