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第73-2話 説教のネタも尽きた、でもまだ聞いてほしい。そうだ苦労話をしよう

ちょっと (?) SFです。

 

 星、星、星、星、星――!

 銀河の輝きが視界を焦がす。

 久遠の彼方まで広がる大宇宙、目も眩むほどの星光。


 その圧倒的な量感(スケール)を前に、俺は言葉を失っていた。

 

『うーん、やっぱり若いって素晴らしい。いい感性してるよ、少年』


 念話(テレパス)だろうか、ヨッさんの声が脳内に響く。


『さて、今から見てもらうのは一種の再現映像だ。オジサンにとっては36億、いや、56億年前の記憶で、少年にとっては起こるかもしれない未来の出来事になる』


 ふと――

 宇宙の果て、光すら届かぬ深淵にヒビが走った。

 ひとつ、またひとつと亀裂が増えてゆく。

 まるで内圧に耐えかねた金属容器のように空間が凸凹に歪む。


「何が、起こってるんだ……?」


 理解不能の現象を前に、俺は思わず呟いていた。

 答えはすぐに明らかとなる。


 宇宙が決壊したのだ。


 暗闇が砕け、その向こうから無数の《泡》が流れ込んでくる。

 俺の掌ほどのヤツもあれば、それこそ、恒星サイズのモノもある。

 どれも色は半透明で、うっすらと虹色の輝きを放っていた。

 

《泡》は融合と分裂を繰り返しながら数を増やし、やがてひとつの銀河を呑み込んだ。

 その中で果たして何が起こっているのか。

 体感にしておよそ1、2分、《泡》が過ぎ去った後には何も残っていない。

 

『太陽系には2000億の星があるらしいし、アレも同じくらいかね』


 ヨッさんは何でもないことのように告げるが、俺にとっては衝撃だった。

 2000億。

 数でいえば地球の総人口よりもずっと多い。

 質量に換算すればもはや比べ物になるまい。

 

 それだけのモノを、カップラーメンよりも短い時間で滅ぼしてしまったのだ。


 格が違う。

 次元が違う。

 あれと比較すれば、俺なんて小数点以下の誤差みたいなものだ。

 魔族も邪神もどんぐりの背比べになってしまう。

 

『《泡》はいくつもの銀河と星雲を食い尽くして、やがて太陽系に狙いを定めた。ただ、ヤツにとって知的生命体は汚染物質みたいなモノらしくってね、うっかり口にすれば中毒で死に至る。だからまずは人類やら何やらを排除にかかったわけだ』


 視界が切り替わる。

 

 おそらくは日本の、どこかの地方都市。

 そこは混沌と堕落の()()()と化していた。


 次々に歩道に突っ込む乗用車。

 血走った眼で刃物を振るう老婆。

 逃げ惑う少年と、それを追う全裸の男たち。


 嬌声と悲鳴と断末魔が、ひっきりなしに不協和音を奏でている。


『最初の攻撃は《精神干渉(マインドハック)》、これで人類のおよそ半数が発狂した。人間だけじゃない。妖怪、幽霊、魔物――いわゆる人外連中もおかしくなってね、もう大、大、大混乱だよ。世界規模で治安が崩壊して、21世紀半ばなのに世紀末。しかも――』


 大気圏を突き抜け、白色の流星が落ちてくる。

 地響きとともに穿たれるクレーター。

 濛々(もうもう)と立ち上る土煙の向こうから、ズシン……ズシン……と足音が響いた。


 地球に降り注いだのは、決して隕石なんかじゃない。

《泡》の落とし仔、太陽系侵略の先兵。

 それは全長20メートルを超える巨人だった。

 背中からは純白の翼が伸びており、立ち姿はさながら天使のよう。

 しかし彼らは人類の導き手などではなく、むしろ無慈悲の殲滅者。


 まるでヨハネの黙示録のような終末模様のなか、人類はギリギリの戦いを続けることになる。


『あのころはホント忙しかったよ。地球全土のタワーディフェンス、ただしエンドレス……みたいな。

 でもまあ、年寄りの苦労話なんて詰まらないだろうしサクッと飛ばそうかね』


 歴史が早回しで流れていく。

 追い詰められた人類は魔術的にも科学的にも大きな発展を遂げ、ついには地球から《天使》を一掃する。

 そうして《泡》との直接対決を迎えることになり――


『オジサンと、オジサンのクローンを乗せたロケットで《泡》のド真ん中に突っ込む。そんなトンデモ作戦が実行されることになったんだ』


 当時、ヨッさんもとい伊城木芳人は人類側の最大戦力だった。

 本来なら温存すべきコマだろうが、《天使》という危機を脱して気が抜けたらしい。

 人類は派閥争いという名の内輪揉めに明け暮れ、結果、未来の俺はこの上なく適当に使い捨てられることになった。


『結果は、大失敗。クローンくんたちはメンタルが弱かったみたいでね、次々に発狂しての同士討ち。オジサンも最後まで抵抗したけど、世の中そうそう甘くない。最後は《泡》に取り込まれちゃったんだよ』



