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第50話 私の母親がここまで腐っているとは思いませんでした……

更新お待たせしました……

 とりあえず現実世界におけるここまでの経緯を話しておく。


 俺はヘリから飛び降り、真姫奈VS玲於奈にダイナミックな乱入をかました。

 落下地点は神薙真姫奈。

 ラブコメみたいに押し倒す形になってしまったが、さすがにオヤジの愛人となるとラッキースケベとは思えない。


 一応言っておくと、わざとじゃないからな?


 玲於奈のやつは俺の接近に気づいていたらしく、着地する先に真姫奈を誘導していたのだ。

 結果は、どんがらがっしゃん。

 重力制御はかけていたので大事には至らなかったが、接触ついでに《雷撃術式(サンダリィ)》で意識を刈り取らせてもらった。

 続いて実行したのは真姫奈に対する精神干渉(マインドハック)


 ――この戦いに乱入者はなく、私は玲於奈をついに仕留めた。


 そんな幻覚を見せ、心の隙を衝く形で深層意識に侵入したわけだ。

 

 かくして今は真姫奈の記憶を覗いているわけだが、なんだこりゃ。


 小さいころの伊城木直樹(オヤジ)が女顔で、ガキ大将たちに女装させられてた……というのはどうでもいい。

 我茶瓶(がちゃびん)六紅(むっく)くんが小学生なのにトロールみたいな見た目……ってのも別にいい。


 問題は、もう一人の登場人物。

 ガキ大将どもをあっという間に蹴散らしたカウボーイハットにウクレレの少年。

 将来がものすごく心配になるキワモノぶりだが、その名前は本人曰く「ヨシト」。


 ねえ奥さん、今の聞いたかしら。

 ヨシトですってよ、ヨシト。

 すごい偶然もあったものねえ。


 ……嘘ですごめんなさい。


 これ、前世の俺です。

 思い出してみれば小学校のころ、西部劇のガンマンみたいな恰好をして暴れまわってた時期があったっけ。

 胸が痛いというか軽く死にたい気持ちになってきたが、それはともかくとして奇妙な点がひとつある。

 

 この事件、俺からすると全く身に覚えがないのだ。

 単に忘れているだけなのか、この「ヨシト」が他人の空似なだけか。


 とりあえず、続きを見てみよう。 






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 真姫奈はその場から逃げ出していた。

 理由は自分でも分からない。

 泊まり先の祖父母宅に駆け込み、玄関先でぜいぜいと息つきながら寝転がった。

 

「はぁ、はぁ……」


 ヨシトと直樹。

 2人の姿が目に焼き付いて離れない。

 

「ああいうのって、本当にあるんだな……」


 真姫奈の脳裏をかすめたのは、母親が部屋に隠し持っている本の数々。

 そこには男の子と男の子の恋愛が描かれていたが、非現実的な空想とばかり思っていた。

 しかし先程の直樹はどうだろう。

 その目は潤み、頬は朱色に染まっていた。まるで恋する乙女のようではないか。


 もし直樹がヨシトに恋心を抱いたとしたら?

 もしヨシトがその気持ちを受け入れたとしたら?


「……っ」


 想像を広げるうち、気づくと口元が緩んでいた。


「そ、そういえば、ヨシトにまだ礼をしていないな」


 誰ともなく言い訳し、真姫奈は立ち上がる。


「べ、別に2人がどうなったか気になるわけじゃないぞ、うん」


 ぶつぶつと呟きながら玄関のドアを開ける。

 ――その先では、とんでもない偶然が彼女を待ち受けていた。


「お嬢さん、どっちに行けば家に着くんだい」

「右、右です。でも、よかったら今日は一緒に遊んでくれませんか……?」


 一台の自転車が、家の前を通り過ぎる。

 ペダルを漕ぐヨシトと、横向きで荷台に腰掛け、幸せそうな笑みを浮かべる白いワンピースの少女(直樹)

 まるで恋人同士のような姿だった。


「なぁ……ッ!?」


 真姫奈は絶句し、さらに数秒の後、人生初の鼻血を噴いてぶったおれた。


 目を覚ましたのは夜になってからで、母親も祖父母も「霊力を制御し損ねたのだろう」と納得していた。

 父方の神薙家はもちろんのこと、母方の実家も退魔師である。

 祖母曰く、幼いうちは感情の揺れによって霊力のコントロールが失われ、結果として気を失うことがあるらしい。


「もしかして真姫奈ちゃん、直樹くんとの再会で盛り上がりすぎちゃったのかなー?」


 夕食時。

 母親の友子(ともこ)はニヤニヤと笑いながら、真姫奈のほっぺたを突っついてくる。


「おやめくださいお母様。今は食事中です」

「えー、別にいいじゃん。あっ、もしかして直樹くんとは別で、もっと素敵な男の子を見つけちゃったとか?」

「――――!」


 真姫奈は噎せた。

 ちょうど祖母お手製の漬物を呑み込もうとしたタイミングだった。

 気管にたくあんが入りかけ、何度も何度も咳き込んでしまう。


「んん? これは怪しいですなぁ」


 真姫奈の背中をさすりつつ、話を聞き出そうとする友子。

 

