第49話 姉さんどれだけ負けフラグを立てる気なんですか
今回「???」と感じた部分は次回あたりで説明が入るはず(予告)
鶴のように細い肢体がくたりと地面に倒れ伏す。
「こうなるなら5歳児でも構わずに襲っておくべきでした…………がくっ」
その言葉を最後に神薙玲於奈は動かなくなった。
アラドヴァルによって全身ありとあらゆる部位を切り刻まれ、もはや顔の造形すらよく分からない。
とめどなく血が溢れ、周囲の草花を浸してゆく。
「遺言すら不真面目なのだな、貴様は」
真姫奈はアラドヴァルを携えたまま玲於奈の亡骸に近き、
「……恨むならば直樹に従わなかった自分を恨め」
魔剣を振り下ろした。
一度目で玲於奈の首を刎ね、二度目で心臓を貫く。
手首を返し、捻じるようにして潰す。
アラドヴァルに《不死殺し》は掛けてあるものの、万が一、ということもある。
二重三重に止めを刺し、最後に、
「《汝の時は鼓動を止め、その身は音もなく燃え尽きる》――《火炎術式》・《我が剣は浄化灼熱の送葬である》」
異世界の魔法でもって玲於奈の遺体を焼き払った。
それは不死者すらも容赦なく葬り去るという絶対消滅の火焔。
直樹曰く「まだ詠唱は未完成だから、効果は保証しきれない」とのこと。
別に構わない。
消えぬ傷を刻むというアラドヴァル。
そこに《不死殺し》を重ね掛けし、徹底的に殺し尽した。蘇ることはあるまい。
《浄化灼熱》はあくまで念のため、おまじないに近い。
「……愚妹が」
真姫奈は懐から手掌大のケースを取り出した。
中に入っているのは薄荷のタブレット。
それを二十数錠、まとめて噛み砕く。
ツンとした清涼感が口から目鼻へと突き抜けた。
――薄荷味はいろいろ捗るんです。姉さんも食べますか?
5年ほど前だったか、玲於奈からそんな風に薦められたことを思い出す。
初めは1錠2錠で満足できていたものの、今ではすっかり中毒に陥っている。
「…………愚かだよ。お前も、私も」
さらに十数錠を足す。
視界が潤むのはきっとミントのせいだろう。
玲於奈を手にかけたことへの後悔?
そんなものはありえないし、あってはならない。
とっくに月並みの倫理観は捨て去ったはずだ。
たとえば不死の秘術。
名前を《常世登岐士玖能迦玖能木賓》という。
遠い過去に失われたそれを蘇らせるため、玲於奈のみならず親兄弟、さらには道場の門人すらも実験台として使い潰した。そのほとんどが命を落とし、他はみな発狂している。
悪魔の所業としか言いようがない。
だが、
――直樹を壊して以来、私はずっと罪を重ね続けてきた。
――いまさら良心の呵責など覚えるものか。
* *
壊した、とはどういうことだろう。
『彼=伊城木直樹』というのは確実としても、何をどう壊したのか。
なあ、真姫奈。
よかったらもう少し詳しく教えてくれないか。
なにやら重たい事情があるのは分かる。
けれど誰かと共有すれば気が楽になるものだし、現状を考え直すきっかけになるかもしれない。
玲於奈の命を奪うことに抵抗があるのなら尚更だ。
ああ、無理に話さなくていい。
心をほんの少しだけ過去に向けてくれれば、後はこちらで読み取れる。
もちろん立ち入ってほしくない部分は配慮するから安心してくれ。
俺は、オヤジやアンタたちが何を思って、何を為そうとしているか知りたいだけなんだ。
* *
真姫奈はあたりを見回した。
いま、誰かと話をしていたような気がする。
けれど周囲に人影はなく、立っているのは自分だけ。
気のせい、だろうか?
