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第48-1話 姉さん、フラグ立てすぎです

更新が遅れて申し訳ないです……

2章で芳人を苦戦させたあの子が出てきます。

「《(dis)(tor)術式(tionly)》・《我が剣閃は(Endless)鳴り止まぬ(Sword)剣奏である(Waltz)》」


 異形の剣を振り下ろした時、神薙真姫奈は勝利を確信していた。


 魔剣アラドヴァル。

 その形状を短く言い表すなら“ジグザグ”だろう。

 無数の刃が接ぎ木された異形の魔剣。

 異世界から流れ着いた品のひとつであり、普段は使い手の血液に溶けている。

 起動ワードは《(Sword)(Quiver)》。

 これを唱えた時、アラドヴァルは刀剣を依代として顕現する。


 《(dis)(tor)術式(tionly)》とセットで運用せねばならず、詠唱から発動まで少々のラグが生じてしまうものの、その効果は絶大である。

 アラドヴァルを構成する刃のひとつひとつが空間を越えて対象を斬り裂き、その傷は決して癒えることがない。

 これに加えて真姫奈はアラドヴァルに《不死殺し》の術式を仕込んでいた。


 自分に負ける要素はない、必ず玲於奈を討てる。

 ……真姫奈はそう確信してやまない。

 たしかに妹は天才だ、剣士としては私をほんの少しだけ上回っている。

 だがこれは試合ではない。戦なのだ。

 戦は準備段階で趨勢(すうせい)が決まる。

 魔剣アラドヴァルと《不死殺し》。

 この2つを揃えた時点で私の勝利は盤石となった。

 あと10秒もしないうちに玲於奈は命を落とすだろう。

 裏切りの罪を悔いながら死んでゆけ。


 そういえば()()()はどうなったのだろう。

 向こうにはアリアがいる。

 精神の均衡を崩しているとはいえ、腐っても“人類最高峰の魔導士”だ。

 昨年の誘拐事件では伊城木芳人に苦戦を強いるほどの戦いぶりを見せている。

 駆け出しの小娘ひとり(相鳥静玖)に手間取ることはあるまい。

 

(……だが、この胸騒ぎはなんだ?)


 どうにも嫌な予感が拭えない。

 頭をよぎるのは、この場にいない仲間の姿。

 伊城木(いしろぎ)(ゆえ)

 最近、彼女はどこか得体の知れない気配を漂わせるようになった。

 妙に達観しているというか、話がどうにも噛み合わない。

 直樹ですら義妹の変わりように違和感を覚え、距離を置くようになっている。

 そういえばこのアラドヴァルも(ゆえ)がどこからともなく手に入れてきたものだ。

 

 彼女は昨夜、こんなことを口にしていた。

 

 ――ちょっとお話してみたい子もいるし、気が向いたら遊びに行くわ。






 * *



 

  


 宝ヶ池公園。

 それが戦場となったこの地の名前である。

 京都市街の北部に位置し、面積はおよそ60ヘクタール。

 俗な言い方をするならば東京ドーム13個分か。

 敷地内にはいくつかの小山が存在し、遊歩道を進むだけでもちょっとしたピクニック気分を味わえるだろう。

 今は4月。

 あたりには新緑とともに澄み渡った空気が満ち、うららかな陽光のなか、ツツジが薄紅色の花弁をめいっぱいに広げていた。

 色鮮やかに生命が満ちる春。


「…………」


 そんな中、相鳥静玖はかすかに漂う霊力の気配を辿っていた。

 油断のない表情で小山を登る。


 ……違和感があった。 

 平日の昼間とはいえ、ここは公園だ。

 老爺老婆、あるいは親子連れ。

 そういった人々と擦れ違ってもおかしくない。

 だが実際のところはどうか。

 玲於奈と別行動を取ってからというもの、まだ、誰にも出会っていない。

 高度な人払いの術でも張られているのだろうか。


「こっち、かな」


 静玖は遊歩道を外れた。

 道なき道をしばらく進むと、やがて急に視界が開けた。

 

「わぁ……」


 静玖は思わず感嘆の声を漏らす。

 そこにはさながら桃源郷のような場所であった。

 薄桃色の花々が(あで)やかに咲き誇り、あたりには甘い芳香が漂っている。

 遠くから響くのはヒバリの声。

 長閑(のどか)な春そのものといった光景。

 お(あつら)え向きに広めの四阿(あずまや)まで建っている。

 萱葺(かやぶ)きの屋根の下、長椅子に腰掛ける女性がひとり。

 品のある和装だ。

 白地に紅梅をあしらった振袖姿。

 長い黒髪を巻くようにしてまとめ、左側に流している。

 

 女性は静玖のほうを向くと、たおやかに微笑んだ。

 敵意をまったく感じさせない穏やかな表情である。

 だが、


「…………っ!」

 

