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第56話 シリアスは行き過ぎるとただの意識高い系かもしれない

 行方不明。

 その一報を耳にしたとき、俺の頭をよぎったのは()()()()()()()()()()()のことで――ああ、けれど過去をひけらかして悲劇のヒーローぶってる場合じゃない。

 いま本当に大変なのは未亜と綾乃で、2人はどこかで助けを待っているはずなんだ。

 くそっ。

 ここでの襲撃は陽動で、本命は向こうだったってわけか。

 オヤジのやつ、やってくれる。

 俺は思わず舌打ちしかけ、


「はい、たかいたかーい」

「ぬぁっ!?」


 急に身体を持ち上げられた。

 そのままギュッと抱きしめられる。

 

「何をするんだ、玲於奈」

「いえ、芳くんがちょっと意識高い系なシリアス顔になってたんで緊張をほぐそうと思いまして。ほらほらクール系美少女の胸が背中に当たってますよ当ててんのよ、幼ない心に性のめばえてきなアレコレとかないですか」

「……肋骨がゴリゴリして痛い」

「低い低い、低すぎてコメントとして最低です」


 容赦なく手を放す玲於奈。

 ぐっ……。

 地面でしたたかに尻を打ってしまった。痛い。


「ぶわははははっ、なにこれ、超ウケんだけど! ラブコメだよラブコメ、羨ましいなこんちくしょう!」


 それを眺めていた俺の偽物――ひとまず“ヨシト”と呼ぶことにしよう――は盛大に笑い転げていた。

 さらにはスマートフォンを取り出してパシャパシャ写真を撮っている。


「そうですラブコメです。私がメインヒロインなのです。いぇい」

「その表情いいっすねー。ポーズお願いしまーす」

「荒ぶる高須クリニ●クのポーズ!」


 ノリいいなお前ら。

 というかどんなポーズだそれ。


「すんませんちょっとそのズボン脱いでもらっていいスかね、ローアングルからパシャパシャ撮りた――「いい加減にしろ」――はいすみません」


 俺はヨシトの手からスマートフォンを奪い取ると、玲於奈を写した画像を削除した。

 

「ふうん……」


 なぜか俺の頭を撫でてくる玲於奈。

 少し、嬉しそうだ。


「これはアレですね、『おまえは俺のものだから他人に取られるのも撮られるのも我慢ならない』的なデレですね」

「おまえはなにを言ってるんだ」

「芳くんはツンデレだから困ってしまいます」

「別に、そういうのじゃない」

「……と本人は申していますが、実際のところどうなんですかニセ芳くん」

「嘘だな」

「はい証言いただきましたー。これはもう玲於奈ルート確定ですね、ええ」


 んなわきゃない。

 

「はぁ……」


 なんだか精神的にドッと疲れてしまったが、確かにクールダウンはできた。

 まずやるべきことは……時田さんへの電話だな。

 襲撃を受けた場所なんかを聞く必要がある。

 さっきは動揺あまり「すぐ助けに行きます」と答えて通話を切ってしまったのだ。

 我ながら焦りすぎだ。


 って、待て待て。

 静玖の応援が先だ。

 公園のどこかで刺客と戦っているはずだし、まずはそれを片付けて――


「それー♪ にはー♪ およびませんわー♪」


 っ、音波攻撃か!?

 まるで脳そのものをダイレクトに腐蝕させるようなおぞましい歌声があたり一面に響き渡った。


「ぐぅっ……」

「がっ……」


 泡を吹いてぶっ倒れる白夜と朝輝。

 オヤジと戦った時といい、すっかりやられ役が定着してないかこの2人。


「相変わらず下手だなー、和服のねーさん」

「そうですか? 音程こそいまひとつですが、声はなかなか美しいと思います」


 ヨシトの意見はまだわかるが、玲於奈の耳は明らかにおかしい。

 歌声に遅れることしばし。

 桜並木の奥から、和装の女が現れた。

 紅梅柄の振袖。

 品のよさそうな顔立ちには見覚えがある。

 

「芳人さんとお会いするのは初めてかしら。伊城木(いしろぎ)(ゆえ)と申します、以後、よしなに」


 伊城木月。

 オヤジの義妹にして愛人。

 以前、マーニャの一件で姿を見たことがある……ものの、あの時とはどうにも雰囲気が違う。

 浮世離れした超然。

 空気としては綾乃に近い。


「そう睨まないでくださいまし、別に悪いことをしにきたわけではありませんもの。

 証拠にほら、静玖さんなら無事にお返ししますわ」


 ゆっくりと後ろを振り返る月。

 すると、


「わっ、わわわわっ、と、と、ストップ、ストップです! いやもうわたしジェットコースターとかそういうの苦手なんですってば! や、やめてえ!」


 やたらコミカルな悲鳴とともに静玖がこちらに向かってくる。

 どういう事情か知らないが、オオカミめいた巨獣の背中に乗っている。

 いや、あのへっぴり腰は「へばりついている」と表現したほうが正しいか。

 

「きゃあっ!?」


 巨獣は俺のすぐ手前で急ブレーキをかけたが、静玖はそれに反応しそこねて宙へと放り出され――危ない!

