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第72-2話 伊城木直樹の存在意義

 少し話は前後するが、小学校6年生の6月。

 修学旅行で伊勢神宮を訪れた際、そこで神薙真姫奈と再会している。


「久しぶりだな、直樹」

「ええと、どうして、ここに……」

「実家の用事で来ているだけだ。面白い偶然もあるものだな」


 真姫奈は話し方こそ昔と変わらなかったが、その容貌は別人のような成長を遂げていた。

 ぞっとするほど冷ややかに整った横顔。

 近寄りがたい孤高の美。


 ――真姫奈がそうなったのは、もしかすると、芳人を失ったせいかもしれない。


 直樹は4年前の夏を思い出す。

 自分が《精神干渉》に目覚めた時のこと。

 真姫奈に対する罪悪感がよみがえり……しかしそれ以上の憤怒が込み上げてくる。


 ――結婚の約束までしてたのに、こいつは僕から芳人に乗り換えた。


 裏切者め。

 苛烈なまでに直樹は真姫奈を罵り、(なじ)り、責め立てた。

 抑えきれない感情に突き動かされるまま、彼女の罪を糾弾する。


「すまなかった……」


 直樹とは対照的に、真姫奈はひどく内罰的な少女だった。

 何かあれば己の反省点として取り入れる気性は褒められるべきものであろうが、この場においては最悪の相性を発揮してしまった。


「おまえが芳人に《精神干渉》を使うことになったのも、元を辿れば私が約束を破ったせいだ」

「じゃあ、償ってよ」

「……分かった。どうすればいい。できることなら、何でもする」


 真姫奈の申し出に、直樹はこう答えた。

 

 約束を守れ。

 二度と浮気するな。

 自分と結婚しろ。




 その条件を呑ませておきながら、およそ半年後、直樹は藍島香織を恋人にしている。

 もちろん真姫奈には伏せたままである。

 直樹は近畿、真姫奈は関東。

 住む場所が離れているため、不意に発覚することもなかった。


 後ろめたさは、ない。


 ――4年前に受けたショック(精神的苦痛)に比べれば、これくらいは許されて当然だ。


 



 

 * *






(感情やら何やらを持ち出して無限に譲歩を迫る人、クレーマーとかに多いわよね)


 マーニャはドロ甘のコーヒーを口にした。

 ついさっき淹れたインスタントだが、スティックシュガーとシロップを大量にブレンドした結果、「あったかい砂糖水」と化している。

 脳に糖分を補給しなければとても聞いていられないという判断からだった。


(なんかもう、一周まわってナオキが哀れに見えてきたんだけど……)


 自分が見放したら、この男はほんとうに終わってしまうのではないか。

 庇護欲とまでは言わないものの、放っておけない気持ちが強くなってくる。


(ナオキの話に出てきた『八矢房芳人』も、そういう意味じゃ同類なのかしら)


 過程は異なるものの、結果は同じ。

 周りを放っておけなくさせる。

 そこにいるだけで他人の存在を捻じ曲げる。

 たとえるなら、浸潤と転移を繰り返す悪性腫瘍のような男――


(って、考え過ぎね。砂糖のとりすぎて頭が空回りしてるのかしら)


 気を取り直して、再び、直樹の話へと耳を傾ける。






 * *






 中学時代、直樹はハーレムじみたものを築いていた。

 芳人の熱烈なファンを探し出しては《精神干渉》を繰り返し、自分のまわりに(はべ)らせる。

 

 だがそれを芳人に見せつけたりはしない。

 むしろ彼と顔を合わせることを徹底して避けていた。


 理由は、よく分からない。

 記憶を奪ったことに対する疚しさゆえか、それとも、自分を探してほしいという乙女心か。


 いずれにせよ両者の道が交差するのはまだ先のことである。



 八矢房芳人は直樹の2歳上であり、京都の私立高校に進学した。

 直樹もそれを追うように同じ学校を受験し、合格。


 意気揚々と入学式に向かってみれば、


「……おばさんからお前の志望校を聞いたんだ」


 そこでは神薙真姫奈が待っていた。

 直樹にとっては完全に想定外の事態である。


「今日からはずっと直樹のそばにいる。これが私なりの誠意と贖罪だ」


 もしも。

 直樹がここで真姫奈の気持ちに向き合っていれば――そして、芳人への妄執ごと過去を割り切っていれば、もう少しマシな未来もあっただろう。

 だが悲しいかな、直樹は変わることができなかった。


 鴉城(あじろ)深夜(みや)を皮切りとして、何人もの女生徒に手を出していく。

 