 静玖は身構えずにいられなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 霊力めいたものは感じないし、ならば、戦場に迷い込んだ一般人と考えるべきだろう。

 にもかかわらず、本能が警鐘を消魂(けたたま)しく鳴らしていた。


 ――そうして静玖の注意が完全にその女性へと向けられた瞬間を狙い、


「 《加速術式(アクセラリィ)》・《汝は我が鈍足に(ソノクビ)追いつく(モラッタ)こと能わず(ノデスヨ)》」


 姿を隠して静玖を待ち受けていた刺客、アリア・エル・サマリアが飛び出した。

 外見は誘拐事件の時と変わらず、小柄で幼気(いたいけ)な少女のままである。

 アリアは目にも止まらぬ速さでもって静玖に接近し、魔法を発動させた。


「《雷撃術式(サンダリィ)》・《我が(ビリビリ)稲妻は(ビリビリ)汝を深き眠りに(ビリビリ)誘うであろう(ビリビリ)》」

 

 雷光が迸り、一瞬のうちに静玖は意識を刈り取られる。

 はずであった。

 しかしながらその寸前、あまりに不可解な現象が起こっていた。


「今は取り込み中ですの。少し遠慮してくださらない?」


 静玖とアリア。

 ほぼ密着状態だったはずの両者のあいだに、いつのまにか着物姿の女性が割り込んでいた。

 ちょうど静玖を庇う形であり、女性の右脇腹にアリアの掌が触れる。

 弾ける稲妻。

 だが女性は動じた様子もない。

 無言のままアリアを見下(みお)ろす。

 まるで羽虫に向けるかのような視線だった。


「アリア」

「は、は、はい……」


 これはどういうことだろう。

 女性は名前を呟いただけだ。

 だというのに、アリアは死刑宣告を受けたかのような怯えぶりを見せていた。


「ま、待ってほしいのです! ゆ、(ゆえ)は、アリアのことを手伝ってくれるつもりじゃなかったのですか? 囮として相鳥静玖を引き付けてくれたのではないのですか?」

「……それは貴女の勝手な解釈じゃなくって?」


 嘆息する女性――伊城木(いしろぎ)(ゆえ)


「わたくし、一言も相談を受けていませんわ」

「じゃ、じゃあ、今からお願いするのです。今回も失敗したら、アリアはナオキに見捨てられてしまうのです」

「そう」

「力を貸してほしいのです、月」

「そのわざとらしい『なのです』調をやめたら考えて差し上げます。外見はともかくもう30代でしょう、貴女」

「……えっ?」

「わたくしの邪魔をしないでくださいまし。《虚影(相鳥静玖を捕)術式(まえるのであれば)》・《汝疾く(後で機会を) この場より(設けますから)――」


 それはただの会話でありながら呪文の詠唱を兼ねていた。

 置換詠唱。

 とある5歳児は当たり前のようにこれを行っているが、本来ならかなりの高等技術である。

「会話」と「魔力制御」。

 思考を2つに分割した上で、それぞれを滞りなく行わねばならない。

 伊城木月はその域に達しており、


「――消え去る(あくまで機会を)べし(設けるだけですが)》」


 術式が完成する(喋り終える)とともに、アリアの姿は消滅していた。

 いや、丸呑みにされたと言うべきか。

 月の足元。

 そこから伸びる影が大きく沼田(のた)()って膨らみ、狼の(あぎと)となってアリアを呑み込んでいた。


 桃の花が、アリアの立っていた場所にはらはらと落ちる。


「さて、これで静かになったかしら」


 月の呟きは、まるで道端のゴミを片付けた後のように気軽なものだった。

 それからくるりと静玖のほうを向き直ると、

 

「お騒がせして申し訳ありませんでした、相鳥静玖さん」


 ペコリと丁寧な仕草で腰を折った。


「わたくしは伊城木月と申します。どうぞよしなに」

「あ、いえ、どうも……」


 釣られて頭を下げる静玖。

 正直なところ、状況を把握するだけでも精一杯だった。


 自分を誘き寄せていたのは、おそらくアリアという女の子だ。

 先の会話からするに、月が横槍を入れたのだろう。

 けれど、いったい何のために?

 前に芳人から聞いた話だと、2人とも伊城木直樹という男性の愛人のはず。

 仲間割れにしては力量差が大きすぎるし、そもそも月はアリアのことなど歯牙にも掛けていないように思えた。


「ふふ」


 思いを巡らせる静玖を眺め、なぜか月は楽しげであった。


「そう悩むことはありませんわ。わたくしはただお花見に来ただけですもの。

 無粋な方には退場していただくのが当然でしょう?」


 やはり、月の態度はどこまでも穏やかだ。

 見た目は二十代後半くらい、年齢相応の落ち着きを備えているように見える。


 ――だがそれでも、静玖はうすら寒さを感じずにはいられなかった。


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