第74話 苦労話の次は信念を語りたい……って時間切れ? ちょ、待――
芳人編が終わって、途中で真姫奈編に切り替わります。
「ここからはちょっとばかりややこしい話になるし、分からないところがあったらドンドン訊いてちょーだい」
と、未来の俺は言う。
風景はいつの間にかアパートの一室に戻っていた。
テレビに目を向ければ、なぜか『ドラ〇もん』の第1話をやっていた。
懐かしい大山のぶ〇ボイス。
「実際のトコ、過去への移動ってのはマンガみたいに簡単な話じゃない。狙ったところに行ける確率はほとんどゼロだ」
テレビの画面が切り替わる。
今度は所ジョー〇がダーツを日本地図に向けて投げている。
日本全国ダーツの旅、だったか。
大本の番組名は忘れてしまったが、このコーナーだけはよく覚えている。
「例えるならコレの難易度ルナティックかねえ。ダーツってだけでも難しいのに、地図全体が真っ黒な霧に覆われてる。けどまあ、何もしないよりはマシだろうし、オジサン、頑張って矢を投げまくってたんだよ。そうしたらある時、霧のむこうでピカーッと明かりが灯ったわけ」
「俺が《三世因果》を発動させたせいですか?」
「“せい”というか“おかげ”かね。二次高次時間軸への強い干渉……まー、要は少年がハデに暴れてくれたんで、こっちとしては行き先の目星がついた。あとは狙いを定めて、自分ごとダーツをシュゥゥゥーッ! 超、エキサイティン! と」
ヨッさんの話に同期するかのように、テレビでは『バトルドー〇』のCMが流れていた。
小学校のころ、家にあったな。……遊んでくれる友達がいなかったけど。
「そうやってオジサンは過去に来たわけだけど、困ったことに余分なオマケも引っ付いてたんだよ。というか全体として見ればオジサンのほうがむしろオマケかね。ははっ」
「99.99%のほう……狂っているほうの俺、ですね」
「ああ。そいつはオジサンを押しのけて、少年の身体を奪い取った。状況としてはアレと同じだよ、アレ」
アレとは何だろう。
「なんていうかさ、オジサンもう記憶が曖昧なんだけど、ほら、仲間連中に《帰還の宝玉》を隠された時の戦いで……」
「フォアグラのことでしょうか」
「そうそう、それそれ。フォアグラさんってミーアの身体を依代にしてたでしょ。あのイメージ」
「……まさかとは思いますけど、俺を倒さないと世界がヤバいとかそういう展開じゃないですよね」
ふと浮かんだ嫌な予感。
あのころのフォアグラは世界を滅ぼそうとしていたが、もし、それも同じだとしたら……。
「ああ、それなら大丈夫だよ。アレは狂ってるが、別に破壊の権化ってわけじゃない。少年が抱えてる後悔、それを何億、何兆、いや、それこそ那由多の向こうまで拗らせて『過去に狂ってる』。うまいこと56億年前に着いたものだから、大はしゃぎで時間軸上を飛んだり跳ねたりしてるんじゃないかね」
* *
実際、彼の推測通りであった。
今回の一件によってコツを掴んだのだろう、黒獣は時間移動というものを使いこなし始めていた。
とはいえ制限も多く、たとえば「アリシアとの死別」以前には戻ることができず、また、“一定以上の未来”に跳ぶこともできない。
樹木の枝を思い浮かべてほしい。
芳人たちが住む時間軸、その枝は毎秒ごとに少しずつ伸びてゆく。
黒獣は枝の「根本側」にワープし、そこに手を加えることができる。
“ボロルル砦の退き口”でフィリシエラを生存させたり、崩壊する古代遺跡からミーアを救出したり。
すると新たな枝が生まれ、ゆっくりと成長を始めるのだ。
仮にその直後、黒獣が「フィリシエラが生存した“枝”の100年後」に向かったとしたらどうなるだろう。
答えは、何も起こらない。
そもそも移動が不可能なのだ。
どこかで100年を過ごし、“枝”がそこに届くのを待たねばならない。
ややこしい言い方になるが、「時間」はひとつではない。
枝ごとの時間と、樹木全体の時間は異なるのだ。
あるいは、コンビニエンス・ストアのチェーン店を考えるといいかもしれない。
母体となるグループが設立されて24年が過ぎた年、A店では開店10周年フェアを、B店では開店3周年フェアを開催した。
それぞれの店ごとに歴史を持つのだから、別におかしなことではあるまい。
ともあれ。
今も黒獣は無数の枝――平行世界を生み出しつつ、ときどき「芳人がもともと住んでいた時間軸」の先端に戻り、玲於奈から〇ックを奪ったり、〇スを奪ったり、〇ンタッキーを奪ったりしていた。