 

 


 * *






 だが、その世界の伊城木芳人は諦めなかった。

《泡》に精神を犯される中、最後の一線となったのはかつてアリシア(最初に失った少女)と交わした約束。


『生き続けてください』


 彼は誰も守れなかった。

 彼が愛した者。

 彼を愛した者。

 皆悉く、ここまでの戦いで命を落としている。


「せめて、あの約束くらいは守りたい」


 その一心で抵抗を続けて、続けて、続けて…………やがて少しずつ《泡》を押し返し始める。


 もともと《精神干渉》は伊城木芳人にとっての得意分野。

 臨死の窮地に陥ったことにより、眠っていた才覚が開花したのかもしれない。

  

 逆干渉によって《泡》の力を奪い取り、己というものを改めて創造してゆく。

 相手は宇宙規模の存在だ。

 人間のままで勝てるはずがない。

 ならば、


「それ以上の存在になってしまえばいい」


 当時の芳人はさながら母体を衰弱させてなお成長を遂げる鬼子であり――最後はその(はらわた)を食い破って激烈な生誕を遂げた。


 全宇宙に存在していた《泡》の30%がこれによって消滅し、残る70%も相当の痛手を被った。

 千載一遇、勝利の好機である。


 ただ。

 難点をひとつ挙げるとすれば、芳人が再誕するまでに数百年もの時が過ぎていたことだろう。

 すでに地球は死の星と化し、宇宙からあらゆる生命が失せていた。


 残っているのはただひとり、《泡》と同等以上の存在になった芳人のみ。

 ここに宇宙最後の闘争が幕を開けた。

 

 なおも増殖を続ける《泡》。

 これに対して芳人は己の質量を高めることでもって対抗する。

 残存する星々を吸収し、さらに大きく、さらに強く。

 ついには指先ひとつで銀河を崩壊せしめるほどの巨躯となり、身じろきすれば那由多ほどの《泡》が弾け飛んだ。

 

 だがそれでも完全な勝利を得ることはできず――さらには思わぬ邪魔が入った。

 

 “外側”から世界を眺める存在、神族である。

 彼らにとっても《泡》は正体不明の怪物であり天敵だったが、それには目もくれず、「人間でありながら自分たちを越えかねない存在」たる芳人の排除へと走った。あるいは《泡》の《精神干渉》で狂っていたのかもしれない。


 これが勝敗を決するきっかけとなった。

 襲いかかる神族をも吸収し、芳人はさらに高次元の存在と化す。

 そして――






 * *






『少年、ビッグバンって言葉は知ってるかな』


「宇宙が始まった時に起こった大爆発ですよね」


『じゃあ、ビッグバンの原因はどうだい』


「ええと……色々と説がありますよね」


『その説のひとつにエピロティック宇宙論ってのがあって、宇宙と宇宙がぶつかることでビッグバンに至る、って言われてるんだよ。オジサン、これを試してみたんだよね』






 * *






 芳人の知る限り、世界は2つ存在する。

 科学中心に発(生まれ)達したもの(故郷)と、魔法中心に発(勇者召喚)達したもの(された先)

 後者も《泡》によって300年ほど前に滅亡している。

 彼はこの両者を激突させたのだ。


 曰く、

 

『要するに、レベル(次元)を上げて物理(ビッグバン)で殴ったわけ』


 とのことである。


『その衝撃で《泡》は一掃できたんだけど、おかげで2つの宇宙はグッチャグチャの残骸になっちゃってねえ。ホントに暮らし辛いったらありゃしないんだよ。はぁ……』


 ただ、そう悪いことばかりではない。

 ビッグバンの余波によって時空のタガと言うべきものが緩み、過去への干渉が可能となった。


『だからオジサン考えたんだよね。昔の自分にちょっと手助けしたら、イイ感じのハッピーエンドとか生まれちゃうんじゃないかなー、って』


 とはいえ時間移動などそう簡単にできるわけでもない。

 狂気に蝕まれつつも試行錯誤を繰り返すこと数十億年、思い通りの成果としては、一柱の眷属神と力の欠片(無貌の泥)を過去へと送り出したことだけ。


 しかしある時、転機が訪れる。

《無貌の泥》を宿した過去の伊城木芳人が暴走を起こし、時空に大きな穴を穿ったのだ。

次回で芳人視点は終わり。次々回から芳人救出作戦です。

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― 新着の感想 ―
[一言] スケール上がりまくって時天空モドキ出てきて草。
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