表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/145

第70話 直樹くん絶対絶命(30分ぶり2かいめ)

6章ラスト

鷹栖文鷹、40話ぶりくらいに登場

 伊城木直樹はすぐに動き始めた。


(あの黒いバケモノは、僕を追いかけてくるかもしれない)


 最悪の想像が頭をよぎる。

 身体が震え、呼吸が早くなる。

 肉体のスペアはいくらでもあるが、そう何度も何度も殺されてはたまったものではない。

 

(何か、手を打たないと……!)


 直樹の行動は早かった。

 幸いここは自分の研究室、必要なものはおおむね揃っている。

 隣には儀式場もあり、そこで何やら作業を始めた。 


 床に魔法陣を描く。

 それは例えるならアンティーク時計の内部構造に似ていた。

 歯車めいた図形が大小噛み合い、全体として複雑怪奇な文様を成している。


「――《時は彷徨のうちに永劫へと至り》《静かな影に抱擁された》」


 唱えるのはただの呪文ではない。

 大いなる力を持った存在――神を讃える祝詞である。


「《総てを超越し》《総てを支配し》《総てを庇護せよ》《我は背徳の権化である》」


 直樹は左手に黒い金属製の祭祀書を抱えていた。

 これは18年前に(ゆえ)から渡されたものだ。

 伊城木家に引き取られる以前、実家の倉で見つけたらしい。


 ここに記された方法で神と交信することにより、直樹は異世界の情報を手に入れてきた。

 しかし、彼がいま望むのは知識ではない。

 力である。


「《依らず頼らず》

 《屍を踏み越え》

 《遠い彼方へと歩み去る者よ》《我に加護を》《授け賜え》」


 それは祭祀書に記された手順通りの儀式だった。

 普段ならばこれで成功していた。

 だというのに、何も起こらない。


 おかしい。

 どこかで間違えたのだろうか。

 直樹は訝しみ、再び最初から儀式をやり直そうとした。


 その時――


「うわっ…………!?」


 とてつもなく大きな揺れが儀式場を襲った。

 天井に亀裂が走ったかと思うと、そのまま瓦礫となって落ちてくる。


「ぅヴァァァァァァァッ!」


 あまりに突然のことであり、直樹は避けることすらできなかった。

 砕けたコンクリート片に両足を潰され挟まれ、激痛に身をよじる。


 何が起こったのかといえば、


「――――――――――――」


 黒獣(よしと)が来たのである。

 上空から衝撃魔法を放ち、鷹栖家の屋敷もろとも儀式場を破壊したのだ。


「うう……」


 埃の立ち込める中、直樹はなんとか我に返る。

 回復魔法を発動させようとして――自分を取り囲む気配に気が付いた。


「君たちは……?」


 その顔ぶれには見覚えがあった。

 どちらかといえば若者よりも中高年、老人が多い。

 彼らはいずれも2年前、直樹と同じ飛行機に乗り合わせていた。

 墜落事故によって全員が死亡……というのは表向きの話。

 乗客は「実験材料」として回収され、一人残らず使い潰されていた。


 そう、誰も生き残ってはいないはずなのだ。

 ならばどうしてここにいるのだろう?


「……? ……?」

「…………………」

「…………?」

「「「「「「「「………ー…!」」」」」」」」

「「「………ー!」」」

 

 死者たちは何事かを呟きながら、ゆっくり直樹へと近づいていった……。






 * *

 



 

 

 飛行機事故の被害者を蘇らせたのは、黒獣ではない。

 なぜなら【眷属召喚】で呼び出せるのは、“彼”を案じる魂のみなのだから。

 とはいえ抜け道などいくらでもある。

 

「……♪ ……♪」


 いま、黒獣のそばにはローブ姿の少女が寄り添っている。

 生前の名はシオン・シフォン、異世界において名の知られた魔法使いである。

 芳人にとっては第二の師というべき存在であり、得意分野は死霊術(ネクロマンシー)

 シオンはそれを行使したのだ。


 死者たちは直樹にばかり殺到したわけではない。


 2年前の事故は、鷹栖家が鴉城家を追い落とすための策略も兼ねていた。

 ゆえに死者たちの敵意は、鷹栖家の血縁者ならびに支持者――“鷹栖派”と呼ばれる一党すべてに向けられる。

 

