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第62話 暴走と試作機は男のロマンである。

お待たせしました。変な病気(活動報告参照)も治ったので投稿します。

「悪いな、助かったよ」


 013は玲於奈に礼を告げる、が、


「別に貴方を助けるつもりはなかったので安心してください」


 反応はひどく冷淡なものだった。


「私としては芳くんの負担を減らすのが目的であって、貴方のようなバッタものの生死には興味がありません。

 ところでバッタと言えば怪人バッタ男こと初代仮面ライダーの製造番号も13なんですよ。奇遇ですね。

 原作漫画だと『13とは死の数』『すなわちそれがきさまの運命!』みたいなセリフの後に殺されてますし、折角なのでリスペクトしてみませんか」


「待て、落ち着け。なんで刀に手を添えてるんだ。オレは味方だぞ」


「こちらに取り入っておいて土壇場で裏切る。そういう可能性も否定できません。

 ほら、『かもしれない運転』って言葉がありますよね。かもしれない殺人とか流行ると思いませんか」


「ダメだよ、玲於奈ちゃん」


 斬りかかろうとする玲於奈を止めたのは、静玖である。


「芳人様はこの人を信用してるみたいだし、勝手なことはしちゃいけないと思うの」


「なんと」

 

 驚いた表情を浮かべつつ、構えを解く玲於奈。


「まさか静ぽんが私にストップをかけてくるとは……」


「ムッとした?」


「いえいえ、かまってちゃんな私としては嬉しいくらいです。

 この気持ちをたとえるならそう、弟扱いだった幼馴染の思わぬ男らしさにトクンときたお姉さんでしょうか。今夜は家に()()()()()のから始まるラブストーリー。と見せかけて、実は私も貴女も存在していなかったというオチで終わるホラー。RPGツクールで出せば大ヒット間違いなしで書籍化しちゃいますよたぶん」


「そうなんだ、すごいね。――すみません、傷を見せてもらっていいですか? 手当、必要ですよね」


 静玖は013に向かって(マジックワンド)をかざし、魔法を発動させた。


「芳人様ほど上手にできないかもしれませんけど……」


 013の身体が光に包まれた。

 まるでビデオの逆回しのように傷が癒え、破けた衣服も元通りになる。


「どうですか? 痛いところとか、動かしにくいところはないですか?」


「大丈夫だ、むしろ戦う前よりピンピンしてる」


「分かりました。じゃあ、芳人様のところに行きましょう」


「ああ。……ってちょい待ち。なんで二人ともここにいるんだよ。

 芳人(オリジナル)に言われてなかったか、鴉城の屋敷で待ってろ、って」


 013の問い掛け。

 先にそれに答えたのは玲於奈であった。


「ヒロインを置いて戦いに行くとか、どう考えても鬱フラグですよ。

 ですから展開をクラッシュしようと思いまして」


「やべえコイツ何言ってるか分からねえ」


「嫌な予感がしたから追いかけてきた、ってことだよね。玲於奈ちゃん」


「短くまとめるならそうなります」


「玲於奈ちゃんのカンって当たるんです。

 めちゃくちゃなことを言ってても、最後は実際その通りに――」


 と。

 その時、遠くから爆音が響き渡った。

 数秒遅れて熱風が吹き荒れる。


 ――この場の三人が知る由もないが、芳人と交戦中の003が魔力を暴走させたのである。


「玲於奈ちゃん」

「静ぽん」


 二人は短く視線を交わすと、すぐに走り出した。

 

「くろちゃんはどうする?」

「このまま隠れておいてもらいましょう。いいですね、くろべえ」

「了解、了解ッス」


 その声は、静玖の足元から聞こえてきた。

 “くろちゃん”――二人をここまで連れてきた黒狼のものである。

 どのような力が働いているのかは全く不明だが、いまは静玖の影の中に潜んでいた。

 

「玲於奈サンはともかく、静玖の姐さんは近寄られたらヤバいッスからね。至近距離でお守りしますよ」

「ありがとう、くろちゃん」


 二人と一匹はそんな会話を交わし、さらに走る速度を上げる。

 その後ろから、

 

