第67話 神とは人間でいられなかった敗者の末路である。
シリアス回だよ、ほんとだよ。
伊城木芳人の戦績を辿る。
006“水着スライム”と交戦、これを一時退ける。
008“かわいぞう”と交戦、無力化後、自らの影に取り込む。
003“大鉄塊剣”と交戦、《三世因果》の発動により勝利。
その後は002“シリアルキラー”、004“実況主”を立て続けに撃破するも、
「おまえを内側から乗っ取って、コマネチと新体操のハイブリッド、スク水ダンスを女たちの前で踊らせてやるでスク!」
復活した006“水着スライム”により侵蝕を受ける。
その結果として起こったのは、
「スクッ!?」
《無貌の泥》の、暴走。
もう少し具体的に説明しよう。
このとき芳人は《三世因果》の発動下にあり、過去・未来の自分から必死に魔力を掻き集めていた。
だが本来これは神域の業とでも呼ぶべきもの、ヒトの身で御しきれるわけがない。
ほんの少しの変化でも安定を失うには十分だった。
かくして芳人は繋がってしまう。
己が辿り着くかもしれない未来のひとつ。
その情報が流れ込み、《無貌の泥》を染め上げた。
「――――――――――!」
咆哮とともに変化が起こる。
黒い騎士から、黒い獣へと。
全身が何倍にも膨れ上がり、鋭い牙と鉤爪が伸びる。
あたりに漂うのは紅の燐光。
高濃度の魔力が霧のように獣を包んでいた。
「なっ、何が……何が起こってるんでスクッ!」
006は混乱していた。
芳人の身体から弾き出されたかと思うと、目の前では正体不明のバケモノが雄叫びを挙げていたのだから。
獣の戦闘能力はあまりに圧倒的だった。
この場に居合わせた他2体のクローンは、いずれも呆気ない最期を遂げている。
005“嗜虐少年”は、鉤爪の一撃によって肉塊と化した。
そればかりか鉤爪を振り下ろしたことで衝撃波が生まれ、007“触手”はズタズタに切り裂かれていた。
残ったのは006のみ。
「じゃ、じゃ、邪魔でスクッ! ひいいいっ!」
もはや月から下された命令など頭になかった。
生存本能に駆られるまま、ひたすらに逃走する。
その先で玲於奈たちと出くわし、静玖を人質に取ろうとするも――失敗。
二度と蘇ることのない死の深淵へと投げ込まれた。
* *
006を絶命させた後、獣は玲於奈らの前から飛び去った。
そのまま行方を晦ます……かに見えたが、しかし、
「……兄さん?」
吉良沢未亜の前に姿を表した。
だがそれは、彼女の身を案じて駆け付けた、という様子ではなく、
「《$-:'; `;''》・《:*:`;:^ ;=:*-^~/;;:》」
砂嵐のような声で呟くと、両腕に炎を纏って躍りかかった。
* *
未亜の判断は早かった。
「《久遠術式》・《我が氷槍は星霜永劫の彫像である》」
一撃必殺の魔槍を召喚し、獣に向けて投げ放つ。
『未亜ちゃん、あれは芳人くんなんだよ!?』
『知ってる。《時間術式》だか《無貌の泥》だかが暴走してるんでしょ』
未亜はそう答えつつも攻撃の手を緩めない。
数百を越える《氷槍》を精製し、徹底的な集中砲火を続けている。
さながら氷の流星群というべき光景であり、その余波によって一帯は氷河期のような様相に変わり果てていた。
『大丈夫、兄さんならこの程度で死ぬわけがないもの。
とりあえず凍らせて動きを止めないと、説得する前にこっちが殺されるよ』
『でも……』
『綾乃の気持ちは分かるけど、ここは私に任せて』
それは決して無責任な請け合いではない。
未亜はその前世において何度も芳人と鉾を交えており、経験値としては圧倒的に綾乃を上回っているのだ。
尤も、
――あたしがいちばん兄さんを理解しているんだから。
という自負も多分に含まれているのだが、ともあれ、未亜は容赦のない追撃を繰り返していた。
「《久遠術式》・《我が氷棘は絢爛無動の縛鎖である》」
続く魔法は拘束のためのもの。
氷の棘が何十と飛び出し、対象を縛り上げようとする。
一本一本が魔竜すらも骨折に至らしめるほどの剛力を有していた。
「《久遠術式》・《我が氷星は天堕奈落の鉄槌である》!」
最後は吉良沢未亜にとっての切り札。
巨大な氷塊を生み出し、その質量と衝撃で敵を打倒する。
シンプルであるがゆえの絶対性。
抗うことのできない破壊力が顕現する
