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第60話 なぜゲーム実況は似たような口調になってしまうのか

《我が大杯は三世因果の理を汲む》:《時間術式》のひとつ。過去あるいは未来の自分から魔力を融通する。本来これは神の御業のひとつであり、人の身では代償を負うこともある。

 これは俺の持論だが、人間ってのは前に進みたがる生き物だ。


 サルだらけの森から平野に出て、あちらこちらへ右往左往、月は東に日は西に。

 地上のありとあらゆる場所に住み着き、文明を発展させてきた。


 いや、別に壮大な人類論をブチあげようってわけじゃない。


 マンガやアニメでも、みんな新技とか新キャラとか新展開とか大好きだろ?

 そもそも本編が「|進む」だけでも嬉しくなる。

 妙なタイミングで過去編が入るとヤキモキさせられるし、ネット小説なら最悪そこで切る。


 まあつまり、


「――ウダウダと昔のことを語りたがるヤツはウケないんだよ」


 前へ踏み込む。

 003が斬りかかるよりも早く、その顔面を殴りつけた。

 まるで格闘ゲームみたいに弾き飛ばされるその身体を追いかけ、回し蹴り、そして、踵落とし。


「死者は帰らない、喜びも悲しみもしない」


 弔うのも悼むのも、結局のところ生者の自己満足。

 生きてるヤツが生き続けるための儀式に過ぎない。

 

「どれだけ泣こうが喚こうが、取り零したものはそれっきりなんだ」


 後に残るのは、俺たちが死者をどう捉えるか、という問題だけ。

 

 自己陶酔のタネ。

 他人の足を引っ張る大義名分。


 世の中を見渡せばイヤな例はけっこうあるし、正直、003も同じ穴のムジナとしか――

 

 って。

 何をマジメに語ってるんだ。

 俺はこんなキャラじゃないだろう。

 ネットスラングとサブカルチャーを煮詰めたキワモノ。素材の風味はもう台無し。

 料理に例えるなら、そういうメシマズのはずだ。

 

 トラウマ語りなんて本人が楽しいだけで、そんなの誰も聞きたがらない。

 クドクド喋ったって、匿名掲示板の長文レスみたいに読み飛ばされるだけ。

 胸の中にそっとしまっておくくらいでちょうどいい。


「黙って聞いていれば、好き勝手にペチャクチャと――!」


 殴られて、殴り返す。

 蹴られて、蹴り返す。

 互いに魔法を使っていないわけじゃないが、発動を潰し合った結果として血腥(ちなまぐさ)い暴力に帰着していた。


「グ……ッ、ア……!」


 直撃したのは、003の放つストレート。

 鼻骨が砕ける感触。

 血液が溢れて口腔を満たす。

 崩れそうになる身体を無理やり立たせ、その頬を、額で殴った。

 ヘッドパット。

 気取った詠唱とは無縁な、不良マンガじみたバイオレンス。

 三半規管は悲鳴をあげ、すでに意識はあやふやに溶けていた。

 反射だけで動いていた。


「いい加減に、倒れやがれッ……」


 先に勝負をかけてきたのは、003。


「――ォォォォォォォォオオオオオアアアアアアアアアアアアアッ!」


 理性のタガを外したような咆哮。

 破城槌のような拳が放たれる。

 俺はそれを避け、ない。

 真正面から受けた。

 心臓を打ち抜かれるような衝撃。

 あるいは本当に破裂したかもしれない。

 口元から血が垂れた。

 だけど、俺は、生きている。

 両足は大地を踏みしめ、身体を支えている。


 こっちの番だ。

 言いたいことはもうとっくに言い尽くしたような気もするが、付け加えるなら、あとひとつ。

 感謝しろ。


「……ヒトの女で気持ちよさそうに自慰(ヨガ)るなよ、この童貞」


 男の恋は別名保存なんて言葉があるが、たぶん、俺のファイル数の多さはけっこうなものだと思う。

 

 アリシア、 師匠、フィリシエラ、シャルロッテ、エリィマーヤ、シオン、澄香、ネネコ、エステル、ヴァネッサ、シェリール、アャム、マウ・マウ、ラナ、ミルフィ、フランシスカ、エリザ・アルファ、エリザ・ベータ、ミンスレット――。


 どれもこれも大切な思い出で、誰一人として忘れちゃいない。

 正直、未練タラタラだよ。

 ひとりひとりに全力で恋をした。

 でも、過去にしがみついて恨み言を延々と並べるのはカッコ悪いというか、申し訳ないだろ。

 あいつらは、そんな情けない男のために死んだのか?


