第73-1話 若者と喋りたい、でも話題がない。そうだ説教しよう
そこは体操服みたいに真っ白な空間……じゃなく、生活感あふれる畳の部屋だった。
窓からは赤い夕陽が差し込んでいる。
時刻は午後5時すぎ。
ブラウン管のテレビに映るのは再放送の『ちび〇る子ちゃん』。
友三が心の俳句を詠み、ナレーション (CVキートン〇田) がツッコミを入れる。
カタンカタン、カタンカタン。
カタンカタン、カタンカタン。
遠くから響くのは、列車の音。
ヒュァー、ファァァァァァー。
これは豆腐屋のラッパだろうか。
ああ。
何もかもが懐かしい。
ここに再現されているのは遠い日の記憶。
前世での実家だ。
ビックリマ〇のシールを張りまくった襖も、身長ののびを刻んだ柱もそのまま。
俺の身体も当時のものに戻っている。
――けれどひとつだけ、強烈な違和感を放つモノが存在していた。
ちゃぶ台を挟んだ向こう。
「いやー、急にお邪魔しちゃって悪いねー。オジサンほんと申し訳ないと思ってんだよ、マジで」
そいつは異様な姿をしていた。
頭はひとつ。
手は2本、足も2本。
人間の形をしているが、全体としての輪郭は曖昧だ。
黒々と塗り潰されているがゆえ、目鼻立ちすら分からない。
「お詫びの品もあるしさー、遠慮せず食べちゃいなよ、ほらほら」
ちゃぶ台の上に並んでいるのはファーストフードの紙袋。
〇クドナルドだけじゃなく、〇スバーガー、〇ンタッキーフライドチキン。ついでに〇ニストップ。
「オジサンは……まあ、ベタに〇ックにしとこうかな。あそこのアップルパイ、好きなんだよねえ」
「えーと。すみません、どちらさまですか」
俺がそう問いかけると、
「ああ、こりゃ失敬。オジサンすっかり忘れてたよ。やっぱり40億年もぼっちを続けてるといかんね。いや、50億年だったか」
なんだかやたらスケールの大きな答えが返ってきた。
40億年とか50億年とか、もしかして神様の類だろうか。
「ファイナルアンサー?」
心の声が聞こえているのだろうか、黒い神 (推定) 独特の調子で訊き返してくる。
昔やっていたクイズ番組の司会者にそっくりだった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~正解ッ」
チャラララ、チャーン。
なぜか流れるBGM。
やけにフリーダムな空間だな、ここ。
「まーそういうわけでオジサンは神様なわけ。ついでに未来のキミだったりもする。ヨロシクどーも」
「……未来の?」
「厳密には違うけど、ま、そのへんはスルーしとこう。とりあえずはこう考えりゃいい。
こいつはヘタレルートの伊城木芳人、誰ともくっつかないまま優柔不断エンドを迎えた成れの果てだ、ってね」
* *
「ま、オジサンのことは『ヨッさん』とでも呼んでよ。名前、ないと不便でしょ?」
黒い神にして未来の俺 (本人談) はそんなことを呟きつつ、ファーストフードに手を伸ばしていた。
「んー、やっぱりサクサク感はミニストッ〇のポテトがトップだねえ。けどケンタッキ〇のホクホクさもたまらない。マッ〇はむしろ少し萎れたヤツがうまい。それから、そう、これこれ! モ〇といったらオニオンリング! いやー、オジサンこれだけでご飯三杯はいけちゃうよ、うん」
「炭水化物に炭水化物はキツいような……」
「そんな細かいことは気にしない、気にしない。そんなんだと将来苦労する……つーか苦労した結果がオジサンなんだよなぁ、はぁ」
やけにしみじみと嘆息するヨッさん。
「そう、将来だよ将来。少年、このままだと結構ヤバいよ?」
「どういうことですか」
ヨッさんは未来の俺だという。
もしかすると事前にピンチを教えに来てくれたのかもしれない。
「少年はたぶん漠然と『いずれ俺も誰かと付き合って、結婚して、家庭を持つ』なーんて思ってるだろうけど、それ、幻想だから」
マジかよ。
オヤジが大暴れしてものすごい被害が出るとか、宇宙の果てから新たな敵が現れるとか――そんな内容を予想していたものの、ある意味、はるかに絶望的な宣告だった。
「今の時期だと相鳥静玖をフったばっかりでしょ。あんな感じで吉良沢未亜とか神薙玲於奈とか真月綾乃とか、水華さんとか折瀬浩介とか鴉城黎明とか、さやねえとかアルシィ……はまだ会ってないんだっけか。ともかく、いろんな子をソデにしまくった末に一生独身だから。死ぬまでおひとりさまというか、死ねないから永遠におひとりさま。彼女イナイ歴56億年、リアルタイムで記録更新中。オジサン寂しくて震えちゃうよ」
