第53話 初恋は2度とも実らない。
芳人視点からの回想。
第37話の10-13文め(かつて異世界に召喚された経緯)を思い出すといいかも。
精神干渉で真姫奈の記憶を辿るうち、俺はいろいろなことを思い出していた。
今を遡ること26年前。
西暦でいえば2000年、20世紀最後の年。
当時10歳だった俺は、久板という田舎町で2人の少年少女に出会った。
伊城木直樹、そして、神薙真姫奈。
どうしてこんな大切なことを忘れていたのかって?
まあまあ、後でちゃんと説明するから待っててくれ。
――その前にひとつ、コイバナをしよう。
あの頃の俺はかなり頭のおかしなヤツで、『正義の味方』ごっこに夢中だった。
「俺の名はヨシト。お前に名乗る名前はない」
マジで意味不明だよなこのセリフ。
我ながら腹をかっさばいて死にたくなる。
「一人一人が自分にできることをやるべきだ」
小学生が課題作文でとりあえず締めに使うようなフレーズを本気で信じていて、ガキ大将を叩きのめしたり、痴漢や強盗に襲い掛かったり――まあ要するに「ひとり自警団」だ。
いや、悪人専門の通り魔というべきだろう。暴力を振るってる時点で俺もろくでなしの一人なわけだし。
一体なんであんなことをやってたのやら。
その年の1月からテレビで『仮面ライダークウ○』が始まってたし、たぶん影響されていたんだろう。
フォームチェンジのかわりに衣装チェンジ。
服装に合わせて意図的にキャラを変えてたような気もする。
ま、要するに早すぎた中二病だ。
ところで『中二病』をwikipediaで調べると「思春期にありがちな自己愛に満ちた空想や嗜好などを揶揄したネットスラング」とある。
そう、自己愛だ。
世のため人のためと嘯きつつ、実のところ俺は「どれだけ上手に正義の味方を演じられるか」ということにしか興味がなかった。
「ヒーローやってる俺カッコいい」
求めるものは自己陶酔。
極端な言い方をするなら、他人なんかどうでもいい。
助けた相手に感謝されなくても平気だし、むしろその方がヒーローっぽい。
うん。
ナルシストここに極まれり、って感じだな。
胸が痛い。
真姫奈に出会ったのは、そんな時だった。
俺は奇抜な言動のせいでまわりから距離を置かれていたが、彼女だけは例外だった。
街中でたまたま再会して、花火大会に誘われて――外面こそなんとか取り繕っていたものの、俺の心臓は炉心融解しそうなほどバクバクしていた。なにせ生まれて初めてのデートだったんだから。
でも、楽しかった。
俺の一挙手一投足に反応して、照れたり照れ隠しにぶっきらぼうになってみたり、そんな真姫奈が可愛かった。
射的で当てたぬいぐるみをプレゼントした時なんかは、「わぁ……」と声をあげて蕩けるような笑みを見せてくれて――あのとき、自己満足で塗りつぶされた俺の世界にヒビが入ったんだ。
真姫奈をもっと喜ばせたい。笑顔にしたい。
彼女のためなら何だってできる。
そう思うようになっていた。
……俺は、真姫奈に恋をしていたんだ。
正直、あの日の花火はあんまり覚えていない。
記憶を封じられていたとかそういうわけじゃなく、真姫奈のことしか頭になかったんだ。
そして花火大会の帰り道。
俺たちは手を繋いで夜道を歩いた。
指を絡める恋人繋ぎ。
互いの心はあまりにも明らかで、けど、俺はヘタレだった。
何も言えないまま時間が過ぎ、やがて真姫奈の家が近づいてくる。
――いっそこのまま腕を引いて攫ってしまおうか。
たまらない気持ちを抱えたまま最後の角を曲がると、その先には、
「2人とも、仲良しなんだね」
白いワンピースの少年が待ち受けていた。
伊城木直樹。
その顔からは表情という表情が抜け落ちていた。
声も抑揚がなく平坦だ。
頭上では古びた電灯がパチパチと明滅を繰り返している。