この暴挙も実のところ過去の後悔に基づくもので、要は玲於奈に甘えているのだが、彼女にとってはブチ切れ案件である。
「神殺しの神薙にケンカを売るとはいい度胸です。その腹を裂いてマッ〇のアップルパイとモ〇のバニラシェイ〇とケンタッキ〇の数量限定復刻フォカッチ〇を取り戻してみせましょう。濃厚な間接キスですよええ」
食べ物の恨みというものは、まことに恐ろしい。
* *
他方。
“樹木全体の時間”としては、同刻――。
「ここは、どこだ……?」
すべての始まりとなった3人のうち、最後のひとり。
神薙真姫奈は純白の世界に浮かんでいた。
視界を占めるのがただ一色であるがゆえ、遠近感が酩酊する。
眼前に白い壁があるのか、それとも果てしなく大きな空間が広がっているのか。
どちらともつかず、漠然とした不安が湧き上がってくる。
「はじめまして」
急に背後から話しかけられ、真姫奈はすぐさま振り向いた。
そこには銀髪の少女が立っている。
昔話の天女を思わせる、薄襦袢のような服装だ。
「わたしはアルカパ。そちらの知識に合わせるなら、終神の眷属となりましょう」
その声色と表情は、ひどく機械的で無機質なものだった。
まるで羽虫を眺めるような視線をこちらに向けている。
「月が齎した祭祀書にもわたしのことは載っていたはずですが、覚えていませんか」
「いや……大丈夫、だ」
頷いてはいるものの、真姫奈としては混乱の極致にあった。
この少女が神族というのは間違いあるまい。
なぜなら自分の中に流れる神薙の血――神殺しとしての本能が疼いている。
だが仮に戦いを挑んだとしても、勝負にすらならずに蹂躙されるのが関の山だろう。
どうしようもない実力差、次元の違いというものを無意識のうちに嗅ぎ取っていた。
しかしながらどうして、己の前に終神の眷属神が現れたのだろう。
そもそも自分は玲於奈と戦っていたはずで……果たして何がどうなっているか。
真姫奈はそれを尋ねようとした、が
「時間が勿体ないので手短に伝えます」
ピシャリ、と突き放すように遮られてしまう。
ひどく冷たい物腰。
それは神と人という存在の差ゆえか、あるいは、真姫奈が何かしらアルカパから嫌悪されるような事情を有しているためか。
答えは提示されぬままに話は続く、
「貴女の想い人、いえ、執着している対象――八矢房芳人はすでに蘇っています」
それが真姫奈にとってどれだけ大きな衝撃だったかは、もはや語るまでもないだろう。
なぜならこの20年、ひたすら八矢房芳人の復活だけを願って狂気の所業を続けてきたのだから。
「細かい過程は省きますけれど、わたしが蘇らせました」
わたしが。
その四文字を口にするとき、ごく微量だが声に感情が滲んだ。
誇るような、しかしそれでいて、悔しげな。
「幸い、最適な器は用意されていました。余分な魔剣も魔導書も、どこかの誰かの遺伝子も混じっていない純粋なコピー。貴女がうみだした赤子の個体――“YST-ω101”伊城木芳人。ご存知ではないと思いますが、あれには八矢房芳人の魂が宿っています。前世の記憶を宿したままの、いわば転生体。あのクローンさえなければ、わたしが器をつくってもよかったのですが……まあ、いいでしょう」
長い髪をゆっくりとかきあげるアルカパ。
彼女の表情には、うっすらと焦燥が浮かんでいた。
「いま、伊城木芳人はとても危険な状態にあります。最悪の場合、魂ごと永遠に消滅しかねません。――それは貴女の望むところではないでしょう?」
「…………ああ」
あまりにも唐突な話であり、真姫奈としては十分に理解したとは言い難い。
神薙家の伝承に曰く、神族は人間を愛してなどいない。
庭先をうろつく羽虫くらいにしか思っておらず、気まぐれにその命と運命を弄ぶという。
ならばヨシトの蘇生も何もかも、すべてはアルカパの嘘かもしれない。
真姫奈を唆すための虚言。そんな可能性も十二分にありうる。
だが、それでも――神薙真姫奈という女は、今日までずっと芳人との再会だけを望んで生きてきたのだ。
願いが叶うというのなら、そして彼の助けになれるというのなら、どんなに眉唾な話であろうと乗ってしまう。乗らずにいられない。
「ではこれより方法と手段を授けます。ただ、相応のリスクがあることは覚悟しておいてください」
「時間」についてはなんとなーく雰囲気を掴んでもらえたらよいのですが、大丈夫でしょうか。