 真姫奈は何も言ってこなかった。

 だったら別にかまわない。

 もし文句をつけてきたら「先に裏切ったのはそっちだろう」と切り返すつもりだった。


 直樹は高校生ながらも爛れた日々を送り、他方、真姫奈に対してはどんどん無関心になっていった。


 そうして半年が過ぎたころ、ある噂が一年生の間で流れ始める。


「剣道部の神薙さん、3年の人といい感じなんだって」

「えー、あの子が? カタい系じゃん。男といるところなんて想像つかないんだけど」

「でも噂になってるよ? なんか八矢房って人とデートしてたとか……」

「はぁ? ヨシトン先輩? まー、あの人、顔は悪くないしね。変人だけど。すごい変人だけど。彼氏とかマジありえないけど」

「えっと、顔と言葉が合ってないというか、どうして藁人形がカバンから出てくるのかな……?」


 直樹が気付いたときには手遅れだった。

 彼の知らないところで芳人と真姫奈は「再会」し、いつの間にやら急接近を遂げていた。

 

 ――後に分かったことだが、芳人に対する《精神干渉》は不完全だった。

 ――記憶の封印はできていたが、「恋人を作るな」という命令は解けかかっていたのだ。

 

 直樹は怒り狂った。

 己のことは棚に上げ、この不義密通を許しておけるものかと奮い立つ。

 芳人を放課後の音楽室へと呼び出し、再び《精神干渉》を行った。


 このときの直樹は、およそ冷静さというものを失っていた。

 激情に駆られるまま芳人の意識を掻き回したため、具体的にどんな操作を行ったかも覚えていないのだ。



 トラック事故が起こったのは、その30分後のことである。






 * *






(ヨシトにマキナを奪われて、マキナにヨシトを奪われて……自業自得といえば自業自得だけど)


 それを指摘したところで、事態は何も解決すまい。

 マーニャはあえて感想を口にせず、聞き役に徹していた。


 そこに、


「あらあらお義兄様、卑怯なことをしてはいけませんわ」

「ひ、ひ、ひぃぃぃっ!?」


 月がクスクスと笑いながら現れた。

 魔法が行使された気配はない。

 部屋の隅、物陰からスッと浮かび上がってきたのだ。


「ゆ、許して、許して、くれっ! あ、わ、わあああああああああああっ!」


 直樹は異常なほど動揺していた。錯乱と言ってもいい。

 裏返った悲鳴を上げると頭から毛布を被り、この世のすべてを拒絶するように身を縮こまらせている。


「大丈夫、大丈夫よ、ナオキ」


 マーニャはその背中を優しく撫でる。

 月とは仲睦まじい兄妹だったはずなのに、どうしてこんなに怯えているのだろう。


「都合の悪いことも含めて正直に話す――と見せかけて、その実、傷の浅い事実しか教えない。本当にまずい部分は隠し通す。

 さすがですわお義兄様。なかなかできることじゃありません。代わりにわたくしが明かしましょう」

 

 震える直樹には構わず、どこか愉しげに月は語る。


「お義兄様が芳人さんを殺害する少し前のことですわ。それまで家族として優しく接してくださっていたのに、まるで別人になってしまいましたの。

 毎日のように乱暴されて、嬲られて――その理由が、たまたま街で芳人さんに道を訊かれたからなんて、とっても面白いと思いません?」

「それは……」


 間違っても面白いだなんて言えやしない。

 常軌を逸している。

 そんな理由で辱められたら、きっと()()()()()()()()()()だろう。

 

