第68話 カードゲームのフレーバーテキストって面白いよね
シリアス回。
黒鎧の獣を愛おしげに抱きしめる眷属たち。
「……っ」
その光景を前にして、未亜は言語化しがたい苛立ちを覚えていた。
とはいえ最低限の冷静さは保っており、感情のままに飛び出していくようなことはなかった。
自らは後方に控え、戦況の把握に努める。
「うおおおおっ! オレの髪技を見せてやるぜ!」
最前線に辿り着いた001“ (元) ハゲ”が、そのロングヘア―を振り回す。
実のところ彼の頭髪は天然モノではない。
一本一本が触手であり、その身は綾乃の眷属として作り変えられていた。
「食らえ! ロンゲバケーション!」
まるでメリーゴーラウンドのようにグルングルンと首を振り回す001。
髪がまるで鞭のようにしなり、敵を打擲せんと襲い掛かるが、
「ああっ、オレの髪がカミングアウト! というかカットアウト!」
届かない。
無数の断片に切り刻まれ、パラパラと地面に落ちる。
それを為したのは、獣の眷属のひとり。
「……、…………」
何事か呟いているようだが、およそ人間の耳で認識できるような言語ではなかった。
姿も曖昧だ。
全身が黒く塗りつぶされている。
かろうじて輪郭から分かるのは、エプロンドレスを着ていることくらい。
両手には偃月刀を握っている。
これで001の髪を断ったのだろう。
「――【鑑定】」
未亜は己の記憶を探りながらスキルを発動させる。
前世、あちらの世界で芳人が関わった女はすべて把握済。
メイド服で偃月刀といえば、おそらくボロルル砦の――
[名称] フィリシエラ・バスタス
[性別] 女性
[種族] 邪神・眷属
[年齢] 不明
[称号]
【時間への供物】
“彼”が《時間術式》を手にしたのは、フィリシエラの死がきっかけである。
[ステータス]
レベル 74
攻撃力 215 (+1000)
防御力 198 (+1000)
生命力 206 (+1000)
魔力 189 (+1000)
精神力 156 (+1000)
敏捷性 256 (+1000)
[アビリティ]
【眷属:“彼”】
フィリシエラは死してなお“彼”を守護する者の一人である。
“彼” が神域に達した際、フィリシエラの存在も昇華された。
全ステータスに大幅補正。
アビリティ【輪廻不変】付与
【輪廻不変】
フィリシエラは決して消滅することはない。
肉体が破壊されれば“彼”のもとへ戻るだけである。
[スキル]
【鑑定】
正気を失っているためこのスキルは封印されている。
[状態異常]
【狂える守護者】
“彼”が理性を失っているため、眷属たるフィリシエラも同様の状態に陥っている。
その行動原理はただ一点、「私の死に涙してくれた優しい“彼”」の守護に集約される。
ああ、予想通り。
フィリシエラが芳人と関わったのは、たしか、“ボロルル砦の退き口”と呼ばれる戦いだ。
砦から撤退する途中、彼女はトラブルに見舞われて味方から孤立。壮絶な戦死を遂げている。
芳人はフィリシエラの救出を最優先に動いていたものの、ギリギリのところで間に合っていない。
魔王軍四天王の一角、“銀色の騎士”に足止めされたせいだった。
他の眷属も似たようなものだ。
いずれも芳人と浅からぬ繋がりを持ち、非業の死を遂げた者ばかり。
それが黒獣を護っている。
いや、本当に守っているのだろうか。
未亜からすれば、怨霊どもが芳人を逃がすまいと足を引いているようにしか見えない。
「……落ち着け、落ち着きなさい、あたし」
両手の拳をかたく握りしめる。
爪が掌に食い込み、じんわりと血を滲ませた。
本当ならいますぐ駆け出して、兄に纏わりつく眷属どもを消し飛ばしたい。
だがそれを実行したところで何になる。
兄が過去から解放されるわけでもなく、眷属どもは【輪廻不変】で蘇るだけ。