 この日、不運なことに鷹栖派は本家の屋敷に勢揃いしていた。

 京都で起こった白夜派と朝輝派の衝突と、謎の黒騎士による蹂躙劇。

 これらに関する報告会を開いていたのだ。

 

 屋敷は大混乱に見舞われた。

 腕利きの退魔師が集まっていたものの、ひとり、またひとりと倒れてゆく。

 殺されたわけではない。

 霊力を奪われての昏倒である。


 ただし、飛行機事故に深く関わった者だけは例外だった。

 霊力の“核”を完全に破壊され、退魔師としては再起不能となっている。


「ちぃっ、鴉城家の新しい式神か!?」


 鷹栖家の長男、鷹栖(たかす)文鷹(ふみたか)は奮戦していた。

 さすが国内有数の実力者というべきか、死者の軍勢に呑み込まれることもない。

 

「……我が生きていれば鷹栖派は再起できる。ここは逃げの一手だな」


 すぐさまそう判断すると、屋敷の出口に向けて移動を開始した。

 彼の実力ならば脱出は容易だっただろう。


 だが、


「――――――――――――!」


 その眼前に鋼鉄の黒獣が立ちはだかる。

 “彼”にとって、鷹栖文鷹は「身内に手を出した敵」である。

 相鳥静玖に望まぬ婚姻を押し付けるばかりか、裏から手を回して誘拐まで企てた。

 ならばこそ見逃せる相手ではなく、みずから手を下すことにしたのだろう。


「なるほど、なかなかの強さのようだ」


 ニヤリと笑う文鷹。


「ならば我の本気を見せてやろう! 退魔の真髄はこの身にあると知れ!」


 そして、服を脱ぎ捨てる。

 露わになるのは鍛え抜かれた裸体、ではない。

 全身にびっしりと呪符が貼り付いていた。

 総数は一千を越え、複数の術式が絡み合うことで文鷹の肉体を「退魔兵器」と呼ぶべき域にまで強化せしめていた。

 並の悪霊であれば指先ひとつで消し飛ばせるだろう。

 

 ちなみに服を脱ぐ意味はあまりない。

 見せつけることで威圧にはなる……だろうか。

 鷹栖家長男の隠された性癖はともかくとして、


「王の力に戦慄するがいい!」


 放たれたのは稲妻を纏った強烈なストレート。

 それは黒獣の顔に直撃したものの、まったくと言っていいほど効いていなかった。


「――?」


 黒獣は微動だにしていない。

 逆に、文鷹といえば、


「ぐッ、ァァッ……!」


 殴りつけた反動で拳が砕けていた。 

 苦悶に顔を歪め、両目に涙を浮かべている。


「……《$-:'; `;'(Tempus)》・《&*^=#(Jucunda):%;/(est)_"*^=(memoria)%$-;>(praete);^=!(riorum)^%=#=:'(malorum)》」


 詠唱。

 それは黒獣の口から漏れたものである。

 どこか困ったような表情を浮かべていた。

 魔法が発動し、文鷹の拳が癒えてゆく。


「くっ、王者たる我に情けをかけるだと……! 見下すなよこのバケモノがッ!」


 二度目の攻撃。

 再び殴りつけ、再び拳が砕ける。

 黒獣は《時間術式》めいた力で文鷹の負傷を元通りにすると、期待外れと言わんばかりの調子で去っていった。


「待てッ! 貴様ァ!」


 叫ぶ文鷹。

 だが心はすでに折れていた。

 三度目の攻撃を仕掛けることができず、その場に立ち尽くすのみ。


 ……その隙を、死者たちが見逃すはずもなかった。






 * *

 





 伊城木直樹は意識を取り戻した。

 

「生きてる……うん、僕はまだ生きてる」


 歯の根がカチカチと震えている。

 2つ目の肉体は死者のいいようにされた挙句、バラバラに引き裂かれた。

 いまはこうして別のスペアに逃げ込んだものの、恐怖はまだ収まらない。


「来る、あいつは絶対に、来る……」


 二度目があるなら三度目は必然。

 黒獣は必ず追いかけてくるだろう。

 