「おい、ちょっと待て!」


 013が慌てて追いかけてくる。 

 

「オレが先に行く、お前らは下がってろ」

「お断りします。ここは全員で向かうべきところでしょう」


 玲於奈はあくまで冷静に言葉を返す。


「仮に芳くんが窮地に陥っているとすれば、私一人でも、ましてや貴方一人でも対処できる相手ではありません」


「けどな、危ない場所に女を突っ込ませるのは男として――」


「そうやって抱え込みたがるところは芳くんと同じですね。

 私的にはポイントが高いので玲於奈ちゃんポイントを進呈しましょう」


「なんだそりゃ。好感度みたいなもんか?

 一定値になったらアイツ(オリジナル)からオレに乗り換える、みたいな」


 冗談めかした調子で言う013。

 しかし、


「は?」


 突き放すような調子で玲於奈は言う。


「それはありえません。私は芳くんのものですので。

 横取りできるような尻軽に見られたとしたら心外ですし、玲於奈ちゃんポイントはボッシュートです」


「テレッテレッテー。……つーか訊きたかったんだけどよ、アイツ、まだ5歳だぞ。おまえさんそういう趣味なのか?」


「どうなのでしょう。私は神薙の秘術のせいで不老不死の怪物になってしまいましたし、ならばその恋愛もまた怪物的になるのは当然と思いますが。がおー」


「なんだその取ってつけたような怪物アピールは……」」


「さっきの戦いで私の実力は示せたので、つぎは萌え要素を上乗せする戦略です。あざといと言われたい16歳、字刀意って書くと何かの奥義みたいと思いませんか。

 まあそれはともかく、芳くんも芳くんでわりと怪物なんですよね」


「とんでもなく強いしな。ぶっちゃけ、同じ人間なのに追い付ける気がしねえよ」


「そういう問題ではありません。芳くんの何より恐ろしいところは、関わった人間を片っ端から怪物に変えてしまうところですよ。

 伊城木直樹はヤンデレ男の娘ですし、真姫奈姉さんも道を踏み外しました。おそらく被害者は他にもいるはずです」


 と言いつつ、玲於奈はやや後方を走る静玖に目を向ける。


「玲於奈ちゃん、どうしたの?」

「静ぽん大変ですよ、この紛い物、貴女のことをショタコンの変態と言ってます」

「おいちょっと待てそれは冤罪――」

「はいはいエンザイムとは酵素のことですね。さあ静ぽん、芳くんに対する想いを存分に語ってください」

「えっと……」


 静玖は少し考えてから、


「別にわたしは芳人様が小さい男の子だから好きってわけじゃないかな。

 芳人様ってマメなところがあって、わたしが落ち込んでる時とかに念話(テレパス)で励ましてくれたり、学校とか神祇局の愚痴も聞いてくれて、すっごく大切にしてくれるの。今回だって、わたしのためにわざわざ京都まで来てくれたし。

 でも、なんだかところどころ不器用なんだよね。

 本心を見せてくれない、というか、踏み込まれるのを怖がってる、みたいな。

 そういうところがすごく可愛くって、いつか、べたべたに甘えさせてあげたいなあ、って思うの」

 

 淀みのない調子で、陶然とそう語った。


「……なあ、玲於奈さんよ」


 ゲンナリした様子で呟く013。


「この子、元はどういうキャラだったんだ」

「内弁慶の中二病です」

「なんでこうなった……」

「芳くんの影響ですよ。

 これは私の推測ですが、おそらく彼の通っている幼稚園も人外魔境と化しているのではないでしょうか」


 嘆息する玲於奈。

 しかしその表情はすぐに引き締まったものに変わる。

 なぜならば――


「ス、ス、スクッ!」


 木々のあいだを飛び跳ねるようにして、スライムのような何かが接近してきたからである。


「006、あの変態か!」


 013は舌打ちした。

 走る速度を上げ、真っ先に006へと殴り掛かるものの――


「じゃ、じゃ、邪魔でスクッ! ひいいいっ!」


 いとも簡単にその横を抜かれてしまう。

 006は反撃しなかった。

 そのまま静玖のほうへと向かう。


「こ、これはチャンスでスクッ! 女を人質にすれば、いくらオリジナルでもッ……!」

「――そうはいきません」

「オレっちもいるッス!」


 玲於奈が刀を抜き、黒狼が静玖の影から飛び出した。


 斬撃が、006の身体を上下二つに切り分ける。

 黒狼の前足が、上半分を叩き潰した。

 

