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第71話 直樹くんヒモになる (ペット扱い)

マーニャさんが再登場しますよ。

 伊城木直樹はたった6時間ですべてを失った。


 芳人に宣戦布告を行ったのが、4月12日の午後0時21分のこと。

 これが転落の始まりだった。


 月の独自行動。

 黒獣の出現。

 

 2つの因子が複雑に絡み合い、直樹からすべてを奪い去っていく。


 神薙真姫奈は捕虜となり、アリア・エル・サマリアも行方不明。

 切り札のクローン部隊は知らぬ間に壊滅し、同盟相手の鷹栖派も大打撃を被った。


 それだけではない。

 直樹は世界各地に研究拠点を持っていたものの、そのすべてが黒獣によって破壊された。

 結果、彼の研究を手助けしていた魔術結社(スポンサー)は支援の打ち切りを決定。


 もはや直樹には何の後ろ盾もなく、マーニャに泣きついたつもりがまさかの人違い。

 痴漢として逮捕され、住所不定無職の怪人物として留置所に放り込まれた。

 

 だがしかし、彼の物語はもう少しだけ続く。


「ずいぶんと落ちぶれたものね、ナオキ」


 かつての愛人(マーニャ)が救いの手を差し伸べたのだ。






 * *






 

 マーニャ・ラフィルドのこれまでについて話をする。


 彼女は以前、自らの死を偽装して直樹のもとを離れた。

 その後の生活はなかなかに苦しいものであった。


 ツテなし、コネなし、カネもなし。ついでに社会常識も欠如している。

 おかげで住居も職も確保できず――淫魔の力でひと儲けを企てた結果、退魔師に追われる身となっていた。


「もしお困りでしたら、助けて差し上げましょうか?」


 そんなマーニャの前に現れたのは、伊城木月。

 自分を殺し損ねたことに気付き、改めて追いかけてきたのだろうか。


「ああ、以前のことはどうか許してくださいまし。

 当時のわたくしとは別人と考えていただければ幸いですわ」


 そう語る月は、ひどく剣呑な雰囲気を纏っていた。

 気を抜けば呑み込まれてしまいそうなほどの圧迫感。

 ただの人間とは思えず、さりとて魔族の域も越えている。

 例えるならそう、古の伝承に語られる存在――(よこしま)なる神に出くわしてしまったかのような心地だった。


「とはいえ迷惑をかけてしまったのは事実、どうかお詫びをさせてくださいな。いかがです?」


 マーニャは頷いた。頷くしかなかった。

 断ったら最後、気まぐれに殺されてしまうような予感がしたからだ。


 果たして自分はこれからどうなるのか。

 マーニャは己の前途にかつてないほど不安を覚え……しかし、蓋を開けてみれば、予想外なほどに手厚いアフターケアが待っていた。

 

 (ゆえ)に導かれるままタクシーに乗り、そのまま空港へ。

 飛行機で向かった先は北海道。

 新千歳空港からバスで札幌市に向かい、やがて辿り着いたのは駅前のきれいなマンション。

 すでに書類上の手続きは済んでおり、偽の戸籍まで用意されていた。


「働き口でしたらご安心くださいな。わたくし、近くの高級クラブをいくつか経営していますの。

 そのうちのひとつは淫魔ばかりを集めていますし、きっとすぐに馴染めると思いますわ」


 ここがマーニャにとって大きな転換点となった。


 彼女はもともと魔王の寵姫に選ばれるほどの美女である。

 ハーレムのストレスから開放されたおかげだろう、くすんでいた美貌はみるみるうちにその(あで)やかさを取り戻す。

 豪奢な風格は多くの男たちを虜にし、熱烈な信奉者を生み出していった。


 それだけではない。


 マーニャ自身、淫魔の中でも王族の血統。

 直樹にべったりの生活を辞めたことにより、生来のカリスマと呼ぶべきものが輝き始める。

 生まれた世界は違えど淫魔は淫魔、他のホステスからは「女王様」として崇拝されることとなる。


  

 そうして一年と半年が過ぎたある日のこと。


「ひとつ、お願いしてもいいかしら」


 伊城木月から、急に電話がかかってきたのだ。


「お義兄様ったら、芳人さんに挑んでコテンパンに叩きのめされてしまいましたの。

 このまま放っておくのも可愛そうですし、よければ助けてもらえないかしら」


 マーニャにとって、もはや伊城木直樹は過去でしかない。

 彼への感情はハーレムでの10年で完全に擦り切れた。

 かろうじて残っていたのは女の意地だが、札幌での日々はそれを完全に消し去っていた。


「……分かったわ」


 嘆息とともにマーニャは頼みを引き受ける。

 直樹のことなどどうでもいいが、月には大きな借りがある。

 それを考えれば、断るわけにもいかないだろう。


「退魔師対策は任せていい?」

「ええ。お義兄様を匿ってくだされば、後はこちらでどうにかしますわ」


 かくしてマーニャは拘置所に赴き、【魅了】や【幻惑】といったスキルを駆使して直樹を連れ出したのである。

 

