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第63話 メインヒロインが空気のラノベも多いし許して

前半は解説 (?) パート。

後半は未亜&綾乃パート。


微妙に期間が空いてしまったので補足すると、「八矢房芳人」は芳人の前世です。

 八矢房(はやぶさ)芳人(よしと)という青年がいた。

 18歳の秋に交通事故に遭い、その際、異世界へと召喚されている。


 これは本人も知らないことであるが、実際のところ、異世界に転移したのは魂だけである。

 肉体については、女神アルカパが密かに新しいものを用意していた。


 ならば古い身体――トラックとの激突で肉塊と化した屍はどうなったのか。

 常識的に考えれば火葬されるはずだが、ニセモノとすり替えられ、最終的に伊城木直樹の元へと渡っていた。


 直樹はこれを“原材料”として培養し、八矢房芳人を蘇らせようとした。

 求めるのは、オリジナルと同じ人格を有する存在。

 現代科学では不可能とされているが、オカルト的なアプローチを交えればどうだろうか。

 神薙家に伝わる秘術と、古今東西の魔術・錬金術・呪術、さらには異世界の知識――。


 だが有史以来、死者蘇生を成した者は存在しない。

 ここで直樹は大きな壁にぶつかることとなる。


 ある個体はあまりに短命だった。

 別の個体は理性というものを持っていなかった。

 これらの条件をクリアできた個体も、八矢房芳人としての記憶を与えたとたん、その容量に耐えきれず発狂した。

 

「だめ、なのか?」


 ロクに食事もとらず、幽鬼のような姿で研究に没頭する直樹。

 心身ともに限界を迎えつつあり、このままならいずれ挫折を迎えていただろう。


 だが。


「お兄様ならきっと大丈夫ですわ」


 そこに義妹の(ゆえ)が囁きかける。


代替品(クローン)が肉体的にも精神的にも脆弱なら、強引であろうと補ってしまえばよいのです」

「補うって、どうすればいいんだい?」

「歴史ある神秘の品々を混ぜてみてはいかがでしょう。()()()()()人間の範疇を越えた存在になってしまいますが、それらでデータを集めるのは決して無駄ではないと思いますわ」


 直樹はその誘いに乗った。

 河童の皿、人魚の肉、異世界から流れ着いた大剣――。

 途中で真姫奈がメシマズを発揮して絵本を混ぜたりしたが、それはさておき。


 “添加物”付きのクローンは、あくまで試作品。

 直樹がまれに愛玩することはあっても、基本的には封印され、日の目を浴びるはずのない存在だった。


 それを持ち出したのは、(ゆえ)である。


 芳人や静玖に手を貸す一方、クローンたちに命じて未亜たちを襲わせていた。


 いったい何のために?

 もし彼女に問うたとすれば、きっとこう答えるだろう。


「だって、そのほうが面白くなりそうですもの」




 とはいえ月の指示が十分に行き届いていたわけでは、ない。


「やっべ。アタシ、明らかに場所ミスってるよな……」


 ナンバリングとしては、012。

 実験中の事故によって女性化したクローンである。

 

 背はなかなか高い。

 180cmを越えているだろう。

 薄手のTシャツはサイズが合っていないのか身体にピッタリと張り付き、女性らしい凹凸のラインをこれでもかというほどに強調していた。きゅっとくびれた腰は惜しげもなく外気に曝され、その下にはデニムのショートパンツ。裾はほぼ無いに等しい。

 

「うわー、どうしよ。月さんマジキレだよコレ」


 012はゴムで大雑把にまとめただけのポニーテイルをかきあげた。

 長い黒髪が風になびく。

 左右から漂うのは香ばしいソースの香り。

 あちらこちらのたこ焼き屋には、たくさんの観光客が並んでいた。


 ここは大阪、難波の道頓堀。

 直樹の研究所から連れ出された後、012はどういうわけかここに迷い込んでいた。


「ま、いっか」


 しばらく考え込んだのち、彼女はあっさりと開き直る。

 