 俺は魔法で受け止めようとした、が、なぜか発動しない。

 それどころか、


「び、びっくりしました……。って、芳人さま!?」

「大丈夫か?」

「だいじょうぶですけど、それを言うなら芳人さまこそ――」

「俺は平気……なんだが、とりあえずどいてくれないか」


 このままじゃ窒息する。

 どういうわけか静玖は俺の真上に落っこちてきた。

 おかげで押し倒されるような構図になっていて、ついでになんというか、胸がこっちの顔に押し付けられている。

 ぽよんぽよんしてて気持ちいいことは認めるし、そういや昔、似たような状況でうっかり頬擦りかまして吹っ飛ばされたことも――はいストップ、センチメンタル禁止。過去は現在の糧にすべきものであって、それ以上でもそれ以下でもないんだ。

 

「くはははははっ、なんだよこれ、マジ羨ましいんですけど。激しい嫉妬の炎で新しい力とか目覚めるぞこの野郎」


 一方、ヨシトのやつは能天気に笑い転げ、


「ないすしゅーと、ですわ」

「ワオーン!」


 なぜか月はオオカミを褒めていた。

 人がわりとシリアスな気分のときに何をやってんだこいつら。



 



「わたくしは芳人さんと敵対するつもりはありませんわ」


 伊城木月ははっきりとそう宣言した。


「そちらと戦って勝てる気もしませんし、時間だってかかりますもの。

 今日はこれから四条でオフ会がありますし、ここは穏便に済ませていただければ、と」


 なんともひどい理由だ。緊張感のカケラもない。

 ちなみに何のオフ会か訊いてみたら、(ファンタシー)(スター)(〇ンライン)3との答え。

 女性プレイヤーだけの集まりだそうだ。


 ……あのシリーズ、まだ続いてたんだな。


 俺も1作目はD〇(ドリームキャス〇)でやってたっけ。

 異世界に召喚されたのが2007年の冬で、今は2024年の春。

 時の流れを感じずにいられない。


「わかった」


 本来ならここで捕えてしまいたいところだが、月という女、これまでの愛人連中とは格が違う。

 明らかにヤバい空気を感じる。

 静玖や玲於奈たちを退避させつつ全力で戦って、勝率は五分五分といったところか。


【鑑定】を使ってみれば、


 

  [名前] 伊城木月

  [性別] 女



 以下すべて不明という悲しい結果。

 アルカパがダメ神なのか、月がとんでもない存在なのか。

 後者であると信じたい。


「それでは失礼いたしますわ。ほら、ご挨拶なさい」

「ワゥ……」


 オオカミはなぜか寂しそうに俯くと、静玖にチラチラと視線を送った。

 

「あらまあ。……静玖さん、この子ったらすっかり貴女に懐いちゃったみたい。

 しばらく預かってもらえないかしら。それじゃあよろしくね」


 こちらが返事をする間もなかった。

 月はささっと話をまとめると、瞬間移動のような速さで公園の外に出ていた。

 ちょうど道路を通りかかったタクシーを止め、そのまま走り去ってしまう。

 

「クォーン」

「わっ、ちょっと、くすぐったい、くすぐったいですってば!」


 いっぽう置き去りにされたオオカミはというと、いつのまにやら柴犬程度のサイズにまで縮小し、嬉しそうに静玖の足元に擦り寄っていた。

 これ、向こうとしてはスパイを置いていった形になるんじゃないか?

 俺はすぐさまオオカミに《分析術式(アナライズリィ)》をかけるが、高い知性を持った魔物ということしか分からなかった。不審な点はゼロ。

 

「おやおや、芳くんってば動物にまで嫉妬してるんですか?

 振ったけれど俺のモノとか業が深いですね」

「違う、誤解だ」


 確かにオオカミを見つめていたが、それはあくまで魔法を使うためのこと。

 別に他意はない。


 それより、未亜たちだ。

 月は去り際に念話(テレパス)で2人の居場所を教えてくれていた。

 

 京都からは少しばかり離れた山中。

 方角としては南東になる。


 鴉城家か真月家にヘリを出してもらうべきだろう。


 ただ。

 この情報にはひとつだけ引っかかる点があった。


 付随していた月からのメッセージ。


『――()()()()()()()取り零してしまわないことをお祈りしておりますわ』



おまけ


「あれ、なんで芳人の複製が全員持ち出されてるんだ……?」 (by直樹)

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