「ほらほら、正直に白状したほうが楽になれるよ? もしかして三角関係とか?」

「……」

「うー、そんなに睨まないでよう。いいじゃん親子で恋バナしたってさー」

「……」


 ひたすら沈黙を保つ真姫奈。

 ――かつて将来を誓い合った幼馴染 (男) が、ヨシトという風変わりな少年に恋をしている。

 そんなこと、親に相談できるわけがない。


 ただひたすら無言を貫き、夕食を終えると逃げるように風呂へ向かった。


「……なぜついてくるのですか、お母様」

「えー、せっかくの里帰りだしー、親子水入らずもいいかなー、って。お風呂だから水だらけだけどね。きゃは」


 友子は18歳で神薙家に嫁入りし、今年で27歳になる。

 まだ若いことは若いし、小柄なこともあってか二十歳(ハタチ)前後に見られることもあるが、娘からすると母親の「きゃは」はキツいものがある。

 

「はぁ」

「どうしたのー、真姫奈ちゃん。あっ、もしかして恋わずらいとか?」

「……違います」

「んー、今の間は怪しいなー? ほらほら、話してみなよー」

「なんでもありません。しつこいですよ、お母様」


 友子の追及をかわしつつ、身体を洗い、湯船に漬かる真姫奈。

 壁際に体重をあずけ、今日のことを思い返した。


「……ふへへ」


 数秒の後、妙な笑みが零れてしまう。

 すぐさまハッと我に返り、友子のほうを見れば、


「髪を洗うよー♪ しゃわー、しゃわわわー♪ ……ゴホッ! ゴホッ! うう、苦いよう」


 口の中にシャンプーが入ってしまったらしく、慌ててシャワーでうがいをしていた。

 どうやらこちらの様子には気づいていないらしい。

 真姫奈はホッと胸を撫で下ろし、それから、友子がこっそり集めている小説やマンガについて思い出した。


 ところで余談だがギリシャ語で“ma”は否定を表し、“agathas”は『良い』を意味する。

 ふたつを連結すると、“magathas”、まがさす、魔が差す。

 ()()()()思いつきに唆され、悪事を働いてしまうことである。


 次の真姫奈の行動は『魔が差した』としか言いようのないものだった。

 直樹とヨシトについて、友子の意見を聞こうとしたのだ。


「お母様、少々よろしいですか」

「どしたのー、真姫奈ちゃん」

「男性同士の恋愛について、どう思われますか」

「……きゅ、急に、どうしたの、かな?」

「自由研究です」


 もちろん嘘である。

 直樹のプライバシーに配慮した結果、口から出てきた言葉がこれだった。


「お母さん、そのテーマはちょっとどうかと思うな……」

「親なら子供の好奇心に答えてください。片方は自分の世界で生きている不思議系、もう片方は気弱ないじめられっ子です。いかがですか」

「えっと……」


 友子はしばし口籠り、ぷるっ、と小柄な裸体を震わせ、


「ふへへ」


 真姫奈そっくりの、妙な笑みを零した。

 血は争えないということであろう。


「じゅるり。いいね、すっごくいいね、真姫奈ちゃん。どうしたの急に。もしかして覚醒(めざめ)ちゃった? 覚醒(めざめ)ちゃったの? ねえねえお母さんもっとその話詳しく聞きたいなぁ」




 その日、真姫奈と友子の距離は少しだけ縮まった。

 




 が、しかし。


「こういうのって、あくまで妄想だから(はかど)るんだよね」


 友子にしてみれば、それは何の気なしに呟いた言葉だった。


「男の子同士のカップルなんて、実際はそうそう生まれないと思うよ」

「やはり現実では難しいですか」

「うん。さっきの話だと、いくら不思議クンでも『男はちょっと……』ってなるんじゃないかなー」

「……わかりました」


 風呂を出た時、真姫奈はひとつの決意を固めていた。

 猫柄のパジャマをピシッと着こなし、決闘を前にした武士のような面持ちで電話の前に立った。


 意を決して、受話器を取る。

 ダイヤルを回す。

 掛ける先は、直樹の家。


 真姫奈の抱いている感情は少しばかり複雑なものだった。

 不埒な妄想を楽しんでしまったことへの背徳感。

 苛められていた直樹を助けられなかったことへの罪悪感。

 そして、ヨシトに直樹を取られたくないという嫉妬心。

 さらには母親とベーコン()レタス() (隠語) な談義で盛り上がったことによる興奮、長風呂の熱気に()てられての判断力の低下――まあ要するに、真姫奈はおかしなテンションだったのだ。


「もしもし直樹か? 久しぶりだな、私だ」


 挨拶もそこそこに真姫奈はすぐ本題に入る。


「お前、まだ六紅(ムック)たちにいじめられているんだろう。隠すな、知っているぞ。だが別に構わん。いつかあいつらより大物になって見返してやれ。そんなことより男同士はいかんぞ、男同士は。今ならまだ間に合う、引き返せ。おまえが踏み込もうとしているのは、僧衣を脱いでツナギを着たイイ男が○○○(僕のエクスカリバー)()×××(君のアヴァロン)に□れて、△△(魔法のミルク)()☆☆に出す(臓物にぶちまける)ような世界なんだ。お前には私がいるだろう、それを忘れるんじゃない。いいな?」


 かつて母親の本棚からこっそり拝借した本の内容を思い返しながら、彼女なりに言葉を尽くして忠告を試みる。

 直樹からの返事はなかった。

 きっと自分の気遣いに感動し、何も言えないでいるのだろう。

 まあいい。

 男の脆さを受け入れるのも、女の度量というものだ。

 真姫奈はスッキリとした表情で電話を切り、その日は心穏やかに過ごした。

 

 布団に入り、少しばかり妄想を味わってからスヤスヤと眠る。


 そして翌日。



 直樹の家を訪ねてみると、ものの見事に追い返された。


 

 残念ながら当然である。


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