「考えなきゃ。今、本当は何をするべきかを」
己にそう言い聞かせる未亜。
だが実際のところ、彼女の自制はすでに限界を迎えつつあり、
「――《加速術式》ッ!」
およそ十七秒の後、無謀ともいえる突撃を敢行していた。
原因は、ひとりの眷属。
黒獣の胸にしなだれかかり、その頬にくちづけを落とす。
それが何者かと言えば。
[名称] アリシア・エル・ハイリア
[性別] 女性
[種族] 邪神・眷属
[年齢] 不明
[称号] 【元ハイリア皇国第二皇女】【“彼”の起源】
[ステータス]
レベル 15
攻撃力 41 (+1000)
防御力 23 (+1000)
生命力 33 (+1000)
魔力 120 (+1000)
精神力 211 (+1000)
敏捷性 45 (+1000)
[アビリティ]
【眷属:“彼”】
アリシアは死してなお“彼”を守護する者の一人である。
“彼” が神域に達した際、アリシアの存在も昇華された。
全ステータスに大幅補正。
アビリティ【輪廻不変】付与
【輪廻不変】
アリシアは決して消滅することはない。
肉体が破壊されれば“彼”のもとへ戻るだけである。
【永劫誓約】
アリシアはかつて“彼”にこう命じた。
「生きるために必要なことを、あらゆる手段でもって実行しなさい」
アリシアは最期にこう言い残した。
「生きて、生き続けてください」
それゆえ“彼”は不死不滅の存在となった。
アリシアを眷属として持つ限り、“彼”は永遠に生き続けるだろう。
たとえ宇宙からあらゆる命が消え失せたとしても。
[スキル]
【精神干渉】
ハイリア皇家のなかでもアリシアだけが扱える魔法。
彼女自身はこの力を嫌っており、現在は封印されている。
【献身】
“彼”を対象とする攻撃を、すべて自分へと引き付ける。
“彼”は強い。何事があろうと無傷のまま立っているだろう。
だがそんなことはアリシアにとってどうでもいい。
【積み上げた屍に恥じぬ己となれ】
逃亡生活のなか、“彼”と2人で過ごすうちに生まれた信条。
“彼”の敵を倒すたびにステータスに補正。
[状態異常]
【狂える守護者】
“彼”が理性を失っているため、眷属たるアリシアも同様の状態に陥っている。
その行動原理はただ一点、“彼”への愛情に集約される。
芳人が異世界ではじめて失った女性。
そしておそらくは、彼がこうなってしまった起源。
未亜にとってアリシアの存在は、到底許容できるものではなかった。
* *
他方、真月綾乃は一歩引いた視点から状況を俯瞰していた。
むしろ俯瞰するしかなかった。
なにせ力のほとんどを未亜に奪われているのだ。
できるのはせいぜい2つ。
見ること。
考えること。
(未亜ちゃんは頭が沸騰しちゃってるし、その分、私がちゃんとしないと)
邪神とは思えない気遣いぶりだが、これも人間として転生したおかげであろうか。
現在、未亜は後先を考えない猛攻を繰り返している。
《我が氷槍は星霜永劫の彫像である》の連打。
これによって戦線を押し上げてはいるものの、次の一手はどうするつもりなのか。
《我が氷棘は絢爛無動の縛鎖である》でも 《我が氷星は天墜奈落の鉄槌である》でも、黒獣の指先ひとつ凍らせることはできなかったのだ。
ならば他のアプローチを考えるべきであり、綾乃自身、先程から何度となく芳人に念話を送っていた。
だが、
(回線がつながらない……?)
芳人は外部からの干渉を完全にカットしていた。
これでは説得も何もあったものではない。
他の手段はないかと思い悩み、その矢先、
「…………、……!」
「邪魔をするな! 私の兄さんを返せ、この亡霊!」
未亜の頬を白刃がかすめていた。
その身体に同化している綾乃も、一瞬、ヒヤッとした心地を味わうことになる。
(あれ、この人って……?)