『やった……かな』
『綾乃、そういうこと言わないで』
未亜自身、この程度で芳人を倒せるとは思っていない。
行動不能に追い込めれば御の字だが、現実的には手足の動きを鈍らせた程度だろう。
ならばここからが正念場。
第2ラウンドの開始だ。
「――行け、眷属たち」
号令に応えたのは、背後に控える総数二千の怪物たち。
唸り声とともに触手を激しくくねらせ、氷塵と白煙が漂う中を疾走する。
「あ、あのっ、未亜様……」
だがそれに従わなかった者もいる。
001“ (元) ハゲ”である。
「なんだかすごーく嫌な予感がするので、おそばで護衛をさせていただいてもよろしいでしょうか……」
「ほう」
刃のように鋭い視線を送る未亜。
「不要だ。行け」
「いえ、その、別に命が惜しいとかじゃなくってですね、ワタクシは未亜様のことを心から案じて――」
「貴様は私に二度同じことを言わせるのか? 行け。さもなくばその髪をすべて引き抜く」
「ひ、ひいいいいっ! わ、分かりました! だから髪だけは、髪だけは勘弁してくださいっ!」
せっかく艶やかな髪を手に入れたというのに、それを失っては意味がない。
001は初期のクローンであり、価値観の形成において大きな誤謬を孕んでいた。
彼にとって髪は命と等価。
ゆえに髪を失うよりはマシと考え、大慌てで怪物たちの後を追う。
地面に散らばるのは砕け散った氷。
あたりには靄のように水蒸気が立ち込めている。
その向こうで001が目にしたのは、地獄絵図だった。
「どう、なってるんだよ。これ……」
無傷のまま大地に立つ黒獣。
その周囲では、次々に眷属たちが断末魔の悲鳴を上げていた。
まるでマンドラゴラじみた、魂を削る絶叫。
001の足は竦んでいた。
前に進むことができない。
刻一刻と消滅していく眷属たち。
ただ、獣は指一本として動かしていない。
無言不動のままである。
ならば魔法か何かを使っているのだろうか。
答えは否。
獣の足元に影が広がっていた。
いや、影というには闇が濃すぎる。
もはや深淵と呼ぶべきであろう。
そこから毎秒ごとに何かが這い出してくる。
黒く塗りつぶされた人影。
それは確かな実体を有しており、ある者は獣を守るように立ち塞がり、ある者は獣を慈しむように抱きしめていた。
いずれも身体のラインは曲線的で、女性めいた印象である。
――死者の軍勢。
001の心中に、ふと、そんな言葉が浮かんだ。
「……ふざけるなよ」
ギリ、と。
未亜は奥歯を噛みしめる。
眷属たちと視界を共有することにより、現状、何が起こっているかを把握していた。
そのまま彼らの目を通して【鑑定】を発動させる。
[名称] 言語化不能
[性別] 男性
[種族] 邪神
[年齢] 約56億
[権能]【時間】【永劫】【虚影】【超越】【支配】【庇護】【背徳】
[ステータス]
レベル 不明
攻撃力 0 or ∞
防御力 0 or ∞
生命力 0 or ∞
魔力 0 or ∞
精神力 0 or ∞
敏捷性 0 or ∞
[アビリティ]
【三世因果】
彼がかつて人間であった頃に使っていた魔法。
神域に至った際、アビリティへと昇華された。
時間軸を無視した魔力運用を可能とする。
【逆針不滅】
彼は決して滅びることはない。
致命傷を負おうとも、己の時間を巻き戻して蘇生する。
【無貌無名】
解析不能
【此岸常世】
解析不能
[スキル]
【眷属召喚】
死してなお彼を案じる魂に肉体を与える。
これら眷属はいずれも自由意思を持つ。
【浄華灼滅】
彼がかつて人間であった頃に得意としていた魔法。
その炎に触れた者は「世界の記憶」というべきものから抹消される。
【精神干渉】
彼がかつて人間であった頃に多様していた魔法。
彼自身はこの魔法を忌み嫌っていたため、本スキルは封印されている。
【時間移動】
屍山血河の果てに至った彼の真髄。
取り零してしまった命を拾い上げるための荒唐無稽。
しかし過去を変えたところで、別の分岐世界が生まれるのみ。
彼の歩んできた歴史は変わらず、「救いたかった彼/彼女」には届かない。
[状態異常]
【狂える稀神】
永劫ともいえる時間の果てにこの神は理性を失っている。
行動原理めいたものを見出すとすれば、かつて人間であったころの嘆きであろう。




