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第54話 告白されると相手が世界一可愛く見えてくるのが男のサガ

お待たせしました……!


前半が「静玖・三人称」、後半が「芳人・一人称」

 斯くて――

 芳人が忘却の棺を開き、己と直樹と真姫奈を巡る因果に触れたのと同刻。


畢竟(つまり)、お義兄様は“呪い”を掛けたのです。

 ――自分たちのことを思い出すな。

 ――恋人を作ってはいけない。

 この(ふた)つは今も厳然と芳人さんの生を縛りつけています」


「呪い、ですか……」

 

 静玖もまた、同じ話を伊城木(いしろぎ)(ゆえ)から聞かされていた。


「なんだか意外です。芳人様が、今までずっと呪いに気付いてなかったなんて」


「あら御免なさい、“呪い”という言い方が悪かったかしら。これはあくまで言葉の綾、物の(たとえ)ですわ。

 だってお義兄様は精神干渉を行っただけで、呪術らしい呪術は使っておりませんもの。

 とはいえ相手に密かな害を与える点を(かんが)みれば、“呪い”という表現が相応しいかと」


「じゃあ、魔法で呪いを解いたりはできないんですか?」


「ええ、通常の手段では不可能ですわ。

 方法はただひとつ。芳人さんが“呪い”の存在を認識し、己に対して精神干渉を行うこと。

 自分で自分の脳を手術するようなものですし、難度としては上の上。

 日本でそのようなことが可能なのは、まあ、せいぜい石蕗(つわぶき)家の人間くらいでしょう」


「なら、誰にもできないってことですよね……?」


 静玖がそう問うたのには理由がある。

 日本において精神干渉の技術を持つのは三家。

 石蕗(つわぶき)山菊(やまぎく)八角(はっかく)

 このなかで石蕗家は20年ほど前に血が絶えていた。


「いえいえ、もしかすると芳人さんなら簡単に成し遂げてしまうかもしれません。

 なにせわたくしと同じで……ああ、いえ、それよりも『恋人を作ってはならない』という呪いについて興味はありませんこと?

 静玖さんにも関係していますし、お話しておこうと思うのですが」


「ありがとうございます。でも月さんが言いかけたことのほうが気になるんですけど……」


「さて何のことやら。わたくしには分かりかねがねでおじゃりますわ、おほほ」


 月はあさっての方向へと目を逸らす。

 これで誤魔化される人間などいないだろうし、実際、静玖はますます疑念を強めていた。


「教えてください。芳人さまと月さんが同じっていうのはどういう意味――「はい記憶操作ドーン!」……あれっ? すみません、わたし、何の話をしてましたっけ」

 

「『恋人を作ってはならない』という呪いについてですわ」


 静玖の記憶を(いじく)ったにも関わらず、平然とした様子で答える月。


「もともとそれは『鈍感・難聴』と呼ぶべきものでした。

 他者からの恋愛感情に気付けず、好意を示す言葉はすべて聞き逃す。

 芳人さん自身、異性そのものへの興味はあっても特定個人に恋愛感情を抱くことはない。

 それによって『恋人を作らない』という状況を実現していましたの」


「なんだかラブコメの主人公みたいな感じですね……」


「たとえば?」


「えっと……」


 こういう時、いきなり具体例を求められると困ってしまうものだ。

 静玖はしばらく考えたのち、いくつか自分の知っている作品を紹介した。


「成程、興味深いですわね。機会があれば読んでみますわ」


 静玖の経験上、この手の返事は『興味がない』『読まない』と同義である。

 まあ世の中そんなものですよねサブカルは肩身が狭いです、と内心で嘆息した。


「話を戻しましょう。かつての芳人さんは『鈍感・難聴』の状態にありましたが、高校で真姫奈さんと再会し、不完全ながら呪いを破っています。そこにお義兄様が二度目の精神干渉を行い、さらにはトラック事故による死を経験したことで、暗示は奇々怪々な形に(ゆが)んでしまいました。

 一言でまとめるならば『悲恋』でしょうか」


 月はそのように語ると、続いてどこか懐かしげに、まるで詩を吟じるようにこう謳いあげた。


 ――彼は死者しか愛せない。

 ――彼に思いを寄せる乙女は皆、それに先立って死の足音を間近に聞いている。

 ――運命はいつも彼女らを断頭台に上げ、彼の登場を待たずして処刑の鎌を落とすだろう。


「芳人さんは無意識のうち、悲恋に終わるような異性に惹かれてしまう。

 そしてどれだけ幸福な結末を求めようとも、必ず、寸前で取り零す。


 たとえば吉良沢未亜の前世――ミーア・グランズフィールド。

 芳人さんはあの子を救おうとしていましたが、あえなく邪神の依代となり、不遇のうちにその生を終えました。

 他にも多くの女性が、揃いも揃って悲惨な末路を遂げていますの。

 斬死、縊死、絞死、焼死、圧死、横死、餓死、溺死、凍死――。


 ねえ静玖さん、わたくしの大切なお友達。

 どうか命を大事になさってくださいな。

 

