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閑話2-1 九郎岳トンネルの幽霊 (前編)

芳人4歳の夏、二章と三章のあいだの話です。

吉良沢家の里帰り。


親戚が集まると、ひとりふたりはヘンな人がいますよね……

 夏、それは里帰りの季節。

 この時期は大渋滞のせいで高速道路が低速道路になるものだが、夜も明けきらぬ頃に出発したおかげだろう、修二さんの車はすいすいと進み、昼過ぎには目的地に辿り着くことができた。


 長野県九郎岳(くろうだけ)市。

 山間に位置する小都市のひとつで、長い坂道を上った先にはものものしい風情の武家屋敷が鎮座している。


 ここが修二さんの実家だ。


 吉良沢家というのはいわゆる”地元の名士”というやつで、室町時代から続く由緒正しい家系らしい。

 家そのものは長男が継ぎ、それ以外の兄弟姉妹はいずれも全国に散らばっている。

 さて問題。

 修()さんは兄弟のなかで何番目にあたるでしょう。

 って、クイズにするまでもないか。

 名前通りの次男坊だ。

 

「アンタが芳人かい」


 それは吉良沢の屋敷に到着してすぐのことだった。

 やたらと眼光の鋭い老婆が声をかけてきたのだ。

 吉良沢カナ江。

 修二さんからすれば祖母、未亜からすれば曾祖母にあたる人物で、今年で88歳の米寿を迎える。

 今回の里帰りはそれを祝うためのものだった。

 

「ちょっとついてきな」


 カナ江さんはくるりと背を向けると、廊下の向こうと歩み去っていく。

 どうにも不機嫌そうな様子だが、なにか気に障ることでもやらかしてしまったのだろうか。

 むしろ存在自体がアウトとか?

 そもそも吉良沢家の人間じゃないしな、俺。

 

「兄さん、あたしも一緒に行ったげようか?」


 気づかわしげな表情を浮かべる未亜。

 俺は「大丈夫だ」と答えると、すぐにカナ江さんの後を追った。


 そうして辿り着いたのは、奥まった場所にある和室のひとつ。

 やたら大きな液晶テレビが置いてあって、さらにはSFC(スーパーファミコン)やらNTD(ニンテンドー)64といったレトロなゲーム機が並んでいる。

 なんだか宗源さんの部屋にそっくりの雰囲気だな……と思っていると、


「アンタ、宗源と仲がいいらしいね」


 カナ江さんはいきなりそんなことを言い出した。


「宗源さんのこと、知ってるんですか?」

「アタシの古い教え子のひとりだよ。今もときどき電話で喋ることがあるのさ」


 カナ江さんと宗源さん。

 ちょっと意外な繋がりだった。

 教え子ということは、つまり、カナ江さんは小学校なり中学校なりの教師だったということだろうか。

 

「最近はずっと『芳人がどうしたこうした』ばっかりでね。ずいぶん気に入られてるようじゃないか」

「ええ、まあ」

「聞いた話じゃアンタ、古いゲームが得意なんだろう? ちょいと相手をしちゃくれないかね」


 なるほど。

 どうやらカナ江さんは宗源さんと同じで、レトロゲームの愛好家らしい。

 もちろん断る理由はない。

 俺が頷くと、カナ江さんはにやりと笑ってSFC(スーパーファミコン)の電源を入れた。


 




「――もう一回、もう一回だよ!」


「きょ、今日のアタシはパズル脳じゃないみたいだよ。次はレースものにしようかねえ」


「おっと、手が滑っちまったよ」(テレビのコンセントを抜く)






 結論から言うと、カナ江さんは超ド級の負けず嫌いだった。

 自分が勝つまでやめないタイプで、追い詰められるとスタートボタンでポーズをかけたり、テレビの電源を落としたり。

 普通の子供ならここでキレるところだろうが、俺を誰だと思っている。

 異世界で邪神と戦っていた頃に比べればはるかにマシだ。


 ボンバーマ○。

 テトリ○。

 ぷよぷ○。

 F-ZER○。

 ストリートファイタ○Ⅱ。

 

 その他たくさんのゲームで対戦を重ね、気が付くと日が暮れていた。

 結果は俺の勝ち越し。

 カナ江さんはものすごく悔しそうだった。

 うーん。

 今更だが、ほどほどに手を抜いておけばよかったかもしれない。

 もしかして俺、実はけっこう負けず嫌いなのか?