「芳人さんが気になるのなら、真姫奈さんを取られたくないのなら、《精神干渉》で思い通りに操ればよかったのに。

 他の人たちにできたことを、どうして2人にはできなかったのでしょうね? ……まあ、その小ささが可愛いといえば可愛いのですけれど」


 笑う。

 嗤う。

 哂う。

 月の表情はおぞましいほどに明るい。


「芳人さんが亡くなった後も傑作ですわ。まず最初に蘇生を志したのは真姫奈さん。お義兄様はそれに引きずられる形で研究を始めましたの。

 死者に囚われたままの真姫奈さんを取り返したかったのか、それとも、お義兄様こそ死者に囚われていたのか。殺したことを後悔していたのか。

 きっとお義兄様も分かっていらっしゃらないでしょうね。人間、自分自身の気持ちほど理解しがたいものはありませんから」






 * *







 死者の復活。

 それは遠い昔から多くの魔術師たちが熱望しつつ、決して実現されなかった奇跡である。

 直樹と真姫奈の試みはすぐさま暗礁に乗り上げたが、しかし


「お義兄様、この本が参考になるかもしれませんわ」


 月の(もたら)した魔導書が、運命の歯車を動かした。

 それは『(つい)の邪神』あるいは『終神(ついじん)』とも呼ばれる高位存在について記したものである。

 

 終神との交信(リンク)により、直樹は異世界の魔法知識を手に入れた。

 それは解析に何十年もかかる代物だったが、この時期、運よくマーニャと出会っている。

 彼女から異世界魔法について手ほどきを受けることにより、解析は爆発的なまでに加速した。


 当然ながら研究というのは金がかかる。

 一個人でできるものではないが、


「お義兄様、よろしければ信頼のおけるスポンサーを紹介いたしましょうか?」


 ここでも月が働いてくれた。

 鷹栖家や海外の魔術結社からバックアップを取り付けることに成功し、大掛かりな実験も可能となったのだ。


 直樹は立ち止まることなく研究を続けた。

 八矢房芳人の血肉を培養し、それをもとに様々なクローンを生み出す。


 その中のひとつ。

 研究上のコードネームは『YST―ω “(ワン・)(ゼロ)(・ワン)”』。

 赤子から育て直された「八矢房芳人」こそ、今の伊城木芳人である。


 この個体は高度な知性を有し、発達速度は平均値を大きく上回っていた。

 さらには0歳にして魔法を使いこなし――だからこそ失敗作の烙印を押されてしまう。


 なぜなら直樹の知る「八矢房芳人」は魔法など使えない。

 あくまで常人の範疇に収まるはずの存在なのだ。


「でも、データは取っておこうか。次の個体に生かせるかもしれない」


 かくして101は処分されることなく吉良沢家に預けられる。


 その結果が今の通り。

 伊城木直樹はすべてを失い、部屋の隅で震えている。






 * *






「お義兄様の人生は、すべて、芳人さんのためにありました」


 まるで預言者のような厳かさで告げる月。


「芳人さんがほどよいタイミングで異世界に転移できたのも、悲劇の中で時間を操る力に目覚めたのも、最も適した身体に転生できたのも、《無貌の泥》を宿したのも、支えとなる女性と出会えたのも、その絆を深めることができたのも、そして終神への一歩を踏み出したのも、すべて、すべて、お義兄様のおかげです。

 終神に近しい()()として、深く、深く、感謝しております。


 ああ、まだお気づきでないのですか?


 わたくしがお渡しした魔導書にも書いてあったでしょう。

 終神は時間を操る、と。

 そういうことです。

 お義兄様はずっと、未来の芳人さんを信仰していたのですわ。


 ああ、なんて敬虔な信者なのでしょう!

 今日までお義兄様がやってきたことは、すべて、すべて、委細漏らさず神への供物になっていたのですから!


 ご苦労様でした、伊城木直樹。

 貴方の役目はすべて終わりです。

 後はもう、好き放題に生きていただいて構いません。

 

 とはいえこのまま捨て措くのも義理に欠けますし、ひとつくらいは願いを叶えて差し上げましょう。

 芳人さんのこと、どう思っていますか?

 芳人さんと、どうなりたかったのですか?

 

 さあ、その胸に抱える愛を高らかに謳ってくださいまし。

 貴方の想いが届くよう、及ばずながら助力させていただきますわ」


次回、芳人の話





どうでもいい裏設定


直樹に協力していた魔術結社:

 神々しき(セレスティアル)棺の(コフィン)(チャーチ)

 かなりマイナーな組織であり、裏社会での影響力はさほど大きくない。

 ただしメンバーのほとんどが異様なまでに強運であり、資金力はかなりのもの。

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