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第75-2話

「やべえ……オレなんも活躍してねえ……」


 肉体的には前世の芳人にもっとも近い個体――013は焦っていた。

 最初は「敵か味方か謎のクローン!? 直樹を裏切り颯爽参戦!」という理想的な登場をキメたものの、その後がまったく続かなかった。


 ―― 半分は引き付けてやる。その間にさっさと2人を見つけて逃げろ。いいな?


 などと宣言してみたものの、フタを開けてみれば散々たるありさま。

 009(サイボーグ)010(農民)に圧倒されて絶体絶命、黒獣が出てきた時はほとんど何もできなかった。


「なんだよこれ、寝返ったとたんに弱体化する中ボスかよ。獣王〇進撃とか使えばいいのかコンチクショウ」


 そして今、013を置き去りにして事態は急速に動いている。


 黒獣は鷹栖家のみならず、神祇局をも壊滅させた。

 多くの退魔師が力を奪われ、運よく被害を免れた者はここ――鴉城の本家に集まりつつあった。

 現在の鴉城邸は即席ながら対策本部として機能しており、真月家の協力のもと、全国規模の情報網で黒獣の行方を追っている。


 それだけではない。

 アルカパなる女神が降臨し、芳人と親しい少女らに何やら策を授けたようだ。

 曰く、黒獣から芳人を引き剥がして救出する、とかなんとか。

 残念ながら013は蚊帳の外であり、詳細は教えられていない。

 

「いちおうオレだって魔法が使えるんだぞ、《時間術式》だっていけるんだからな……。はぁ…………」


 ためいきとともに竹刀を振る。

 ここは鴉城邸の道場だが、013の目的は鍛錬ではない。

 周囲へのアピールである。

 じきに誰かが通りかかって「キミ、いい身体してるね。ヒマならうちのチームに入らないかい」などとスカウトしてくれるんじゃないか――。

 そんな淡い期待を抱いていたのだが、


「ではここでやりましょう。得物は竹刀でいいですね」

「ああ。何でも構わん」


 真姫奈と玲於奈がやってきた途端、慌ててその場を逃げ出してしまった。

 2人を嫌っているからではない。


 009(サイボーグ)010(農民)に追い詰められた時、013を助けたのは玲於奈だった。

 ありがたい話だが、男として情けないというかなんというか。

 そのせいてどうにも気まずく感じてしまうのだ。

 



 


 * *






 013が去った後の道場では、真姫奈と玲於奈の立ち合いが行われた。

 勝者は、玲於奈。


「それでは話してもらいましょうか。いいですね、姉さん」

「随分と強引だな。私はその条件に頷いた覚えはないが……まあ、構わんさ。お前のそういうところは本当にあいつそっくりだよ、玲於奈」

「前世の芳くんに似ている、と。ならばやはり私の父親は――」

「待て、最後まで話を聞け。……厳密に言うなら、お前に遺伝上の()()など存在しない。だが、私の妹でもない」

「なんですかその知能テストみたいな発言。論理パズルですか、この中に1人だけ嘘をついている的なアレですか。

 A:この中に俺の実妹がいる。

 B:私はAくんの実妹ではありません。

 C:BちゃんもEお嬢様も実妹じゃないよ。

 D:あたしは実妹じゃないわ。

 E:Dちゃんは本当のことを言ってるよ。

 では嘘吐きは誰でしょう」

「知らん」

「まったく姉さんは冷たいですね。父親がいなくて姉さんの妹じゃないなら、もしや私はクローンですか。姉さんをベースにして、前世の芳くんゆかりの品でもブレンドしましたか? 合成魔人ガーゼット。レベル7、攻撃力はリリースした2体のモンスターの合計値、みたいな」

「何を言っているんだ……?」

「気になるなら適当にググってください。若者文化に疎いままだと、芳くんに見向きもしてもらえませんよ? ただでさえ年増なんですから」

「……構わんさ」


 ふっ、と。

 どこか諦観を孕んだ笑みを浮かべる真姫奈。


「元から芳人に振り向いてもらおうなど思っていない。……それはすべてお前に託している」

「えーと」


 玲於奈は少し困った表情を浮かべつつ、左右に視線を走らせた。


「なんだかものすごく厄い真相が飛び出してきそうなんですけど、私としてはクローンと分かっただけで十分というか、つまりこの剣士として最適化されきった空気抵抗の少ない身つきは姉さんのせいで、しかも成長の余地がないのがはっきりしたのでブラジャーだかブラキオザウルスだかの女神に相談したいですしもう帰っていいですか帰りますねグッドバイ」

「ここまで聞いて逃げられると思っているのか……?」


 腕を掴もうとする真姫奈。

 慌ててそれを払う玲於奈。

 素手での攻防がにわかに始まる、が。


「そもそもお前は勘違いをしている。神薙玲於奈は、私の妹でもクローンでもない」

「じゃあ何ですか。やたら勿体ぶった言い回しはやめてくださいよ。これがネット小説なら文字数稼ぎしてるんじゃねえと感想欄に書き込むところですよ。もしかして真相を口にするのが恥ずかしいんですか? R-18Gな事情だったりするんですか?」