「な、直樹、違うんだ、これは、その……」
ばつが悪そうに口ごもる真姫奈。
その横で俺は考えを巡らせる。
どうやらこれは三角関係らしい。
頂点はそれぞれ、俺、真姫奈、直樹。
ちなみにこの時、俺は『ガキ大将から助けたワンピース姿の子』が男であることを知っていた。
情報源は、六紅たち。
リベンジマッチを挑んできたところを返り討ちにし、ついでに知っていることを洗いざらい吐かせたからだ。
おかげで真姫奈と直樹が幼馴染であることも把握していた。
そのへんを踏まえるに、構図としては「俺→真姫奈←直樹」という形だろう。
直樹が女装している理由は分からないが、向こうからすると俺は「幼馴染を奪おうとするライバル」に違いない。
ならばここはどう振舞うべきだろう。
できれば真姫奈を悪者にしたくない。
だったら――
「見てわからないか、こういうことだよ」
俺は真姫奈のオトガイを掴むと、くい、とかるく持ち上げた。
そのまま彼女のくちびるを奪う……フリをする。
10歳の俺はまだ人生経験が浅くって、アニメやマンガの知識がそのまま現実に当てはまると思っていた。
幼馴染というのはカップルになるべき存在であり、俺のポジションはお邪魔虫。
強引にキスを迫れば、きっと真姫奈はビンタしてくるはず。
俺は捨てセリフを吐いて退散、直樹と真姫奈は雨降って地固まる。
めでたしめでたし。
……などと考えていたら。
「――――んむっ!?」
不意に、口を塞がれていた。
誰に?
真姫奈に、だ。
せっかく寸止めしていたのに、向こうから距離を詰めてきた。
「――っ! ――――ッッ!」
俺は慌てて顔を離そうとした。
けれど無理だった。
真姫奈はこちらの首に腕を回し、力いっぱいに抱き寄せてくる。
果たしてどれくらいの時間が過ぎただろう、やがて真姫奈は名残惜しそうな様子で唇を離した。
そして絶句する直樹のほうを振り返り、
「ヨシトは私のものだ。お前には渡さない」
ど、意味不明の宣言をした。
は?
今って、俺と直樹で真姫奈を取り合ってるんだろ?
なんで真姫奈が直樹を牽制してるんだ。
もしかして直樹がワンピースを着ているのって、そういうことなのか?
『俺→真姫奈←直樹』は間違いで、『真姫奈→俺←直樹』と?
わぁいモテ期到来だ。
ただし片方は同性のもよう。
なんだこれ。
「ヨシト」
唖然とする俺を、真姫奈が見つめる。
「……ありがとう。今日は楽しかった。私はこんな性格だから普段はあまり女扱いされなくってな、だから、ヨシトが大切にしてくれるのが、すごく嬉しかった。幸せだったよ。好きだ。好きなんだ。恋人になりたい。……おまえの気持ちはどうだ。今すぐ、ここで、教えてくれ」
決然とした表情。
追い詰められると男より女のほうが強いなんて話を聞くが、今がまさにそれだった。
ここは泥をかぶって退散しよう……なんて考えていた自分が恥ずかしく思える。
真姫奈はまっすぐに気持ちをぶつけてくれた。
ならば俺はどう答えるべきか。
返事はもう、とっくの昔に決まっていた。
でも。
「――いやだ」
まるで氷のように冷たく鋭い一言が、沈黙を切り裂いた。
それを発したのは、俺でも真姫奈でもない。
直樹だ。
「こんなの、ぜったいにいやだ。――いやだ!」
ワンピースの裾を翻し、真姫奈につかみかかる。
まるで鬼が憑りついたかのような形相だった。
「やめろ!」
俺は咄嗟に2人の間に割って入っていた。
直樹に頭を掴まれた。
振り払おうとして、けれどその瞬間、頭の中で火花が散った。
……当時は何が起こったのか理解できていなかったが、今の俺にはよく分かる。
精神干渉を食らったのだ。
* *
直樹の祖父、伊城木直久は言っていた。
「伊城木家は代々、ココロを操る術に長けておるんじゃ」