次に感じたのは戸惑い。
相対している眷属の姿に見覚えがあった。
直接会ったことはないが、以前、真月家の密偵に調べさせたことがある。
確か、直樹の愛人のひとり――鴉城深夜。
彼女がどうして芳人の眷属となっているのか。
残念ながら綾乃はその理由を察するのに必要な情報を持っていない。
内心で首をひねった次の瞬間、
「《久遠術式》・《我が氷爪は四十万九十九の死線である》!」
未亜の放った氷魔法が、深夜の身体をバラバラに引き裂こうとした。
だが、
「《$-:'; `;'》・《*^\"%/_":!'=-;^=^'^\'*;"'^=%:":@'%》」
それまで茫然と立ち尽くしていたはずの黒獣が、動いた。
《時間術式》と思しき力を発動させると、一瞬にして未亜と深夜の間に割り込んでいた。
放たれるのは極大の殺気。
自分の女に手を出すならば容赦しない。
無言のうちにそう告げる。
「――――――!」
咆哮とともに振り下ろされる鉤爪。
未亜はそれを避けなかった。避けられなかった。
「うそでしょ、兄さん……」
戦意が挫けていた。
心の片隅ではまだ芳人のことを信じていたのだ。
自分は前世において、ほんのわずかな間だが彼と恋人だった。
そんなあたしを傷つけるわけがない、と。
だが淡い期待は裏切られた。
兄はこちらを殺そうとしている。
絶望の中、未亜はただぼんやりと己に迫る死の運命を眺めている。
そんな彼女を救ったのは、
『しっかりしてよ、未亜ちゃん……ッ!』
綾乃であった。
身体のコントロールを奪い取っての回避を試みた、わけではない。
たとえそうしていても間に合わなかっただろう。
行ったのは、分離。
己と未亜の同化を解除したのだ。
敵を前にして武器を投げ捨てるような暴挙。
しかし結果は綾乃の考えたとおり。
ギリギリのところで黒獣の鉤爪は止まっていた。
未亜も綾乃も、とても立ってはいられなかった。
二人してその場にへたりこんでしまう。
「あはは、うん、予想通り、かな……」
震える声で呟く綾乃。
「私と未亜ちゃんが一心同体になってたのがよくなかったんだよ。……だってそれ、前世と同じシチュエーションだもん」
黒獣を動かしているのは、かつて人間であった頃の嘆き。
つまりは過去に捕らわれている。
そんな彼の前に、「吉良沢未亜と真月綾乃の融合した存在」が現れればどうなるか。
決まっている。
敵と誤認して排除にかかるだろう。
ゆえにこその武装解除。
(私はともかく、未亜ちゃんは芳人くんにとって守るべき相手だから)
はっきりいって一世一代の大博打だったが、どうやら運命はこちらに味方したらしい。
黒獣は動かない。
どこか困っているかのような様子である。
やがて天を仰ぐと
「……スイ、カ」
だしぬけにそんなことを呟き、どこかへと飛び去った。
いつのまにか他の眷属たちも消えていた。
* *
ところ変わって岐阜県の山中。
森の奥には猫又たちの住む里がある。
「……真姫奈たちも陽動なんだけど、きっと芳人は気づいていないだろうね」
草木を掻き分けながら進むのは、伊城木直樹。
ちなみに彼はクローンたちの動きについてまったく把握していない。すべては月が秘密裏に行ったことである。
「水華に会うのも5年ぶりかな。彼女を人質に取れば、いくら芳人でも従わざるを得ないだろうさ」
直樹はひとりほくそ笑む。
背後に恐るべき獣が迫っていることなど、知る由もない。
直樹くんはこの先生きのこることができるのか。 (配点:命)
次回はトムとジェリー風味でライトにお送りします。……ほんとだよ?