 しかし006にとってこの程度は何のダメージにもならない。

 上半分は即座に再生し、残った下半分と再び融合する。


「えっ……!?」


 このとき静玖は二重の意味で戸惑っていた。

 まず、006の復活。

 そして、


「《夜よ来たれ(ナイトフォール)》が、発動しない……?」


 綾乃から授けられた力。

 強烈な自己暗示による魔力の倍加。

 それによって006に相対しようとしたが、不発に終わってしまったのだ。


「スクスクスクスクスクッ――!」


 その隙を見逃す006ではない。

 ゲル状の身体をヒモのような形に変え、静玖の肢体へと巻き付いたのだ。

 首を、腕を、足を、締め上げる。


「くぅっ……!」


 苦悶の声を漏らす静玖。


「お、お、オリジナルッ! この女の命が惜しければ――」


 悲鳴じみた必死さで、脅し文句を叫ぶ006。

 だが、それを最後まで言い終えることはできなかった。




 ――――――――――カシャン。

 ――――――――カシャン。



 

 響き渡る金属音。

 森の奥から、徐々に近づいてくる。




 

 ――――――カシャン。

 ――――カシャン。





 音の主はまだ姿を見せていない。

 にも拘らず、異様な重圧感が周辺一帯を支配していた。

 空気の粒子すら動きを止めたかのような、沈黙。





 ――カシャン。

 カシャン。





 それは獣だった。

 鎧に覆われた獣だった。

 金色の(たてがみ)が背になびき、銀色の牙が鋭い光を放つ。

 黒い鋼鉄の皮膚の奥で、深紅の瞳が煌々と輝いている。

 そこに理性めいたものは全く感じられず、ただ、凶暴な野生ばかりを漂わせていた。

 

「ヒ、ヒィッ……! こ、こんなっ、こんなことになるなんてっ!

 あ、あっしは騙されたんでスク! 月のヤツが、月のヤツが――」


 006の命乞いは、聞き届けられなかった。

 

 音もなく。

 前触れもなく。


 まるで瞬間移動じみた速さで、獣は静玖の前に立っていた。

 右腕を振り下ろす。

 その指から伸びる鋭い鍵爪が、006を引き裂いた。


「ッ、ァァァァァァァァァッ……!」


 断末魔の絶叫。

 その身体が、だんだんと枯れていく。

 ゲル状の部分が蒸発するようにしてしぼみ、卵の大きさほどの丸い物体が地面に落ちる。

 006の核というべき部分である。

 それもほどなくして砂へと変わる。

 

 例えるならそう、物質の風化を何千倍、何万倍にも早送りしたかのような光景だった。


「…………――――」


 鈍い呻きとともに、黒鉄の獣は静玖へと目を向けた。


「何をしてる! さっさと逃げろ! くそっ、オレの知らない複製体(クローン)があるってことかよ!」


 013はすぐさま二人の間に割って入ろうとした。

 しかし、それよりも早く、


「芳人様……ですよね?」


 静玖は一歩、獣のほうへと近づいていた。

 怯えた様子もなく、手を差し伸べる。


「わたしのこと、わかりますか? あなたの静玖です」


 その言葉を、獣はどう受け取ったのであろう。

 

「――――」


 目を逸らすように俯くと、地面を蹴ってその場から飛び去った。







 それから十数分後。

 彼女らは吉良沢未亜と真月綾乃と合流し、「伊城木芳人に何が起こったか」を聞くことになる。


次回こそ未亜&綾乃視点……!

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