「ちゃんと地図なりケータイなり渡さない月さんが悪いってことで、うん、大阪観光しよっと」


 幸いお金だけは事前に渡されていたし、まずは道頓堀のたこ焼き屋をコンプリートしてみよう。

 もし余程の用事があるなら(ゆえ)のほうからくるだろうし。


 012はわりとフリーダムである。

 性格としては八矢房芳人(オリジナル)にかなり近い。


 



 逆にもっとも遠いのが誰かと言えば、皮肉な話だが、伊城木芳人である。

 異世界での日々で擦り切れ、過去という鎖で雁字搦めになっている。

 彼自身がまったく自覚していないだけに質が悪いと言えよう。


 

 



 * *





 

「だから本音を暴いて差し上げましょう。そのために代替品(クローン)を動かしたのですから。

 012は……あとで説教部屋かしら。流行りの言葉を使うなら、激おこですわ」






 * *





 

 


 さて。

 ここまで焦点が当たってこなかったものの、事態の中心にいる2名の話をしよう。


 吉良沢未亜と真月綾乃である。


 彼女らが京都に向かった理由は、お互い、ほんの少しだけ異なっている。


 未亜の場合は、

 

「当然でしょ。兄さんが心配だもの」


 というもので、


「芳人くんなら大丈夫だろうけど、戦力の分断は避けるべきだよね」


 というのが綾乃の考えだった。


 幼稚園児の彼女らが勝手に遠出することは、本来なら不可能な話だろう。


 だが真月綾乃は、力の大半を失ったとはいえ、(れっき)とした神の一柱である。

 己と未亜のニセモノを生み出し、それらに日常生活を送らせることなど造作もない。


 昼過ぎまでにはすっかり準備を整え、()(つき)家の車で(まつ)()市を経った。

 

 運転手はいない。

 だが、運転触手はあった。

 綾乃がタコ型の眷属を呼び出し、それにハンドルを握らせていた。

 

「未亜ちゃん。たぶん私たち、狙われてるよ」

「うん、分かる。何だかピリピリきてるね」

「ここで襲われたら大惨事だし、ちょっと場所を変えてもいい?」


 2人を乗せた車は高速道路を進んでおり、トラックの行き来でやや混雑していた。

 下道に降りて、山道を北上する。

 他の車はまったく見えなかった。


「……は?」

「……えっ?」


 事態が起こったとき、未亜も綾乃も、まったく対応することができなかった。

 

「芳人、くん?」

「勇者さま?」


 突如としてスライム状の物体がべちゃりとフロントガラスに張り付いたかと思うと、ぐねぐねとうねりながら前世における芳人の姿に変わったのだ。

 しかも、青いツヤツヤとしたワンピースの水着を着用している。

 006である。


「あっしだけじゃないでやんすよ、スクスクスク――」

 

 続いて、車の後部が激しく揺れた。

 そちらに視線を向ければ、上半身はワイシャツ、下半身はフリーダム (穏当表現) な青年が立っていた。

 

「突き刺さる幼女の視線がたまんねえぜ……」


 熱っぽいため息とともに身をくねらせるのは008。

 絵本の混入によって生まれた、イレギュラー中のイレギュラーである。

 

 ところで真月綾乃は邪神であり、当然ながら人間の醜い部分や汚い部分については知り尽くしている。

 ゆえにネイキッド (婉曲表現) でベリーリトルエレファント (配慮表現) な008を見ても動揺などするはずもない――


「きゃあああああああああああああ! きゃあああああああああああああああああああああ! ぴゃあああああああああああああああああ!」


 こともなかった。

 むしろ大パニックである。

 彼女の混乱は眷属たる運転 (触) 手にも伝わり、車はガードレールに激突、そのまま崖の下へと転落した。

 

