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閑話3-1 ボロルル砦の退き口(前編1)

黒騎士時代(わりと荒れてた頃)の芳人くんの話。

『星のカービ●』の絵描き歌について検索してみると少しハッピーになれるかも。


前半三人称、後半一人称の予定。

説明不足すぎるところがあれば感想欄で指摘していただけると幸いです。


8/26 17:30 後半部、フィリシエラの反応を大きく変更

 砦がひとつ、魔族の手によって落とされようとしていた。


「兄貴どもは宮廷で大喜びしているだろう」


 というのが砦の主、第4王子マルライト・トゥマメア・ライ・スボール・スーンスター・カヴィの感想である。


 なぜ負けているのに喜ぶのか。

 彼には3人の兄がおり、いずれも次の玉座を巡って激しく対立していた。

 マルライト自身は王位にまったく興味がないものの、兄たちはそれをまったく信用していない。

 3人は常日頃から末弟を蹴落とすチャンスを狙っており、こうして危機にあると知れば、心配ではなく歓喜が先に立つことは容易に推測できた。


「兵があるうちにクーデターでも起こしておくべきだったか」

 

 と、マルライトは物騒なことを呟く。

 彼が西方の辺境、ボロルル砦の司令官を任ぜられたのは1年前のことである。

 ちょうど16歳の元服を迎えた日のことであった。

 以来、寡兵ながらも必死に魔王軍の侵攻を退けてきたものの、兄たちの陰謀によって兵站を絶たれ、ついに最期を迎えようとしていた。


「……俺が玉座についていれば、あるいは、魔王軍を打ち破ることができたかもしれんのにな」

「それは無理な話でしょう」


 彼の夢想をばっさりと切って捨てたのは、護衛兼侍従のフィリシエラである。

 年のころは20歳ほどであろうか。

 抜けるように白い肌、煌めくような金髪。

 紫を基調とした上品なエプロンドレスがよく似合っている。

 美しさにおいては非の打ちどころがないが、しかし、護衛としてはどうなのか。

 その肢体は針のように細く、短刀(ナイフ)を振るうことすら難しいようにも見える。


「マルライト様は戦上手かもしれませんが、およそ政というものに向いておりません。

 国内の混乱を収めきれないまま魔王軍に打ち破られるのが関の山かと」

「冷たいことを言ってくれるなよ、フィリシエラ。夢想するくらいは自由だろう。それだから嫁の貰い手がつかんのだ」

「あいにく、これが私の性分ですので」

 

 眉ひとつ動かさずにそう言ってのけるフィリシエラ。

 マルライトは嘆息し、


「……結局、最後まで鉄面皮だったな」


 と、密かに独語(ひとりご)つ。

 この不愛想な侍従との付き合いは5年に及ぶが、彼女が泣き笑いする姿など一度も見た覚えがない。

 常に真顔。

 もはや機械人形かなにかではないかと疑いたくなる無表情ぶりだった。

 

「まあいい。――さて、行くか」


 マルライトはその肥満体に鎧を纏っていた。

 これより自ら先陣に立つ心算である。

 おそらく生きては帰れまい。


 本来ならば撤退すべきところであろう。

 しかしつい先日、「第四王子マルライトはボロルル砦を死守し、以て国の盾となるべし」との勅令が下されていた。

 情に厚い国王(父親)がこのような命令を出すとは思えない。

 おそらくは兄たちの誰かが策を巡らせたのだろう。

 

 とはいえ勅は勅、逆らえば叛意ありと見做される。

 魔王軍の侵略に晒されている今、国を割るような事態だけは避けねばなるまい。


「ままならんものだ」


 微苦笑しつつ、マルライトは出陣する。

 彼の後ろには百余名の兵が続いた。

 命を惜しむ者はすでに逃げ去っている。

 残ったのは死を恐れぬ荒益男のみであった。

 

 砦を取り囲むのは、何百何千という魔物の群れ。

 スライム、コボルト、オーク、ハーピィ、リッチ――。

 獰猛な視線がこちらに突き刺さる。


 その中でマルライトは黒い愛馬の腹を蹴り、敵陣の真っ只中へと飛び込んでいった。


「――はァッ!」


 気合を発して大槍を振り回せば、そのたびに血飛沫が舞い、彼に襲い掛かる魔物たちが命を散らす。

 背後を守るのはフィリシエラの役割だった。

 得物は細い偃月刀である。

 まるで舞踏のような足取りでもって魔物たちの攻撃をいなし、すれ違いざまに首を刎ね、喉笛を切り裂き、心臓を貫く。

 