 違う。

 絶対に違う。

 

 道はまだ半ばだけれど、俺は、散っていった命に見合う勇者でありたい。


「……だから」


 ここで殺されてやるものか。

 未亜たちを取り零してなるものか。


 ――最後の拳が、003を、魂の核ごと打ち貫いた。

 





 * *






 ――前を向いて未来に向かおうとする。


 この場に伊城木月の姿はない。

 だが彼女は何が起こっているかをすべて把握していた。


 ――ええ、素敵な決意ですわ褒め称えましょう。

 ――けれど芳人さん自身、それに心から納得できているのか、いないのか。

 ――もう少し追い詰めれば、本音を晒して頂けるかしら。


 




 * *





 

 地面に膝を衝く003。

 

「グ……ァ……」


《時間術式》で取り戻せるのは肉体の損傷のみだが、先の一撃は魂そのものを砕いていた。

 いずれ完全な死が訪れるだろう。

 

「おまえ、などに、この、オレが……!」


 いまだ戦意の尽きない瞳でこちらを睨みつけてくる。

 まるで視線だけで射殺そうとするかのように、鋭く。

 こういう手合いは最後まで油断できない。

 思わぬところで喉元に食らいつき、趨勢の決まった盤上をひっくり返す。


「《火炎術式(フレイムリィ)》――」


 だからこそ早めに止めを刺そうとして、しかし、


「――《我が(はい)劫火は(それでは)天壌無窮の(実況を)神勅で(始めていきたいと)ある(思います)》」


 割り込んできたのは、俺のものではない魔法。

 おいおい。

 なんだこの「ボスキャラに止めを刺そうとしたら邪魔が入る」的なシチュエーション。

 ありがちすぎるだろやめてくれ。

 俺は即座に術式を変更し、《虚影術式(シャドウリィ)》で003を影の中に閉じ込める。

 こいつを殺すのは後回しだ。

 続いて《歪曲術式(ディストーションリィ)》で攻撃を遮断。


 巨大な爆炎があたり一面を覆い尽くすが、俺の身体には届かない。


「うおおおおお、やばいやばいやばいアレで無事とかマジ信じられないっすよ。

 あれがオリジナルですよオリジナル、いやーこわいこわい」


 こちらに近づいてくるのは、高価そうなビデオカメラを手にした男。

 髪を金色に染めているものの、顔自体は俺とそっくりだった。


「どもども、自分、004っす。心霊動画とか投稿しながら歌い手やってます。よろしく死ね」


 変化は一瞬。

 親しげに片手を挙げて挨拶してきたかと思うと、その手に剣が握られていた。

 彼我の距離は10メートル以上。

 本来なら斬った張ったの間合いじゃない、が――


「《時間術式(クロックリィ)》・《(えーここで蛇腹剣)(いわゆる)秒針(ガリア〇ソードです。)(って)(若い人には)(わからないかなー?)(自分も十代ですけどね)(あははー)》」

 

 振り下ろされる刃はワイヤーで繋がれ、振り下ろされる勢いとともに分裂していた。

 蛇腹のように伸縮する剣にして鞭。

 なるほど俺のクローンだけはある。

 武器のチョイスがロマン志向だ。

 

 けれど所詮、こんなものは宴会芸の手品。

 単体なら大した脅威にはならない。

 問題は、


「かはははははははははははははっ! きはははははははははははははははははははっ!」


 ケタケタと笑いながら突っ込んできたもう一人のクローン。

【鑑定】曰くナンバーは002。

 両手のナイフを閃かせ、こちらの首を狙ってくる。

 004の蛇腹剣に巻き込まれて血飛沫が舞うものの、その傷は《時間術式》ですぐに消えてしまう。

 さらには、


「《黙示術式(ジエンドリィ)》・《天からふりそそぐもの(ジャッジメント)()すべてを滅ぼす(ワールド)》」

 

 三人目。

 妙にショタい半ズボンの俺。

 