「ああもう! 綾乃、しっかりして!」


 他方、未亜はきわめて冷静であった。

 008のアレコレについては「小さい」という以上の感想を持たず、すぐに戦闘へと思考を切り替えていた。


「《爆裂術式(エクスプロードリィ)》・《我が紅蓮は(あたしの兄さんが)天壌破砕の(こんな変態の)幕引きである(はずがない)》!」


 自分と綾乃を守るように結界を形成すると同時、車ごと006と008を吹き飛ばそうとした。


「スクッ、この程度であっしを殺せるわけがないでスク!」

「遅い遅い。こっちはズボンがないぶん身体が軽いからな。躱すのはお茶の子サイサイなんだよ。……ま、オレはゾウだけどな」


 未亜の魔法は、攻撃という面においてはまったく無意味であった。

 006にも008にも火傷ひとつ与えることができていない。


 だが、彼女の狙いは別にあった。


「《飛翔術式(ウィングリィ)》・《我が双翼は(あばよ)疾駆波涛の魁である(とっつあん)》! ――こういうときは、一時撤退が最善だよね」


 綾乃は浮き足立ったままであり、敵の戦力も不明。

 このまま戦うのは無謀としか言いようがなく、ゆえに、体勢を立て直すことにしたのだ。


《飛翔術式》に《加速術式》を重ね掛けし、地面スレスレを滑空する。

 全速力で距離を稼いだあと、洞窟めいた場所で身を隠すことにした。

 もちろん綾乃も連れてきている。


 結論から言うと、未亜の判断は正しかった。

 あの場にいたクローンは006と008だけではない。

 001から011までが揃っており、最悪、2対11という状況もありえたのだ。


「……すごい精神攻撃だったね」


 しばらくして落ち着きを取り戻した綾乃は、ポツリとそう漏らした。

 

「あの芳人くんたち、なんだったのかな」

「一応、前世の兄さんのクローンみたい」


 未亜は芳人と同じく、女神アルカパから【鑑定】スキルを授けられている。

 曰く、あのスライム(006)露出狂(008)は八矢房芳人の死体をベースに生み出された存在だという。


「魔法も使えるみたいだし、実力も並以上。たぶん、逃げ切るのは難しいと思う」


 断言する未亜。


「使い魔を飛ばして調べてるけど、他にも5、6人――ううん、もっとたくさんのクローンがあたしたちを探してるみたい。これ、直樹って人の差し金だよね」

「たぶんそうだと思うけど……うーん」


 眉をひそめて唸る綾乃。


「ヘンな言い方になっちゃうけど、私に近い()()()がするの。もしかしたら他の邪神が関わってるかも」

「フォアグラは綾乃だから……トリュフとかキャビアとか?」

「それ、芳人くんが勝手に言ってるだけだからね」


 綾乃は、むう、と頬を膨らませる。


「みんな立派な名前がちゃんとあるし、三柱だけじゃなくって、他にもいっぱいいるんだよ。誰がこっちの世界に来てるかまでは分からないけど……」

「それはまた後で考えたらいいよ。今はこの場を切り抜けるのが最優先。ちょっと待ってて、いま作戦を考えてるから」

「未亜ちゃん、なんだか手馴れてるというか、場慣れしてるよね」

「前世の経験、かな」


 吉良沢未亜――ミーア・グランズフィールドは魔王の娘であり、本来はその後継者となるはずだった。

 戦事(いくさ)に関する教育は十分に受けており、前線に立ったことも一度や二度ではない。

 軍勢を指揮する才にも長け、黒騎士と呼ばれていた頃の芳人を瀕死にまで追い込んだこともある。


「ねえ、綾乃」

「何かな?」

「あのスライムでも露出狂でもいいけど、1対1に分断したら勝てる?」

「……ちょっと、難しいかも」


 今の綾乃はその力の大半を失っている。

 凡百の退魔師であれば容易に退けられるだろうが、芳人のクローンとなると分が悪い。


「未亜ちゃんは?」

「たぶん無理。2対1に持ち込めればいいんだけど……相手が兄さんのクローンってことを考えると、そんな状況にさせてくれるわけがないんだよね」

「困ったね……」


 顔を見合わせる2人。

 同時に嘆息し、


「あっ!」


 何か閃いたのか、ポン、と未亜は手を打ち鳴らした。


「そっか。2対1が難しいなら、2人分の力を持った1人になればいいんだよ」

「未亜ちゃん、どういうこと?」

「あのさ、ほら、前世であたしのことを依代にしてたよね。あれと同じ要領で――」




 


