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第66話 書籍化されるしそろそろ主人公の本音を晒す

 予定変更。

 嘘偽りのない芳人の内心パート。

 時系列としては暴走直前くらい。

 伊城木芳人は胸の内を容易に明かせない。

 彼の語る言葉を決して信じるべきではない。


 ゆえにここでは彼に代わってその心情を語ることとする。


 芳人が異世界で為した事跡は数多い。

 人類の劣勢を覆し、魔族との戦いを終わらせた。

 背後で糸を引く暗黒教団を壊滅に追い込み、復活した邪神すらも打ち倒した。


 ゆえに人々は彼を賞賛する。


『召喚されたのが彼でよかった』

『勇者が彼でなければ、いまごろこの世界はどうなっていたことか』

『その行いはまさに英雄に相応しい、ああ、煌めく栄光よ永遠なれ』

 

 誰もが“勇者ヨシト”を手放しで祝福し、又聞きのエピソードからその人物像を思い描く。


『ヨシトははじめ、皇帝暗殺の濡れ衣を掛けられていたらしい』

『追われる身でありながら、ひとり魔王軍に戦いを挑んだのだ。きっと勇気ある人物なのだろう』


『ボロルル砦の退き口では親友のマルライト王を助けるため、たったひとりで数万の大軍を押し返した』

『天下無双の実力に、死も恐れぬ豪胆さ。すべての男子は彼を見習うべきだ』


『最後の決戦では、邪神を封じるために自らの命を投げ出したという。

 ……は?

 “帰還の宝玉”を宿に忘れて、そのせいで逃げられなかった?

 馬鹿を言うんじゃない。どうせヨシト殿に嫉妬する有象無象のゴシップに決まってる』


『そうだそうだ。もしヨシト殿に何か理由があるとすれば、きっと、ミーア様のためだな。

 あの二人、敵味方ながら恋仲だったって噂だぜ。

 来世なんてものがあるとしたら、そこで幸せになってほしいもんだ』


 人々の口を経るごとに、“勇者ヨシト”の虚像は膨れ上がっていく。

 常勝不敗、向かうところ敵なしの大英雄。

 誰もがそんな姿をイメージしていた。




 だが、芳人自身は全くそう思っていない。

 己の風評を耳にしたなら、内心でこう呟くだろう。


「冗談も大概にしてくれ。俺はこの世界に召喚された時から、ずっと、ずっと、負けっぱなしだよ」


 それは、誰にも話さなかった彼の本音のひとつ。


「護れなかったんだ。誰も、何も、全部」


 幾千幾万の命を救った?

 だからなんだ。

 心を繋いだ友、尊敬すべき先達、愛しい女性――。

 大切に想う相手は、みんなこの手から零れ落ちて行った。

 

 後悔はある。

 己の不甲斐なさを嘆き、夜も寝られぬほどに思い悩んだ。

 自ら命を絶とうとしたことも、決して一度や二度の話ではない。


「本当はずっと逃げたかった」


 自分はつい先日まで日本でのほほんと暮らしていた高校生なのだ。

 いきなり超絶の力(チート)を手渡されたって、上手に戦えるわけがない。


 そっちの世界の事情なんて知ったことかと言い放ち、すべてを放り出してのお気楽(やれやれ)スローライフ。

 ああ、確かに憧れる。


 だが芳人にはそれができない。

 勇者たる自分が姿を消せば、早晩、戦線は崩壊する。

 何十万、何百万の命が失われるだろう。

 それを平然と受け流せるほど、伊城木芳人は腐っていない。


 なにより、


「逃げるのは、死者への冒涜だ」


 護れなかった命のためにも、その失敗をバネに進まねばならない。

 奪ってきた命のためにも、己は歩みを止めてはならない。


 過去に縛られるな。

 過去を振り返るな。

 過去は燃料だ。

 現在(いま)の己に炎を灯し、未来を照らせ。


 ――数え切れないほどの屍を積み重ねてきたのだから、それに相応しい結果が必要だ。


 伊城木芳人の行動原理は、極論、ここに集約される。

 前向きでありながら後向き。

 過去に捕らわれまいとして、かえって過去に捕らわれている。


 そんな彼にとって、前世における最期は救いそのものだった。


 人族と魔族のあいだに和平を成立させ、黒幕たる邪神も打ち滅ぼした。

 世界には平穏が訪れ、しかし己は崩壊する遺跡の下敷き。

 

 ああ、最高の結末だ。

 死者に誇れる成果を残せた上、()()()()()()()()()()()()()()

