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第65話 将来の夢を語ったら、語っただけで満足してしまう症候群

未亜視点と綾乃視点がちょこちょこ入れ替わります。


余談ですがブリューナクって、「架空の架空武器」らしいですね。

詳しくはググるといいかも。

 011は体内に「人皮で装丁された魔術書」を宿している。

 それは単純に魔力容量を底上げするだけでなく、彼に、ある特殊な能力を与えていた。


 人皮で装丁されている――人の皮を被っている。


 ならばそれを脱ぎ捨てたならば?


 古来より蛇の脱皮は不老不死のメタファー(隠喩)とされてきた。

 傷ついた身体を捨て去り新生を果たす。

 これを繰り返せば永遠の命を保てるのではないか、と。


「……まだだ」


 呟きとともに、黒焦げの皮膚がボロボロと砕けて落ちた。

 その下から現れたのは、傷ひとつない新たな身体。

 ここに011は復活を果たす。

 

「何者か知らないが、オレを殺せると思うなよ」

「そんなことは百も承知だ」


 吉良沢未亜は微塵も動揺していない。

 すでにクローンたちの情報は001からすべて聞き出していた。


「《風刃術式(ウィンドリィ)》・《我が剣は(実験)疾駆怒涛の処断(その)である()》」


 彼女の詠唱に応え、風が渦巻く。

 真空の刃が四方八方から011を襲い、その首を、腕を、指を、足を、内臓を――さながら人体解剖のごとくバラバラに斬りき分けていた。

 だが、


「まだだ、まだ、まだ……!」


 これはどうしたことなのか。

 血に染まった皮膚だけを残し、011はさらなる再生を果たしていた。


「くだらない」

 

 他方、依然として未亜は泰然自若の体である。

 むしろ失望すら漂わせている。


「打たれ強さだけは認めてやるが、勇者には及ばん。――お前たち、相手をしてやれ」


 彼女の命令に応え、周囲の空間が刳り貫かれるようにして歪んだ。

 その向こうには無明の闇が広がり、鉄が軋むような唸りとともに怪物たちが這い出してくる。


 ずるり、ずるり、ぬるり。

 

 いずれも地球の生物学から外れた異形ばかりである。


 タコのような足を持つ蜘蛛。

 全身すべて蔦で構成された獅子。

 背中に菟葵(イソギンチャク)を寄生させた食蟻獣(アリクイ)


 それらは主たる未亜の命令に従い、011へと牙を剥いた。


 


 * *




(すごい……)


 真月綾乃は驚嘆する。

 驚嘆を通り越して恐怖さえ覚えていた。


 誰に対して?

 もちろん011などではない。

 あれは己の器を勘違いした雑兵だ。


 綾乃が驚いているのは、吉良沢未亜に対してである。

 同化してさほど時間も経っていないというのに、邪神としての力を十二分に使いこなしている。


(まさか私の手も借りずに眷属を従えるだなんて)


 恐ろしいまでの成長速度、否、()()速度。

 魔族とは征服者であり略奪者である。

 吉良沢未亜は本来ならその頂点に立つ存在であり――ならばこれは当然の帰結。

 

 毎秒ごとに「真月綾乃」の領土は小さくなり、「吉良沢未亜」に呑み込まれていく。

 同調率が高まるたび、綾乃の力が未亜のものに塗り替えられる。

 力だけではない。

 その思考も感情も、未亜の側へと取り込まれつつあった。



 

 * *



 

「た、助け、助けてっ……!」

 

 011は不死である。

 肉体が一片でも残っていれば『脱皮』によって瞬時に再生を果たす。

 しかしそれはこの場において、永遠の拷問を生み出す装置にしかならなかった。


 タコ足蜘蛛に首を捩じ切られ、復活。

 蔦の獅子に心臓を食いちぎられ、復活。


 蘇れば1秒と置かずに新たな死が訪れる。

 反撃の糸口すら与えられず、ただひたすらに殺され続けていた。


「オ、オレはっ! 001より強い! きっと未亜様のお役に立ちます! だ、だからっ! 助けてっ……!」

「――喚くな羽虫が」


 必至の命乞いをぴしゃりと撥ねつけつつ、吉良沢未亜は目を凝らす。

 011という存在を構成する“中心核”。

 それを探していた。

 

「ふ、不公平だっ! 001を手下にしたならっ! オレにも、オレにも、チャンスがあっていいはず……っ!」

「ほう」


 未亜は少しだけ表情を和らげた。


 011はそれを希望の兆しと捉えた。

 地獄に垂らされた蜘蛛の糸に、何としてでも縋りつこうとした。

 だが、すべては勘違いである。


「……そこが貴様の心臓か」

 

 未亜が笑みを浮かべたのは、011の“中心核”を見つけたがため。

 完全に消滅させる手立てが揃ったからに他ならない。


「喜べ、その苦しみから解放してやる」

 