「シャアアアアアアアアアアアアアッ!」


 四人目。

 触手属性持ちの俺。

 性癖云々の問題じゃなく、両手両足が軟体動物じみた器官に変わっていた。

 ヌラヌラとした粘液を滴らせ、俺の身体を絡めとろうとする。


 四対一。


「悪の怪人って、大変なんだな……っ!」


 戦隊ものにはひとり足りないし向こうにはモノホンの触手怪人が混ざっているわけだが、ともあれ攻撃を捌くのに忙しい。


「えー、ここで視聴者のみなさんにちょっと解説しておきますと、オリジナルくんが助けようとしている女の子、もうぶっちゃけ生存は絶望的なんですねー」


 そんな中、004が暢気な声で語り始める。


「実は011と012がぶっ殺しに向かってまして、012ならともかく、011がヤバい。なにせガチの変態、小さな女の子を大変な目に遭わせるのが好きでたまらない鬼畜です。彼にもカメラを持たせてるんで、この動画にたくさんコメントがついたら投稿したいと思います。まー全部モザイクになっちゃうかもしれませんけど(かっこ)(わらい)(かっことじる)


 挑発のつもりだろうか。

 だとしたら、いいさ、乗ってやる。

 お前らの動きは見切った。

 全員合わせても、さっきの003には及ばない。

 

「《火炎術式(ゼットリィ)》・《我が炎にて(1000)永久に地上より(000000)去るべし(000℃)》」


 002の顔を掴み、超高熱でもってその身体を蒸発させる。

 相手の《時間術式》は中和してあるので再生は起こりえない。


 続いて狙うのは004。

 伸びてきた蛇腹剣を掴み、力の緩急を読んでこちらに引き寄せる。


「なっ、そんなっ」


 他人事のようにニヤついていた顔に、初めて恐怖の色が混じる。

 

「《雷撃術式(サンダリィ)》・《我が稲妻は(安全地帯で)颶風燎原の(傍観なんて)断罪である(させるかよ)》」

「ァ、ァァァァァァッ……!」

 

 004の四肢が跳ねるように痙攣し、ぶすぶすと蒸気があがる。

 その手から力なくカメラが落ちた。


 残るは二人。

 あとはもう消化試合だ。


「《重力術式(グラピティ)》――」


 振り返りながら魔法を編み上げたその時。


「……ッ」


 頭痛が走る。

 魔力確保のために使っている《三世因果》の反動だろうか。

 その一瞬、俺の気が逸れてしまい――


「……もらったでスク!」


 あまりにも特徴的な語尾。

 それは本来聞こえるはずのない声。

 スク水をこよなく愛する変態。

 一番最初に倒したはず、なのに。


 俺は、背後から氷の槍に貫かれていた。

 その先端が溶けてゲル状になり、人間の顔を形作る。

 

「人魚の肉は不老不死の霊薬、それを得たあっしはそう簡単には死なないでスク」


 勝ち誇ったように笑う006。


「他の連中を囮にして待っていた甲斐があったでスク。おまえを内側から乗っ取って、コマネチと新体操のハイブリッド、スク水ダンスを女たちの前で踊らせてやるでスク」


 なんだその変な音頭は。

 そう突っ込もうにも、声が出なかった。

 すでに006は俺の体内に入り込み、臓器との同化を始めていた。


「させ、るか……ッ」


 発動させる魔法は《精神干渉(マインドハック)》。

 006を洗脳するつもりだった。

 だがここで再び頭痛が走り、集中力が致命的に乱れてしまう。


 まず、い。

 このままじゃ、スク水、だ……。









 そしてふと。

 右の脇腹で《無貌の泥》が震えたような気がした。







ここまで出てきたヨシトシリーズ


 002:オカルト系のヤバい書物(ヴォイニッチ手稿)をブレンドした芳人。シリアルキラー。

 003:真性中2病

 004:ユーチューバーで歌い手。かなりチャラい。本性は盗撮魔。

 005:ドSのショタ。いじわるすぎて真姫奈からは嫌われている。

 006:スク水

 007:触手

 008:かわいそうなぞう


……ロクなのがいねえ。


あんまりにも女の子が出てこないし変態も多いので、次回は未亜&綾乃視点。展開も巻き巻きの予定。

ちなみに012はきょぬー(♀)です。


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