「言いづらいことでは、ある」

「じゃあ別に無理しなくても……」


 だが玲於奈の制止を無視し、真姫奈は話を続ける。


「私では、芳人に寄り添うことができなかった」

 

 その呟きは小さいものだったが、滴り落ちそうなほど重々しい慙愧の念を孕んでいた。


「心も身体も弱すぎた。だからそれができる存在を作ろうと思った。芳人の伴侶として相応しい“私”。だが自分のクローンなど論外だ。オリジナルにできなかったことが模造品にできるはずもない。別の因子が必要で――それを得るために、私は芳人の親戚に目を付けた」

「親戚というと……両親ですか?」

「いや、当時すでに父親も母親も亡くなっていた」


 ただ幸いにして八矢房芳人のいとこ(従妹)にあたる人物は生きており、しかも真姫奈とは親しい間柄だった。彼女は真姫奈の申し出をすぐに受け入れたという。


「その人、頭かなり沸いてますよね。いやまあ芳くんの親族というなら分からないでもないですけど」

「私には何とも言えん。ただ、彼女の部屋には芳人の顔写真が大量に貼ってあったな」

「ストーカーですよそれ。芳くんの女難は前世からだった、と。まったく、マトモなのは玲於奈さんくらいじゃないですか」

「……私は何も言わんぞ」

 

 ここで迂闊にツッコミを入れれば、おそらく話はまた脱線するだろう。

 真姫奈はそう判断し、何食わぬ顔で黙殺を決め込んだ。


「ともあれ試みはうまく行った。おまえはとても芳人に“近い”存在になってくれて、しかも今は芳人のそばにいる。こんなに嬉しいことはない」

「こっちはむしろドン底の気分ですよ……」


 玲於奈は深く、深く、地底に届きそうなほど深いため息をついた。


「というか掌返しも大概にしてください。なんですこのベタ褒め。姉さんにとって私は裏切者で愚かな妹じゃなかったんですか」

「ああ、本気でそう思っていたよ。アルカパと話をするまではな」


 真姫奈はやけに穏やかな表情のまま、ゆっくり玲於奈に視線を合わせた。


「真月綾乃の誘拐事件を覚えているな」

「私がフリーランスの退魔師を斬りまくった時のことですね。……まあ、芳くんが全員助けてしまいましたが」

「あのとき、私はお前のことを失敗作だったと判断した」

「……は?」


 玲於奈は一瞬、戸惑ったように目を(しばたた)かせる。


「芳人の伴侶たる者が、無辜の人間を殺していいわけがないだろう。

 私はな、お前に命令を無視してほしかったんだよ」


 それは明らかに自分勝手な期待であろう。

 だが真姫奈はさも当然といった表情で言葉を続ける。


「その後、お前はYST―ω101のもとに走った。当時の私は思ったよ。違う、お前のつがいはそいつじゃない、とな。……だが、実際は正しかったわけだ」


 なぜなら伊YST―ω101の肉体には、他ならぬ芳人の魂が宿っていたのだから。


「ゆえに裏切者とも愚かとも言わんよ。むしろ感謝している。――お前を生み出して、本当によかった」


 満足げに頷く真姫奈。

 その頬を、玲於奈は衝動的に張り飛ばしていた。




 


 * *






 一方そのころ、道場から逃げ出した013は決意を固めていた。


「このままじゃダメだ、このままじゃダメだ、このままじゃダメだ……ッ! もう無職なんてイヤだ! こんな生活を続けていたらいずれ水商売の年上女性の家に転がり込んだあげく毎日ひたすらソシャゲばかり、ヒトの金でガチャを回すダメ男になってしまうッ! そんなやつが北海道のあたりにいる気がする……ッ!」


 ならば道はひとつ。


「そうだ、働こう」


 013は駆け出した。

 目指すは鴉城邸の2階、客間のひとつ。

 そこでは未亜とアルカパが今後についての話し合いをしていた。

 部屋の中へと滑り込むなり、013は流麗な動作で土下座をキメて懇願した。


「すみません! オレにも仕事をください! 何でもやります、やらせてください!」


 もし013が物語の主人公じみた運命の持ち主であれば、未亜あるいはアルカパが着替えの最中だったりしてお色気シーンが繰り広げられるのだろう。

 しかしながら彼はそういう“引き”を備えていなかった。

 

 未亜とアルカパはわりと真剣な話の最中、ノックもせずに入ってきた013は迷惑極まりない存在であり、


「取り込み中だ。とりあえず廊下で待っていろ」

「あっ、はい……」


 未亜の、五歳児とは思えないほどの鋭い視線に竦み上がり、すごすごと外に出て行った。

 


後述しますが、黒獣くんが神祇局を襲ったのは「対《泡》戦でおもいっきり足を引っ張りまくったから」だったりします。

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