閑話3-2 ボロルル砦の退き口(前編2)
※ご都合主義注意(とくに【鑑定】まわり)
フィリシエラはソッと音を立てずに部屋へ入った。
ベッドの上には青年がひとり。
先刻、魔物たちを蹂躙してみせた黒騎士その人である。
いまは鎧を脱がされ、無防備な姿のまま寝息を立てていた。
「……案外と細いのですね」
というのが、フィリシエラの正直な印象だった。
青年の身体はよく鍛えられているが、筋骨隆々というほどではない。
これであの鉄塊のような大剣を振り回せるものだろうか。
常識的に考えれば、不可能、という答えになる。
しかし何事にも例外は存在する。
現にフィリシエラ自身がその典型なのだ。
彼女の一族は“混ざり者”――遠い祖先に魔族の血が混じっている。
身体能力は常人をはるかに凌ぎ、女子供であろうと片手でリンゴを握りつぶすことができる。
「この青年は“混ざり者”かもしれない」
フィリシエラはそう推測していた。
とはいえ同胞だとしても贔屓するつもりはなく、むしろ危険とさえ考えている。
なぜなら“混ざり者”のほとんどは魔王軍と通じており、人族にとっては獅子身中の虫ともいえる存在だからである。
「いまのうちに【鑑定】しておきましょうか」
補足しておくと、この世界には魔法のほか『レベル』『称号』『能力値』『スキル』『アビリティ』の概念が存在する。
【鑑定】とはスキルのひとつであり、『“小夜なる識神”アルカパの加護を受け、対象のステータスを解き明かす力』として知られていた。
「《どうかわたしにあなたの瞳を貸し与えください》」
祈りの言葉を呟いて、フィリシエラは青年の顔を覗き込んだ。
ここで少し解説を入れたい。
一般的に【鑑定】は『とても手間のかかるスキル』と認識されている。
なぜなら原則として、
――得られる情報量は、対象との接触度に比例する
からである。
これについては先人たちが分かりやすい目安を残しており、曰く、
ランクⅠ 遠距離からの視認 名前のみ
ランクⅡ 近距離での視認 名前+性別・年齢・種族・レベルのうち1つ
ランクⅢ 近距離での凝視 名前+性別・年齢・種族・レベルのうち2つ
ランクⅣ 軽度の身体接触 名前+性別・年齢・種族・レベルのうち3つ
ランクⅤ 中等度の身体接触 名前+性別・年齢・種族・レベル
ランクⅥ 高度の身体接触 ランクⅤ+能力値概要+称号、スキル、アビリティの1/3
ランクⅦ 濃厚な身体接触 ランクⅤ+能力値詳細+称号、スキル、アビリティの2/3
ランクⅧ 相手の同意or殺害 全ステータス開示
※ 称号に【アルカパ神のお気に入り】を持つものは、ランクに大きな補正がかかる。
※ 身体接触の内訳は、
軽度=手を握る 中等度=キス 高度・濃厚=(お察しください)
※ アルカパ神がコメントを加えることも多い。
となっている。
そしてこの時点でフィリシエラが得た情報は、
[名前] ヨシト・ハヤブサ
[性別] 男
[種族] 不明
[年齢] 不明
[称号] 不明
[能力値]
レベル128
攻撃力 不明
防御力 不明
生命力 不明
霊力 不明
精神力 不明
敏捷性 不明
[アビリティ] 不明
[スキル] 不明
[コメント] 寝てるからってヘンなイタズラしちゃダメだよ!
と、いうものであった。
「……どういうこと、でしょうか」
フィリシエラは怪訝な表情を浮かべる。
理由は、青年のレベル。
人族は比較的レベルアップの早い種族だが、寿命や老化といった外的要因が邪魔をし、
「どれだけ頑張ってもレベル90を越えることはできない」
と言われていた。
だが青年はレベル128、3桁の大台に乗っている。
これをどう考えるべきか。
フィリシエラの頭に浮かんだ推論はふたつ。
1.青年は、人族の限界を超えた英雄である。
2.青年は、人族に化けた魔族である。
魔族のなかでも上位種となれば数百年もの寿命を誇り、レベルが100に達する者も珍しくない。
現実的に考えれば2が答えになるところだが、
「世の中、何事にも例外がありますから」
誰ともなく言い訳するフィリシエラ。
おそるおそる青年へと手を伸ばし、その腕に触れてみる。
【鑑定】の結果は……変わらない。
次に、自分と青年の手の甲をピッタリと合わせた。
しかしステータス欄はあいかわらず「不明」だらけ。
「……ッ」
フィリシエラは意を決して青年の手を握る。
ぎゅっ、と力強く。
勢い余って指まで絡めていた。
ふと、その脳裏を先の戦いがかすめる。
眼前に迫るコボルト。
突如として現れた黒騎士。
フィリシエラをかばうように抱き寄せる、力強い腕の感触――。
青年の手はひんやりとして心地よかったが、フィリシエラの耳と頬、それから心臓は不思議と熱を帯びていた。
やがてステータスが更新される。
新たに判明した情報は、年齢。
18歳。
フィリシエラの2つ下である。
これで少なくとも「数百年を生きる魔族」という可能性は否定できたものの、ひとつ、新たな疑問が沸いてくる。
たかだか18年しか生きていないのにレベル128とはどういうことなのか。
訳が分からない。
もっと情報が必要だ。
フィリシエラはあらためて青年の顔を見つめる。
意外に睫毛が長いことに気付いた。
青年は決して「眉目秀麗な美男子」というわけではない。
だがこれまで幾多の死地を潜り抜けてきたのだろう、顔は無駄なく引き締まっている。
それはフィリシエラの好みからそう外れてはおらず、
「【鑑定】のため、そう、【鑑定】のためです」
ひとり小さく呟き、深呼吸し、静かに寝息を立てる青年へと顔を寄せ――
「ん、ぁ……?」
「ッ――!」
唇が触れる寸前、青年が目を覚ました。
それだけではない。
「むにゃ、むにゅ…………むにゅ?」
フィリシエラは慌てて身を引いたものの、同じタイミングで青年は上体を起こしていた。
結果。
ぽよん、と。
エプロンドレス越しではあるが、胸の谷間に顔を押し付ける形になっていた。
「な、な、な…………っ!」
二の句が継げず、赤面して口をパクパクさせるフィリシエラ。
この場にマルライトがいれば「あいつもこんな顔ができるのだな」と爆笑していただろう。
ところで上位魔族や“混ぜ物”の場合、大きなショックを受けた時に魔力を暴走させてしまうことがある。
それもあってフィリシエラは常々クールな振舞いを心掛けていたのだが、ここにきてその臨界点を突破した。
すなわち、大爆発である。
ボロルル砦が崩壊するほどではなかったが、ベッドごと芳人は吹き飛ばされていた。
……駆けつけてきた兵士たちが目にしたのは、なぜか胸を押さえながらプルプルと震えているフィリシエラと、ベッドの残骸に埋もれてヒクヒクと震えている青年の姿だった。
「勇者だ」
「勇者だな」
「まさかあのフィリさんにセクハラするなんて」
「……あいつ、いい尻をしてるじゃないか」
兵士たちは互いに囁き合い、敬意のまなざしを青年に向けた。
クール系のメイドさんにこっそりキスされたいだけの人生だった
閑話3はあと4話で終わりますが、更新頻度を早めにして本編に戻る予定です。