 栄光なんていらない。

 きっと自分はその罪悪感に耐えられないだろう。

 やがて無様に自殺するのが分かりきっているから、それなら、いま死ぬほうがずっとマシだ。


 こうして芳人は瓦礫に潰され――

 だが、


「邪神を倒してくれたヨシトくんには! 人生をもう一回分プレゼントしちゃいます!」


 思いがけぬ運命。

 女神アルカパの手により、現代日本へと生まれ変わって帰還することになった。


 彼女としてはきっと親切のつもりなのだろう。

 だから必死で――こっそり自分自身を《精神操作(マインドハック)》してまでも――喜ぶフリをしてみせた。

 内心は、ただただ、混乱。

 第二の生。

 それは過去を忘れて生きろという赦しなのか、過去を償いきれていないがための罰なのか。

 答えを出せないまま、伊城木芳人として生を享ける。






 * *






 ……それからいくつもの出会いがあった。



『いつか名実ともに芳人様のものになれる日を楽しみに待っております』


 俺の母親代わり、猫又の水華(すいか)さん。

 少々斜め上に空回りすることもあったが、一心に愛情を向けてくれた女性。

 

 大切だと思った。

 守りたいと思った。

 

 そんな相手を前世のように失うのが嫌で、怖くて、オヤジから契約を奪い取った。


『 ちゃんと! あたしのことを! 好きになって! それから告白してよ!』


 前世からの縁もある義理の妹、吉良沢未亜。

 最終決戦で彼女を手に掛けたことはずっと悔やんでいて、だから生まれ変わっていたのは素直に嬉しかった。


『好きです、大好きです、愛しています。……わたしの恋人に、なってください』


 相鳥静玖。

 もう正直に認めよう。

 俺は彼女のことが好きだ。大好きだ。愛している。

 そうでなければ誘拐事件のあとも延々と気にかけたりしない。

 毎晩のように念話(テレパス)を交わす時間はなによりも甘いものだった。


 けれど告白を断ったのは、静玖のためであり――それ以上に、自分勝手な理由のせい。


 死者たちへの裏切りになるのではないか、と感じた。

 アリシア、師匠、フィリシエラ……そのほかたくさんの、心を通い合わせた女性たち。

 彼女らをひとりとして幸せにできなかった自分が、誰か一人と添い遂げることなど許されるのだろうか?


 その臆病さゆえに、尻込みしてしまった。

 断ってしまった。


『ふっ、回想シーンだからといってセリフを使いまわすのは感心しませんね』


 なんだこいつ。


『さあさあ、芳くんにとってのメインヒロイン……はミアミアか静ぽんに譲るとして、トゥルーヒロインたる私への愛を語りまくってください』


 ええと。

 コホン。

 神薙玲於奈。

 人間としては破綻しまくってるし、思考回路は常時ショートみたいなやつだが、そのテンションは嫌いじゃない。

 妙にウマが合うというか、目と目で通じ合う感覚も心地いい。

 話してても楽しいしな。

 気が多い浮気者と言われればそれまでなんだが、恋愛感情めいたものを持っていないわけじゃない。

 

 それにさ。

 真月綾乃の誘拐事件の時、俺はこいつに《浄華灼滅》をブチこんだ。全力で。

 本来なら不死者であろうと問答無用で殺せるはずの魔法。

 けれど玲於奈はそれに耐えきった。蘇った。

 あのときは敵だったけど、嬉しかったよ。

 

 これで死なないなら、きっと、何があっても生きててくれる、ってな。

 だから、うん。

 普段なら絶対に言わないが、玲於奈は俺にとって救いなんだ。

 

『フォアグラって呼ぶのはやめてね』


 元邪神、真月綾乃。

 なんとなく昔の未亜に近い雰囲気なのは、俺の勘違いだろうか。

 

 たぶんこういう人柄を指してヤンデレと呼ぶのだろうが、まあこのくらいは前世で慣れっこだ。

 ちょっと愛情が重いくらい可愛いもんだろう。


 他にも、大切な相手はたくさんいる。

 フィリスイリス、真姫奈、こうすけ、修二さん、夕子さん――。


 今までたくさんの人を失ってきた。

 ()()()()()()()()()()()()()も、これ以上は失いたくないと思う。






 * *






 だからこそ、ここは伊城木芳人にとっての死地であった。


 山中で行方不明になった少女。

 それを探し回る数多くの敵。


 芳人は思い出さずにいられない。

 ボロルル砦の退き口と呼ばれる戦い。

 細かな違いはあるが、状況は今とひどく似通っている。


 ゆえにこそ焦燥に駆られる。

 過去を繰り返してなるものか。

 でなければ死んでいった彼女らに申し訳が立たない。



 

 乱れる意識をギリギリで繋ぎ止め、必死に魔力を掻き集める。

 今の自分で足りないのなら、過去や未来から奪い取る。


 これが人の身に余る所業なの分かっていた。

 だが、それがどうした。

 未亜たちを助け出せるなら、自分ごとき、どうなったって構わない。


 



 もし願いが叶うなら。

 未亜と綾乃だけじゃなくって、今まで取り零してきた全員を救いたいよ。




 本作が書籍化されます。

 これもみなさんの応援のおかげですね……! ありがとうございます。

 なんとか2巻、3巻と続けてヨシトクローンズを世に広めたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

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