 途中からは「理不尽ごと貴様を叩き潰してやる」って感じになってたしな……。


「アンタ、なかなかやるじゃないか。死んだジイさんを思い出しちまったよ」

「カナ江さんこそ」


 ただ、お互いに全力でぶつかったおかげか心の距離は縮まったような気がする。

 意地っ張り同士の共感、だろうか。

 俺たちは互いの健闘を称え合いつつ部屋を出た。


 ゲームに熱中していたせいで気づかなかったが、吉良沢の屋敷はずいぶんと賑やかなことになっていた。

 というのもこの日、カナ江さんの米寿祝いのために親戚一同が勢揃いしていたからだ。

 ざっと数えて30名近く、幼い子供連れのところもチラホラとあり、そうなると当然トラブルがつきものなわけで――


「ねえねえそれちょうだい」

「ごめんね、これは兄さんがくれたものだから……」

「やだやだちょうだいちょうだいそれほしいのわああああああああーっ!」

「ちょ、や、やめて、やめてよ!」


 それは食事の後、大人たちが酒盛りを始めた矢先のことだった。

 いきなりの騒ぎに視線を向ければ、未亜に向かって同い年くらいの女の子が噛みつこうとしていた。

 どうやら未亜が左手に嵌めている指輪を欲しがってのことらしい。

 以前、俺がプレゼントしたものだ。


「こらっ、やめなさい彩芽(あやめ)!」


 止めに入ったのは母親と思しき茶髪の女性。

 名前はたしか雛子(ひなこ)

 修二さんの従妹にあたる女性で、本家筋からは外れている。

 これにて一件落着、と思いきや、


「ごめんなさいね。でも、こうなるとうちの子っていうことを聞かないのよ。お願いだから譲ってあげてくれない?」


 などと言い出したのだ。


「彩芽ちゃん、まだ幼稚園の年長さんなの。貴女のほうがお姉ちゃんなんだし、ね?」

「そうだそうだ。小さい子には優しくせんと、大変なことになっちまうかもしれんなあ」


 さらには父親だろうか、パンチパーマで赤ら顔の男までもが出てくる。

 趣味のアロハシャツを着て、いかにも“中年のチンピラ”という雰囲気だ。

 これ見よがしに腕まくりをして、ブンブンとビール瓶を振り回している。

 しかし、


「いや」


 怖気づいた様子もなく、きっぱりと未亜は言い切った。


「これは大事なものなの。だから絶対にいや」

「チッ、テメエ……!」


 舌打ちして凄む中年チンピラ。

 そこに、


「いい加減にしな!」


 力強い一喝。

 口を開いたのはカナ江さんだった。


「あんまり言いたかないけどね、ヒトの祝いの席で何をやってるんだい! そりゃ子供が騒ぐのは当り前さ。けど雛子、それをちゃーんとしつけるのが親の仕事ってもんだろう」

「で、でも、うちの彩芽は6歳だし……」


 弱弱しく反論する雛子。

 その時、親戚のひとりが、


「あれ、未亜ちゃんってまだ4歳だったよな」


 と呟いた。

 それは小さな声だったが、場が静まり返っていたせいではっきりと聞き取ることができた。

 場はたちまち白けた空気に包まれる。


「うそ」


 絶句する雛子。

 まあ、仕方がないといえば仕方ない。

 俺も未亜も人生2週目なわけで、そのせいか実年齢より上に勘違いされることが多いのだ。


「……クソが!」


 チンピラ中年はというと、足元にビール瓶を叩きつけると外に出て行った。

 いくら酔っているとはいえ粗暴すぎやしないだろうか。

 


 



 * *


 




 宴はひとまずお開きとなった。

 子供たちを寝かしつけた後、大人だけで仕切り直すつもりらしい。


 とはいえ俺は眠りこけるつもりはなく、屋敷のあちこちに使い魔を放っておくことにした。

 あのチンピラ中年、どうにも常識というものが通用しなさそうな雰囲気だった。


 俺たちのことを逆恨みしてお礼参りにやってくる。

 そういう可能性がないともいえないし、警戒はしておいてもいいだろう。



 結果、俺の予感は的中することになる。


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