 




 一週間が過ぎた。

 久しぶりに再会した直樹は、目も当てられないほどに落ちぶれていた。


 髪はボサボサ、髭も伸びっぱなし。

 それでもかろうじて「見れる(つら)」なのは、元の顔立ちが整っているおかげだろう。

 かつて研究に邁進していたころのギラついた情熱はなく、毎日、マーニャから貸し与えられたノートパソコンに昏い瞳を向けるばかりだった。


 その行動は、大きく3通り。


  1.異世界ファンタジー系のソーシャルゲーム (重課金兵)。

  2.Twitte〇と2c〇で現代伝奇系のアニメとマンガを叩きまくる。

  3.小説めいたものを書いては消す。


 他にもゲーム作成ツール(RPG〇クール)電子音声ソフト(V〇caroid)を (マーニャのクレジットカードで) 購入しては途中で投げ出したり、突如としてレトロゲームの実況動画を作り始めるもコメントがつかずに一回目で打ち切ったり――――ひたすら足踏みばかりの毎日。



 直樹はほとんど喋らない。

 マーニャから話しかけられて、ようやく相槌を返すかどうか。


 そのくせ食事を出せば卑しいほどにがっつくので、マーニャは直樹のことを同居人として認識することをやめた。


 ――()()は人間のカタチをしたペットだ。


 いくら(ゆえ)のお願いとはいえ、ずっとウチで預かる気にはならない。

 さっさと引き取ってくれないだろうか。


 陰鬱な気持ちを抱えなら寝床に就いた八日目の深夜。

 事件が起こった。

 

「……っ、ハァ……ッ」


 全身に重みを感じて目を覚ますと、直樹が上にのしかかっていた。

 縋るような表情でマーニャの胸に手を伸ばしてくる。


「うわぁ……」


 感じたのは恐怖ではない。

 それを通り越し、呆れかえっていた。

 冷めた気持ちのまま足に魔力を集めて――蹴り飛ばす。

 

 ダンッ!


 直樹の身体が壁に叩きつけられる。

 壁掛けの絵画が落ち、その頭を直撃した。

 額が割れて血が流れ出す。

 

 マーニャはその姿を見下ろしながら、


「何か用」


 突き放すように問い掛けた。

 眼光は鋭く、視線には殺意すら籠っている。

 

「……その」


 か細い声で直樹が答える。


「ええと」

「はっきり言って」

「水商売を、やめて、ほしかったんだ。この一週間、君のことを見ていたけど、クラブかどこかで働いているんだろう? 自分を安売りしちゃ、だめだ」

「それがどうして寝込みを襲うことにつながるわけ?」

「…………」

「……はぁ」


 黙り込んだ直樹を前に、マーニャはため息を漏らす。


「『ダメ男は、別れた後も相手の女を所有しているつもり』。私の同僚の言葉だけど、ホントその通りね」

「僕は……別れるだなんて一言も聞いてない……」

「さすがにそれは自分勝手じゃない? 『非処女で経産婦とかヒロインとしてアウト』――貴方の言葉よ。月に私を殺させようとしたこと、忘れたの?」

「それは……その、月が、勝手に…………」

「嘘ね」


 短く切り捨てるマーニャ。

 その後、再び溜め息をついて、

 

「……でもまあ、月に頼まれたのは貴方を拘置所から出すことだけ。そのあと一週間も甘やかしてたのは私の責任。自業自得といえば自業自得かしら」


 ままならないものよね、と呟きつつ、マーニャは直樹に手をかざす。

 回復魔法を発動させ、額の傷を塞いだ。


「乗りかかった船ってわけじゃないけど、話くらいは聞いてあげるわ。私も気になってたのよ。

 直樹、結局のところ貴方は何がしたかったの? 何が()()なって、()()なったの?」


 

 ここまでに比べると幾分か優しい声でマーニャは尋ねる。

 

「すこし、長い話になるけれど……」

「明日はオフだし、別にいいわ」

「ろくでもない内容だし、聞くのも辛いかもしれない」

「貴方と過ごした10年に比べれば、どんな苦行だって天国よ」

「……容赦ないな、君は」


 フッ、と笑う直樹。

 マーニャはその頬をバチンと引っ叩いた。


「今更格好つけたって意味ないから。そんなことよりさっさと始めて」

「……ごめんなさい」


 ジンジンと悼む頬を抑えつつ、直樹は少しずつ話し始める。

 

 小学二年生の夏。

 芳人と出会ってから今日までについての、すべてを。


次回、ついに直樹のアレコレが明かされるかもしれない。



予定


72話:直樹くんのこれまで (延々とやるとダレるので短くしたい)

73話:芳人視点の現状

74話:ヒロインたちによる黒獣対策会議

75話:決戦前夜的なイベント

76話~:VS黒獣



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