 他の兵たちもそれに劣らぬ活躍を見せていたが、しかし、いつまでも全力で戦い続けられるわけではない。

 やがて疲労によって動きが鈍り、ひとり、またひとりと討たれてゆく。


 それはマルライトも例外ではなかった。

 馬が力尽きてなお戦い続けていたものの、四方八方をオークに取り囲まれてしまう。

 迫る白刃。

 マルライトは紙一重で凌いでいるものの、徐々に手足の傷が増えてゆく。


「くっ……」


 ここまでなのか。

 せめて大将首を道連れにしたかったが、それもかなわぬ夢らしい。


 フィリシエラはどうなのだろうか。

 護衛とはいえやはり女性。

 可能ならば逃げてほしいところであるが、しかし、彼女はやや離れたところで地面に膝を衝いていた。

 それは致命的な隙である。

 殺到する魔物たち。

 一匹のコボルトが雄叫びとともに斧を振り下ろす。


 マルライト。

 フィリシエラ。

 両者ともほどなくして死を迎えるはずであった。


 だが、その寸前。


 ――大地に黒い流星が落ちた。


 轟音、衝撃。

 烈風とともに土煙が爆ぜる。

 中心に立っているのは漆黒の鎧騎士。

 左腕でフィリシエラを守るように抱き、右手には鉄塊のような大剣を構えている。

 とても片腕で振るえるような代物には思えない。

 

 だが黒騎士はそれを軽々と持ち上げると、眼前のコボルトへと無造作に叩きつけた。

 目玉が飛び出し、毛むくじゃらの体躯がひしゃげて潰れる。


 続いて横薙ぎに一閃。

 あたりを囲むオークたちが十数匹、まとめて胴を切り裂かれて絶命した。


 そこからの戦いはあまりに一方的なものだった。

 まるで火にくべられた氷のごとく、魔物の軍勢が溶けてゆく。

 一匹として黒騎士に傷をつけることもできず、ただひたすら蹂躙されるのみ。


 群を圧倒する個。

 それはまるで古代の英雄譚が蘇ったかのような光景だった。


 


 * *




 やがて魔物たちが退いてゆくと、黒騎士は精根尽き果てたようにその場へと倒れ込み、そのまま大きな寝息を立て始めた。


「……豪傑だな」


 マルライトは驚き半分、呆れ半分に肩をすくめる。

 それから生き残りの兵隊に命じ、この英雄を砦へと運び込ませた。


「彼は、何者なのだろう」


 砦に戻ってからというもの、マルライトはそればかり考えていた。

 最もありうる可能性は傭兵だが、あれだけの実力者なら名が知れ渡っているはずだ。

 黒鎧に大剣。

 そのような傭兵の噂は聞いた覚えがない。

 

「フィリシエラはどう思う?」


 (かたわら)の侍従に尋ねてみると、


「分かりませんが、信用しすぎるのは危険かと」

「何故だ。彼は我々を助けてくれたぞ」

「あるいは魔族の手の者かもしれません。

 人族に化け、マルライト様に取り入ろうとしている。そのような可能性も考慮しておくべきでしょう」

「馬鹿な、いまさら俺になど擦り寄って何の意味がある」

「反乱を唆すため、とすればいかがでしょう」


 人間同士の争いが始まれば、魔王軍はより容易にこの国を攻め滅ぼすことができる。

 それを考えれば先程黒騎士に屠られた魔物など“安い投資”かもしれない。

 ……フィリシエラはそのように説明した。

 

「いや、さすがに考えすぎではないか」

「魔族の中には数百年の時を生き、狡知に長けた者も多いと聞きます。

 我々の想像も及ばない策を打ってくる可能性もありましょう」

「ならばあの騎士、どう扱えというのだ」

「ひとまずは私が監視につきましょう。間諜ならばいずれ尻尾を出すかと」

「ふむ」


 マルライトは頷くと、少しいたずらっぽい表情を浮かべ、


「それはあの騎士と2人きりになるための口実か?」


 と口にした。


「なにせ命の危機を救われたんだ。うっかり惚れてしまっても……冗談だ、冗談。そう睨むんじゃない」

「私はいつも通りですが」


 ぴしゃりと言い放つと、フィリシエラは一礼してマルライトの前を辞去する。


「……別にそうムキにならんでもいいだろうに」


 一人残されたマルライトはポツリとつぶやいた。

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