それが真実かどうかは分からないが、魔法の本質はノリとテンションとリアリティだ。
祖父の虐待がある種の洗脳として機能し、もし直樹が「自分には精神干渉の才能がある」「精神的に追い詰められれば覚醒する」と信じ込んでしまったならどうだろう。
本当にそういう力を持ってしまうことも、決して稀なわけじゃない。
たとえば静玖だって自己暗示でブーストをかけることで、妄想に過ぎなかったはずのオリジナル魔法を実際に使えるようになったわけだし。
直樹による精神干渉。
目覚めたばかりのそれはまだ未熟で、だからこそかえって暴力的だった。
俺のなかに直樹の感情が流れ込む。
深層意識を塗り潰していく。
――久板市でのことはすべて忘れろ。
――恋人を作るな。
自分の恋人になれ、と命令しなかったのは情けをかけてくれたのか、それとも恥ずかしかったからか。
何にせよ俺はすべてを忘れ、数日後、ふだん暮らしている街へと帰っていった。
久板市には、母親の仕事の都合で来ていただけだったのだ。
なんというかさ。
今明かされる衝撃の事実だよな、これ。
まさか俺が精神干渉を掛けられていたなんて。
あんまりにも昔のことだから、きっと暗示を含めて自分の一部だと誤認していたんだろう。
だからずっと気付けずにいた。
けれど、今日でそれもおしまいだ。
俺は精神を集中させる。
深層意識にこびりついた直樹の暗示を取り払い、封じられていた記憶を取り戻す。
……おい。
………………なんだよ、これ。
…………………………どうなってるんだろ、おかしいだろ。
俺が忘れていたのは、10歳の夏のことだけじゃないのか?
脳裏に突如として蘇ったのは、高校最後の年のこと。
二年下の後輩として、真姫奈が同じ高校に入ってきた。
当時の俺はもちろん彼女のことなど覚えちゃいなかったが、あるいは、初恋の残滓が心のどこかで燻っていたのかもしれない。
真姫奈が暴漢に襲われているところを助けて、それがきっかけで次第に仲良くなっていった。
(ちなみにその暴漢は『吸血鬼ごっこをしている変態』だったんだが、今になって振り返るとマジモノの吸血鬼だったような気もする)
そして、二学期の中頃。
文化祭が終わったある秋の日――
「真姫奈のことで話があるんです。放課後、音楽室に来てもらえますか、センパイ」
伊城木直樹という男子生徒から呼び出しを受けた。
どうやらこいつは真姫奈の幼馴染らしい。
ああ、なるほど。
きっと直樹にとってこちらは恋のライバルなのだろう。
俺はそんな風に納得し――奇妙な既視感を覚えつつ――ライバルらしいセリフを考えてから直樹のところに向かった。
そこで目にしたのは、直樹と、真姫奈ではない女子生徒とがアレコレする場面。
あまりに予想外すぎて俺は唖然とする他なく、その心の隙を突かれた。
二度目の精神干渉。
下された命令はごくシンプルなものであり――俺は朦朧としたまま外を出歩き、トラックの前に飛び出した。
そのときに女の子を助けたのは、せめて『正義の味方ごっこ』を全うせんとする俺の意地だったのかもしれない。
○ ○ ○ ○ ○
その後。
真姫奈は芳人の死を知り、屍を目にし、後悔とともに決意する。
どうして自分は何もしなかったのだろう。
芳人を遠ざけていれば、直樹がここまで追い詰められることはなかったのに。
直樹を凶行に走らせてしまったこと。
芳人が殺されてしまったこと。
すべて私の罪科といえる。
真姫奈は、神薙家の古文書に手を伸ばす。
――《常世登岐士玖能迦玖能木賓》。
はるか昔に失われたそれは、死者すらも蘇らせる禁呪。
それは償いのためか、あるいは、愛しい男にもう一度逢いたいがためか。
いずれにせよこのとき神薙真姫奈は冥府魔道の住人となった。
次回、やっと現代編。