 ここは伊城木直樹の生家である。

 今はもう誰も住んでいないが、その一室にクローン体を隠していたのだ。


「何者なんだ、あの怪物は……」


 答えの返ってくるはずのない問い。

 しかし、


「教えて差し上げましょうか?」


 いつの間に現れたのだろう。

 直樹のすぐそばに、和装の美女が立っていた。

 

(ゆえ)、どうして、ここに……?」

「そんなことは些細な問題でしょう。オフ会の途中ですけれど、あんまりにも面白そう……いえ、お義兄(にい)さまが心配で駆けつけてきましたの」


 くつくつと笑う月。

 直樹はひどく冷たい予感を覚え、ゆっくりと後ずさっていた。


「黒獣の正体をお話しするのも一興ですが……ええ、これは後の楽しみに取っておきましょう。

 お義兄さまは追い込まれて本領を発揮するタイプですもの。まだまだ熟成(ぜつぼう)が足りませんわ。

 だから、そう――」


 いつの間にか(ゆえ)の手には斧が握られていた。

 高く振り上げる。

 

「ひっ、や、や、やめろ、(ゆえ)! 何を考えてるんだ!?」


 直樹は逃げようとした。

 腰が抜けていたので、這うようにして距離を取ろうとした。

 だができなかった。

 月の影から無数の手が伸び、直樹の身体を絡めとっていた。


「最近はお義兄さまを殺すのがブームのようですし、わたくしも乗ってみようかと。

 17年前、()()()()()()()()()()わたくしに何をしたか――まさかお忘れではないでしょう?」

「それ、は……」

「謝れとも言いません。償えとも言いません。お義兄さまに穢されて命を絶ったあの子(わたくし)の、悲しい無念を晴らさせてくださいな」


 断罪の斧が垂直に落ちる。

 骨の砕ける鈍い音が響いた。

 何度も、何度も。

 繰り返し。





 * *






「これで伊城木月の復讐は成った、ということにしておきましょう。

 お礼と言っては何ですが、しばらく黒獣の目を晦ませて差し上げますわ」




 


 * *



  


 そうして、別の場所で直樹は目覚める。


「ひ、ひぃっ! あっ、わ、わわわっ!」

 

 彼は錯乱状態にあった。

 無理もあるまい。

 こんな短時間で三度も肉体の死を経験したのだ。

 正気を保てる者がいるとすれば、それは極まった狂人だけであろう。


「こ、こ、殺されるッ! 死にたくない! もう死にたくない……ッ!」


 彼が寝かされていたのは手狭なマンションの一室であった。

 ベッドやテーブルといった生活用品がひととおり揃っていたが、こんなところにスペアを置いた覚えはない。

 それがさらに直樹の戸惑いを加速させる。


「に、に、逃げる、逃げないと、逃げないと!」


 転がるようにして玄関へを走る。

 そこに、


『わたくしからのサービスですわ。実はその部屋、隣にマーニャさんが住んでますの。怖いのでしたら泣きついてみてはいかがかしら』


 月からの念話(テレパス)が届く。

 だが直樹はそれを理解できなかった。

 思考能力はマヒしており、頭に入ったのは『隣』『泣きつく』という単語のみ。

 マーニャなら死んだはずだ、という疑問すら浮かばない。


 ドアを開けて外に飛び出した。

 奇しくも左隣の部屋から、ピンク色のドレスを纏った人物が出てきたところであり、


「た、助けて! 助けてくれっ! 頼む、頼む、頼む……ッ!」


 直樹は恥も外聞もなく縋りついた。

 泣いて、喚いた。






 ――10分後。



 



 伊城木直樹は警察に逮捕された。

 実のところマーニャが住んでいるのは右隣。

 左はまったく関係のない人間だったのだ。


 ちなみに名前は郷原勇実、近所の一風変わったバーで働く35歳の()()である。


とある部分の会話 (翻訳)



「処す? 処す?」

「処しちゃおうぜ」

「皆はどう?」

「「「「「「「「異議なーし!」」」」」」」」

「「「ヒャッハー!」」」




次は幕間、タイトルは『Rtボロルル砦の退き口(後編)』の予定。

わりと希望のある明るい話です。ほんとだよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ピンクの服着たおっさんではなく抱き着いたおっさんのほうが捕まるとは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