「いや、さすがにそれは……」
ありえない、と思いたい。
しかしヨッさんはやけに真剣な表情で、
「あるんだよ、ありうるんだよ。つーかオジサンにとっては実際にあったことだから。――異世界でたくさんの人を失ってきたから、もう誰も失いたくない。みんなが大事だから誰も選ばない。選べない。むしろ自分みたいに呪わしい存在は幸せになっちゃいけないとまで思ってる。そいつを拗らせた結果がオジサンだよ。はは」
一気にそう捲し立て、自嘲気味に小さく笑った。
ポォォォォォォォォン。
壁掛け時計が午後六時を指し、微妙に軋んだ音を立てる。
「……説教臭くて悪いね。やっぱ年は取るもんじゃないよ」
ばつが悪そうに頭を掻くヨッさん。
「ま、何にせよ自分に正直になったほうがいい。やせ我慢はオトナの特権で、少年はまだ少年だ。周りの子に甘えるのだって恥ずかしいことじゃない。それこそ全取りのハーレムとか目指するもオジサン的にはアリ……って、これもまた説教か。我ながら嫌になるね」
「いえいえ、アドバイスありがとうございます。生かせるかどうかは分かりませんが、しっかり覚えておこうかと」
なにせヨッさんは文字通りの意味で「人生の先輩」だ。
迂闊に聞き流していい相手ではないだろう。
「うんうん、若いってのはいいねえ。素直だ。オジサンのくさった眼には眩しいよ。少年のほうはどうだい。知りたいことがあるなら何でも答えようじゃないか」
「でしたら……えっと、未亜たちは無事ですか?」
俺はここに来てからずっと気になっていたことを尋ねる。
「クローン4匹に囲まれて、スライムにへばりつかれたところまでは覚えてるんですけど……」
「ああ、それなら安心するといい。みんな無事だ。うん、そのへんを説明する意味でも、少年の現状について語っておこうか」
ポン、と両手を合わせるヨッさん。
すると掌のあいだから黒いタールのようなものが垂れ、それはちゃぶ台の上でひとつの形を取った。
俺そっくりの小人だ。
サイズとしてはスーパー〇トシくん人形くらい。
店売りのフィギュアよりは小さく、およそ1/16スケールといったところ。
「さっきの戦いで少年は《三世因果》を使ってたけど、ぶっちゃけるとアレは神の領域なんだよね。本来なら人間にできるはずもないし《無貌の泥》を宿してても無茶は無茶。そこにあの変態スク水が妙な刺激を与えたものだから、ついに暴走しちゃったわけだ。時間と空間に穴が開いて遠い遠い未来に繋がった。オジサンはそこからやってきたわけ。ドゥーユーアンダスタン?」
「アンダスタン」
俺は頷く。
意味もなく英語を混ぜるあたり、やっぱり同じ人間だな、と思った。
「オーケー。で、このときに《無貌の泥》にオジサンの情報が上書きされた。その結果――」
ちゃぶ台の上、ミニチュアの俺に異変が起こる。
右の脇腹から黒いタール状の物体が飛び出し、大きく広がって全身を包み込む。
グニョグニョと咀嚼するように蠢き、やがて、怪物じみた姿に変わる。
漆黒の肌に銀色の鬣。
顔つきは狼に似ているが、その巨躯はあまりに暴力的だった。
火傷しそうなほどの野生は「獣」としか呼びようがない。
「これが今の少年だ。身体のコントロールも完全に奪われている。あのままだと自我も呑み込まれかねなかったから、オジサンがこうして保護しているわけだ」
ん?
俺はふと違和感を覚える。
奪われる? 保護する? いったい誰からだ?
未来からやってきたのはヨッさんだけじゃないのか?
「さすがに少年は鋭いね。いい感性だ」
またも心を読んだのだろう、ヨッさんが頷く。
「すごくざっくり言えば、オジサンは『未来の伊城木芳人』の中でも正気の部分なんだよ。比率としては0.01%くらいかね。残りの99.99%は狂ってて、そっちが少年の身体を乗っ取ってるわけだ。ま、女の子たちに危害は加えてないから安心するといい」
「……俺、これからどうなるんですか?」
「こっちはしょせん0.01%だしねえ、いつまでも少年を匿ってられるわけじゃない。オジサンの読みが正しければじきに逆転のチャンスが来るはずで……おっと、忘れるところだった。少年にはもうひとつ、大事なことを伝えなきゃならない」
そう言うとヨッさんは右手を伸ばした。
指先が俺の額に触れたかと思うと、いきなり視界が切り替わる。
「へっ……?」
戸惑わずにいられない。
なぜなら懐かしい実家の風景は消え去り、あたりには広大な宇宙空間が広がっていたからだ。
玲於奈「〇ックや〇スや〇ンタッキーに行ったのですが、買ったそばから黒獣に取られました。絶許」