 右手を掲げた。

 手の甲で紋章が輝く。

 それは魔王の後継者を示す印である。

 

 未亜の全身が淡い光に包まれ、そして、

 

「《久遠術式(エタニティ)》・《我が氷槍は(ブリ)星霜永劫の(ュー)彫像である(ナク)》」


 放たれたのは、透明な鉾と柄の魔槍。

 狙い違わず011の“中心核”を貫く。

 

「クソが、不平等だろ、こんなの……ッ!」


 それが己を最強と嘯いていたクローンの断末魔であった。

 全身の細胞ひとつひとつが氷結し、砕けて散華する。

 もはや二度と蘇ることはあるまい。


「ふう」


 嘆息する未亜。

 011はあまりに不快な相手だった。

 前世の芳人と同じ顔をしていながら、その中身といえば実力の伴わない大言壮語。

 存在自体が兄への冒涜と言える。


「ヒッ!」


 視界の隅では001が腰を抜かしていた。

 顔に浮かぶのは怯えの色。

 011を倒した今、次は自分かもしれない……などと考えているのだろう。

 その情けない姿は、とても芳人のクローンに思えない。

 河童の皿だの何だのを混ぜた結果、人格の芯というべきものを損なってしまったのではないだろうか。


「……安心しろ、私は約束を守る。貴様は殺さん」

「あ、あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 むしゃぶりつくように土下座する001。

 未亜は視線を外した。

 とても見ていられなかったのだ。

 空は黒雲に覆われ、パラパラと小雨が降っている。

 

「……兄さん」


 なぜだか無性に芳人に会いたかった。

 手を繋ぎたい、抱きしめたい抱かれたい、その唇を貪って体温を感じたい。


 普段感じたことのないほど強い熱情が胸を灼く。

 同化の副作用で、綾乃の感情が流れ込んでいるのだろうか。


 否。


 これは本来、()()()()()()()()のだ。




 * *




(ああ、そっか)


 同じタイミングで綾乃も理解していた。

 己が芳人に対して抱いている好意。


 それは本来、ミーア・グランズフィールドのものだったのだ。


 前世における最終決戦、綾乃はミーアに同化することによって現世に顕現した。

 あのとき自我の面でも融合が進んでおり――


(芳人くんに殺された時、ミーアちゃんの持つ感情のいくつかを、私は「持って()っ」てしまった)


 “魔王の後継者”としての果断さ、苛烈さ。

 芳人に対する激しい慕情。


 それらは「真月綾乃」という人格のベースとなった。

 しかし、今。

 かつて奪った感情は、未亜のもとへ戻りつつある。

 

(私、どうなるのかな)


 同化を解いたあと、自分には何が残るのだろう。

 邪神の力も感情も失い、人形のような少女に成り下がってしまうかもしれない。

 それが少しだけ怖かった。


 しかし。

 幸か不幸か、不安に浸る暇もなく次の局面が訪れる。


 数秒。

 ほんのわずかな間だが、空から降り注ぐ雨がピタリと()まった。

 ()んだのではない。

 すべての雨粒が空中で静止し、そのほかありとあらゆるものが凍り付いたように動かなくなったのだ。


「綾乃、これって……」

『未亜ちゃん、早く芳人くんのところに行ったほうがいいよ』


 ここで未亜が時間停止を免れたのは、綾乃の力ゆえである。

 邪神とその眷属はいずれも《時間術式》を身に着けており、高度な耐性を有していた。


『これ、すごく危ない。芳人くんの《時間術式》が暴走してる』


 原因は分からないが、それなりの見当はついている。

 おそらくは神族の真似事をしたのだろう。

 ――過去や未来の自分自身からの魔力譲渡。

 彼は《無貌の泥》という“神族の種”を有しているとはいえ、さすがにこれは人の身に余る所業。

 しっぺ返しに何が起こるか分かったものではない。


 同化を維持したまま、二人は森を駆ける。

 その後ろを無数の眷属たちが追いかけ、傍から眺めればさながら百鬼夜行の様相である。




 


 同時刻。

 伊城木芳人は大鉄塊剣(グラン・ブレード)を持つ個体――003を打ち倒し、そのまま002(シリアルキラー)004(動画サイト実況主)005(ドSショタ)007(触手)との戦闘に入っていた。

 

 結論から言えば。

 未亜たちの到着は、ほんの少しだけ手遅れだった。

 


次回、暴走芳人VS未亜with綾乃


その後とくに理由のない暴力がオヤジを襲い、〇〇さんが再登場して7章 (あるいは幕間)です。


あ、10月2日付の活動報告(http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/365820/blogkey/1528022/)に人気アンケートの結果を掲載しているのでよかったらご覧ください。

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