 ……だって貴女」








 死相が見えていますもの。









 * *




 




 前世からずっと俺は童貞だ。

 異世界での死の間際、ミアと心中するまで恋人なんていなかった。

 それは伊城木直樹のせいだろうか。

 

 “向こう”で親しくなった異性もいた。

 けれどみんな、まるで呪われでもしているかのように死んでいった。

 それは伊城木直樹のせいだろうか。


 否。

 否だ。


 彼女ができなかったことを他人のせいにするなんて、ちょっと格好悪すぎるだろ。

 誰かを助けられなかったことを他人のせいにするなんて、どう考えても恥の上塗りだろ。


 俺は、自分が積み上げてきた屍に対して真摯でありたい。

 暗示に掛かっていたことも含めて「己の不甲斐なさ」で括るべきで……って、はいここでストップ。

 14歳系のうっとうしい主張になりつつあるぞ。

 もっと面白い話をしよう。

 

 えーと。

 男というのはわりと現金なものでして、真姫奈が初恋の相手で両想いだったことが分かった途端、なんだかものすごい美人さんに見えてくるんですよね。客観的に見ても容姿が整っていますが、今はもう、言葉では表せないときめきのようなものを感じ……るよりも息苦しさが先に立つ。

 畜生。

 どうしてずっと忘れていたんだ。

 伊城木直樹のこと。

 神薙真姫奈のこと。


 もっと早くに思い出すことはできなかったのか?


 ああ、そういえば。

 俺は0歳の頃からオヤジに過剰なまでの敵意を覚えていたが、あれは封じられた記憶のせいだったのかもしれない。

 もっと自分自身の感情について注意を払っていれば、その時点で暗示に気付けた可能性だって――。


 いや、それはないか。

 落ち着け、俺。

 自分に言いがかりをつけてどうする。

 男のネガティブスパイラルなんて誰得だよ、なあ?


 そういうわけで冷静になろう。

 ビークール。

 英語で書くと“Be kool”。

 間違えた、“Be cool”。

 ちなみにKoolってのはタバコの銘柄だが、一説によると『Keep Only One Love』の略らしい。

 訳すと「ひとつの愛を貫く」。

 まあ、俺はぜんぜん貫けてなかったわけだけどな!

 忘れてたし!

 つーかこのネタ前も使わなかったか!?


 はははは、ははは、はははっ……はぁ…………。


 なんていうか、さ。

 いろいろと衝撃の事実が多すぎて、正直、ビックリくりくりマジ○クリンだ。

 頑固な汚れもこすらず落とし、頭の中までまっしろけ。

 集中力も乱れに乱れ、真姫奈へのアクセスを維持できない。


「……仕切り直したほうが、いいな」


 誰ともなく呟き、俺は精神干渉を中止する。

 そうして意識を現実に引き戻して、妙に熱い目元を右腕で拭った直後、



 ――パラリーララ、パラリララララー。


 

 笛の音が響き渡る。

 そのメロディーは、誰もがよく知るラーメン屋のチャルメラ。

 小学校のころ、俺が自分の『登場BGM』に使っていたもののひとつだった。


 少し離れたミズナラの木が揺れ、中から人影が飛び降りる。

 背はそこそこ高い。

 170cmほどはあるだろう。

 黒い僧衣に身を包み、頭には深編笠をかぶっている。

 ただし口に咥えているのは、尺八ではなくリコーダー。

 ソラシーラソ、ソラシラソラー。

 ふたたびチャルメラのテーマを吹くと、芝居がかったしぐさで深編笠を投げ捨てた。



 その下から覗いた顔は、


「芳、くん……?」


 すぐ隣で玲於奈が絶句する。

 一緒にヘリで飛び降りてきた朝輝と白夜も動けないでいた。

 

 もちろん俺も例外じゃない。

 

 なぜなら僧衣の男は、前世の俺そのものの外見をしていたからだ。


ヒント:トラックに轢かれた前世芳人の死体はどこにいったでしょう。

    (異世界へは魂だけ転移し、肉体は再構成されています)


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