不思議な心地だった。
まるで白昼夢を見ているような曖昧さが漂っている。
ふと、真姫奈は過ぎ去った遠い日々を思い出す。
……思い出して誰かに伝えねばならない。
わけもなく、そんな衝動に駆られていた。
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神薙真姫奈と伊城木直樹は幼馴染である。
小さいころの直樹は女の子みたいに可愛らしい顔立ちで、そのせいか近所の悪童たちによく苛められていた。
「おんなおとこ、おんなおとこ!」
「おまえ、下にちゃんとついてんのかよ?」
「ぬーげ! ぬーげ! ぬーげ!」
とくに酷かった連中の名前は、今も覚えている。
オオトリマサル。
フジミチル。
ガチャビンムック。
その三人を追い払うことは、当時の真姫奈にとって日課のようなものだった。
「ごめんね、まきなちゃん。ぼく、おとこのこなのに……」
「気にするな。武士として当然のことをしたまででゴザル」
幼い真姫奈は武士という存在にあこがれていた。
弱きを助け悪しきを挫く無敵のヒーロー。
当時放送されていたアニメの影響である。
彼女にとって直樹はいわゆる「心優しい村娘」のポジションだった。
「まきなちゃん。いつも助けてくれてありがとう」
そう言って直樹がプレゼントしてくれたのは、シロツメクサの花冠。
もちろん彼の手作りで、この時、真姫奈は心に決めたのだ。
どんなことがあっても彼を護ろう、と。
しかし小学校入学の直前、真姫奈は生まれ育った土地を離れることになる。
家の都合による引っ越しであった。
「直樹、私がいなくなっても大丈夫でゴザルか……?」
「平気、だよ」
別れの涙を呑んで直樹は言う。
「ぼく、これからは自分で頑張ってみる。強くなって、逆に真姫奈ちゃんを守れるような男の子になるんだ」
その気丈さに真姫奈は打ち震えた。胸がときめいた。
思わず直樹を抱き締め「次に会うときは私よりも強くなっていろ、そうしたら嫁になってやる」などと約束を交わしていた。
それからしばらくの月日が流れた、小学校2年生の夏。
母親の里帰りに連れられ、真姫奈は故郷の街を訪れていた。
直樹にはまだ連絡していない。
いきなり声をかけて驚かせるつもりだった。
彼は一体どんな男の子になっているだろう。
再会の予感に胸を膨らませつつ、思い出の公園に向かう。
そこには、
「うちの姉貴のお古、よく似合ってるぜ。直樹ちゃーん。いや、直子ちゃーん」
「女男つーか、もう女の子だよなー。ついててもいけるわ、マジで」
「脱がなくていい。ゆっくりスカートをたくしあげろ、そう、ゆっくりだ」
2年前よりずっと業が深くなったガキ大将三人と、
「こ、こう、かな……?」
赤面しつつも言いなりになっている、ワンピース姿の直樹。
その身体つきはひどく華奢で、傍目からは清楚な美少女にしか見えなかった。
「なっ!?」
真姫奈は絶句する。
目の前の事態が理解できない。
なぜ直樹が女装させられているのか。
正直なところ自分よりもずっと女の子女の子して可愛らしいじゃないかグッジョブ……って、そうじゃない!
イジメがエスカレートした結果としても、方向性がおかしすぎる。
「あ、あいつら……!」
真姫奈はいじめの現場に殴りこもうとして、しかし、二の足を踏んでしまう。
ガキ大将たちはいずれも直樹や真姫奈より年上で、小学生とは思えない体格にまで成長していた。
とくに六紅に至っては毛むくじゃらの雪男というべき姿で、もはや人類かどうかも疑わしいレベルだった。
「くっ……」
自分では勝てない。
直樹を逃がすことすら難しいだろう。
ならばどうするべきか。
――直樹だって、あんな姿を他人に見られたくはあるまい。
――彼のプライドを考えるなら、敢えて通り過ぎることが武士の情けではないだろうか。
真姫奈の胸中に浮かんだのは、そんな自己正当化じみた弱気の理屈。
仮にもう10秒の猶予があったなら、真姫奈はその場を走り去っていただろう。
しかし。
「……今日は風が騒がしいと思っちゃいたが、どうやら街に悪いものが来ちまったみたいだな」
キキィと錆びた金具の音。
隣に補助輪つきの自転車が止まっていた。
乗っているのは、やけに小柄な少年。
年は真姫奈と同じくらいだろうか。
童顔で幼げな印象を受ける。
その出で立ちは黒いカウボーイハットに赤いマフラー。
ポロンポロロンとギター……ではなく、ウクレレを奏でている。
真姫奈は一目で理解した。
なんだか頭のおかしいやつが来た、と。
「お嬢さん、あの女の子を助けたいのかい?」
少年は妙にキザったらしい口調で問いかけてくる。
どうやら直樹のことを女の子と勘違いしているらしい。
「……ああ」
頷く真姫奈。
この変な少年なら、あるいは何とかしてしまうかもしれない。
不思議とそんな予感があった。
「だったら任せておきな。俺はヨシト、ハヤブサのヨシトと呼んでくれ。正義の味方だ」
少年はニヤリと笑うと、自転車でそのままガキ大将たちのところへ向かう。
否、突っ込んでいく。
「な、なんだテメ――」「いけっ、自転車! たいあたりだ!」「うわあああああああっ!?」
最初の犠牲者はマサル。
真正面から自転車の激突を受け、その場に倒れ込む。
どうやら前輪が股間のアレに直撃していたらしく、白目を剥いて悶え苦しんでいた。
他方、ヨシトと名乗った少年は無傷だった。
絶妙のタイミングで自転車から飛び降りていたのだ。
ヨシトはなぜか右の人差し指と中指で右目を隠すと、
「俺の名はヨシト、貴様らに教える名前はない!」
意味不明の名乗りを上げ、すぐさまミチルに飛びかかっていた。
そこからの展開は一方的だった。
体格を考えればヨシトの圧倒的不利だろう。
しかし結果はその逆。
ガキ大将三人を泣くまで殴り倒し、裸にひん剥き、近くの田んぼに叩き落とした。
あまりに容赦のないやり方だが、少なくともヨシトの姿は真姫奈の目に輝いて見えた。
ただ、問題は。
「こんな可愛い顔をしてるから悪い狼が寄ってくるんだぜ。気を付けろよ」
「……はい」
ヨシトは最後まで直樹を女の子と勘違いしていたし、直樹のほうもまんざらではなさそうだった、ということだった。
今回、真姫奈が口にしたのが《火炎術式》の正式な名称(の未完成版)です。
前半の「鼓動」云々は元ネタがあります。1章か2章あたりで作品名もちょっぴり出ました。




