閑話3-3 ボロルル砦の退き口(中編1)
閑話の各タイトルもいつものノリに変えようか迷っています。
フィリシエラが魔力を暴発させる少し前――
第四王子マルライトは自室で「ううむ」と唸っていた。
原因は、ついさっき砦に駆け込んできた1匹の伝書猫。
彼 (彼女?) が届けてきたのは、とても厄介な手紙だった。
差出人はマルライトの父親にしてカヴィ公国国王、ドロウサーク。
手紙の内容を簡単にまとめると、次の3点になる。
1.ボロルル砦の死守命令はマルライトの兄たちが勝手に出した偽の勅令であり、それに従う必要はない。
2.ボロルル砦からの撤退を王の名において許可する。
3.兄らは国王のドロウサークを幽閉し、宮廷で好き勝手に振舞っている。
どうか挙兵して自分を助けてほしい。
つまりは国王じきじきに「反乱を起こせ」と唆しているのだ。
「後継者を定めきれなかった己の責任であろうに、今更になって後始末を俺に押し付けるか」
マルライトは溜息をつかずにいられなかった。
今は魔王軍を退けることだ第一だ。
だというのに、なぜ人間どうして足を引っ張り合うのか。
「これでは勝てる戦いも勝てまい」
とはいえこの密書は渡りに船でもあった。
現状、兵士たちの間にはぬるい倦怠感が漂っている。
朝の時点では誰もが『公国男子の死にざまを魔王軍に刻み付けろ』とばかりに息巻いていたものの、フタを開けてみれば被害ゼロ。黒騎士の活躍によって圧倒的な勝利を手にしていた。
それはもちろん喜ばしい結果ではあるものの、決死の覚悟が空振りに終わってしまったことにより、緊張の糸がフツリと切れてしまったのだ。
もしここに魔王軍が攻めてくればどうなることか。
おそらく誰一人としてマトモに戦えまい。
そのあたりを考えるに、
「兵を挙げるかどうかは別として、ボロルル砦からは撤退するべきだろう」
と、マルライトは結論付ける。
「問題は、気持ちの切り替えか」
兵らの士気は下がりきっている。
脱走者が出ていないだけマシというものだが、このままでは迅速な行動は望めまい。
砦の空気を一変させるようなきっかけでもあれば、と思った矢先――。
爆音。
砦が激しく揺れる。
「何事だ!?」
マルライトは椅子から転げ落ちそうになったものの、その勢いのまま自室を飛び出す。
騒ぎの中心は砦の西側、黒鎧の青年が寝かされている部屋だった。
急いで駆けつけてみると、
「申し訳ございませんでした、ヨシト様」
「いや、こちらの落ち度だ。寝惚けてのこととはいえ限度というものがある。どうか許してほしい」
「いえいえ、もとはと言えば私が」
「いいや俺が」
青年とフィリシエラが、謎の謝罪合戦を繰り広げていた。
「……随分と仲のいいことだ」
マルライトは羨ましそうに呟くと、野次馬をしていた兵士に事情を尋ねてみた。
曰く、あの青年が寝惚けた拍子にちょっとしたお痛たを働いたらしい。
「自分はドアの影から覗いてたんですがね、ヨシト殿はフィリシエラ様の胸にこうやって顔をうずめて、頬擦りまで……」
「わかった、わかったから実演しなくていい」
「よく肥えているだけあってマルライト様もけっこう胸がありますな」
「デブのコンプレックスを刺激するんじゃない処刑されたいのか貴様」
兵士を軽く小突きつつ、マルライトはヨシトに目を向ける。
若い青年だ。
おそらく年のころは十代後半、自分と同じくらいに見える。
すらりとした長身にほどよく実った筋肉。
顎に脂肪はほとんどついておらず、その稜線は細く明瞭だった。
「悪くない」
ヨシトの外見は、(決して変な意味ではないが) マルライトの好みにピタリと嵌っていた。
もし公国民であれば侍従に取り立てていただろう。
このままその立ち姿を眺めていたいのは山々だが、時間というものは有限だ。
ゆえに、
「フィリシエラ、それくらいにしておけ」
マルライトは2人の謝罪合戦を止めにかかった。
「意中の男とじゃれあうのもいいが、今後のことを決めねばならん」