 * *






「パパパパパ……」


 禿頭の青年が、森を歩いている。

 丸刈りではない。

 髪の毛が一本として存在していないのだ。

 すべての毛根は死滅し、頭皮はピカピカに輝いていた。


「あいつらはどこッパ……」


 彼もまた八矢房芳人のクローンである。

 ナンバリングは001。

 河童の皿と思しき物体を加えた結果、強靭な生命力とひきかえに髪を失った個体だった。


「二人を見つけ出して、フサフサのロングヘア―に生まれ変わるッパ」


 クローンたちは襲撃直前、月からこのように言われていた。

  

 ――吉良沢未亜と真月綾乃を捕まえた方、あるいは伊城木芳人を倒した方には、褒賞として何でも望みを叶えてあげますわ。


 001が願うのは、ただひとつ。

 新たな毛根である。


「……パッ!」


 彼にはいくつかの特殊能力が備わっていた。

 河童の皿を素材にしているおかげだろうか、どこからともなくキュウリを取り出すことができる。

 それに魔力を込めて、振り返りざまに投げ放った。

 即席のマジック・ミサイル。

 轟音とともに爆発が起こり、森の木がひとつ、跡形もなく消し飛んだ。

 投擲速度もかなりのものであり、並みの退魔師ならば避けることもできずに重傷を負っていただろう。


「気のせいか、ッパ……?」


 001がキュウリを投げたのは、背後に殺気を感じたからである。

 だがいざ視線を向けてみれば、焼け焦げた木片がブスブスと音を立てているだけ。

 自分の思い違いだったのだろうか。

 首を傾げる001。


 その隙を縫うように、


「《雷撃術式(オヤスミィ)》・《我が紫電は(食べ物を)永遠なる眠りの(大事にしないと)誘いである(罰が当たるよ)》」


 ひとつの影が接近し、001の身体に触れた。

 放たれる雷撃。

 一瞬にして001は昏倒させられていた。


 それを為したのは、ひとりの少女である。

 年は10代半ばだろうか。

 あどけなさを残した丸く大きな眼。

 精緻な絹細工のように艶やかな長髪。

 顔立ちも端正であり、その容姿は「美少女」という単語ですら過小評価になりかねない。


「これで1人、だね」


 果たして彼女が誰なのかと言えば、吉良沢未亜である。

 ただしその姿はおよそ10年後のものを先取りしていた。


「綾乃、調子はどう?」

「大丈夫だよ。未亜ちゃんは平気?」

「うん、平気。このまま次にいくよ」


 それはとても奇妙な会話だった。

 未亜がひとりで喋っているにも関わらず、その声は未亜のものと綾乃のものが交互に入れ替わっている。


 さながら2人が1人になったようで――実際、その通りだった。


 これは前世の再現である。

 かつて綾乃はミーア・グランズフィールドの肉体を依代としていたが、今回はそれに近いことを行っていた。

 未亜に同化し、自分の力をすべて貸し与えたのだ。

 

 生まれ変わってなお両者の相性は高く、拒絶反応めいたものはまったく起こっていない。

 むしろ魔力容量は単純な足し算どころか倍加し、それに引きずられて肉体も急成長を遂げていた。


 



 ちなみに。

 綾乃としては未亜の前世をめちゃくちゃにしてしまった罪悪感もあり、同化をかなり渋っていたが、


「勝つためには必要なことだよ。使えるものは何でも使わなくちゃ。

 いつまでも昔のことに拘ってても仕方ないし、綾乃、前に謝ってくれたよね。だからもういいんだよ」


 と未亜に説得され、ためらいがちながらも頷いている。

 

 両者の力関係というべきものは、前世とまったく逆の構図となっていた。



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