「……ついに脳までもが贅肉に変わってしまいましたか。お労しいことです」
いつになく冷たい瞳で睨みつけてくるフィリシエラ。
マルライトとしては軽い冗談のつもりだったが、どうやらまったく伝わっていなかったらしい。
「今後、か」
口を開いたのはヨシトである。
彼はマルライトのほうを向き直り、
「貴方がここの主なのか」
と、問いかけてくる。
「いかにも」
マルライトはいつになく胸を張り、堂々とした態度で――少し恰好をつけて――名乗りをあげた。
「自分はカヴィ公国の第四王子、マルライト・トゥマメア・ライ・スボール・スーンスター・カヴィだ。
先程の戦いではよく助太刀してくれた。感謝している」
「当然のことをしたまでだ。俺の名はヨシト、見てのとおり魔王軍と戦っている。
……急な話で申し訳ないが、この砦を譲ってほしい」
「砦を?」
「魔王軍を迎え撃つのに拠点が欲しい。そちらはとても戦える状況ではないだろう。砦の代金として囮は引き受ける、後方に退いて態勢を立て直すといい」
それはマルライトにとって渡りに船の提案だった。
ヨシトの実力をもってすれば魔王軍を足止めすることはたやすいだろうし、撤退にあたって後顧の憂いをなくすことができる。
「ふむ」
マルライトはしばし考え込む。
この時点の彼はまだフィリシエラから【鑑定】結果の報告を受けていないものの、ヨシトの正体についてはある程度の見当をつけていた。
半年ほど前、東のハイリア皇国で大規模な召喚儀式が執り行われていた。
それは異世界から勇者を召喚するためのもので、おそらくヨシトは勇者のひとりなのだろう。
であれば、あの異様なまでの強さも納得がいく。
「我々が撤退した後、ヨシト殿はどうするつもりなのだ」
「戦う。戦って、殺す」
素っ気ない調子で答えるヨシト。
ただ、その瞳にはわずかながら昏い光が宿っていた。
「魔物どもを殺して、殺し続けて、幹部連中を引きずり出す。引きずり出して、殺す。全員殺す。それだけだ」
「……ずいぶんと荒れているな」
マルライトがそう感じたのは、とくに根拠があってのことではない。
ただなんとなく、ヨシトからは自殺志願者めいた雰囲気が漂っているような気がしたのだ。
「もしも砦を渡さないと答えたら、どうする」
「困る」
「……それだけか?」
「困りすぎて貴方たちを実力行使で追い出すことになる。ただ、できれば人間同士で争いたくない」
「恫喝か。ヨシト殿はまるで盗賊だな」
おどけたように肩をすくめるマルライト。
それを見てヨシトは自嘲めいた笑みを浮かべ、
「連中のほうが余程マシだ」
と嘯いた。
「盗賊は生きるために奪うが、俺は殺すために奪うからな」
「なるほど、これは恐ろしい」
軽い調子で頷くマルライト。
「分かった。これより我らはボロルル砦から退去しよう。ただ――」
何もなしに、というのも体裁が悪い。
一対一で勝負し、自分に勝てたら、というのはどうだろうか。
……マルライトはそんな風に提案しようとしたが、
「お待ちください」
それより先にフィリシエラが言葉を発していた。
「いくら彼が相当の実力者とはいえ、公国の兵でないものに難事を押し付けるのは末代までの恥になりましょう。私も砦に残ります。マルライト様、どうか許可を」
それを聞いてマルライトは思った。
2人きりで砦を守るなんてロマン溢れるシチュエーションじゃないか、羨ましいぞ俺と代われ、と。
おそらく第四王子という立場になければマルライトも同じことをやろうとしただろう。
どこか捨て鉢なヨシトの姿を見るに、なんだか放っておけないような気がしたのだ。
しかし。
「俺一人でいい。貴方じゃ足手纏いだ」
ヨシトはフィリシエラに対して、まるで突き放すようにそう告げた。
ちなみにカヴィ公国の王様のフルネームは、「ドロウサーク・ルトゥドット・アイビックス・マイル・スーンスター・カヴィ」。
ヒント:星の〇〇ィ〇の絵描き歌(英語版)。
次回、異世界に召喚されてからボロルル砦に至るまでの芳人くんについて明かす予定。




